第72話 助っ人
バランスを崩し倒れ込んでしまった俺に、男の振るう刃が迫る。
俺はすんでの所でなんとか体勢を立て直し、剣の腹で斬撃を受けた。
地面に尻餅をついた状態で男の全力の一撃を受けたため、衝撃で腕が悲鳴をあげる。
「アキラ!?」
俺が不利な状況に陥り、ラフィが駆け付けようと剣を構える。
「来ちゃダメだ!!」
俺はラフィに叫び、目の前の男を睨む。
男は勝利を確信し、笑みを浮かべている。
徐々に力を強め、体重を乗せるように剣を押し込んでくる。
体勢が悪く、力の入らない俺の目前に刃が迫り、刻一刻と死が近づいて来る。
「くそっ・・・!!」
だが、俺が力負けし、肩に刃が触れ皮膚が裂けた瞬間、男の身体から力が抜けた。
男の身体は、俺の持つ剣の腹を滑るように崩れ、横に倒れる。
「アキラ、無事なの!?」
それを見たラフィが俺に駆け寄る。
レイアも一緒だ。
「何とかね・・・でも、急にどうしたんだ?」
俺はラフィに肩を借りて立ち上がり、倒れた男を見て、目を見開いた。
男の背中には、無数の矢が突き刺さっていたのだ。
「誤射じゃないよな・・・」
一発だけなら誤射かもしれない・・・俺は以前ネットでみたネタを思い出しながら再度男を確認する。
冗談を抜きにしても、これだけの矢を誤射するなんてあり得ない事だ。
「アキラ・・・あれ・・・」
俺が男を確認していると、ラフィが震える声で俺を呼んだ。
彼女は森の中を指差している。
俺は彼女が指差している方向を見てある物に気付いた・・・無数の灯りだ。
松明だろうか?その灯りは、小人族の村を囲むように揺らめいている。
「何だこれは!?一体何が起こった!!?」
賊のリーダーが周囲の灯りを見て慌てている。
他の男達や、アギーラ、ララまでもが唖然として動きを止めている。
「貴様等、ずいぶんと好き勝手にやってくれたものだな・・・」
広場に居た皆が、声がした方を振り返る。
すると、灯りに照らされ、2人の人影が森から現れた。
1人は漆黒の甲冑を身に纏った背の高い厳つい男、もう1人は白銀の甲冑を松明の灯りに照らされ、眩い光を反射している中性的な顔立ちの美男子だ。
「嘘だろ・・・何でここに騎士団が・・・」
賊のリーダーが顔面蒼白の表情で呟く。
「皆の者、賊を捕らえよ!良いか、出来るだけ殺すな!この地をこれ以上奴等の血で穢してはならん!!」
漆黒の甲冑の男が吠えると、森の中から賊の倍は居るであろう兵士達が現れ、次々に賊を捕らえて行く。
「お怪我はありませんか?」
俺達が呆気に取られていると、いつの間にか白銀の甲冑の美男子が俺の側まで来ていた。
「え、えぇ・・・肩を斬られた程度です・・・」
「そうですか、では後ほど手当を致しましょう」
その美男子は、少々高めの声で話し掛け、俺の無事を確認した。
「えっと・・・貴方達は?」
俺はまだ状況が理解出来ないまま美男子に問いかけた。
「私は近衛騎士のノアと申します。
あちらで指揮を執ってらっしゃるのは、帝国最強と名高いオイゲン将軍です。
急な事でさぞ驚かれたでしょう・・・ですが、説明は後にさせて頂いても宜しいでしょうか?
まずは賊の捕縛を優先させて頂きます」
ノアと名乗った近衛騎士は俺達に一礼すると、腰に下げていたレイピアを抜き、素早い動きで賊との距離を詰める。
「あの2人、相当な腕だな・・・」
「えぇ、特にオイゲン将軍って人は凄いですね・・・」
俺を心配して駆けつけたアギーラとララは、オイゲンとノアの剣捌きを見て感嘆の声をあげている。
オイゲンとノアは、剣術素人の俺から見ても他の兵士達とは段違いだった。
賊の攻撃を片手で軽々といなし、剣の腹で腕を叩いて武器を落とさせる。
そして、そこをすかさず兵士達が押さえ込んで捕縛する。
その一連の流れ作業を、周りに指示を出しながら的確に進めていく。
瞬く間に賊の数が減って行き、広場の片隅には、苦痛に呻く賊達が次々と集められていく。
だが、俺は集められた賊達を見てある事に気付いた。
リーダーの男が見当たらないのだ。
賊はすでに8割方捕縛されているが、そこにはまだ奴の姿は無い。
「あっ・・・居た!!」
俺は周囲を見渡し、リーダーの男を発見した。
奴は、仲間を押し倒しながら森に向かって走っている。
オイゲンとノアも気付いたが、彼等からは距離があり過ぎる。
「逃すか馬鹿野郎!!」
俺はすかさず手に持っていた剣を投げた。
当たるかどうかは運次第、だが何もしないよりはマシだ。
俺の投げた剣は、放物線を描きながら飛んでいく。
剣はグングンと距離を伸ばし、吸い込まれるように男の足に突き刺さった。
「あ・・・当たった」
当たるとは思っていなかった俺は、男が倒れるのを見て自分でも驚いた。
「良い腕だ」
「ナイスです!」
「まさか当たるとはね・・・まぁ、結果オーライね!」
アギーラ、ララ、ラフィは倒れて悶えている男を見てニヤリと笑って俺を褒めた。
だが、男はまだ諦めていなかった。
足に刺さった剣を抜き、片足で移動し始めたのだ。
「諦めが悪いんだよ!!」
俺はすぐさま走り出し、男に向かってドロップキックを喰らわせた。
俺に気付いた男は避けようとしたが、怪我をした足ではそれも儘ならず、真正面から顔面に喰らって吹き飛んだ。
「がはっ!て、てめぇ・・・!ぶっ殺してやる!!」
来いよベ○ットと言ってやりたかったが、俺は剣を構えようとした男の腕をブーツの爪先で蹴り飛ばし、剣を落とさせた。
俺のブーツはワークブーツだ。
爪先には鉄製のトゥキャップが入っている。
「腕が・・・!腕がぁぁぁぁぁ!!」
剣を持っていた男の右腕は、肘の先から折れてあらぬ方向を向いている。
「お前、何逃げてんの?あれだけの事をやっておいて、まさか自分は助かりたいとか舐めてんの?
立てよ・・・お前が殺した小人族の人達は、お前以上に痛い思いしたんだろ?
腕が折れたくらいでギャーギャー騒ぐんじゃねえよ
根性見せろ根性を・・・」
俺は泣き叫ぶ男の髪を掴んで立たせ、顔面を殴りつける。
男は鼻が折れ、鼻血を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「て、てめぇ・・・!」
男はふらふらと立ち上がり、涙の浮かんだ目で俺を睨む。
「どうした?悔しかったら掛かってこい!それとも、剣が無けりゃ何も出来ねぇのか!?」
「ふざけやがっへ!!」
「何喋ってんのか解んねぇよ馬鹿!!」
俺は大振りで殴り掛かって来た男にカウンターを合わせる。
男の拳は、片足を負傷しているため、ふらふらとしていて見るからに威力がない。
だが、倒れ込むように殴り掛かって来たため、体重が乗り切った状態でカウンターを受けてしまい、その場に崩れる。
「ほれ、どうした?まだ寝るには早いんじゃないの!?」
俺の挑発を受け、男は再度立ち上がって殴り掛かって来る。
今度はカウンターは無しだ。
俺は、男の攻撃をしばらくそのまま避け続けた。
「ぶはっ・・・げほっ!げほっ!
ど、どういう事ふぁ・・・何で当ふぁらねぇ!」
「そりゃあ、お前が大振りの攻撃ばっかりだからだよ・・・。
良いか?相手に当てたいなら、脇を閉めて、小さく素早く打てよ」
俺はふらふらの男の顔面にジャブを放つ。
軽いジャブだったが、男は大きく体勢を崩し、膝から落ちる。
顔面は腫れあがり、鼻血が滴り、折れた歯が口からこぼれ落ちる。
男は肩で息をし、顔色が悪い。
唇は小刻みに呼吸し、紫色に変色している・・・チアノーゼだ。
「息が出来なくて苦しいか?水の中にいるみたいだろ?言っとくが、その症状はしばらく治らないよ・・・」
男は涙目で震えながら腕を上げる・・・まだヤル気のようだ。
俺はゆっくりと男に近付き、拳を振り上げた。
だが、俺の拳が男に当たる事はなかった・・・誰かに掴まれたのだ。
「もうその位にしてやれ・・・死ぬぞ。
その男からは、色々と聞きたい事がある。
殺すのはその後だ・・・そして、それは君の仕事じゃあない。
我々の仕事だ・・・」
俺を止めたのはオイゲンだった。
オイゲンはアギーラ程ではないが、身長が190cmはあるであろう巨漢だ。
その上、力も俺よりはるかに強い。
「君は何か武術の経験が?」
俺が力を抜くのを確認したオイゲンは手を放し、俺を見た。
「馬鹿な兄貴に好き勝手やられないように自分で覚えました・・・」
「そうか、見事だった・・・。
この男を連れて行け!治療を施し尋問に掛けろ!」
オイゲンは、俺の肩を軽く叩いて褒めると、部下に指示を出してレイアの元に向かい、レイアの前に片膝をついてしゃがんだ。
「君は、この集落の生き残りか?」
オイゲンの威圧感に負け、レイアはラフィの背後に隠れる。
オイゲンは肩を竦め、寂しそうに微笑んだ。
「君と、ご家族や仲間の方々には申し訳なく思う・・・。
言い訳にしかならないが・・・最近、商人などを狙った賊が出没している情報は入っていたのだが、なかなか足取りが掴めず後手に回ってしまった。
我々は、近くに住んでいながら、この地に君達が暮らしていた事すら知らなかった・・・。
我々が不甲斐ないばかりに、君に辛い思いをさせてしまい本当にすまなかった・・・」
オイゲンは深々と頭を下げて謝罪する。
「なぜそこまで頭を下げるんですか?
その子の前で言うのは気が引けるけど・・・ここに住んでいた小人族は、この国の民では無いでしょう?」
俺はオイゲンに問いかける。
はっきり言ってしまえば、レイア達は不法移民だろう。
許可無く勝手にここに住み着いていたのだ。
ならば、この国の騎士団がわざわざ出張る必要は無い。
確かに指名手配中の賊は居たが、彼がレイアに頭を下げる必要はないのだ。
「そうだな・・・確かに君の言う通りだ。
だが、彼等はこの国を安住の地として選び、暮らして居た・・・ならば、彼等も間違いなくこの国の民なのだ。
彼等は税も払ってはいなかっただろう・・・だが、我々にとって、それは見捨てる理由にはならない。
我々は、この国に暮らすあらゆる民、あらゆる種族を守り、その生活を支えるのが皇帝陛下より与えられた使命だ。
賊に翻弄され、彼等を守る事が出来なかったのは我々に責任がある・・・だからこそ謝罪せねばならないのだ。
例え、許されなかったとしてもな・・・」
オイゲンは俺を真っ直ぐ見据え、毅然とした態度で答えた。
「皇帝陛下は素晴らしい方なんですね・・・」
「当然だ・・・陛下ご自身はそう思っていらっしゃらないようだがな。
私は、この国に暮らす民を愛するお姿に惚れ、あのお方のために命を捧げようと誓った。
あのお方は、命を捧げるに足る素晴らしいお方だ」
オイゲンは俺の言葉を聞き、我が事のように顔を綻ばせた。
かなり忠義に厚い人物のようだ。
「あの・・・助けて頂いてありがとうございました」
オイゲンの笑顔を見たレイアは、ラフィの腰から顔を覗かせてお礼を言った。
「いや、当然の事だ・・・。
君はこれからどうする?我々と共に来るか?」
オイゲンは再度しゃがんでレイアを見つめて問いかける。
レイアは迷っているようだ。
「この子は、しばらく俺達が保護しようと思います。
俺達は皇帝陛下に謁見するために帝都に向かっている途中なので、陛下が戻られるまではしばらく滞在する予定です。
何か分かったら教えていただけますか?」
「そうか、ならば君達に任せよう。
ノア、彼等を帝都まで送って差し上げろ。
乗り心地は悪いが、貨物用の馬車を用意してある。
我々は、ここを片付けてから帝都に戻る。
その時、また改めて挨拶に伺わせて貰おう」
オイゲンはノアを呼び、俺達の案内をさせる。
「ノアさん、何故ここに来たのか説明して貰えますか?」
俺達は森を抜け、街道に停められていた貨物用の馬車に乗り込む。
ノアは自分の馬に乗っている。
「帝都までは時間が掛かりますから、道中お話ししましょう」
俺達を乗せた馬車が動き出し、ノアは横に並んで馬を歩かせる。
騎士団は何故俺達の危機に駆けつけられたのだろうか?
俺は荷台で揺られつつ、ノアが話し始めるのを待った。




