第百三話 漆黒の墓標のごとく
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大石柱の上からグラムは見た。
眼下に広がる砂漠の戦場、その前線付近で四つの巨大な石柱がそそり立つ様を。
己の配下である『樹闘霊鬼』四体に、同じく四人の石棺騎士たちが対応に当たり、武器や魔法を交えながら戦場を移動しつつ激しい戦いを繰り広げていた。
それから各自の距離が十分に離れたところで、石棺騎士たちが手に持つ長杖を地面に突き、ほぼ一斉に同様の魔法を行使したのだ。
それはクレイモアたちの真下、砂漠の地面を液状化したかのように揺らめかせると、次の瞬間には間欠泉のように大量の砂が噴き上がる。
『おわぁッ!?』
『なんじゃこりゃあ!?』
『目眩ましか!?』
『ちょっとー、体が汚れちゃうんですけどー』
クレイモアたちがそれぞれに緊張感のない声をあげ、砂の間欠泉から逃れるより前に、それは瞬時に固まった。
形状は長方体の地面から突き立つ石柱だ。
クレイモアたちが石の中に文字通り囚われたのを見て、グラムは念話にて怒声を発する。
ちなみにグラムとクレイモアたちには同種の種族――樹霊鬼系統の仲間――ならば、数キロ程度の距離があっても自由に念話できる能力が備わっていた。
『何を遊んでいるか!! さっさと抜け出せいッ!!』
『うす』
『了解』
『承知』
『あーい』
この時点ではまだ、クレイモアたちも余裕があった。
確かに石の中に囚われるというのは、それが人間であるなら致命的であるが、樹闘霊鬼であるクレイモアたちにとってはそうではない。
多少呼吸ができなくともすぐさま窒息死することはないし、何よりただの石程度、闘気術に植物魔法の強化と、己の身体能力のみで砕くこともできるからだ。
あるいはそれぞれの武器の変形機能を利用して、石に亀裂を穿っても良い。
『へへっ、敵がやったかと油断したところで打ち破ってやるのが格好良いんだよなぁ』
『驚かしてやろうぜ』
『大きな戦闘は今回が初めてだからな。華々しく活躍してやるぜ』
『お肌が荒れちゃうー』
クレイモアたちの緊張感がない会話は、もちろんグラムにも届いていた。
真面目なグラムとしては配下たちのふざけた会話に言いたいこともあるが、戦いの最中に叱ることでもあるまいと我慢する。しっかりと己の役割を果たすならば、それで良かったのだ。
『……ベルソルやエムブラの配下はマトモなのに、なぜ我の配下はこうなのだ……。だいたいなんだ、肌が荒れるって……』
荒れるような肌はねぇだろ、とグラムは思わず脱力してしまう。
しかし、もっと注意を促した方が良かったのだろう。
『む?』
油断を突かれた、というには短い時間であったが、敵の石棺騎士が続けて膨大なる魔力を放ったのだ。
何らかの魔法を行使したのは明白であった。
『不味いッ! お前たち、さっさとそこから――ッ!!?』
慌てて叫ぶグラムであったが、全ては遅すぎた。
クレイモアたちを閉じ込めた灰色の石柱が、瞬く間に黒く黒く染まっていく。
『あ、親分、やべぇ』
『力が、抜けて……』
『ぅ、お、意識が……』
『あーん、眠たくなっちゃったぁー』
わずか数秒で石の柱が漆黒に染まる。
そして、クレイモアたちと繋がっていた魔力のパスが完全に絶たれたことをグラムは感知していた。
『なッ!? まさか、死――』
「いや、死んではおるまいよ」
同じく大石柱の上にて戦場を見守っていたエルフの長老が、自慢の長い髭を扱きながら敵の魔法を推察する。
「あれは土魔法と精神魔法の併せ技じゃな。石の柱を棺と見立てて、内部に取り込んだ存在に眠り……いや、精神の活動を停止させるような術を施しておるのじゃろうて。いわば仮死の精神魔法、といったところかのぅ」
『そんなことが? しかし長老殿、彼我の力量差が大きいならばともかく、我らと教国の騎士どもでは、もはやそれほどの差はないはず。簡単に精神魔法が効くとは思えないのですが?』
「ふむ……動かない相手になら魔力を集中することができるからのう。それに石の棺自体に魔法の効果を付与しておる。そうなれば持続的に魔法がかけられているも同じ。最初に石の棺を壊さん限り、一瞬でも抵抗に失敗すれば、その時点で終わりじゃからのう」
『なるほど……それは厄介ですな』
「うむ。とはいえ、守護者殿たちならば、死ぬということにはならんじゃろう。儂らならそもそも窒息死しておるからのう」
グラムたちとて、呼吸を完全に必要としないわけではないが、一時間や二時間で死んでしまうほどではない。
クレイモアたちが死んでいないというのは不幸中の幸いであったが、そういう問題でもない。
主たるユグが戦場からいなくなった現在、その配下としてはしっかりと活躍しなければならなかった。そう、初期ゴー君三兄弟の長兄として、ベルソルよりも、エムブラよりも、である。それに自分は姫の護衛でここから動くことができないので、戦闘はクレイモアたちに任せるしかないのだ。
にも関わらず、自分の直属の配下であるクレイモアたちは戦場投入から一時間も経たない内に退場だ。
不甲斐なさやら怒りやらで、ぶるぶるとグラムの体は震えた。
『こッ、こぉの馬鹿どもがぁ~ッ!!』
思わず叫ぶグラムに、地上から念話が届く。
『不甲斐ないですわね、グラム』
『ぬッ、ぬぅ!?』
ベルソルのからかうような物言いに、しかし残念ながら言い返すこともできない。
『まあ、もうちょっと頑張って欲しかったのは確かだけれど』
『むううッ!!』
続いて届いたエムブラの声にも、呻き声をあげるばかりだ。
しかし、エムブラはすぐに真剣な調子で続ける。グラムをからかっている状況ではないらしい。
『とはいえ、少し調子に乗っているところはあるけど、クレイモアたちだって弱いわけじゃない。こんなに速く無力化されるなんて、ちょっと不味いよ』
『確かにそうですわね。おまけに騎士たちを下がらせるどころか――』
『うむ……これは不味いな』
グラムは戦場を見た。
教国騎士どもは、クレイモアたちを封じた後も後方へ下がるつもりはないようだ。
それどころか、むしろさらに6人の騎士たちが追加され、こちらへ近づいて来る。アンデッドや教国の兵士たちだけでは、埒があかないとでも思ったのか、一気に戦力を投入してきたのだ。
『クレイモアたちだから封じられただけで済んだけど、生身の人間なら死んじゃうよ、あれ』
エムブラは少しばかり深刻な様子で言う。
『確かにな』
『私たちが前に出るしかないですわね』
だがそうなると、今度はアンデッドや兵士たちへの対応ができなくなり、ウォルナットやローレル、ヴォルフやゴルド老など他の人々の負担が増えてしまう。
しかし、それはもはや仕方ないと割り切るしかないだろう。
『頼むぞ』
『言われるまでもないですわ』
『もう少しの辛抱だよ』
戦えない己を歯痒く思いながら、グラムは妹弟たちに守護者としての役目を託した。
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「ふむ……やはり、手強い個体は多くないですねぇ」
石棺騎士バルド・レイドールは戦場を見渡しながら呟いた。
良く分からない全身鎧の化け物たちを石棺騎士団の代名詞でもある魔法――『石棺』にて封じた後、さらに6人の騎士たちを戦場へ投入した。
本陣には自分の副官である騎士が一人いるだけだ。
栄えある石棺騎士を攻城――対象は城ではないが――もまだ終わっていない段階で、雑兵のように戦場へ投入することには、かなりかなり抵抗があったが、結果としてはそれが正解だった。
戦場に突き立つ柱――石棺の数は、もはや4つではない。
今は7、8、9と、時を追うごとに増え続けている。
敵軍の中に混じる妙に手強い輩が、戦場へ投入した騎士たちの前に立ちはだかり、交戦を開始したのだ。
それらは神官のような法衣か祭服を身に纏った者や、豪奢なドレスを身に纏った者など、戦場では場違いにも程がある格好であったが、その力量は石棺騎士たちに迫るほどだった。
蔦や茨を生やし、自由自在に操作する植物魔法と思われる攻撃によって、騎士たちも容易には勝利できない相手だ。
その格好や使う魔法から、ドルイドなどの自然信仰をする異教の人間たちかと思われる。
バルドたちからすれば、人類への背教者たちであり、明確なる敵だ。
そして教国の騎士たちは、不浄なる異教徒ごときに敗北することはあり得ない。
偉大なるアース・メイカーの加護により、ドワーフ以上に自由自在に土魔法を操る石棺騎士たちは、一人また一人と、異教徒どもを「石棺」の中に封じていった。
もちろん「石棺」を使うまでもなく、岩の槍など、他の攻撃魔法にて殺そうとしたのだが、驚いたことに奴ら、体を数本の岩槍で貫いた後も、大した痛痒も感じていない様子で戦い出したのである。
「本当に人間、なのですかねぇ……?」
微かに――いや、大いに疑念を抱く光景だったが、見た目は人間にしか見えない。
近くで戦っていればまた違ったのだろうが、バルドは遥か後方から闘気にて視力を強化し観察しているだけなので、明確に奴らが「血」を流していないことに気づくことはなかった。
ともかく、少しばかりの苦戦をしつつも石棺騎士たちに敗北はない。
結果としてはそれら手強い敵を騎士たちが受け持つことで、死肉人形や教国兵士たちの攻勢にビヴロスト側が抗し切れなくなりつつある。
いまやビヴロストの市壁に死肉人形たちが取りつくほどに、戦線は前進していた。
本来ならバジリスクの巨体にて市壁を崩し、あっさりと都市内に侵入するつもりであったが、問題はない。
「我々の石棺が単に閉じ込めるだけのものだと思ったら、大間違いですよぉ?」
バジリスクが倒されたのは、確かに想定外であった。しかし、そんなことなど何の意味もないのだ。
それを知った時こそ、奴らは真の絶望に沈むだろう。
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ベルソル、エムブラ、そしてその配下たちが石棺騎士の手によって次々と封じられていく。
常ならばこれほどにあっさりと封じられることはないだろうが、彼らは初戦にて魔力を大幅に消耗していたため、騎士たちの猛攻に抗えなかったのである。
いまや戦場に突き立つ「石棺」の数は14。
グラムを除いたゴー君たち全員が無力化されてしまった。
『クッ……!!』
ベルソルやエムブラたちも、その本性は植物だ。
石の中に囚われた程度で死にはしないと分かっていても、グラムは全身を炙られるような焦燥に駆られていた。
ビヴロストの市壁には、すでに大勢のアンデッドたちが取りついている。
それらは壁の上に陣取った兵士たちによって次々と倒されているし、まだ門が破られるほどではない。とはいえエルフやドワーフ、狼人族たちは、それぞれが円陣を組むように集合し、防戦に徹することしかできずにいた。
次々と背後へ抜けていくアンデッドや兵士たちを押し止めることなどできるはずもなく、逆に擂り潰されるのも時間の問題であろう。
そして――状況はさらに一変する。
ゴー君部隊を無力化し終えた石棺騎士たちが、石柱林の中に沈むバジリスクの死体に近づき、囲むように布陣していた。
ベルソルたちがいない今、その動きを止めることはできない。
『奴らめ、何をするつもりだ……?』
大石柱の上から見下ろしながら呟く。
何をするつもりかは分からないが、止めた方が良いのは確実だ。
姫の守りを長老に任せて、自分は行くべきか?
しかし姫に万が一のことがあっては、これまでの攻防が無為に化す。
動けない。
結局はただ、見守るだけになった。
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バジリスクの巨大なる骸を取り囲むように布陣した10人の石棺騎士たちが、その杖を足元に突き立てた。
途端、無数の石柱は砂と化し形を失い、柱の間を埋め尽くす膨大な茨と蔦は乾いて朽ち果てた。
全てがただの砂粒と化し、それらが間欠泉のように噴き上がる。
まるで意思を持ったように砂は蠢き、見る間に巨大な骸を覆い尽くす。
そうして現れたのは、もはや見慣れた石棺だ。
巨大な長方体に固まった石の――いや、巨岩の棺とでも言うべきそれが、さらに黒く黒く漆黒に染まっていく。
もはや動かないバジリスクを封じて、何の意味があるのか?
ビヴロスト側の兵士たちは、しかしそんな疑問を抱かない。
膨大な魔力を消費してまで、そんな意味のないことをするわけがないからだ。
ゆえに、それを見る余裕があった者たちの心は一つだった。
まさか――と。
まさかそんな馬鹿な、と。
「クフフ……」
バルドが、これから絶望に沈むだろうビヴロストの兵士たちを想像して、その面に嘲笑を浮かべる。
「棺とは死者が眠るもの。眠りとは覚めるもの。そして現世へ舞い戻る肉体があるのなら、何度だって舞い戻るでしょう」
歌うように言う。
「失敗でしたねぇ? バジリスクを倒すなら、その肉体を跡形もなく消し飛ばすべきだったんですよ。まあ、そんなことなどできるはずもありませんが」
そして注目する全ての者たちの視線の先で、漆黒に染まった棺の色が戻る。
いや、それは「戻る」というより、何かに色が吸収されたようにも見えた。
すなわち、棺の中にいる存在に。
次の瞬間、巨大な岩の棺に無数の亀裂が走り、轟音を立てて砕けた。
その内部から、閉じ込められていた存在が姿を現す。
魔法によって作られた仮初の精神が、バジリスクの骸に再び宿ったのだ。
しかしながら、その姿は先ほどまでとは変わっていた。
死肉はなくなり、ただ骨だけの姿と化している。スケルトン・バジリスク――とでも呼ぶべきだろうか。肉の重さが消えたためか、意外にも素早い動きで巨大骨蜥蜴が体を起こす。
巨大な頭蓋骨にある三つの眼窩には、青白い光が鬼火の如く宿っていた。
「まあ、重量や力は多少減ってしまいましたが、門を壊すくらいならば余裕でしょう」
もはやバジリスクを止められる者はいないだろう。
スケルトン・バジリスクが術者の意に従い、地を蹴り猛然と突進する。
一際巨大な石柱の横を何の障害もなく通り抜けて、疾走する。
やはりと言うべきか、誰も止めることはできなかった。
バジリスクの巨体が閉じられたビヴロストの大門にぶち当たり、木製だが鉄で補強された巨大な門扉が、轟音を立てて吹き飛んだ。
ビヴロスト兵たちの悲鳴があがる。
バルドは満足げに微笑んだ。
「やれやれ、ここまで予想外に手こずってしまいましたが、これで終わりですねぇ」
バジリスクがのたのたと後ろに下がり、再度突進するための助走をつける。
――瞬間、地面が揺れた。
そのさらに数秒前、大石柱の上に立つセフィが両目を開いた。
目蓋の下から現れた両の瞳には、神秘的な虹色の光が宿っていた。
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