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第百四話 森林召喚・ユグ


 ●◯●



 バジリスクゾンビに極大光魔法をぶっ放ち、奴の頭部に巨大な穴を穿って仮初の生命活動を停止させた後、俺の精霊体を構成する【魔力】が失われたことで、精霊体は空気に溶けるように無数の光の粒子と化して消えてしまった。


 瞬間。


 俺の意識は遥か霊峰フリズスの麓、洞窟の中の隠れ里の外に広がる巨大な畑、その中央に聳える本体たる精霊樹へと帰還していた。


『ガング』


『お、戻ってきたのか。ってことは、そろそろか?』


 すぐに俺はガング――俺の本体に宿る俺の分身たる分霊、『ユグ=ガングレリ』に声をかける。

 ガングも俺が戻ってきた理由を悟り、そう聞いてきた。


『ああ。んで、こっちの準備はどうだ?』


『畑との接続は全部切ってある。数日くらいなら影響は少ないだろう』


『森の方は?』


『限界ギリギリまで『同化侵食』してるぜ。これ以上広げるなら、分霊を作って管理を一部委譲しねぇと無理だな』


『良し。十分だ。……あ、そういや、ヘリアンは?』


『すでに格納済みだ。鬱陶しかったから無理矢理閉じ込めてやったぜ』


『ナイスだ』


 流石は俺の分霊。

 隙のない仕事振りに称賛を送っておく。

 後は「その時」が来るのを待つだけだ。

 なのだが……。


『……』

『……おい、セフィや皆は無事なんだろうな?』

『……少なくとも、俺が戻ってくるまでは無事だった』

『そうか。……遅ぇな。まさか、セフィに何かあったんじゃ?』

『縁起でもないこと言うなよ。大丈夫だ。あっちにはグラムと長老が護衛で付いてる』

『そうか……じゃあ、大丈夫か。……長老って戦えんの? 本当に大丈夫?』

『長老が戦えるかどうかは知らん。だが、グラムもいるし大丈夫なはずだろ、たぶん』

『たぶんって何だよ! そこは断言しろよ!』


 ただ待つだけの時間が、何と辛いことか。

 今もビヴロストでは皆が戦っているのに、ここにいる俺たちでは何も手助けすることができない。

 セフィたちと一緒に暮らすようになってから、地味にこんな状況は初めてじゃないか?

 それほど長い時間ではないはずなのに、やけに時間の経過が遅く感じる。

 ガングと埒の明かない言い合いを続け、苛立ちを圧し殺し――そして、


『本体!』


 最初に気づいたのはガングだった。


『来たか!』


 少し遅れて俺も気づいた。

 俺の本体たる精霊樹が、深く深く伸ばした根。

 そこへ大地の奥深くを力強く流れる魔素の大河――地脈から魔素や魔力とは異なる力の流れが分かれ、俺の根へと触れると、水を吸い上げるよりもなお早く、幹から枝、その先の葉の一枚一枚へと満ちていく。


 それは俺の本体だけの事ではない。


 ブリュンヒルドたちヴァルキリーの本体たる大樹。そしてエルフの里を構成している全ての大樹。さらにはその外側――留守を任せていたガングが『同化侵食』のスキルで取り込んでいた、樹海の木々にさえ俺と同化している根を通して広がっていく。


 魔力とは違う異質なる力。


 セフィーリアちゃん曰く、神力。


 神々が神々たる所以であり、神でなければ自由に操ることはできない、究極のエネルギーだ。


 その正体は、あの夢の中のような世界でセフィーリアちゃんから教えられた。

 それはステータス上に表示される名称では、こう呼ばれている。


【神性値】――と。


 その究極のエネルギーたる神力が、今、俺の本体と融合する全ての森の木々に広がり、満ちていく。


 この神力はどこから来ているのか?


 答えは一つだ。


 ビヴロストの戦場にいるセフィが、その大地の下を流れる地脈へと自らの神力を流し込み、霊峰から遥か南西へと下る巨大な地脈の流れを遡り、俺へと神力による小径(パス)を繋げたのである。


 そう。

 夢の中の世界で、セフィはセフィーリアちゃんから、この神力を操る術を伝授された。

 セフィが戦場に立ち、皆が時間を稼いでいたのも、全ては神力を遥か遠く霊峰に在る俺本体へと繋げるためだった。


 そして今、それは成った。


『ぅお――!?』


 セフィの術が発動したのを感じて、俺は思わず戸惑いの声を漏らしてしまった。

 だが、それも無理はないだろう。何しろ初めて体験する感覚だ、これは。


 次の瞬間、精霊森樹エレメンタルフォレスト――ユグは、霊峰の麓からその姿を消した。



 ●◯●



 ビヴロスト門前にそそり立つ大石柱。

 セフィの立つその巨大な石柱にも、ささやかな役割があった。

 魔法で作られた石柱には、僅かながら魔力が宿る。

 そんな石柱は、地上から空へ伸びる高さ以上に、地下へ深く深く突き立っていたのだ。

 事前にゴルド老へ頼み、わざわざ作り出してもらった魔力を宿した石柱は、大地の下を流れる地脈にまで辿り着いていた。


 いわば地脈に突き刺さった針のような石柱は、魔力を宿していることで地脈に接続する小径(パス)となった。ゆえに、それを通じて神力を流し込むのも容易い。

 だが、そこまでしても遥か遠く、ヴァラス大樹海を隔てたユグにまで神力を届けるのは至難の業だ。まさに神業とでも言うべき、人智を超越した御業である。


 だが。


 真に驚くべきはその後。

 ただ立ち尽くしているように見えて、足裏から接する大石柱へと神力を流し込んでいたセフィは、遥か先で自らと繋がった存在を知覚した。


「……」


 知覚して、静かに目を開ける。

 その瞳には体内で渦巻く神力が荒れ狂い、白々としたような、あるいは虹色のような、不思議な光が宿っていた。

 その瞳で眼下――地上を観察する。

 観察するのはビヴロストの市壁の形。地上で戦う人々の位置。あるいはそれらの間にある、空白。

 本来無きものを出現させるために、それらの空白を把握する。


 全ての準備が整ったことを悟り、セフィは静かに両手を掲げた。

 そして自らの権能をも利用し、膨大な神力でもって不可能を可能にする。



 神術――森林召喚・ユグ



 瞬間、大地が鳴動した。



 ●◯●



 浮遊感。

 空気の変化。あるいは知覚する世界の変換。

 霊峰と砂漠の気温の違いだけが、それらを感じさせたわけではないだろう。


 空間を跳躍するという表現しがたい感覚を体験した直後、俺は霊峰から砂漠の地へと一瞬にして移動していた。

 大地を押し退けて数多の木々が出現する衝撃が、鳴動となって周囲を揺らす。


「「「…………」」」


 その鳴動が止んだ頃、戦場から全ての音が束の間消滅し、耳が痛いほどの静寂が舞い降りた。

 敵も味方も、すべての者たちが唖然として「俺」を見上げていた。すなわち――


 ビヴロスト。

 その市壁の外を覆うように出現した、巨大な森を。


『良し、まずは――』

『あのデカブツだな』


 巨人の視界が小さな人々よりもずっと遠くまで見渡せるように、精霊体よりも遥かに巨大となった今、俺の知覚範囲はビヴロスト一帯を網羅する。

『魔力感知』スキルによって戦場全体の状況を瞬時に把握し、まず対応すべき存在に注意を向けた。


 そいつはすでに「俺」の中にいる。

 ビヴロストの門前、森の中に入り込んだ巨大な存在。骨だけとなった巨大蜥蜴。


『第二形態かよ』


 倒したはずなのに姿を変えて平然と動いている存在に呆れながらも、俺はバジリスクの足元、地面から生やした太く巨大な根で、その全身を拘束した。


「――――!!」


 バジリスクが声なき悲鳴を上げるように激しく暴れまわるが――無駄だ。

 今の奴は、いわば俺の体内に入り込んだ小さな虫にも等しい。『同化侵食』によって巨大な森と化した俺とバジリスクでは、その体積に圧倒的格差があった。


 暴れまわるバジリスクに次々と根を這わせ、足を、尻尾を、胴体を包み込むように拘束し、一歩もその場から動けないようにする。

 同時に『エナジードレイン』を発動するが、活動不能に追い込むまでには時間がかかるだろう。

 ゆえに――、


『グラム――倒せ』


 大石柱の上にいるグラムに念話を飛ばす。


『御意』


 静かに頷いたグラムが、両の手に握った二本の大剣へ赤々と輝く闘気を流し込んだ。ビリビリと空気が震えるほどの力を秘めた二本の大剣を、担ぎ上げるように肩の上で構える。

 そして石柱の上から眼下のバジリスクへ向かって跳躍した。

 放物線を描いて落下する先は、唯一根で覆わなかったバジリスクの頭部だ。


『――ドラゴン・クロウッ!!』


 そこへ、落下したグラムが両の大剣を同時に叩きつけた。

 力任せに二本の剣を叩きつけるような、奇妙な剣撃。

 だが、だからこそ、グラムの全霊の力が込められている。

 叫んだ言葉の通りに竜の爪痕のような赤い軌跡を空間に刻む。

 二本の大剣は巨大な髑髏(しゃれこうべ)に衝突し――盛大な激突音を響かせたと同時、バジリスクの頭部を粉々に打ち砕いた。


 その無数の骨片の上に着地したグラムが、やりました、とでも言うように見上げてくる。


『良くやった、グラム』

『ハッ』


 と褒めつつも、今の光景を見ていたガングが俺にだけ聞こえるように囁いた。


『え? 今の何? ……必殺技とかあったんだ、あいつ……』


 ベルソルもエムブラも色々できるようになってるし、それに比べれば控え目なのではなかろうか?

 ともかく、残念ながら今はグラムの必殺技を気にしているような場合ではない。


『――ユグっ!』

『セフィ! 無事だったか!』


 森の中に突き立つ大石柱の上から手を振って来るセフィ――だが、いつものように屈託ない笑みではない。何か焦っているような、焦燥感に駆られた顔だ。


『みんながくろいいわにとじこめられて、たいへんなの! たすけなきゃ!』


『何だって? 黒い岩?』


 何がどうなったらそうなるの?

 皆って具体的には誰?

 俺の頭に疑問符が浮かび、そんな不思議そうな態度を感じ取ったか、さらにセフィが説明してくれるが……、


『つえもったやつが、じめんをトンッてしたら、すながどーんってなって、そのあとカチンコチンにかたまって、くろくなったらみんなでてこれなくなっちゃった!』


『なるほどな……全然分からん』


『もぉーっ!』


 杖持った奴が何かしたことしか分からなかった。

 セフィがドンドンと足を踏み鳴らすが、仕方ないと思うの。


『ここは儂が説明いたしましょうぞ。敵の中に教国の騎士ども、正確には石棺騎士どもが混ざっていましてな、こやつらが奇妙な魔法を使ったのですじゃ』


 すると、セフィと同じく大石柱の上にいた長老が念話を飛ばしてきた。

 正直、助かるぜ。

 それから長老の説明を纏めると、その石棺騎士どもが対象を岩の中に閉じ込め、さらに強制的に内部の者を眠りに就かせる精神魔法との複合技を使用したらしい。んで、この精神魔法、呪いの一種とも言えるのだとか。

 これによってグラム配下のクレイモアたちをはじめ、個人で戦場を荒らせるレベルの大戦力が、次々と岩の柱の中に封印されてしまったのだとか。

 騎士たちのこの術は発動が早い上に戦場での乱戦を利用してか、奇襲で仕掛けられて回避も難しく、なかなかの被害だという。


『閉じ込められた奴らは、無事なんだよな?』


『守護者殿たちであれば、数日間封じられたままでも、問題はありませんでしょう』


『ちなみに長老、どうやったら解放できるか、わかる? 壊せば良いのか?』


『いえ。あれは並の硬さではありませぬ。壊すのは至難の業ですし、それほどの力を加えては内部の者たちが無事に済むという保証もありませんからのう。ですからここは正攻法で、『解呪』するのが良策かと』


 さらに聞けば、『解呪』というのは光属性で使える魔法の一つらしい。

 しかし、残念ながら俺はそれを覚えていない。

 セフィも光属性はあったはずだが、『解呪』は覚えていないという。かなり限定的で特殊な魔法だからな。今まで使う必要などなかったのだろう。


『長老はどうだ?』


『残念ながら、儂は光属性を持っておらんのですじゃ』


 ということは打つ手なし――では、もちろんない。

 たった一人、いや、一体だけ、『解呪』できそうな奴に心当たりがある。


『仕方ねぇ、さっそく出すか』


 気は進まないが、俺は本体の幹から「格納」していたそいつを、外へ放り出した。

 空中に投げ出されたそいつは、瞬時にくるくると回転すると、シュタリっと地面へ着地する。それから顔を上げて、


『もう安心しろ、皆の衆……俺が、来たッ!!』


 叫ぶ。


『――って、あれ? 敵は? ピンチの味方はどうした?』


 それから自分が森の中にいることを把握して、キョロキョロと周囲を見回した。

 細身の白い全身鎧姿の、俺の分霊の一体――ユグ=ヘリアンだ。

 こいつの『秘文字魔術』のスキルなら、『解呪』というルーン文字を知ってさえいれば、そのものズバリの効果を発揮するはずだった。



お読みいただきありがとうございます。


実は明日2月10日は、コミック版雑草転生一巻の発売日でございます!

描いているのは「幾夜大黒堂」様で、小説版の拙い設定やストーリーを煮詰め直して再構成していただき、物語としてもより魅力的な作品に仕上がっております。

面白いこと間違いないので、ぜひぜひお手にとってくだされば幸いでございますm(_ _)m

ちょうど次の日からは三連休なので、自粛中のお供にでもしてもらえれば最高に嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新プリーズ!
[良い点] ユグ降臨最高 [気になる点] ユグ本体が石棺に閉じ込められたらどうなるのか気になる [一言] ピッコマで漫画を読んでから此方にきました。話の進み方も少し違って面白いですね。ユグを想像しなが…
[一言] 久しぶりの更新うれしいーーー! 巨大モンスターの蹂躙も良いし、一人の英雄が巨大モンスター倒すのもテンション上がる!!!!
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