第四十三話 どらしるけーたいっ!
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里を襲った傭兵たちを撃退してから、一週間以上が経過した。
その間、結局他の狼人族がやって来ることはなかった。
里の住民たちは手分けして食料集めや住居の補強などに奔走し、俺自身も色々とやるべき事を行った。
まあ、ドワーフの隠れ里を知るというヴォルフの話では、狼人族の足でもここから一月近くは掛かるだろうと言われた。
場所は今いる場所から北西へ向かった霊峰の麓らしい。
とはいえ、深い森の中を行くのとは違い、今回の引っ越しは目的地に向かって「ほぼ真っ直ぐ」進むことになる。
進む速さも、おそらくは人の足よりは大分速いはずで、一月もかからず目的地には到着すると思われる。
それが正確に幾らかかるのかは分からないが、食料は問題ないだろう。
一月食い繋ぐほどの食料を確保したわけではないが、道中で狩りをする事もできるだろうし、何よりいよいよとなれば俺が食料を生み出す事もできる。
流石に里の全住人分を一月も生み出すことはできないが、足りない分を補うくらいなら可能だろう。
なので、きっかり一週間待った翌日、その早朝。
すでに出発の準備は整い、全ての住人たちは念のため、里の中央にある広場へ集まっていた。
広場にある俺の本体の根本にはセフィが仁王立ちし、集まった住人たちに向けて出発の号令を出す。
「じゃあ、みんな、いくよーっ!!」
「「「おおーっ!!」」」
と元気良く返事が返ってくる。
うむ、と満足気に頷いたセフィは、傍らに浮いている俺に、
「ユグ、じゅんびできた!」
と告げてきた。
まあ、傍で見てたから分かってるんだけどね。
『おう、じゃあやるぞ!』
「うん! ユグ、どらしるけーたいっ!」
『え? なんて?』
「ユグ! どらしるけーたいっ!」
『え?』
何か唐突にセフィが叫んだが、「どらしるけーたい」が何なのかは不明だ。
俺が疑問を発していると、傍で聞いていた長老が解説してくれた。
「ドラシルとは、古い言葉で馬を意味する言葉ですな」
『馬? ああ、うん……全然馬ではないと思うけど、セフィが言いたい事はだいたいわかった』
どうやらセフィは「ドラシル形態」と言っていたらしい。
まあ、乗って動くという点では馬と似ていると言えなくもないか。
「ユグ! どらしるけーたいっ!」
『はいはい……俺、ドラシル形態ッ!』
セフィの言外の要求に負けて、恥ずかしいが叫んだ。
するとようやくセフィが満足そうに頷いたのを確認して、俺は精霊体をいったん本体たる大樹へ収納した。それから自らの体を動かすべく、隅々にまで意識を這わせる。
今の俺は以前とは違う形をしていた。
エルフの里全体と一体化しているのは変わらない。
けれどその地下では、大いなる変貌を遂げていたのだ。
まず、里の大樹たちと融合したことで大幅に増えた根。
これをこの一週間、地下茎の多くを消費しながらさらに成長させていた。
とはいえ、より深く、より広範囲に伸ばしたわけではない。
エルフの里全体を下から包むようなお椀型になるように、かつ容易には崩れないよう根と根を編み込むようにして育て、変形させていたのだ。
これで土台は完成だが、これだけでは何の意味もない。
この土台を持ち上げて、動かすための「脚」が必要だ。
俺はお椀型の土台の左右から四本ずつ、計八本の長く太く強靭に編み込んだ根を生やしていた。
この八本の根――「脚」を動かす。
まずは里全体を乗せた土台ごと持ち上げるように。
もちろん、普通に動かそうとしたところで里全体を支える超重量の土台を、八本の脚で持ち上げる事などできない。
なので植物魔法と無属性魔法の「身体能力強化」を駆使する。
本当なら【生命力】を消費して行使する「闘気」とやらも使えたら、もっと楽なのだろうが、残念ながら使い方が分からない上に、そもそも普通に動くだけで人より遥かに多くの【生命力】を消費する種族だ。
なので、元から「闘気」を使うのは無理だろう。
しかし、植物魔法と「身体能力強化」の補助だけでも、どうにか「立ち上がる」ことができた。
「「「お、おお~!!」」」
里の全体が地震の如く鳴動する。
里の外に生えている森の木々が、まるで地に沈んでいくかのように下降していく。
真実は森が沈んでいるのではなく、里自体が上昇しているのだが。
そうしてしばらく、揺れがおさまる。
『ふぅ~、成功したか』
どうにか「立ち上がる」事に成功した。
もしも進化前であれば、おそらく俺だけでは里を持ち上げるなど不可能だっただろう。だから最初はセフィの植物魔法で補助してもらおうと考えていた。
しかし、進化した事によって俺だけでも里を持ち上げることができるようになったのだ。
その巨大さに目を瞑れば今の俺は、まるで蜘蛛のように見えるだろう。
八本の脚で里という巨大な胴体を支える、巨大な蜘蛛だ。
もう説明するまでもないと思うが、このまま俺が歩くことによって里ごと目的地へ移動するのが、里の大樹たちも含めて全員で引っ越すための秘策であったのだ。
まあ、策というか、ただの力業であると言われればそれまでだが。
ともかく。
こうして移動するに当たって、俺は里の周囲に展開させていた量産型ゴー君たちを全て『魂無キ狂戦士ノ館』へ「格納」した。
ゴー君1、2、3号などの、自我が芽生えているゴー君たち十数体は、すでに里の中に入っている。
なので、あとはこのまま移動すれば良い――のだが、この巨体で進むとなれば、ヴァラス大樹海の木々を薙ぎ倒しながら進むことになる。
教国がここまで戦力を差し向けて来るかは分からないし、それが何時になるかも不明だが、盛大に「足跡」を残して進めば俺たちの後を追う事は容易いだろう。
それは不味い。
なので。
『よっし、じゃあ後はセフィ、任せて良いか?』
「セフィにおまかせ!」
聞けば、セフィはどんっと自らの胸を叩いてドヤ顔した。
ここから先も打ち合わせ済みだが、かなりの力業になる。しかも俺ではなく、セフィによる力業だ。
『じゃあ、さっそく上に来てくれ』
「うん!」
しゅるりっと、本体の枝の一部を長い蔦へ『変異』させて、セフィがいるところまで垂らす。
セフィが蔦を掴んだところで、俺は蔦を引き上げ、セフィを俺の枝の上まで昇らせた。
「ふわー! たかー!」
枝の上まで来たセフィは、そこからの景色を見渡して声高く叫んだ。
今や里一番の大樹となった俺の枝の上から、しかも現在はただでさえ「立ち上がっている」から視界は高い。
普段から高い場所に住んでいるセフィではあるが、樹海の木々を遥か眼下に見下ろせる光景は、初めて経験するものであっただろう。
晴天の空の元、緑色の絨毯が遥か先まで広がっている光景は、まるで見知らぬ地に放り出されたようにも思える。
「よしっ、じゃあ、いきます!」
『おう!』
びっと、なぜか右手を上げてセフィが宣言した。
そしてすぐに、セフィの体に膨大な魔力が集まり始める。
森を司る自然神であるセフィは、森にいる限りにおいて、森から無尽蔵に魔力の供給を受ける事ができる。
人の身では御し得ないほど膨大な魔力は、魔法として紡がれずとも、発光という現象を引き起こす。
淡い光がセフィの全身を覆った。
それは炎の魔人を相手にした時と同じ光景だ。
「――」
すうっと、セフィが大きく息を吸い、口の横に両手を添えるように当てた。
そして――、
「みんなーっ! ちょっとどいてぇーっ!!」
声と共に膨大な魔力が空気に乗って発された。
それは里の北西――ドワーフたちの里へ向かう進行方向に降り注ぐ。
と、セフィが声を発してから10秒くらいの間を開けて、地響きのような音が響いた。
見れば、樹海に生える木々がまるでトレントにでもなったかのように動き出し、緑の絨毯に亀裂が入るように一本の道が生まれたのだ。
まさにセフィの言葉通り、「みんなちょっとどいて」くれたのである。
俺は八本の脚を慎重に動かして、セフィによって作られた巨大な道へ踏み出した。
土台である里を水平に保つよう、できる限り揺らさないよう、一本ずつ脚を動かして歩いていく。
こうして進んだ後は、必要のなくなった道をセフィの魔法で元に戻してもらうという寸法だった。そうすれば、たとえ教国が追撃に軍やら騎士団やらを派遣しても、俺たちがどこへ行ったか容易には分からないだろう。
しかし――、
「ユグ、おそいよ?」
『ちょっ、いまっ、話し、かけないで、くれ!』
当然ながら、俺に八本の脚を操って歩いた経験などないわけで、最初は亀の歩みのごとくなってしまうのは仕方ない。
だが、続けていれば徐々に慣れていくだろう。
しばらくかけて里のあった場所から、俺の体が全て出た。
ここまで10分近くかかっている。これが速いのか遅いのかは分からないが、慣れればもっと速く動くことは可能だろう。
だがしかし、俺は一度止まる事にした。
「つかれたの?」
『いや、そういうわけじゃないんだけど』
本当に体力が尽きたわけではない。
ただ、俺はさっきまで里があった場所を見ていた。
そこは擂り鉢状に穴があき、緑のない地面が顔を覗かせている。
かなりの広さにわたって拓けた空間だ。
『う~ん、ちょっと一日時間もらって良いか?』
「んー?」
この空間を無駄にするのは、なんだか勿体無いような気がしたのだ。
持続可能な未来を作るためには、エコが大事って偉い人が言ってた(ような気がする)。
なのでちょっと、この広い土地に木を植えてみようと思ったのである。




