第五十九話 力業食料生産全部俺
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「なっ、何なんだいそいつらはッ!?」
「エルフッ!? クソエルフどもじゃないかいッ!?」
「アタイらと戦争でもしようってわけッ!? 上等じゃないか!! かかって来なッ!!」
ドワーフたちの長老――ゴルド老に連れられて洞窟の奥にある隠れ里へ向かった俺たちを待っていたのは、そんな手荒い歓迎だった。
血気盛んに勇み立った多くはドワーフの女性たちで、手に手にフライパンやハンマーやお玉や鶴嘴などを持って俺たちの前に立ちはだかった。
ドワーフたちに先導されてやって来た俺たちだったが、どうにも彼女らは「不甲斐ない男どもがエルフに負けて隠れ里に押し入られた」と勘違いしたらしい。
ちなみに話は変わるが、ドワーフの女性陣の見た目は幸いにも髭モジャの筋骨隆々な、男性との違いが傍目には分からないような外見ではなかった。
なぜかは分からないのだが、俺の中の「知識」には、ドワーフ女性の見た目に関して二つの情報があった。
一つは先にも挙げたように、男性との違いが分からないほど髭モジャで筋骨隆々な姿である――という知識と。
逆に男性とは似ても似つかないような、人族でいう幼女のような幼い見た目をしている――という知識の二つだ。
これらは相反していて不思議に思っていたのだが、おそらくは「前の俺」の覚え間違いなのだろう。
ドワーフ女性たちは男性陣と変わらず背が低く、しかし髭などは生えていないためか、確かに幼く見える。しかし幼女かと言われたら首を捻らざるを得ない。
彼女たちは何というか――逞しいのだ。
幼女――というか、少女が全身の筋肉を鍛え上げたら、おそらく彼女たちのようになるであろうか。
そんな逞しく頼り甲斐のありそうな外見をしていた。
――閑話休題。
『またさっきみたいなの、やるの……?』
外でゴルド老たちとやったような展開の焼き直しに少々うんざりした俺は、集まった女衆に、さっさと無駄な抵抗を終わらせるために持ってきた酒を配る事にした。
『まずはこれを飲んでから文句を言ってもらおうか!』
もちろん、ドワーフ女衆はまだまだ文句とも怒声ともつかぬ声をあげていたし、説明を求める怒鳴り声も聞こえていた。
しかし、それらを完全無視して酒を手渡してやれば、途端に黙り出すのがドワーフという生き物だ。
既に彼女らの視線は酒の入ったコップに釘付けである。
そして――、
「こ、こんな美味い酒を飲ませて、アタイらをどうするつもりだい!?」
――やはりドワーフ女性もチョロかった。
コップの中身を飲み干して腰砕けになった彼女らは口々に酒への賛美を口にする――でもなく、なぜか妙な事を口走り始める。
「まさか、アタイらの体が目当てってわけ……!?」
「この酒が欲しければ代金を体で払えってこと!? そうなのねッ!!?」
『いや、ちが――』
「うわああああんッ!! この人でなし! でも、アタイはもうこの酒なしじゃいられない体にされてしまった……!! こんなの犯されたも同然よッ!!」
『ちょッ!? いやだから――』
「くッ! 夫に先立たれて20年……他の若いモンに辛い思いをさせるわけにはいかないよ。良いだろう……ここはアタシが人身御供になろうじゃないか! ……で、この酒を作ったのはどいつだい!?」
少しとうが立ったおばちゃんドワーフの言葉に、なぜか皆が一斉に俺を指差す。
『え? え?』
「何だって……? まさか人間でさえないなんて予想外もいいところだけど……まあ、良いわ。アタイがアンタの欲望、すべて受け止めてやろうじゃない」
『いやいやいや! マジでいいですマジでいいです!!』
「さあ、こっちに来な!」
『ホントマジでいいです! やめてッ!』
「女に恥をかかせるんじゃないよッ! さっさと来なッ!」
『やめてくださいマジでお願いしますからッ!?』
俺を捕まえようとしてくるおばちゃんドワーフと、必死に逃げ回る俺。
……ここ最近では一番の、凄まじい恐怖を味わった。
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「なんだい、アタイらの体が目当てじゃなかったのかい。それならそうと最初に言いなよ」
ガッハッハッ! と、おばちゃんドワーフが豪快に笑い声をあげる。
ゴルド老たちやエルフたちの説明により、俺たちがここに来た理由をなんとか理解してもらう事ができたのである。
後少しでおばちゃんドワーフの自宅へ連れ込まれるところだった……。
危ういところで貞操(?)の危機を脱した俺は、セフィの腕の中で震えていた。
『こ、こわかった……恐かったよ……』
「よしよし」
セフィに撫でられる内に少しずつ平常心を取り戻していくが、俺は心に深い傷を負った。
「まあ、食料も酒もくれるって言うんなら、ここに住むくらい別に構わないんじゃないかい? 正直、アタイらも困ってたからねぇ。里の年寄り連中には頑固なのがいるだろうけど、あんまり気にしないでいいよ。ウチの長老も納得してるみたいだし、問題ないだろうね」
『そ、そっか』
俺はセフィの腕の中で顔の向きだけ変えて、おばちゃんドワーフに応じる。
今でこそ気の良いおばちゃんっぽく話しているが、いつ豹変して襲いかかって来るかと思うと警戒を解く気にはなれないのだ。
『それは助かるよ。これから……よろしくな』
本当によろしくして良いのだろうかと疑念が浮かぶが、ここまで来て引き返すわけにはいかないしな。
いよいよとなれば、ウォルを彼女に捧げれば……。
「あいよ。で、住むのは良いけど、アンタらどこに住むんだい? 家を建てるにしても、しばらくかかるよ?」
という言葉に、ハッとして洞窟内を見渡す。
ここはかなり広い空間があるようで、エルフや狼人族の暮らす家を作っても、スペースにはだいぶ余裕があるほどだ。
しかし、確かに数時間やそこらで家を建てられるわけがない。
里の家を移築するにしても、樹上にあった家などはそのままでは移せないだろう。解体して建材として流用する事はできるだろうが。
『そうだな……しばらくは外の家に住むしかないだろうな。幻惑結界くらいだったら、何とか張ったままにできなくもないし』
里ごと移動してきた、というのはおばちゃんドワーフにも既に説明してある。
最初は半信半疑のようだったが、実際に外にある里を見せれば一発だ。
結界も通常は幻惑結界で魔物に気づかれないようにするくらいなら、セフィの言う「ドラシル形態」を解除して根を地面に下ろせば可能だろう。
『しかし、家を建てるとなると大変だな……』
そんな俺の呟きに、
「何言ってんだい」
『え?』
おばちゃんドワーフが、なぜか呆れたような顔で言った。
「家建てるくらい、アタシらに任せな」
『良いのか?』
「良いも何も、アンタらは酒と食料をアタイらに分けてくれるんだろ? なのに手も貸さないなんて恩知らずはドワーフにゃいないよ」
おばちゃんドワーフの横で、ゴルド老ほか、男性ドワーフ陣も「うんうん」と頷いてくれていた。
それはエルフとの確執などきっぱりと水に流したかのような、潔くも気持ちの良い態度だった。
なんてこった。どこかの長老とは一味も二味も違うぜ。
「だ、だからアンタらは、ほら、アレだよ」
とか思ってたら、おばちゃんドワーフが顔を赤くし、どこか期待するようにチラチラとこちらに視線を向けてきた。
ゴルド老も同様に「分かってるだろ?」とでも言いたげな視線を寄越す。
「お主らはほら、アレじゃよ。アレ……せんといかんじゃろう?」
「そうじゃそうじゃ」
「んだんだ」
アレ。
まあ、アレね。
はいはい。
『酒ね』
「そ、そうじゃ! それじゃあ!」
「そうじゃそうじゃ!」
「んだんだ!」
どうやら家を建ててやるから、その間に酒を造っとけ、という事らしかった。
まあ、最初から分かってたよ。
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そんなこんなで、俺たちはめでたくドワーフたちとの確執を解消し、共に暮らしていく事になった。
ドワーフたちがエルフたちのツリーハウスを解体して運搬したり移築してくれる間、俺たちは洞窟の外で暮らす事になる。
俺はまず、「ドラシル形態」を解除した。
強固に編み上げた根を解き、洞窟の前に広がる地面に根を下ろして一体化していく。
エルフたちの里は少しばかり「盛り上がって」いたが、これは元々里のあった場所の土が余分にあるためである。
まあ、多少見た目が不格好になるのは仕方あるまい。
それから「幻惑結界」を恒常的に展開して、魔物が里に近づかないようにしたら、これから必要となる大量の食料を生産するために「畑」やら「果樹園」やらを作らねばならない。
まずは果樹園。
酒にするも良し、エルフや狼人族たちの食料にするも良しの重要な場所だ。
最初は『種子生成』で配下となるトレントなり何なりを増やそうかと思ったが、それだと生産される果実の味が数段落ちてしまう。
そんなわけで拓けた場所に向かって根を伸ばしていき、離れた場所に根を伸ばし終えたら『変異』を使って根を果樹へと変化させる――と、数百本の果樹が広がる果樹園の出来上がりだ。
果樹は巨大な木には成長させず、どれも人の背丈を少し超えるくらいの大きさにした。
その方が収穫する方も楽であるし、スキルを使って果実を生成するのに大きな木にする必要もない。
で、果樹園が出来たら次は畑だ。
生産物は麦類、米類、芋類などの主食となり得るものを主に育てる。
これも別の拓けた場所に向かって根を伸ばし、それを『変異』させて麦や米の稲、芋の苗などにする。
麦と米は収穫しても根っこと茎さえ残しておけば、また再生させて問題なく収穫できるはずだ。
芋は掘り起こされたらそれまでだが、やはりこれも地中に残った僅かな根っこから苗を再生させる事ができるので、問題はないだろう。リボーンベジタブルだ。何か違う気もするが。
俺の知識では米は水田が必要だったかと思ったが、地中から繋がった根を通して水魔法で多めの水を生成してやれば、問題なく生育可能なようだった。おまけに滝の落下地点という事もあってか、ここら辺は川こそないものの水気は多い。
まあ、そんなこんなで主食用の畑を作り終えたら、あとは酒造りに必要なトウモロコシと、各種の野菜を作るための畑を、まったく同様の手順でもって用意する。
つまりは根を伸ばして『変異』で苗を生成し、育てるだけだ。
これら全てを終えるのに、だいたい1週間くらいかかったであろうか。
いまやエルフの里の周囲には、広大な果樹園と畑が広がっていた。
ちなみに他に木々が生えていたりもしたが、建材としてドワーフたちが伐採したり、あるいは俺が『エナジードレイン』で枯らす事で開拓したのである。
ゴロゴロと岩が地表にも地中にも転がっていたが、ドワーフに協力してもらって岩を土へ変えてもらったりした。
彼らはエルフ同様「地属性」を持っているが、エルフとは違って「土魔法」や「鉱物魔法」が得意なようで、岩を粉砕して土へ変えてくれたのだ。
こうして大分形になった果樹園と畑だが、同時に問題も浮かび上がっていた。
『これ、管理するの面倒臭いな』
当然だがスキルを使って果物や作物を作るという事は、一々俺がスキルを発動させないといけない、という事である。
一つや二つならいいが、果樹園と畑に存在する樹木と苗の数は千や二千でも下らないのだ。
付きっきりで管理していれば何とかなるだろうが、一日24時間年中無休で働くなんて嫌過ぎる。
そこで俺の代わりに管理してくれる存在がいれば良いのでは、と考えた。
心当たりはある。
しかし問題は、俺の体を俺の代わりに管理できるのか――というよりも、俺の思った通りになるかどうか、という事か。
考えてみればエルフの里の大樹には、まだブリュンヒルドたちや微小精霊たちが宿っている状態だ。それでいて俺の体の一部でもある。
ならば、その体の中に「もう一体」くらい何かがいても大丈夫なのではないか。
そんな推測を確かめるため、俺は『分霊生成』のスキルを使った。
以前使用して減少した【神性値】は、既に100近く溜まっているから、再び使用するのに問題はない。どうもドワーフたちと暮らし始めてから、また【神性値】が溜まりやすくなったような。
おそらく気のせいではあるまい。
ともかく。
【神性値】「10」を消費して生成した分霊を、俺の本体に憑依させてみた。
俺自身もスキルを使うために本体にいたのだが、分霊は問題なく本体に憑依できたのである。
一つの体に二つの意識が同居する奇妙な状態だったが、違和感はないし不都合も感じない。どちらも俺なのだから。
そんなわけで俺は俺自身が自由に行動するため、分霊に本体および果樹園と畑の管理を頼む事にしたのである。
『嫌だわそんなん』
『――ああん?』
しかし、事情を説明したら分霊はそんな事を言いやがった。
『いや、そんな面倒臭いこと俺だって嫌に決まってんだろ』
『何だとお前。それでも俺かよ!』
『お前だからだよ! 俺だってお前なんだからお前と同じで嫌に決まってんだろが! それくらい分かれよ!』
『て、てめぇ……! お前お前ってお前何様のつもりじゃあああ!』
『お前こそ何だよ何様だよ! 俺が何でも言うこと聞くと思ったら大間違いだぞコラ!』
『言うこと聞けやぁあああ!』
――てなわけで、俺は生み出した分霊に果樹園と畑の管理を任せたのである。
まあ、奴がいくら文句を言ったところで所詮は分霊。主たる俺の命令には逆らえなかったようである。
度々様子を見に行けば、そこは流石俺の分霊、真面目に働いているようで一安心だ。
『チッ、ボケが……』
『……』
とはいえ、会う度にこのような品のない罵声を浴びせて来るのだが。
いつもなら全力で罵倒し返してやるところだが、この日の俺は違った。
新たに生み出した分霊と会いたいとセフィがついて来ていたのである。
「ユグ、おはよー」
『む? セフィか。おはよう』
前に生み出した分霊の時もそうだったが、セフィは分霊の俺も「ユグ」と呼ぶ。
まあ、どちらも俺なのだから間違いではない。
しかし、最初の分霊と違ってこちらの俺は、これから頻繁に会う機会があるだろう。となれば同じ名前だと紛らわしい。
そこでセフィが、新しい名前を付けてあげると立候補したのである。
『どうしたんだ? 何か用か?』
「んとねー、あたらしいユグにあたらしいなまえをつけてあげようとおもって」
『ほう、新しい名前とな』
「うん!」
本当に俺なのか疑わしいほどにあっさりと、分霊は機嫌を直したようだ。
そんな分霊に、セフィは厳粛というよりも「げんしゅく」な面持ちで新たなる名前を告げた。
「あたらしいユグには、ユグ=ガングレリ、というなまえをおくります!」
『ユグ=ガングレリ……? 意味はまったく分からんが……なかなか良いと思います!』
分霊・ユグ=ガングレリは喜んだ。
たぶん、俺(本体)より名前が長くて格好いいとでも思ってるんだろうな。バカだから。
ブーメラン⊂( ・ω・)⊃ブーン
というわけで、今年最後の更新になります。
ここまで拙作にお付き合いくださり、ありがとうございました!
もちろん来年も続きますよ。
それでは皆様、よいお年を!(*・ω・)ノ




