第百二話 樹闘霊鬼
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巨大な光の槍が、巨大なトカゲを貫いた。
その直後、硬直していた体が自由を取り戻す。
『主上……ッ!!』
石柱の上から離れてバジリスクの眼前にて浮遊していた、精霊体姿の主が光となって消えていく。
何もできなかった己を内心で無様だと罵りながら、グラムは拳を握りしめた。
横に立って静かに両目を閉じている森神たるセフィは、己の役割を心得ているかのように微動だにしない。その姿に「流石は姫」と畏敬の念を抱く。幼くとも己のように狼狽えたりせず、やるべきことを為す姿は、大樹のように頼もしい。
『我の為すべきことは……』
セフィの姿を見て落ち着きを取り戻したグラムは、瞬時に思考を巡らせた。
今、己の為すべきことは狼狽えることではない。かと言って、怒りに任せて敵陣に突入することでもないだろう。自身の役割は最初から姫の護衛であり、この場を動いてはならない。
かと言って、不甲斐なくも醜態を晒してしまったこの怒りを、ただ呑み込むのを良しとするのか?
それは断じて否である。
『クレイモアたちよ――行け』
地上にいる己の配下たちへ、念話にて指示を飛ばした。
それは4体のプラントゴーレム。近接戦闘を得意とする者共が進化した存在。
『『『応ッ!!』』』
応じるその姿はグラムに似ている。
漆黒に輝く黒曜石のような質感で形作られた人型。全身を鎧で覆ったような外見で、表面にはそこかしこに紅色の結晶質な何かが模様となって浮かんでいる。
鬼面の両目部分には赤い光が浮かび上がり、両手にはそれぞれに名前の由来となった武器を握っていた。
「クレイモア」は巨大な大剣を一本、両手で構えている。
「バスタード」は片手半剣をそれぞれ両手に1本ずつ握っている。
「ハルバート」は巨大な斧槍を肩に担いでいる。
「ウォーハンマー」は長い柄の先に鎚頭と鈎爪のようなピックが付いた特徴的な戦鎚を掲げている。
4体の異貌の戦士たちは、近接型ゴー君たちが進化した「樹闘霊鬼」だ。
それぞれが2メートル50センチを超える巨体な上に、それぞれが持つ武器も体格に相応しく巨大化していた。良く見れば木目模様が浮かんでいることから、それらが木製の武器であると分かるが、その鋭さや硬さが金属製の物に劣るようには思えない。一種異様な威圧感を放つ戦士と武器たち。
そんな彼らが疾走する。
向かうは緑の巨壁の向こう側だ。
一塊にはならない。4体ともが、それぞれ別の場所へと飛び込んでいく。
●○●
バジリスクが倒された。
その影響は教国側でこそ甚大であったが、どちらの陣営が不利かと言えば、それは依然としてビヴロスト側であることに変わりはなかった。
戦力は未だ、圧倒的に劣っている。
「全軍突撃」
巨大トカゲの体躯が地に倒れ伏した後、僅かな動揺を経て、死肉人形と全教国兵たちに命令が通達された。
予想外の連続に破れかぶれになったわけではない。総指揮をとる石棺騎士バルド・レイドールとしては怒髪天を衝いていたのは確かだが、怒りによって判断を狂わせることはなかった。
それまでは死肉人形たちだけでも、十分に勝利できると考えていた。
しかし、もしかしたら死肉人形たちだけでは勝てない可能性が出てきたのだ。死肉人形たちの支配権を奪われたのもそうだが、何よりバジリスクを一撃で倒した光魔法は危険過ぎる。
あれは無制限に、あるいは何度も放てる攻撃ではないはずだ。
もしもそうだとしたら、すでに何度か使用されているはずである。敵側がバジリスクの魔眼の力で窮地に陥り、そこでようやく使用したことから、切り札の一つであったのだと思う。
しかし、エルフやドワーフ、狼人族までいて、これまでにない能力に翻弄されているのも事実だ。
消費しても構わない死肉人形たちだけでの勝利に拘るのは、危険だと考えた。
生きている兵士たち――すなわち教国兵たちの損耗も、多少は許容しなければならない。
そうなると、全軍で一気呵成に押し潰すのが、結局は一番被害の少ない選択であると、バルドには分かっていた。
ゆえに、全軍を突撃させる。
死肉人形たちが隊列も何もなく走り出し、その後ろから堅固な隊列を組んだ教国兵たちが進軍する。
緑の巨壁は半ば崩れ去り、死肉人形たちの支配権を奪う忌々しくも奇妙な能力も途絶えている。
雲霞の如く押し寄せる死肉人形たちに、ビヴロスト側は明らかに劣勢に立たされつつあった。
緑の巨壁の両側から次々と突撃してくる死肉人形たちに、対応する攻勢は弱々しい。幾つもの石柱が砕かれ、その上に陣取っていた多くのエルフは地上に落とされているし、この期に及んで緑の巨壁に死肉人形たちを突っ込ませるわけもなく、巨壁の両側でこちらを迎え撃つドワーフや狼人族どもは、さらに勢いと数を増す攻勢に晒され続けている。奴らの背後へ抜けていく死肉人形たちも増えつつあった。
その向こう側で、魔法使いどもや市壁の上に陣取る砂蜥蜴どもの攻撃により、死肉人形が閉じられた市壁の門に取りつくまではいっていない。
しかし、そうなるのも時間の問題であった。
いまや、戦場の圧力は一方的だ。
一度強まったこの流れを押し止めることは容易ではない。
戦場をつぶさに見渡せば、確実なる勝利への兆しが現れ始めていた。
矢を、あるいは魔法を放つエルフどもに複数の死肉人形たちが飛びかかり、押し倒して喰らいついている。
斧を振り回し、あるいは岩の槍を地面から突き出すドワーフへ、四方八方から襲いかかる。足の遅いドワーフを囲むことなど、容易い。
狼人族どもは魔法を使えない。それでも魔道具でも持っているのか、水弾や風刃を放つ者たちがずいぶんと多いようだが、範囲攻撃が可能な魔法ではなく、やはり数の暴力に晒されては抗う術などなかった。
「くくッ……良いぞぉ……殺せ、もっと殺せぇッ!!」
バルドの顔に狂喜が浮かぶ。
これこそが本来あるべき戦場の姿だ。
下等種族どもに好き勝手にされるなど、断じてあってはならないのだ。
だが、またしても、だ。
またしても、苛立たしい反抗が為される。
「何だ、あの……化け物どもは……?」
戦場のそこかしこで、紅い光が乱舞した。
その多くは刃の形をして、まさに閃光のような速度で飛翔し、一度に多くの死肉人形たちを両断していく。あるいは紅い光が灯ったかと思うと、爆発のような衝撃が走り、死肉人形たちが吹き飛ばされることもあった。
その不愉快な現象の発生源を見れば、4体の化け物がいた。
漆黒の全身鎧に身を包んだような、鬼面の怪物たちだ。
鎧の全身には紅の光が走り、両目にも鬼火が宿っているかのような紅い光が灯っている。それぞれが別々の武器を持ち、それを振るう度に紅い光の刃が飛翔し、あるいは紅い光が爆発する。
気刃――飛翔刃。
あるいは気衝撃。
闘気術にあるそれらの技に似ていたし、もちろんバルドも得意ではないながらも行使することはできる。
しかしながら、あれほどの威力はないはずであったし、気刃の色が紅に染まるというのも聞いたことがない現象だ。
似て非なる別の技術か、未知のスキルによる力だとバルドは推測した。
「魔物……?」
人型をしてはいるが、どう見ても人間ではない。
かと言って、あんな亜人種がいるとは、バルド・レイドールの博識を持ってしても記憶になかった。
化け物、あるいは怪物と呼ぶしかない人外のナニか。
それらが戦場の流れに逆らって、どんどんこちらへ突き進んで来る。
死肉人形たちが複数で飛びかかるも、怪物どもの膂力は相当らしく、奴らは自身に取りついた死肉人形たちを意に介する様子もない。ただただ前進し、武器を振るう。それだけの動作で取りついたものも含めて、死肉人形たちを吹き飛ばしていく。
「チッ――銃兵隊ッ!!」
遂には死肉人形の群を越えて教国兵の戦列まで接近してきた4体の怪物どもへ向かって、魔導銃を構えた銃兵隊が一斉射する。
甲高い破裂音と共に金属製の弾丸が恐るべき速度で撃ち出され、まるで面攻撃のように銃撃が雨霰と放たれる。十分に射程圏内まで接近してきた怪物どもに、それを回避する術はなかった。
ドンッ――という、爆発音にも似た大音を響かせ、怪物どもに金属弾が着弾する。
幾つもの弾丸がほぼ同時に巨体に着弾した結果か、その衝撃によって弾かれたように怪物どもの体が宙を舞い、地面を二転三転した。
「やったか……?」
という呟きは、銃兵隊の誰かが呟いたものだろう。それは一瞬の静寂に包まれた戦場内で、奇妙に響いた。
だが、倒れ伏す怪物どもを注意深く観察する兵士たちの誰もが、確信している。
魔導銃の威力は、人族では容易には倒せない強力な魔物すら、容易く殺すだけの力を秘めているのだ。魔導銃が開発されたことによって、近年まで教国東部に広がっていた小国群を、次々と併合していった記憶はまだ薄れていない。それは新神たちが現世に受肉するより以前の話であるが、教国の兵士たちにとって魔導銃に対する信頼は、時に信仰に匹敵するほど強固なものであった。
これまで如何なる魔物も亜人も異教徒も、魔導銃の前に平伏さなかったことはない。
その銃弾を、一斉に、真正面から、数十も喰らったのだ。
どんな化け物だって生きているわけがなかった。
『い……』
「ん?」
だから、脳内に直接響くようなその声を聞いた瞬間、目の前の現実を理解するのに多少の時間がかかってしまうのも、仕方ないのだろう。
いや、それは現実を受け入れたくない――という感情の表れだったのかもしれない。
『痛ぇな、コラ』
倒れ伏していた怪物が、立ち上がる。
立ち上がり、その憤怒とも、憎悪ともつかない感情に彩られたような、禍々しい鬼面でこちらを睨みつけて来る。
そしてそれは、1体だけではない。
『寄って集って馬鹿みてぇに撃ちやがって』
『てめぇらに戦士の誇りはねぇのか』
4体、全ての怪物が立ち上がる。
その姿は決して無傷ではない。むしろ、満身創痍だと言えるだろう。銃弾は確実に怪物どもの体を傷つけている――はずだ。その硬質そうな全身鎧(?)の表面にはひび割れが縦横無尽に走り、鬼面も同様。肉体の欠損こそないが、夥しいほどのひび割れは、銃弾の衝撃が尋常ではなかったことを物語っている。
だが、血の一滴も流れていないのは、どういうわけか。
もはや相手が人間や亜人などと思っている者は皆無だったが、それにしても正体が不明過ぎた。
『俺らじゃなかったら、危うく死んでるところだぞ』
――いや、そこは死んどけよ。
その瞬間、銃兵たちの心は一つになった。
なぜ死んでいないのか、と。
ここは常識的に死んでおく場面だろ、と。
「――ぅ、ぅうあああああああッッ!!?」
得体の知れない化け物を目の当たりにして、銃兵たちが叫ぶ。
そして魔導銃を再び構えて引き金を引くが、それはカチカチと虚しい音を立てるばかりだった。
現在の魔導銃に連射機能はない。一発撃つ毎に、いちいち弾丸を装填しなければならない。銃口から弾丸を込める前装式だった頃よりは改良され、後装式としたことで装填速度は昔に比べ上がっているが、それでも敵を前にして悠長に装填している暇はない。
ゆえに、通常は一発撃ったら後ろに下がり、後列の者たちが次の弾を撃つ。
そんな手順さえも忘れるほどに、銃兵たちは恐慌に陥っていた。
後列の兵士は前列の兵士が邪魔で、すぐには銃を撃てなかった。
だが、それでもなお、大した問題にはならなかったであろう。無理矢理にでも後ろに下がらせ、それから撃てば良いだけだ。相手の力量が、平均的な人類の範疇にあるのなら、それで十分に間に合うだけの距離があった。
彼らにとって不幸なことは、相手が人間でなかったことだろうか。
『正々堂々戦うぜ』
『いざ尋常に参る』
『力比べしようや』
『いやそれ痛いからもう止めてぇー』
化け物どもが妙に流暢な念話を放ち、次の瞬間、消えたかと錯覚するほどの速さで疾走し、彼我の距離を零にした。
「え」
「あ」
「お」
「う」
唐突に自らの眼前に出現したような怪物たちに、兵士たちが戸惑いか驚愕か、どこか間抜けな声を漏らした次の瞬間。
――暴虐が吹き荒れた。
大剣が、双剣が、斧槍が、戦鎚が、勢い良く振られる度に紅の閃光が走り、兵士たちの絶叫と爆音が轟き渡る。
数人、数十人の兵士たちが、見る間に屠られていく。
圧倒的な戦闘力。
だが、それ以上に。
「――チッ!」
化け物どもを観察していたバルド・レイドールは、奴らが兵士たちを倒す度に、その身に負った傷……というか、全身鎧や鬼面に走るひび割れが修復されていくのを見て、その厄介さに舌打ちした。
再生能力があるのか、それとも攻撃した相手から生命力でも吸収しているのか。すぐには真実を看破することはできないが、どちらだとしても厄介なことには変わりない。
高い戦闘力と高い回復能力があるのなら、数を頼りに倒そうとすれば、こちらも甚大な被害を負うのは確実だ。
ゆえに――、
「フィース、ロロ、ペリュー、ガトラ、あの化け物どもを排除しなさい」
石棺騎士団の仲間たちへ、そう指示を下した。
「「「了解」」」
名を呼ばれた4人の騎士たちは、気負う様子もなく頷くと、暴れまわる怪物たちへ向かって走り出す。
それを見送るバルドにも、不安はなかった。
また何か得体の知れない手段で撃破されるかもしれない――などとは微塵も考えない。石棺騎士団は神の眷属であり、死肉人形も教国兵たちも、ここにいる12人の石棺騎士に比べれば、その戦力はおまけでしかないと知っているからだ。
その証拠に。
バルドが指示を下した僅か数十秒後、怪物たちの鬱陶しい攻撃が止んだ。
見れば、戦場には継ぎ目のない石で出来た4つの巨大な長方体――石柱が突き立っていた。
その巨大な石の中に怪物が囚われる瞬間を、多くの教国兵たちが目撃していた。液状化した地面が噴水のように噴き上がり、怪物どもをその内に取り込んだかと思うと、次の瞬間には石化したのだ。
彼らは知っている。その石の柱の名前を。
――石棺である。
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