第四十一話 引っ越し先の物件は安全だが訳あり物件
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『――それで、どこに逃げるかだが』
すでに場所を知られてしまった可能性がある。
もしくは、これから知られてしまう可能性が高いこの場所に、ずっと留まるのは危険過ぎる。
問答無用でこちらを殺しに来る人族が、あの大人数の傭兵たちみたいに、それほど強くないのであれば迎え撃つ選択肢もあっただろうが、おそらく教国の騎士と思われる男は不条理に強すぎた。
あのような化け物が大人数で攻めて来たら、さすがに今の俺たちでは抗う事も難しいだろう。
だからこそ、里の場所を移す事は決定事項だと言っても良い。
しかし、同時に考えなければならない事もある。
いったい何処へ移動すれば良いのか、という問題だ。
『何か、良い場所知らないか、長老』
「そうですなぁ……」
エルフの里、長老の家にて。
俺は大きめのクッションにもたれ掛かったセフィに抱き抱えられながら、対面に座る長老と話し合っていた。ちなみに、当然ながら今の姿は精霊体である。
「単に北へ移動すれば、まだまだ時間は稼げると思いますが……霊峰フリズスは暮らすには適さない土地ですからな」
『食料が少ないとか、そういう問題か?』
真面目な話し合いである。
セフィは幼女なので、すでに退屈していた。
手持ちぶさたになったセフィは、俺の体をむぎゅむぎゅむにむにして遊んでいるが、幸いにして念話を発することに支障はない。
「いえいえ、ここよりも余程魔素が濃い土地ですからな。食料になるものは幾らでもありますぞ」
『ふむ……となると、問題は魔物か?』
長老の返答から推測して口にすれば、肯定するように深々と頷かれた。
「その通りですな。何しろ霊峰は別名を竜の巣とも言われるほどに、竜種が多く生息している土地でもあるのです。1体や2体の竜種ならば、今の里の戦力でも十分に撃退は可能ですが……ワイバーン種などは数十体単位で襲いかかって来ることもありますので」
『数十体……狂戦士が数百体いるけど、それじゃあ相手できないかな?』
すべすべつるーんっと、俺の体表をセフィの手が撫でていく。
「狂戦士……ああ、新たな守護者様たちですな。それならばまあ、戦力的には十分かもしれませんのう……。しかし、対空攻撃の手段が不足しているので、やはり撃退は難しいかもしれませんな。ワイバーンのような下位竜種だけでなく、属性竜のような上位種も多様におるのが霊峰ですので」
『対空攻撃手段かぁ……ブリュンヒルドたちは飛べるけど、流石に二人じゃ無理だもんなぁ……』
セフィが一所懸命に俺の帽子を脱がそうとしているが、残念、この帽子は被っているわけではないのだ。精霊体がそういう形になっているだけで、帽子の部分も繋がった俺の体なのである。
だから力一杯引っ張っても無駄……いたいいたい痛いよ!?
「ユグ、いたいの?」
『痛いっていうか、ダメージが来るからね? もっと優しく扱ってよね?』
「かしこまり!」
いつも返事は良いよね。
「我々エルフも遠距離を狙う攻撃魔法は使えますが、高速で飛び回る相手となると少し勝手が違いますからなぁ」
『あ、長老は何事もなく話を続けるのね』
まあ、俺も大砲みたいなやつでウォーターカッターとか出せるようになったけど、あれは距離が開くほど急激に威力が落ちていくしなぁ。おまけに魔力の消費も馬鹿にならないくらい多い。
竜の巣窟に住み処を移すのは、やはり現実的ではないのか。
「ヴァラス大樹海を転々と移動するのが、やはり現実的な手段と思われますが……」
と、長老自身も苦渋の選択なのだろう、難しげな顔でそう言った。
俺はセフィにぽーんっぽーんっと空中に投げ飛ばされながら、
『他の国に行くってのはダメなのか? 多種族国家もあるんだろ?』
と、問う。
長老は非常に苦々しげな顔で、何か言葉を選ぶように答える。
「難しいでしょうな……狼人族だけならば、あるいは受け入れてもらえるかもしれませんが……」
狼人族だけ?
と、そこまで考えたところで気づいた。
エルフには教国にとって、見逃す事のできない存在がいる。
『そっか、わかった』
それ以上を言わせないために、俺はすぐに頷く。
しかしそうなると、やはり長老の言うようにヴァラス大樹海から出る事は難しいのだろうな。
この先、教国と戦う事になるのだから、どこかの国の庇護下に入れたら良かったのだが。
やっぱり戦争は数だって、偉人も言っていた……ような知識もあるし。
『もっと仲間っていうか、同盟者の存在を増やしたいところだけどなぁ』
この先もずっと少人数で教国に抗う事はできないだろう。
どれだけでも時間をかけて良いのなら、大樹海すべてを『同化侵食』するという手が使えるかもしれないが。
いや、分霊を複数生み出して分割管理すれば、もしかしたら可能かもしれないと思うんだよな。
しかし流石に、そんな事をしている時間はないだろう。
「ユグ、なかまになってくれそーなひと、セフィしってるよ」
『ぬ?』
天井すれすれの場所から落下した俺を見事にキャッチしたセフィは、クルリと俺の顔を自分の方へ向けると、そう言ったのである。
『え、誰か知り合いでもいるの?』
幼女の人脈とはいえ、セフィはハイエルフ。
もしかしたら、ハイエルフ的なハイソサエティな繋がりがあるのかもしれない。
そう期待しつつ聞けば、
「あったことはないけど」
『会ったことねぇのかよ!?』
それって知らない人じゃんね!?
せめてガーランドとか言うかと思ったわ!
「でも、れーほーのふもとにすんでるらしいよ?」
『うん? 何ですって?』
霊峰の麓に住んでる?
さっきまでそこにはやっぱ住めないよね――っていう話をしていたんだが?
俺はくるりと体を回転し、長老の方を振り返る。
すると、長老はなぜか俺から目を逸らしていた。
『……おい、ジジイ』
「……」
『おいコラどういう事だ。何隠してやがる?』
「……あー、聞こえませんのぅ。最近耳が遠くなりましてのぅ」
ジジイは完全に黙秘する構えだった。
このジジイとて安全に暮らせる場所があるなら、それに越した事はないはずである。にも関わらず隠そうとしていたのは、何か理由があるのだろう。
それが何か、致命的な欠陥ゆえに、とかだったら構わないのだが……。
『セフィ、そこには誰がいるんだ?』
ジジイは答えそうにもないので、セフィに聞く事にした。
するとセフィの言葉を遮るように、ジジイが慌てたように声を出す。
「ああーっ! いけませんぞ姫様! あそこは我らエルフにとって敵地にも等しい土地! 口にしてはなりません! 口にしてはなりませんぞ!」
「え? そなの?」
セフィは素直に知らなかった、というような顔をする。
そして頷くと、口を押さえるように手を当てた。
しかし、だ。
セフィの口を割るなど、俺にとっては容易いこと。
『セフィ、あとで桃10個やるよ』
「ん。そこにはドワーフってひとたちがすんでる」
セフィは一瞬も躊躇することなく、すぐにきりりっと頷いて話してくれた。
「ああーッ!?」
長老が大声をあげるが、そんな事はどうでも良い。
重要なのは、そんなところに人が住んでいるのを、ジジイが黙っていた事である。
『なんで黙ってたんだよ?』
と聞けば、
「だって、ドワーフなんぞと一緒に暮らすなど、反吐が出ますからな」
非常に嫌そうな顔で答えるのだが……うん、「だって」とかもう、ね……好き嫌いの問題かよ!?
ぶっ飛ばして良いですか?




