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不幸の手紙

初出:自サイト→改稿後、エブリスタへ投稿。

「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用。(067.手紙を改題)

 久保真澄様


 これはあなたの未来を予言する手紙です



 あなたは明日、左手を負傷するでしょう

 あなたはその翌日、右手を負傷するでしょう

 あなたはその翌日、左足を負傷するでしょう

 あなたはその翌日、右足を負傷するでしょう

 あなたはその翌日、顔を負傷するでしょう

 あなたはその翌日、頭を負傷するでしょう

 そしてあなたはその翌日、あなた自身を失うでしょう



 一週間以内にこの手紙をあなた以外の五人に出さなければ、、あなたは死を乗り越えることはできません。



   □



「なによ、これ」


 今どき手紙を出す人がいるなんて。

 しかも書いてある内容が、イミわかんない。キモチわるい。


 相手にする気にもなれなくて、あたしはそれをポイと机の上に放り投げた。

 そのまますぐに捨てなかったのは、友達に見せようと思ったから。

 笑えるいいネタだと思ったからだ。

 キモいの来たーって見せて、ウケねらおっと。

 普通ならSNSにあげるんだろうけど、あたしは自分用のスマホを持っていないのだ。おかあさんがケチだから、まだダメだってさ。

 SNSやってる子に見せて、写真あげてもらおうかなー。バズったら盛り上がれそうだし。そうなったら、ネタ提供者ってことで、ジュース奢らせてやろう。ウシシ。


 翌日、学校に着いてから、あの手紙を持ってくることを忘れたことに気がついた。さきにカバンに入れときゃよかったなぁ。

 ……うーん、まあいいか、明日でも。

 その一日、いつもと変わりない日常を過ごして、用事があるという友達と別れて教室を出た。もうすぐ文化祭があるんだけど、その打ち合わせがあるらしい。あたしは部活をやってないし、出し物にもかかわっていないから、無罪放免ってわけ。

 漫画なんかだと、クラスで喫茶店とかお化け屋敷とかやってるけどさ、あんなの本当にあるのかな? うちの学校はそういうのない。有志がイベントを開催するぐらいだ。

 階段を降りている途中で、大きな木材を抱えた男子生徒とすれちがった。あの人も運営者の一人かもしれない。


「――――っ!」


 ほんの小さな痛み。

 彼の抱えていた角材のささくれに、左の手が触れたらしい。わずかに切れた痕が、手の甲を赤く走っていた。



 あなたは明日、左手を負傷するでしょう。



 ふと手紙の一文が頭をよぎった。

 まさか、そんなの偶然だ。

 だいたいこんなの、負傷のうちに入らないじゃん。

 謝罪する彼に手を振って返し、あたしは帰路についた。


 関係なんて、あるわけがない。

 家に帰ってから、あんな手紙捨ててしまえばいいんだ。

 あんなのがあるから、余計なことを考えてしまうんだから。

 そうだ、そうしよう。





「……ない」


 放りだしたはずのあの手紙は、どこにも見当たらなかった。

 昨日、たしかに机にあったはずの便箋が、消えていた。

 乱雑に置いたままだったノートやペンが、片づけられていることからみても、ママが部屋の掃除をしたにちがいない。

 あたしは部屋を出て、リビングにいるママに訊ねた。


「ねえ、手紙知らない?」

「知らないわよ、手紙なんて」

「机の上に置いてたでしょ!」

「……ああ、あれ」


 思い出したようにママが呟いた。


「無地の、白いやつ?」

「そう! それよ!」


 身を乗り出した私に、ママはそっけなく言った。


「捨てちゃったわ」

「ええぇ!?」

「だって、いらないのかと思ったんだもの。くしゃくしゃにしておくあんたが悪いのよ。なんでもかんでも置きっぱなしで、ちっとも片づきやしないじゃない」


 愚痴とお説教になりそうな予感がして、その言葉を遮るようにして行方を訊ねたけれど、それはすでにゴミとして収集されてしまったあとだった。

 慌てふためいたあたしを見て、ママはどうやらあらぬ勘違いをしたらしい。

 つまり、ラブレター貰ったんじゃないかってこと。

 相手、どんな子? 同級生? それとも先輩?

 嬉々とした様子で訊いてくるの、もうほんとウザイ! そんなんじゃないし!

 ってか、ラブレターってなにそれ。なんで告白するのにわざわざ手紙にするわけ? メールかLINEでいーじゃん。そのほうが早いし。

 

 ママの手前、手紙に執着するのも面倒になって、あたしは諦めた。



   □



「熱っ……」


 翌朝。ヤカンで沸かしたお湯をポットに移そうとして、あたしは蒸気で右手を火傷した。

 蛇口の下で、流水にさらしながら、考える。

 こんなことは、はじめてじゃない。湯気は危ないから、鍋つかみを使いなさいって怒られるし。

 今日のこれは、面倒だからって使わなかった、あたしが悪いだけ。

 あの手紙は、関係ない。

 ヒリヒリするのは右手であって、心じゃない。

 火傷は赤く腫れたままだったけれど、お風呂に入るころにはマシになっていた。




 翌日、五時間目、体育の授業。種目はバスケットボール。

 午後からの体育ほど、疲れるものはないだろう。このあと、まだ授業が残ってるとかマジ勘弁してほしいよね。

 たしかにあたしは、すこしばかり気がぬけていたとは思う。

 オレンジ色の固いボールが直撃した。

 保健室に連れていかれ、あたしの左足には白い包帯が巻かれた。



 その翌日、左足を庇うことに気を取られていたせいか、すこしの段差でつまずいて転んだ。

 右膝から血が流れた。

 流れた血が、右足の靴下を赤く染めた。




「なんかさー、真澄ってば最近、ケガだらけじゃーん」

「なんかヤバイことしたんじゃないのー?」

「じつは、誰かの呪いとかだったりしてー」

「うっわ~、最低ー」


 まわりが笑う。

 あたしも笑う。



 あなたは翌日、顔を負傷するでしょう。



  □



 ガシャン。


 家中の鏡を叩き割った。 

 目につくすべての鏡を庭で破壊した。

 壁からはずせなかったものは、金づちを叩きつけた。

 ひび割れて、なにも映らないようになるまで、何度も叩いた。

 もしも、手紙のとおりに顔を負傷したとしても、鏡さえなければ、傷ついた顔を見なくてすむと思ったからだ。

 

 見えないものは、存在しない。

 知らなければ、気づかないままでいられる。

 つまり、自覚しなければいいのだ。


 左手のささくれ。

 右手に残る赤い腫れ。

 左足に巻いた包帯。

 右膝に残った、まだ乾いていないかさぶた。


 それらはあたしの視界に否応なく入りこみ、傷を負った事実を突きつけてくる。

 痛みが引いた今でも、明確に主張してくる。


 忘れたい。

 知りたくない。

 見たくない。


 だからあたしは、見ないですむ、一番手っ取り早い方法を実行したのだ。

 手足はともかく、顔は鏡に映さないかぎり、自分で見ることってないわけだし。

 


 何度も何度も叩きつけたあと、庭には鏡の残骸が広がっていた。

 がんばった成果のようで、誇らしくなった。

 光に反射する鏡のカケラが、一陣の風に舞う。キラキラと虚空を踊るきらめきは、祝福の光であり、風とともに頬を撫でていく。

 細かく尖った先端は、キラキラと光を受けて輝いている。

 それを受けとめた肌には、無数の跡が刻まれていく。


 でもね。見えなければ、きっと「なかったこと」になるはずだよ。

 この痛みすらも、あたしは知らない。


 だから大丈夫、あたしは無傷だ。

 手紙の通りになんて、なっていない。

 とても楽しくなって、あたしは一人で笑った。



 そうだ。

 知らなければいいんだ。

 感じなければいいんだ。

 どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう?

 痛みも、感覚も、すべてはここにあるんだから。

 それさえ壊してしまえばいいんだよ。




 幾度となく、壁に頭を打ちつけた。


 壊れてしまえばいい。

 額から流れる血が目の淵を伝い、ぽたりぽたりと足元にしみを作る。



「なにしてるの、やめなさいっ!」



 ママの声がした。



 まだ足りない。

 まだ聞こえてる。

 まだ感じてる。

 まだ足りない。



 悲鳴のようなママの声が、次第に遠ざかっていく。

 ああ、これであたしはきっとすべての感覚から解放される。

 これであの予言は成立しなくなる。



 あたしは、死を乗り越えるのだ。



  □



 ぼんやりと見えたのは白い天井。

 耳鳴りがして、音もよくわからない。

 水の中に没しているような、ふんわりとした優しい感覚が包みこんで、あたしの頬はゆるんだ。

 気持ちいいなぁ。


 あたしが寝ているのはパイプベッドだ。周囲にかけられたアコーディオンカーテンから察するに、ここは病室だろうか。

 微妙に締めける感覚がある。

 どうやら、頭に包帯が巻かれているらしい。



「目が覚めたのね!」


 静寂を破るようにして、ひどく慌てた声が聞こえた。

 視線を漂わせると、こちらを覗きこむ女の人がいる。

 髪が乱れ、目元に隈がある。随分と疲れた顔しているようだ。


「……誰ですか?」


 あたしが訊ねると、その人の顔は強張ったようだった。青ざめた顔と、血の気のない唇から、震える声がもれる。


「……ま、真澄?」

「マスミ……?」


 誰だろう。

 どこかで聞いたような気もするけれど、べつにめずらしい名前じゃないし。

 あたしのまわりに、そんな名前の子いたっけ?


 首をかしげて考えるあたしに、女の人は悲鳴をあげた。

 なおも「マスミ」と発しながら、あたしの肩をぐらぐら揺らすせいで、思考が定まらない。

 入ってきた看護師さんに止められるまで、それは続いた。

 大丈夫かな、このおばさん。こっちは病人だよ?

 説明すること、他にあるでしょ。


 いろいろ知りたいことはあるんだけど、とりあえず眠い。

 あたしは欲望に身を任せて、目を閉じた。





 そしてあなたは、あなた自身を失うでしょう――




エブリスタの超・妄想コンテスト第110回「手紙」に参加。


「不幸の手紙」って、どれぐらいの世代まで通じるんだろうか。

後継が、チェーンメールだと思うのですが、それすらもう過去だよね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 不幸の手紙! なつかしさを感じました。もらったことないですけど。 [一言] ことばの入れ方がうまいなあ、と思いました。 あなたは翌日、〇〇を負傷するでしょう、が、はじめは何気ない日常にま…
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