第八十一話 驚愕のプロン
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セフィが二杯目のジュースを飲み終えた頃、俺たちが持って来た売却品の目録が完成したらしい。
店員が持って来た目録を受け取ったプロンが、紙面にさっと目を通し――戸惑った声をあげた。
「ふ、ふむ……? あの、失礼ですが、このマリモというのは? ただのマリモでしょうか?」
『ああ、そういや、それについては説明しないといけなかったな。一個で良いから現物持ってきてもらえるか?』
「かしこまりました」
俺が言うと、控えていた男性がさっと部屋を出て行く。
どうやら通常のマリモ(?)はプロンも知っているようだが、閃光マリモは俺がスキルで品種改良して生み出した新種だ。どういう物か実際に見せて説明する必要があるだろう。
「あのマリモはね~、セフィもつくるのてつだった!」
ふふんっと、得意気に胸を張ってセフィが言う。
確かに品質を鑑定するのは今のところセフィにしか出来ないことだからな。しかし、セフィの発言は止めるべきだったかもしれない。ハイエルフの肩書の凄さを、俺は見誤っていたようだ。
「な、なんとッ!? ハイエルフ様自らお作りになったのでございますかッ!?」
プロンは驚愕の中に畏れ多いとでも言うような感情を浮かべて叫んだ。
なんかそう聞くと凄い物に思えるけど、そうじゃないからね?
『いや、実際作ったのはお――』
「そう! セフィがいっぱいあいじょーこめて、ちょーがんばってつくったっ!!」
セフィさん? あなた最後に品質を見ただけでしょ。
「ぉおお……! まさかそのような、素晴らしい物を……!」
プロンは今にも感涙に咽びそうな表情だ。
今さら本当のことは言いにくいな、これ。
「きたいして、いいよ? めっちゃいいひんしつのやつ、もってきたから」
「もちろんですとも! このプロン、今にも期待で胸が張り裂けそうですぞッ!」
『いやあの、…………まあいいか』
ちょうど閃光マリモを持って来てくれたみたいだし。
「お待たせいたしました。こちらでよろしかったでしょうか?」
『ああ、そいつで間違いない。悪いな』
「いえ、とんでもございません」
男性はプロンの前に閃光マリモを差し出し、プロンが受け取ると一礼して背後に控える。
うーん、店員というよりは使用人とか執事とか、そういった雰囲気の人だな。
「これが、ハイエルフ様のお作りになったという……」
プロンはまじまじと自らの手に乗る緑色の球体を凝視する。その両の瞳に、なにやら魔力が集中したのが分かった。鑑定か解析系のスキルだろうか?
「なるほど、確かに普通のマリモではないようですね……もしや、魔力を与えると光るのでしょうか?」
『お、おう、良く分かったな? ……スキルか?』
「はい。こう見えましてもわたくし、『解析鑑定』のスキルを持っておりまして」
『ほぉ、そうなのか。凄いな』
『解析鑑定』――確か解析と鑑定を併せ持ったスキルで、かなり上位の情報系スキルだ――って、長老が言ってた。
習得にはかなりの労力と忍耐が必要らしく、地味にこのスキルを持っている者に初めて会ったな。ゴルド老も解析系のスキルは持っているのだが、武器や防具、魔道具などに特化した解析スキルだったはず。
『どんなふうに見えるんだ? ステータスみたいに説明とか出るのか?』
「いえ、そう便利な物ではありませんよ」
好奇心から質問すると、苦笑しつつプロンが答える。
「ステータスを持つ生物ならば鑑定することでステータスを見ることができるのですが、このマリモはステータスを持たないようですね。そういった場合、『解析鑑定』に含まれる解析の力で、ある程度の物性や構造、魔力の流れなどを解析し、どんな力を持っているのか推測することができます。ですが、推測は完全に術者の知識に基づいた経験に依りますから、外れることも多いのですよ」
『なるほどな。でも、それでも十分凄いと思うぞ。だいたい当たってるし』
「プロン、やりおる。セフィ、おどろいた」
セフィも片言っぽく驚いている。片言だから、理解しているのかは分からんが。
「はっはっはっ! これはこれは、恐縮ですな」
嬉しげに笑うプロンに、閃光マリモの詳しい使い方を説明することにする。
とはいっても、説明することはそう多くない。魔力を流すと光る。ただそれだけの物だからだ。しかし光量が直に見ると失明の危険もあるほどに強く、閃光マリモは一つ一回しか使えない消耗品だということは説明しなければならないだろう。
だが、黙って話を聞いているプロンの様子からすると、それも解析である程度分かっていたかもしれないが。
「なるほど、それは素晴らしい機能ですね。光量がどれくらいなのかは、実際に確認してみた方が良いでしょうが」
『そうだな。確認するときはくれぐれも気をつけてくれよ?』
最初は実際に使って見せようとも思ったが、プロンはだいたいのところを解析できているようだし、別に良いか。
「もちろんですとも。それから使用時に流す魔力ですが、どれくらい必要になるでしょうか?」
『誰でも使えるくらいだ。極々少量だな。実際に光るのはマリモ自体が蓄えてる魔力を使うから』
「ふむ、だとすると、使い道は色々と考えられそうですな……これはまた、軍部に売れそうな商品です」
などと中々に高評価を得た閃光マリモだが、なぜかプロンの眉間には深い皺が刻まれていく。
納得いかない部分でもあったのかと不安に思ったところで、プロンはがばりっと勢い良く頭を下げたのだ。いやなんで?
「大変に申し訳ありませんっ! こちらの閃光マリモ、お持ちいただいた全ての数を購入することはできないようです」
『え? 何かダメだった? やっぱり爆弾とか、破壊力あるやつの方が良かったか?』
「いえ、そういうわけではないのです。こちらの商品が大変優れた代物なのは間違いありません」
プロンは苦渋を浮かべつつも断言した。だが、しかし、と続ける。
「我が商会にはこれを大量購入するだけの、資金の余裕がないのです」
『……え?』
やっぱり経営は順調ではなかったのか。倒産の危機なのか。
いやでも、前回売った品々を軍部に売って儲けたって言ってたしな。なら消耗品の閃光マリモ程度、百や二百を購入したところで問題ないはずだ。大した金額でもあるまいし。
ん? 金額?
ふと疑問が浮かび、俺はプロンに問う。
『ちなみにだけど、一個いくらで買うつもり?』
「……これくらいで、いかがでしょう?」
そう言ってプロンが提示した金額は、はっきり言って法外な値段だった。
低いというわけではない。こちらが想定していた百倍くらいは高いのだ。どれくらい高いかって? 目ン玉飛び出るくらい。
『いやいやいや!? たっけぇーよッ!? なんでこんな値段になった!?』
馬鹿みたいな値段である。
しかし、プロンにとっては適正な価格であるようだった。その理由というのが……、
「そうですね。こちら、大変に優秀な商品であることは事実なのですが、商品だけの適正価格ならば百分の一くらいの値段になると思ってください」
『だよね? 俺もそう思ってたわ』
「しかし、これにハイエルフ様が直々にお作りになったという付加価値を考えますと……どうしても、この値段にならざるを得ないのです……」
『なんですって?』
ハイエルフの権威、半端ねぇ。
だけどなんだその、アホみたいな理由は。
「ふかかち、かぁ……」
端で聞いていたセフィも、流石にこれには思うところがあったらしい。難しげな顔で呟く。
「じゃあ、しかたないなー」
いや違った。
流石のセフィさんは納得していた。付加価値の概念を理解しているかは怪しいところだが、自らの存在が値段を大きく上げているのは理解しているようだ。うんうん、と深々と頷いている。
「セフィだからなー。しかたない」
「ええ、仕方ありません。ですので、わたくしと致しましても断腸の想いなのですが、今回は閃光マリモの全量購入というのは見送らせていただきたく……」
なぜか誰も否定することなく話が纏まりそうになっているのに、俺は慌てて口を挟んだ。
『いや適正な値段で良いから! 付加価値とか気にしなくて!』
「……よろしいので?」
『いいよ、もちろん』
「……セフィも、じつはそういおうとおもってた。……うそじゃないよ」
『ほらセフィもこう言ってるし』
なぜか嘘じゃないことを強調してるが。
「……ありがとうございます。ハイエルフ様と精霊様の御心遣い、このプロン、しかと受け止めましたぞ! 何か困ったことがあれば、いつでもお力になりましょう」
『そ、そう? 別にそこまで感謝する必要はないけど……ま、まあ、ありがとう』
「うむ、くるしゅうないっ!」
プロンは感激しているが、本当にそんな必要はないんだがな。だってセフィが育てたわけではないし……。
まあ、ともかく、商談はようやく次に進む。
「それでは閃光マリモも全量購入ということで……おお! なんと! 小麦を中心にこれほどの食料を! これはありがたいですな!」
プロンが目録に目を通していく。大部分は食料だが、これは説明の必要もないだろう。
それから今回、ドワーフたちの作った金属製及び魔物の素材製の武器、防具は少な目だ。それよりもマジックバッグの増産に労力を注いだからな。こちらも説明の必要はない。
しかし、前回にはなかった品物でプロンの関心を引いたのは、やはりアレだった。
「これは……精霊茶!? それに……精霊樹の葉ですとッ!?」
バッと紙面から顔を上げて、こちらを見つめる。
どうやら出所を察したらしいな。
「もしや、精霊様の……?」
『おう、俺の葉っぱだよ。エルフの長老の話じゃ結構良い品質らしいから、確かめてみてくれ』
「――では、ただいまお持ちいたします」
俺が言うと控えていた男性が部屋を出て行く。
一方のプロンは、なぜか慌てた様子で頭を下げた。
「ああ、申し訳ございません。品質を疑っているわけではありませんが、実際に確認しないことには値段を付けられませんので……」
『ああ、大丈夫だ。分かってるから』
俺は問題ないと頷いてやる。
別にそれくらいで気分を害するほど狭量ではないのだ。
「お待たせいたしました」
急いで持って来たのか、男性が俺の葉っぱと精霊茶の茶葉を持って現れる。
それを受け取ったプロンは、さっそくとばかりに両目に魔力を集中させて品質を鑑定――いや解析か? していた。それから声を震わせつつ解析の結果を述べる。
「精霊茶は間違いなく特上品質ですな。素晴らしい……! これほどの品質の物はアルヴヘイムが失われてから、一切手に入らなくなっていた物ですから、これはもちろん高値で買わせていただきますぞ!」
ふむ。
特上品質か……良かった。
別に気合いを入れて生やしたわけじゃないけど、品質が良いと言われるとなんだか嬉しい俺である。
「そして、こちらの精霊樹の葉も間違いなく最高の品質……採取して時間の経過も少なく、これほど新鮮な物はわたくしも見るのは初めてです……!」
お、おう?
アルヴヘイムにあったって言う精霊樹さんには劣るかと思ってたんだが、そうでもない? あるいは新鮮だからか?
何にしろ、高評価で一安心だが。
両方の品質を調べ終わったプロンは大きく息を吐くと、顔を上げて潤んだ瞳でこちらを見た。
「……わたくし、感動しました」
『え? 感動?』
「はい。正直、忌々しい教国によってアルヴヘイムが滅ぼされ、もう二度とこれほどの精霊樹の素材を見ることはないと思っておりました。少なくとも、新たな精霊樹様が育つのはわたくしが死んだずっと後だと……」
まあ、普通は精霊の宿る樹木ってのはそうポンポンと育ったりしないらしいからね。だいたい木が育つのは長い時間がかかるもんだ……普通は。
「それがこれほどの精霊樹様が、すでにお育ちになっているとは……なんだか、胸がすく想いがいたします。ざまぁみろ、と。教国の愚か者どもだって、こんな事態は想像もしていないでしょう? 精霊様やハイエルフ様が、奴らの想定を軽々と上回ってくださったことが、嬉しいのです」
『プロン氏……』
そんなに褒められると……照れるぜ?
「ふふーんっ! ユグは凄いでしょー!!」
そしてなぜかセフィが、まるで自分のことのように得意気に胸を張るのだ。
えーっとね、……照れました。
「ええ、ええ、それはもう! 精霊様もハイエルフ様も、どちらも素晴らしいですぞ!」
「むふーっ!」
褒められてドヤ顔を浮かべるセフィ。
俺も何だかドヤ顔を浮かべたい気分だぜ。
ドヤァ。




