第七十六話 元祖ゴー君三人衆
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狩り三日目。
今日はグラムたちに同行して隠れ里の北側、霊峰フリズスを少しだけ登ったところで狩りをするに事になる。
いやまあ、狩りをすると言っても俺とセフィはおそらく狩りには参加しないだろうけど。
隠れ里の北側には巨大な崖が聳えているから、かなり迂回するように森の中を歩いて上を目指す事になる。峻厳な山脈の上には分厚い雪が積もっていて、さらにその少し下辺りからは草木も生えていないようだ。巨大な岩がごろごろと転がる一面の荒野のような地形が広がっており、この辺りから竜種の巣窟になっているらしい。
俺のような植物の魔物ならば、かなり劣悪な環境でも少量の水と日光、それから魔素に恵まれた場所であれば生き延びる事も出来そうではあるが、やはりわざわざ生きづらい環境で繁殖する事もないのだろう。
植物の魔物にとっての生存限界が高度何メートルになるのかは知らないが、山脈の上の方ともなると森どころか木々の一本さえ見えなくなる。
とはいえ、さすがに森が途切れる場所を越えて登山する事はない。
そもそも竜種の巣窟という事で、ワイバーンやそれ以上の竜種が群で襲いかかって来る環境であり、隠れる場所や盾ともなる木々がない場所では、空を飛ぶ竜種は圧倒的に有利だ。
進化して格段に強くなったとはいえ、グラムたちでも探索は無謀である。
それに何と言っても、森を出るとセフィの運動性能は見た目相応の幼女なものに戻ってしまうらしい。
魔力は相変わらずべらぼうに高いが、それは個人のもので、森からの無尽蔵な魔力の供給も受けられなくなってしまうようだ。
なので、セフィが同行している時点で森から出るわけにはいかないのだ。
『ところで、あっちのゴー君たちは大丈夫か?』
『個体で見ればこの周辺の魔物には劣りますが、集団で行動させているので問題はないでしょう、主上』
森の中を歩きながら、グラムに問えばそのような答えが返ってきた。
何のことかと言えば、グラム、ベルソル、エムブラ以外のゴー君たちの事である。
昨日の狼人族たちのように、グラムたちも集団を分けて行動している。グラムたちとそれ以外のゴー君たち12体の二組だ。
グラムとしては、12体のゴー君たちならば問題ないと判断しているらしい。
対するこちらは、おそらく戦力にならない俺とセフィの他はグラム、ベルソル、エムブラしかいない。
今までで一番の危険地帯(竜種の巣窟)に近い場所であるからドキドキしているが、不思議と不安は皆無だ。
『グラムたちはー……大丈夫そうだな』
「グラムつおいなー」
『ハッ、ありがとうございます。安心して、我にお任せを』
まだまだ上に登っていく途中ではあるが、当然、魔物には遭遇する。
今もまた1体の魔物に遭遇した。昨日、ヴォルフが倒していたデスマンティスだ。
かなり間合いが開いている状態で鎌を振りかぶったデスマンティスに、グラムは右手に握った木剣を何気なく振るう。
次の瞬間には高速で飛翔した紅く光る斬撃が、デスマンティスが気刃を放つよりも先に到達し、両断していた。
改めて見ると、グラムの光る斬撃は気刃とは何か違うっぽいな。
飛翔する速さもそうだが、デスマンティスの無色透明な気刃よりもはっきりと見えるし、威力も比較にならないほどだ。
「あら、姫様、別にグラムだけが強いわけではありませんわよ?」
そう言うベルソルも負けてはいない。
貴婦人然とした――いや、むしろ女王様っぽいドレス姿のベルソルが森の中を歩いている光景には違和感を禁じ得ないが、種族的にはブリュンヒルドたちのような樹精霊の一種だ。森の中での行動で木々の枝や下草に足をとられるような事もなく、どこか優雅に歩いている。
そんなベルソルは戦い方も優雅である。
彼女の頭上に、まるで髪飾りのように大きな薔薇の花が咲く。
元々彼女のドレスや髪などは薔薇で装飾されていたが、どうやらそれらとは異なる薔薇であるらしい。
一際大きく真っ赤な一輪の薔薇は、濃密な芳香を周囲に振り撒いた。以前のように操った茨に咲かせないのは、俺たちと移動しているからだろうか。
ベルソルの薔薇に眠りを誘う――否、強制的に眠りに落とす能力があるのは知っているが、一輪だけでは心許ない気もする。
しかし、以前のように視界すべてを覆い尽くすような大量の魔物相手でもなければ、一輪だけで十分な効果があるようだ。
数頭の群で襲いかかって来た巨大狼の魔物――グレーターウルフの1頭が、グラムの攻撃をすり抜けてこちらに襲いかかって来た事があった。
しかし、ベルソルが自らの周囲に結界のように展開する芳香を嗅いだ瞬間、地を蹴る足取りは覚束なくなる。
一嗅ぎで意識は混濁し、二嗅ぎで足が止まり、三嗅ぎで倒れ伏し、四嗅ぎで眠りに落ちる。
動かなくなったグレーターウルフに、自らの下半身を変化させた茨を巻き付け拘束すると、それからじっくりと『エナジードレイン』で【生命力】と【魔力】を吸い尽くしながら、魔物を通したグラムに文句を言う。
「グラム、こちらに1体来ましたわよ。しっかりして下さいな」
『む、すまぬ。しかし、複数同時に来られると流石にな。その時はお前たちで頼む』
「仕方ありませんわねぇ」
そう言われたからではないだろうが、この日のベルソルは俺とセフィの護衛役を務める事にしたようだ。
移動中も常に俺たちから離れる事もなく、薔薇の香りの結界を展開し続けている。
薔薇の香りは眠りに誘う相手を選択する事ができるのか、俺とセフィに睡魔が襲いかかる事はない。しかしどうにもリラックスしてしまうのには抵抗できない。一応、ここも危険地帯には変わりないというのに緊張感が削がれてしまう。
などと思っていたのが悪かったのか、新たな魔物と遭遇した。
「「「チチチチッ!!」」」
その鳴き声が響いた瞬間には、グラムはもう動いていた。
瞬間移動染みた超速で動き、剣を振り、斬撃を飛ばし、瞬く間に2羽の魔物を斬り伏せる。
現れたのが2羽だけであれば、それで終了だっただろう。
しかし、現れたのは6羽。残りは4羽。そいつらは見るからに危険そうなグラムより、複数であっても比較的弱そうに見える俺たちの方が容易い相手と思ってか、こちらに襲いかかって来る。
そいつらはこの辺の魔物としては小柄だ。
大きさはセフィくらいだろうか。しかし両の翼を目視できないほどの高速で羽ばたかせて、木々の間をスイスイと――それでいて素早く飛翔する。
その飛び方は鳥類というより蜂に近い飛び方だった。
ヴァンパイアバード。
見た目は完全にハチドリを巨大化したような魔物だ。
しかし食料は花の蜜などではなく、動物の体液を主食とする。長く鋭い嘴を突き刺し、ストロー状の舌で血液を吸い上げるらしい。
生態はハチドリというより蚊だが、蚊とは違って獲物が死ぬまで血液を吸い上げる獰猛な魔物である。しかし見た目はハチドリそのものなので、
「かわいー」
セフィが瞳を輝かせてそう呟くくらいには、可愛らしい。
だが、高速でこちらに飛翔してくるヴァンパイアバードのつぶらな瞳に騙されてはいけない。奴らは完全に殺りに来ている。
「姫様、あまり離れないでくださいましね」
「うん」
セフィに注意を飛ばしながら、ベルソルが一歩前に出る。
薔薇から放たれる芳香が一際強くなり、香りの結界に入ったヴァンパイアバードは力を失い、放物線を描いて地面に落下した。
「あら?」
「「「チチッ! チチチッ!?」」」
しかし、意識を失ったのは一羽だけだった。
残る3羽は地面に落下した仲間を見て警戒したのか、あるいは何かを感じたのか、一定の距離を保って近づかない。
空中でホバリングしたまま不思議そうに首を傾げる動作をしたかと思うと、急激に魔力が高まり――、
「小癪ですわね」
森の中を強風が吹き抜けた。
どうやら風魔法を使ったらしい。
その風は薔薇の芳香を吹き散らした。
奴らはそれで安全と判断したのか、再びこちらへ襲いかかる。空中での停止から瞬時にトップスピードに移行する動きは、容易く姿を見失わせる。
「頭が、高いですわ」
だがその瞬間、緑色の風が視界を走り、空気が破裂する。
いつの間にか右手から太く長い茨を生やしたベルソルが、まるで鞭のようにそれを振るったのだった。
そもそも自分の一部であるためか、それとも女王様だからなのか、ベルソルの鞭捌きは巧みだ。高速で飛び回るヴァンパイアバードたちを激しく打ち据え、茨の棘で体表を引き裂く。
俺たちに届く事なく鞭に打たれたヴァンパイアバードたちは地面に叩きつけられた。しかし、一撃で絶命させるほどの威力はなかったのか、すぐさま起き上がり、両の翼を震わせる。
「おあいにく様ね」
だが、再び飛び上がる事はない。
その頃には吹き散らされた薔薇の芳香が、再び周囲を覆っていたからだ。
あえなく意識を失ったヴァンパイアバードを茨の鞭で拘束し、『エナジードレイン』で仕留める。
「というか、エムブラ」
「何です、ベルソル?」
安全を確保したところで、ベルソルが眉をしかめながらエムブラに言う。
「あなたもサボっていないで、戦いなさいな」
「サボるだなんて、誤解ですよ。僕は回復や補助は得意ですが、戦闘は苦手なんですから」
穏やかにそう弁明するエムブラであるが、ここまで戦闘には一度も加わっていない。
その必要がなかったのも確かだが、積極的に戦おうという気もなさそうに見えた。まあ、外見は祭服に身を包んだ聖職者だし、荒事が得意そうには見えないが。
しかし、山を登るにつれてエムブラも静観するわけにはいかなくなってくる。
出現する魔物が明らかに多く、それでいて強くなってくるからだ。グラムの攻撃でさえ一撃では倒せない魔物ばかりで、後ろへ通してしまう事が増えてきた。
おまけにベルソルの香りの結界も、風魔法で散らされるか、そもそも眠りの状態異常に耐性を持つ魔物が多くなる。
「グラムはこれを」
エムブラは右手を蔦に変化させると、真っ赤な林檎を一つ生み出す。
彼が多用している誘惑効果付きの毒林檎ではないようだ。しかし、林檎には多くの魔力が込められているのが分かる。
『うむ』
受け取ったグラムが林檎を丸呑みにすると、その全身に林檎の魔力が巡り出す。
能力強化の補助魔法を込めた林檎だったようだ。
強化魔法の類いは非接触よりも接触してかけた方が効果が高い。そして、それよりも体内に取り込める何かに魔法を込めた方が、より効率的かつ効果的だ。
強化された事でグラムの動きが加速する。
消耗を気にして多用していなかった飛ぶ斬撃も、気にする事なく使用するようになる。
能力の強化に加えて、持続回復の効果もあるようだ。
「ベルソルにはこれを」
「いただきますわ」
ベルソルにも林檎を生み出して渡す。
グラムに渡した物とは効果が異なるか、あるいはベルソル用に調整された物なのか。
丸呑みにはせず、しっかりと咀嚼して林檎を食べたベルソルは、下半身を茨に変化させると周囲に広げ、幾つもの薔薇を生み出す。
今回の狩りの目的が魔石や魔物の死骸そのものであるため、『エナジードレイン』であまりエネルギーを吸収できず、控えめにしか使用していなかった能力を、少しだけ規模を広げて使用し始める。
ベルソルに渡した林檎には、魔力の一時的な増大とか、魔力の回復量増加とか、そんな効果があったのかもしれない。
「姫様にはこれを」
そして物欲しげな表情を浮かべていたセフィにも林檎を一つ生み出して渡す。
しゃくりと頬張ったセフィは一言。
「あまくておいしい!」
満足そうに頷く。
特別な効果はなさそうだ。
「それでは後は、魔物たちと友情を育むことにしましょうか」
あとはこちらへ抜けて来る魔物へ向かって、いつもの誘惑効果付きの林檎を喰らわせては、支配下に置いていく。
増やした魔物でセフィの周辺を護衛させたり、グラムの援護をさせたりするのだが、進めば進むほど支配できない魔物が増えてきた。
『やっぱり何でもかんでも支配できるわけじゃないのか?』
聞いてみれば、おっとりとした口調で答える。
「支配には一撃、というか一回の毒で殺せる相手という条件がありますから。だからある程度以上に強い魔物だと、支配できないのですよ」
『そういや、前にそんな事聞いたっけ?』
「一撃で殺せたという事実」が必要とか、そんな事を説明された気がする。
『しかしそうなると、この先には支配した魔物たちより強い魔物しかいないんだから、すぐに数が減るんじゃないか?』
支配した魔物は多種多様だが、10体くらいしかいない。
さらに強く、支配もできない魔物を相手にしては、数が減ったところで補充もできないのではないか。
そんな懸念を、エムブラは危機感などない穏やかな笑みで否定する。
「大丈夫ですよ、主様。僕は魔物たちを大事に使いますから」
次々と林檎を生み出しては、支配した魔物たちに食べさせていく。
能力強化の生命魔法が込められた林檎だ。強化された魔物たちは格上相手にも善戦する。
しかし、戦闘を重ねるごとに消耗し、負傷していくのは避けられない。
そんな傷ついた魔物たちに向かって、エムブラは適宜回復魔法を飛ばし、治療していく。
結果として、支配下の魔物の数が減る事はなかった。
『……なんか魔物が可哀想になってきた』
死ぬ事も許されずに延々と戦わされるのは、大事にされるのとは違うのです。
まさか魔物相手に同情する日が来ようとは。
しかし、グラムたちは先へ進みつつも問題なく魔物を狩っていく。
俺とセフィという護衛対象がいてさえこの安定感なのだから、グラムたちを心配するのは杞憂だな。自分たちが勝てない相手も弁えているようだし、無謀を犯すこともないだろう。
この日は安心して狩りを見学する事ができた。
三日間、皆の狩りに付き合ってみたが、どの組も問題はなさそうだ。
この調子で、しばらくは狩りを続けてもらう事にしよう。
ちなみに、
「むむー……」
『どうした、セフィ?』
狩りを終えて里に帰還した後の事である。
セフィが自らのミストルティンを見つめて、難しげに唸っていた。
「なんか、セフィのみすとるてぃん、せいちょーしてないきがする……」
『……』
うん。
この三日間、一度も使ってないからね……。
最初はグラムたちのステータスを公開しつつスキルなどの詳細も解説しようと考えていたのですが、三人分それやるとめちゃくちゃ長くなる事が判明し、特に重要な部分でもないのでさらっと流す感じになってしまいました。すみません(;>_<;)
いずれ作中で公開する事もあると思います。




