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秘密のエール


今回は陽奈の視点から。


楽しんでいただけると嬉しいです。



3/4加筆修正。




「次の英語の小テストっていつだっけ?」

「うわ、あったわそんなん。確か来週?」

「いや、ギリ今週だったぞ。明日の休み開けてすぐの授業のはず」

「マジ? だるー。ズラしてくれてもよくない?」

「それな。覚えなきゃだから実質休みじゃないじゃんね」

「へーきへーき、今回のは単語帳見てりゃいけるって」

「はい城島ギルティー」

「ぶっとばすぞ城島ー。その気が起きねーんだよー」

「ひどくね?」


 滅多打ちの城島が面白かったのか、聡人が笑って肩を揺らす。


 それがあたしの肩と当たって、ぴくっとすると距離を取ろうとした。

 なので合わせてお尻をずらしてやる。すると、すぐにまた触れ合える距離に元通り。

 少し身じろぎしたけど、諦めたのかすぐ大人しくなる。こっちからくっつきにいってんのに、逃すかっつーの。


「なー、陽奈もそう思わん?」

「えー? あたしもう三つは覚えたし」

「おい、ここにも裏切り者がいたぞ」

「単語帳どこやったっけなー」

「ね、聡人は?」

「え? あー、同じくらい、かな」

 

 どうにか捻り出したみたいな返事。思わず口が緩んじゃう。

 するとちょっと恨めしそうな、恥ずかしいような目を向けてきた。最近こういうことすると見せてくる、拗ねた反応だ。

 胸がきゅーっとなるけど、我慢我慢。流石に抑えとかないとね。



 

 そうして真里達と駄弁ったり、たまに聡人にアクションかけたりして昼休憩を過ごす。

 楽しい時間はいつでもあっという間で、気がつけば二十分以上が経ってた。


「そろそろ休憩終わりだな」

「大耶は動けそう?」

「おう、ばっちり全快だー」

「グラウンドの様子見に行くか? あと十五分くらいでリレー始まるし」

「そうだな」

「さんせー」


 だんだん赤くなってく聡人の耳が見納めなのは残念だけど、仕方ない。

 ちょっと名残惜しく思いながらも立ち上がったら、急にぴぴっと感じた。


「ごめん、あたしトイレ行ってから追いかけるね」

「あいよー」

「場所確保しとくわ」

「あ、陽奈。弁当一緒に持ってくよ」

「さんきゅ♪」

 

 軽くなった包みを渡して、トイレに向かう。


「可愛かったなー。ふふっ」

 

 十分に離れたところで、さっきのことを思い出す。

 不安そうにこっちを見る顔。キュンときて、昼休憩中ちょっかいかけちゃった。


 ちょこちょこ変わる反応も見てて飽きなかったけど……一番効いたのは、進藤くんに向けた表情。


 対抗心むき出しの、強い眼差し。

 江ノ島で奈々美達と出会した時にどこか似てるけど、多分もっと純粋な感情が握られた手を通してこれでもかーって伝わってきて、火傷するかと思った。


「そういえば、前にもあったっけ」


 確か、あいつが夏服に変えてきた日の朝だ。


 進藤くんと話してたら、いきなり不意打ちしてきて。今思えば、あの時からもしかして?


「ふふっ、へへへ」


 周りが騒がしいのをいいことに、変な笑いを漏らす。


 やーもう、コントロールきかないって。


 バレーの後のことも、お弁当のことも。もしかしたら謎のモチベの理由も、全部独占欲の現れなら。

 あたしがあいつにとって、そうなるくらいの存在になれてるのかもって考えるだけで、こみあげる熱が止まらない。


「彼氏持ちの子が独り占めしたくなる気持ち、めっちゃわかるわ」


 ああいう顔、あたしだけが見たいってどんどん思ってくるのふつーにヤバくない?

 憧れの先にこんなものがあるなんて、先輩に恋してた頃は知らなかった。

 これでリレーで活躍なんてされたらマジで人目も気にせずやらかしそうだから、顔でも洗って落ち着こっと。


 


 体育館の前についた。トイレは右手奥だ。


 壁沿いに行って角を曲がろうとしたら、向こうから足音が聞こえてくる。


「あーあ、スッキリした」


 かち合わないよう立ち止まると、出てきたのはクラスメイトの佐渡さんだった。

 ジュース片手に何やら機嫌良さげで、あたしの存在にも気付かず目の前を通り過ぎていく。


「いっつも真面目ぶって、ざまあみろっての。あれで恥かいたらもっと笑えるわ」


 その時。横顔に浮かんでいた歪んだ色の感情に、ぞくっと腕のあたりが震えた。


「……何、今の」


 なんだかやなものを感じながら、でもトイレはしないとなので向こう側に踏み入る。


 すると、視界に映り込んだのは──二列に並んだ水場の前に立つ、ある人の姿。

  

「あれって……宮内さん?」


 こんなところでどうしたんだろ、と首を傾げそうになって。


 あの子の服に広がる、明らかに水じゃない色の大きな染みに目を見開いた。


「えっ、ちょ!? どうしたんそれ!?」


 慌てて駆け寄ってみれば、やっぱり水道水が跳ね返ったものじゃなかった。

 ピンク色の汚れがべったりと白い体操着を濡らしてる。近づいた途端に甘い香りが漂ってきた。


 香水とかじゃない。もっと不自然な、どっちかっていうとジュースの甘味料みたいな……っ!


「まさかさっきの……!」


 佐渡さんが持ってた紙パック。そういえば握りつぶしたみたいな形してた。


 もしかして宮内さんにアレかけたってこと!? あの独り言もそういう意味!? 嘘でしょ高校生にもなってこんなアホなことする!?


「いや、するやつもいるか……! てかヤバいって、これじゃ染み付いちゃうじゃん!」


 マジ理解不能だし呆れるし腹立つけど、それより今はシャツを何とかしないと。


 これからリレー出るのに、こんな状態じゃ絶対変な目で見られる! つか佐渡が百パー嗤う!


「どうしよこれ。あー、最悪保健室で代わりの借りるなりなんなりして……!」

「……………め」

「え?」


 何か呟いた宮内さんは、こっちに目もくれず水場の前に膝をつく。


 何回も蛇口を捻り、ドバドバと溢れ出した水にシャツを晒してゆっくりと擦りだした。


「駄目よ。駄目、こんなの、駄目なんだから」

「……宮内さん?」


 なんか、おかしい。いつもとは雰囲気が違う。


 跳ね返った水でシャツがもっとぐちゃぐちゃになってくのにも構わず、汚れを落とそうとする様子が心配になって肩を揺する。


「ねえ、ちょっと。一旦やめた方がいいって。そんなんじゃ……」

「消さなくちゃ。絶対に、消さなくちゃ……」


 駄目だ、止まらない。


 それどころか徐々に手つきが荒くなっていき、ぷちっとシャツから嫌な音がしだした。


「っ、なんで……!」

「ま、待って待って! そんな勢いでやったら落とす前に破れるから!」


 やむを得ず後ろから手首を掴むけど、それでも宮内さんは強引に続けようとする。


「ち、から強っ……! 宮内さん、ストップ!」

「……離して」

「や、この状態で離すわけないっしょ!?」

「離してッ!!」


 っ。とても宮内さんとは思えないくらい切羽詰まった声に、フリーズしかけた。


 でもすぐに立ち直る。そして同時に、この子を絶対止めないといけないことを確信する。


「いーから、やめろ、ってっ!!」


 マジの全力でシャツから両手とも引き剥がすと、やっと中断させられた。


 本当に頑固だった。これだけで息が上がってる。


「はぁっ、はぁっ。もうっ! 気持ちはわかるけど、らしくないって! 確かに超ムカつくけどさ……!」

「わかるわけないッ!!」

「っ!!?」

「わかるわけ、ないわ……」


 突然、それまでが嘘のように弱々しくなる。


 すっかり力の抜けた手首を離して、俯いてしまったあの子の隣にしゃがみこんだ。


「……大丈夫?」

「……やっと、ここまできたのに」

「ここまで、って……」

「あと少しで、終わるはずなのに。どうして、たった一つの間違いすら……っ!」

「っ!」


 垂れた髪の奥から覗いた顔は、ちょっと前までどんなキツいボールも毅然と拾ってたのが信じられないほどくしゃくしゃに歪んでた。

 今にも泣き出してしまいそうで、見てるこっちまで苦しくなってくるくらい痛々しい。


 思わず呆気に取られるけど……それよりも、間違いって何のこと?


「もう……これ以上、迷惑をかけたくないのに」

「え?」


 次にあの子が呟いた言葉に、心臓が跳ねる。






──清々してる。これで煩わせることもない。






 前に、真里から聞いたことが頭をよぎった。


 もしかして。そう考えたあたしに答えるように、宮内さんは──


「もう、()()()()()()()()()()()っ……!」

「──っ」




 ………ああ、そっか。やっぱそうなんだ、宮内さん。




 自分でも不思議なくらい確信する。


 心の底からこぼれ落ちたんだろう一言が、()()()()()()()なのか。


 あたしは、分かってしまった。


「私は……やっぱり、何も……」


 立ち上がれないでいるあの子を、見る。


 すっかり冷えた頭には、今やるべきことがはっきり思い浮かんでいた。


「すぅ……はぁ……宮内さん!」

「………?」


 大声で呼びかけると、ようやく顔を上げる。


 ぼんやりとした目でこっちを向いた宮内さんは、あたしがいると分かると徐々に顔を驚かせた。


「晴海さん……? どうして、貴女がここに……」

「ちょっとこっち来て」

「え?」


 持つ一回手を取って立ち上がらせると、そのままトイレのほうへと連れていった。




 中に入ると、一番奥の個室の前まで行く。


 空いてる手でドアを開けて、そこでちょっと悩む。


「んー、二人じゃ流石に狭いか」

「……?」

「あ、そうだ。それなら……」


 外開き式になってるドアに目をつけ、半分くらい開けてたのを全開にすると裏側に宮内さんを連れ込んだ。


 うん。これならまあいいっしょ。いやぶっちぎりアウト判定だけど。


 ひとまず場所はオッケー。次は……


「晴海さん、どういうつもり……?」


 警戒してる様子だ。いきなりこんなことされたら誰でもそうなるだろうけど。


 手を離して、そんなあの子にあたしは言った。






「上、脱いで」

「………………………え?」






 言うや否や、自分の腰に巻き付けてたジャージの結び目を解く。


 便器の蓋の上にほっぽると、ブレーキをかけようとしてくる羞恥心を投げ捨ててシャツを脱いだ。


「ちょっと、何してるの!?」

「早く! 他の人来るから! 大丈夫、あたし首のとこに名前書く派だからバレない! それにサイズも大体同じはず!」

「サイズ……? っ、貴女まさか!」


 そう、そのまさかだ。


 てか夏前なのにトイレん中寒っ! そんでやっぱめちゃくちゃ恥ずっ!?


「ほら、マジで急ぐし! 時間的にもあと十分くらいしかなくない!?」

「なんで……それも、貴女が」

「いーからそういうの後で! あーもう、バンザイ!」

「きゃっ!?」


 自分から脱ごうとしないので、痺れを切らしてこっちから汚れたシャツを剥く。弱ってるせいかほとんど対抗なく成功した。


 すかさず手に持ってる自分のを頭から被せる。


「腕通す! 下まで伸ばす! はいオッケー!」

「あう……っ!?」


 そんでもってあたしはさっき投げたジャージを着る。きっちり上まで閉めてれば、多分大丈夫だ。

 水浸しのシャツはまあ、普通に無理なので丸めとく。


「あ、ゴメンだけど汗とかは我慢して。これよりはマシでしょ」

「……どうしてここまでするの?」

「どうしてって、終わらせたいんでしょ?」


 チャックを上げながら答えると、なんでその事をみたいな顔をされた。


 さっきもあたしがいるの気づいてなかったし、多分無意識だったんだろうな。でも見ちゃったらこうするしかない。


「何を、とか、どうやって、とか別に聞かない。少なくとも、それならリレー走れるじゃん? 佐渡が何考えてんのか知らないけど、思い通りになってやる必要なくない?」

「……だとしても、貴女が私に対してこんなことをするなんて思わなかった」

「あたしが宮内さんを助けたら、そんなおかしい?」


 聞き返したら目を逸らされた。図星っぽい。


「貴女は、聡人くんと付き合ってるから。それなら……」

「あー、そういうこと?」




 助けるより放っといて笑われた方が、あいつに幻滅させられるかもって?




 いやめっちゃ印象良くないなあたし。

 まあ、これまで言葉の殴り合いしかしてないからそんな風に思われても仕方ないか。


 ……それに、あの先輩と付き合ってるのになんでここまで、とは思ったしね。


「その方が、貴女には都合がいいわ」

「んー。そういう言い方するなら、こっちの方があたしにとってもっと都合いいから?」

「どういうこと?」

「だって考えてみてよ。一緒に走る人、しかも幼馴染があんな姿してたら、あいつが本気出せるわけなくない?」


 誰より大事に思ってた人がひどい表情と格好でいたら、聡人が気にしないはずがない。間違いなくリレーどころじゃなくなる。


 きょとんとした宮内さんは、あたしよりずっと前からそれを知ってるからかすぐに納得した顔になった。


「……そう、ね。そういう人だわ」

「でしょ? だからさ、これはあたしのため。余計なお世話でもお節介でも、好きに考えてよ」


 傲慢って思われたって構わない。

 だってこれでいいって、あいつが言ってくれたんだから。



 

 そんな聡人が、こっちがヤキモキするくらい積み重ねてきたものをこんな形で台無しにされるとか。


 他が許しても、あたしが絶対許さないっての。


「それに、宮内さんも今日まで準備してきたんでしょ?」

「……ええ」


 だと思った。聡人が尊敬する、あたし自身がいつか見た通りのこの子なら、必ずそうだって。


 このままだとそれも一緒にめちゃくちゃだ。


「それ、披露しないと勿体ないって。そんでバカにしようとした佐渡も、他の連中の度肝もいつも通り抜いちゃいなよ」


 必死に頑張ってるのを笑ってくるやつなんて、見返してやればいい。それで傷つく必要なんてどこにもないんだ。


 あたしはその苦しさを、悔しさを知ってるから。

 

 たとえ、初恋の人を虜にした、今好きな人のことをまだ特別に思ってるかもしれない子だとしても……同じ思いなんてしてほしくない。


「……本当に、いいの?」

「いいの。だってそうじゃないと、間違ってる(・・・・・)っしょ?」


 最後の念押しに、あの子はまた俯いた。


 それからしばらく、外から聞こえる音だけが響いてたけど。


「……私、行くわ」


 そう言って上げた顔は、すっかりいつも通りだった。


 どんな悪意でも跳ね返す、真っ直ぐすぎるくらいの眼差しにもう大丈夫だと分かって、ドアから背中を離す。


「ぶちかましてきなよ、思いっきりさ」

「決して、この恩は忘れないから」

「それじゃ、あいつにぶっちぎりでバトン渡したげて」


 頷いた宮内さんはしっかりとした足取りでトイレを出てく。


 


 その背中が見えなくなるまで見送ってから……ずるずると崩れ落ちた。


「あー、うー。うー!」


 両手で顔を覆って、意味不明な呻きを抑えこむ。


 マッッッジで恥ずかしかった。絶対黒歴史だこれ。

 いくら時間なくてあれ以外思いつかなかったとはいえ、こんなの誰にも話せない。笑い話にするにしてもエグすぎる。

 や、月奈ならワンチャン呆れつつ笑って……無理無理無無理無理。身内とかいっちゃん無理だっての。


「……でも、これでよかったよね」


 ある意味、敵に塩を送ったのかもしんない。


 でも先輩なら……聡人なら、絶対こうした。たとえ相手が恋敵だったとしてもだ。


 あたし、ちょっとは強くなれてるのかな。


「ってまあ、そんなわけないか」


 だって一瞬考えちゃったんだもん。




 もしこれで、宮内さんが自分の感情に整理をつけてくれるなら。もう聡人への何かを心配しなくてもいいんじゃないか、って。




 マジのガチで自己中の極み。下心すぎてソッコー頭から消したわ。


「へこむなー……ホント、口に出さなくてよかった」


 ヘラるなんてレベルじゃないし。もし聡人とかに聞かれたら本気で嫌われそうなやつだもんこれ。


 別に都合のいいあたしだけ見せたい、とか思ってるわけじゃない。それじゃあの約束を破ったことになるから。


 だとしても、すごく怖くなるくらいには……もう好きになってた。


「あーもー、やめやめ。こんなんじゃリレー上手く応援できないし」


 頬を叩いて気を取り直す。


 うん、ひとまずトイレして落ち着こう。そんでみんなのところに戻ろっと。





 

 

 



次回、クラス対抗リレー。


読んでいただき、ありがとうございます。



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