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白熱、ドッジボール対決


いいね1000件ありがとうございます!


楽しんでいただけると嬉しいです。




 最初に相手の勢いを挫いたことで、試合は比較的有利に進んだ。


 双方外野に行ったり戻ったりを交えながらも着実に一人ずつ削り、今や九人いた相手は五人まで減っていた。

 

「おらよっ、とぉ!」

「ぐわっ!?」

「アウト! 外野!」


 カーブが効いたヒロの一打が、また一人捉える。


 苦い顔で後ろに脱落者が回り、これで残るは四人、対してこちらは六人。

 試合時間は体感で残り約二分、勝負所だ。


「くっそ、負けられっか!」


 やっぱり、あいつが一番手強い。

 外見に違わずボールが重いし、下手に打ち込んでも受け止められる。

 このまま粘って人数差での判定勝ちを狙っても良いが、せっかくだ。完勝を目指したい。


「おい、アキ」

「……おう」


 ヒロから目配せ。一瞬後ろを見る仕草に、言わんとすることのニュアンスを察する。




 少しずつ二人で前に出て、ラインギリギリまで近づいて威圧する。

 壁のように立ちはだかる俺達を交互に見て、どちらに投げればいいのか迷う素振りを見せた。


「チッ!」


 やがて、痺れを切らした様子で動き出す。

 アタックポイントはちょうど中間。どちらかに当たれば、という魂胆だったのだろう。だがそれこそ俺達の狙い通りだ。


「よっ!」

「っとぉ! やれ、野崎っ!」

「しゃおらぁ!」


 唸る球をどちらも横に避ける。

 ボールをキャッチしたのは、俺達の背後に隠れていたクラスメイトだった。


「隙ありじゃコラ!」

「ちょ、マジかおいっ!?」


 野崎は剛球を受け止め、その勢いのままジャンプ気味にボールを返す。

 第三の伏兵がいると思ってなかったのだろう。驚いた様子で下がりながら受けた。


「あっ!?」


 両腕で挟み込むように止められたと思ったが、次の瞬間つるっと地面に滑り落ちる。


「アウト! 外野!」

「だーっ、ちくしょう! 騙された!」

「だーいせいこう♪」

「ふぅ、なんとか上手くいった。ナイス野崎」

「へっ。お前達にゃ負けねえぜ」

 

 これでついに三人。

 倍の人数差が開いたことで、相手チームの顔が明確に焦り出す。

 ボールを拾ってはいるものの、どうこちらを切り崩したらいいのかわからない様子だ。


「残り一分です!」

「おい、ボールこっち回せ!」


 審判の言葉に後ろから怒鳴るような声がけが響く。そうはさせない。


「お、おりゃっ!」

「取れ城島!」

「あいよっと!」


 やや苦し紛れの投擲を難なく受け流し、ヒロがカウンター。


「ひいっ!」


 しかし幸運と言うべきか、咄嗟に頭をかがめられて当たらなかった。

 通過したボールは取られることなく外野へ放たれ、こっちのチームの一人が拾い上げると近くにいた相手に投げつける。


「そいっ!」

「うお!?」

「アウト! 外野!」


 また一人。


 もはや完全に流れができていた。

 相手は火事場の馬鹿力と言わんばかりにコートの中を逃げ回るが、長くは続かない。


「ほいっ」

「ぬんっ!」

「と見せかけてこっち!」

「はぁっ!?」

「アウト! 外野!」


 三十秒を切る頃、片方が避けたことで逆に当たりアウト。


 どうにもならないと悟ったか、諦めた表情で立ち尽くしている最後の相手にトドメをさす。


「ラスト!」

「いでっ」

「ゲームセット! 勝者、一年B組!」

「っしゃー!」

「勝った! やりぃ!」

「くっそぉおお!」

「負けたぁあ!」


 ギャラリーからまばらな拍手、残念そうな声が上がった。


 大きく息を吐く。

 初戦は危なげなく突破できた。滑り出しとしては上々の結果だな。


「ふぃー、楽勝だったな」

「いい壁役だったじゃないか」

「お前もね。流れ作ってくれてサンキュ」

「これはぬりかべにするか……」

「うおい、あだ名の候補増やそうとすんな」

「冗談だ」


 軽口を叩きつつ、コートからはけると陽奈達のところに戻る。


「おつ。試合おもろかったわ」

「ありがとう斎木」

「ぶい」

「聡人っ」


 名前を呼ばれて振り向く。すると、陽奈はこちらに右手を向けてきた。

 その意図を理解して、持ち上げた自分の手と打ち合わせる。パン、という軽快な音が耳に心地良かった。


「おめでと。余裕だったじゃん」

「作戦勝ちってところだ。応援してくれてありがとな」

「約束したしね。あーでも、やっぱ狙われちゃったのはゴメンっ」

「大したことじゃないさ。それに、おかげで勝てたところもあるからさ」


 前に体育でバスケの試合をした時もそうだった。


 今までずっと小百合のやる事を応援する側だったので、同世代に応援される経験がなかったのだが、驚くほどやる気が出てくるものだ。

 

 特に陽奈のエールは明朗快活な性格もあってか、とてもストレートに響いた。


「こんなに頑張れるんだって、初めて知った。陽奈のおかげだ」

「にひひ。だったら今日はどんどん応援しちゃうよ?」

「なら、それ全部モチベーションに変えてやる」

「うむ、よろしい」


 少々わざとらしく胸を張って、俺達は小さく笑い合った。


「B組の方は集まってくださーい。第二試合始めまーす」

「おっ、始まるな。行くか」

「ああ」

「あんたら、もういっちょかましてきな」

「ファイト!」


 応援をもらい、気合を新たに再びコートへ向かう。




 次の相手はD組。

 見た感じ、体格の大きな差はない。強い奴が突出していたA組より平均的でわかりずらいな。


「っ!」


 ひと通り確認して、見つける。


 向こうも俺に気付いていた。コートを隔てるラインを超えてくる眼光は、そう簡単に見逃せない。


「眉間、皺できてんぞ。もしかしてあれが言ってたやつか?」

「……まあな」

「ほーん。確かにすげー眼力」


 D組のメンバーに進藤がいるとは。リレーより前にここで顔を合わせると思わなかった。


 第二試合は、前哨戦になりそうだ。




 俺とヒロのポジションは初戦と変わらず前衛。人数は七対七のイーブン。


 進藤は中衛のやや左外側。前衛を挟んでちょうど向かい合う形になったのは偶然か。


「試合、始め!」


 ホイッスルの音で一斉に動き出す。

 今度の初球はこちらだ。小刻みに動いて固まらないようにしながら、攻め入る隙を探る。


 その中において、俺の意識の半分は進藤の動向に向いていた。


 元陸上部だったと谷川から聞いたが、見たところ今も体つきは引き締まっている。かなり動ける可能性は高い。

 あっちも似たことを考えているのは、目を見ればなんとなくわかった。


「……っ」

「……!」


 右に動けば右に、左に動けば左に。常に視界に入れておけるポジションにと刻むステップがシンクロしており、俺達だけ別のスポーツをしてるみたいだ。


「おいしょぉっ!」


 そうしているうち、クラスメイトが攻勢を仕掛ける。

 相手選手は危なげなく受け止め、少し目線を彷徨わせるとヒロへ定めて返球を行った。


「おっとと! へへ、もーらい!」

「やべ、城島だ!」

「そうでーす、からの城島アタック!」

「ひっ、くぉっ!?」

「アウト! 外野!」

 

 アンダースロー気味の振りで早速あいつが削ってくれる。


 足から跳ね返って転がっていったボールは拾い上げられ、その手の主は……進藤だった。


「………!」

「っ──!」


 鷹のような眼差しが俺を射抜いた。来るか!




 野球の投球に似た姿勢で、ぐっと進藤の体が力む。

 どこから来ようと受け止めるつもりで、手足を大きめに広げた。


「ふっ!」


 しなやかな動きから短い呼気と共に解き放たれたボールの軌道は上方、おそらくは右肩あたり。


 顔の横でキャッチするのが無難と判断し、腕を上げて──!


「いって!?」

「アウト! 外野!」

「っ!?」


 後ろから上がった声に顔を振り向かせる。

 左腕をさすっているクラスメイトが、悔しそうな顔でコートの外に出ていくところだった。


 今のは、直前でカーブしたのか。手が触れる前に逸れたせいで逃したらしい。


「ふぅ……」


 ゆっくり呼吸しつつ、構え直す進藤。

 研ぎ澄まされた顔つきには、どことなく挑発的な色が垣間見える。


 ……いいさ。そっちがその気なら、受けて立つ。


「いけー! まだまだやれるぞ!」

「勝てー!」


 一人やられたことで場の緊張感が高まり、動きも激しくなっていく。合わせて声援も数を増し、それが活力となった。


「しっ!」

「っく! んなろっ!」

「セーフ!」


 一進一退の攻防。チームとしての実力は拮抗しているようで、一分ほど誰も退場しない展開が続いた。


 どちらかがミスらない限り、この膠着状態は終わらなさそうだ。

 試合終了時に同人数だった場合、引き分けがないのでルール上は最後にアウトになった側のチームが負け。このままだとまずい。


 


 自主的に状況を変えるしかない。

 体を動かしつつ思考を巡らせ、しばらくしてある一つのアイデアを思いつく。


 それを伝えるため、横にいるヒロに近づくタイミングで耳打ちした。


「次、投げられる時に場所変わってくれ」

「! おう、わかった」


 何か策があると感じてくれたのだろう。あいつが頷いたのを見届けて離れ、ただ待つ。


「っと」

「そこだ!」


 そして案外早く、機会は訪れた。


 ボールを持っていた相手の射程圏内でいきなりヒロが足を止めたのだ。見逃されるはずもなく、そいつが投球態勢に入る。




 瞬間、こちらに投げられるヒロの目線。




 あいつ、もしかしてわざと……本当にいざという時頼りになる親友だよ、お前は。


 だったら、その期待に応える!


「今だっ!」

「待ってました!」

「え!?」


 ボールが打たれる寸前、俺達は同時に走り出す。


 土壇場でのポジション交代。これが俺の作戦だった。どうやら上手くいったみたいで、相手は予想外の動きにバランスが乱れる。


「あっやべ!?」

「っ!!」

 

 俺とヒロ、どちらにするか躊躇った結果、ポロリと手からボールがこぼれ落ちた。


 全速力で駆け寄ると、ラインのこちら側に落ちるところを滑り込みでキャッチ。そのまま地面に倒れながら、すぐさまリターンしてやった。

 

「っし!」

「わわっ!?」


 顔に当たることを恐れた相手が反射的に両手をかざす。それは見事にボールを防ぎ、しかし同時に、自ら地面へと打ち落とす。

 

「アウト! 外野!」

「おぉ!? すげえぞあいつ!」

「マジでビビった! 度胸ありすぎだろ!」


 一拍置いて、審判の判定と、外野の声で結果を自覚する。


 思いっきりぶつけた体の右側が痛い。

 でも上手くやれたことに内心喜びつつ立ち上がると、戻ってきたヒロがしてやったりという顔で笑う。

 

「またまた作戦大成功とは、我が親友ながら恐れ入るぜ。平気か?」

「大丈夫だ、動ける。ちょっと汚くなったけど」

「どうせ今日は汚れんだから気にすんなよ」

「だな」


 肩を叩いて離れていったヒロから、目線を映すのは対面コート。


 進藤は相変わらず鉄面皮なものの、やや驚いている風にも見えた。


 度肝を抜くぐらいのことはできただろうか?




「残り時間二分です!」

 



 余韻に浸る間もなく、試合は後半戦へ突入する。


 さっきので今度は逆に火がついたのか、どうにか数を減らしてやろうという空気になっている。

 こちらはさらに追い込むために。あちらは不利な状況を打開するために、激しいボールの応酬が行われる。


「っらぁ!」

「むっ……!」


 そのうちの一球が進藤の手に渡った。


 カミソリのごとく目線がこちらのコートを駆け抜け、やがて前に出てきたクラスメイトを邪魔しないよう、横にずれてた俺に定まる。


「はっ!!」


 迷いのないスイングで放たれたボールは、今度こそ真っ直ぐ飛んできた。


 腹のあたりにやってきたのを、両手を広げて抱え込む形で止める。


「く、っ!」


 どうにか掴み取り、何歩か後ろに下がりながらも確保。


 思っていた通りと言うべきか、粘りがある上に鋭い。思わずたたらを踏んでしまった。


 だが感心してばかりもいられない。体勢を立て直し、俺の方からも丁度良いポジションにいる奴に反撃した。


「せぁっ!」

「ぬぅ……!」


 右、と見せかけてから左手にボールを移しての一打。

 体が揺れていた進藤は取りきれないと判断したのか、急ブレーキをかけてスルーされ、右肩の少し外側を抜けた。


「「……!」」


 こいつ、手強い。そう進藤と心の声がシンクロした気がする。


 次だ、次こそ当てる。ここで一度、あいつに牽制を……!




「ピーッ!! 試合終了! 六対五! B組の勝利!」




 え。


 甲高い音で告げられた勝敗に、動きを止める。

 審判がB組側のコートに腕を掲げており、タイムアップによる強制終了だとやや遅れて理解した。


「二回戦突破ぁ!」

「ふぅー!」

「ここで終わりか……」

「めっちゃ動いたわー」


 ……なんというか、拍子抜けだ。

 

 昂っていた心が冷まされていく。

 血流を巡っていたアドレナリンが切れるにつれ、大量の汗と右半身に残る痛みが主張を始めた。




 手で押さえて誤魔化してると、一人の男子が近づいてくる。


「……進藤」

「良い試合だった。──続きは、リレーで」

「ああ。そうしよう」


 不敵な微笑を浮かべ、進藤はコートを出ていった。


 決着は午後に持ち越し、か。この試合には勝ったが、俺達個人の勝負はまだ続いてるということだ。


 次こそはと思った瞬間、後ろから複数の気配にのしかかられる。


「オラァ高峯! またポイント稼ぎやがって!」

「ここまで来たらもういいわ! お前がエースな!」

「重い、重いって! つうか痛い!」

「おお、悪い悪い」


 まだ若干ジクジクする肩やら腕から手が外れた。あんまり悪びれてなさそうなクラスメイトどもには苦笑せざるをえない。


「アキ、マジで平気か? 次の試合はちょっと時間空くし、一旦保健室行っとく?」

「これくらいなら時間が経てば平気っぽい。それよりお前ら、次も頑張ろう」

「おう、休んでこいよー」


 そうしてまた陽奈達のとこに行こうとする……よりも前に、あっちから駆け寄ってきた。


「聡人、さっきの平気!? どっか痛めたりした!?」

「一応受け身は取ったよ。全然動ける範囲のダメージだから……」

「もーっ、やっぱ無茶したし。また前みたいになったかって思ったじゃん!」

「や、悪い」


 張り切るとたまにやらかすことは既に知られてるから、素直に謝るしかない。大人しく二の腕にグリグリを受ける。

 

「でも、かっこよかったじゃん。ちょっと見惚れたよ」

「そっか。少しは格好ついてたなら良かった」

「ん。でもあんまやりすぎないでよね、ヒヤヒヤするから」

「肝に銘じます」

「よろしい」


 ぱっと離れる指先。

 至近距離で繰り出される笑顔に、嬉しさやら恥ずかしさやらで奥歯を噛む。


「こいつらまた領域作ってるわ」

「勝手に砂糖まみれにしないでくださーい」

「えー? これくらい普通だしー」

「だってよアキぃ?」

「ええいその顔やめろっ」

 

 ヒロの脇腹を突いて遠ざけつつ、思う。


 まあ、なんだ。


 勝ち切ることはできなかったが、そこそこの及第点と言える結果じゃなかろうか、これは。


 




読んでいただき、ありがとうございます。

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