第66話 アギーラの過去
「んっ・・・」
「起きたか、よく寝ていたな」
俺が馬車の窓から差し込む陽射しで目を覚ますと、アギーラが気付いてこちらを見た。
「おはようございます・・・。結構寝ちゃってたみたいですね」
窓の外には茜色に染まった麦畑が広がり、美しいく輝いている。
「気にするな・・・今朝は早かったからな。2人も話し疲れて寝ているし、まだ寝ていても構わないぞ」
アギーラに言われてラフィ達を見ると、2人も気持ち良さそうに寝ていた。
2人共ヨダレを垂らしている・・・なんて残念な奴等なんだろう。
俺は自分もヨダレを垂らしていなかったか心配になり口元を拭ったが、大丈夫だった。
「アギーラさん・・・2人の寝姿を見てどう思います?」
「ふむ・・・2人共寝ているから言わせてもらうが、色気は皆無だな」
「ですよね・・・」
俺とアギーラはヨダレを垂らして寝ている女性2人を見てため息をついた。
「そう言えば、アギーラさんはどの位旅をしていたんです?」
俺が唐突に質問すると、アギーラは顎に指を添えて考える。
「詳しくは覚えていないが、100年以上は世界各地を旅しているな」
俺はそれを聞いて唖然とした。
100年て・・・人間が産まれてから死ぬまでよりも長い間旅をしているとは、予想を大きく上回ってしまった。
「やっぱりお嫁さん探しですか?」
俺が遠慮がちに聞くとアギーラは苦笑し、ゆっくりと話し始めた。
「まぁ、それもあるが、何より広い世界を見て回りたかったんだ・・・。守護者である神々が居なくなる前までは、各国は度々戦をしていた・・・俺も雇われて何度となく戦に参加したよ。だが、神々が消えた事で世界は混乱し、戦をしている場合ではないと気付いたんだ・・・当時の各国の王達はそれを未曾有の事態と判断し、戦をやめて話し合いをした・・・何せ今まで当たり前のように使えていた魔法が使えなくなったんだからな・・・焦りもするだろう。魔法は戦争だけでなく、普段の生活でも重宝されていたからな。話し合いの結果停戦協定が結ばれ、各国協力して原因究明をする事になったそうだ。今では戦も無くなり、各国は互いに協力し合い、補う関係にまでなった・・・それを仕組んだ奴は気に食わないが、結果平穏が訪れた事は事実だ・・・皮肉なものだ」
アギーラは苦笑しながら窓の外を見る。
俺は黙って彼の話を聞いていた。
「俺はそれまで戦ばかりの生活をしていたせいで暇を持て余してしまってな・・・一度故郷に戻ったんだが、戦が終わったなら嫁を探せと言われて叩き出された・・・。まぁ、いい機会だし、見聞を広める為にも世界を見て回ろうと思って旅に出たんだ。それからは新しい発見の連続だったよ・・・今まで見えていなかったものが見え、気付かなかったものに気付き、新しい出会いもあった。俺は種族柄恐れられる事も多々あるが、中にはアキラ達のように接してくれた者たちもいた・・・戦ばかりの生活では得られない貴重な体験だったよ。まぁ、嫁探しの方は難航している事に昔は焦っていたが、今ではあまり気にはしていないな・・・それよりも、まだまだ世界を見てみたいという気持ちの方が優っているよ」
アギーラは優しい表情をしている。
確かに彼は身体が大きくて力もある。
恐れられるのも無理はないかもしれない・・・実際俺も最初は怖いと思ったしね。
だが、話してみると彼は魅力溢れる男性だ。
見た目はワイルドなイケメンだし、そこら辺をアピールして行けば引く手数多なんじゃなかろうか?
だが、竜人族じゃなきゃダメだ・・・他の種族では彼のモビーディックに耐えられないだろう。
「つまらん話をしてしまったな」
考え込んでいる俺を見てアギーラが申し訳なさそうにしている。
「そんなこと無いです!そう言えば、アギーラさんが最後に参加した戦ってどんな感じだったんですか?」
俺は謝る彼に慌てて話を振った。
俺から聞いたのに、彼に謝らせてしまった・・・もう少し真面目に聞かなければ失礼だ。
「最後の戦か・・・。俺はこの国に雇われ、相手はミクラスだったな。まぁ、ミクラスは当時はガイゼルという名前だったが。当時のガイゼルの王は力任せに他国を侵略しようとしていた・・・アキラも知っての通り、あの国は獣人族の国だ。身体能力は他の種族を遥かに上回る・・・当時はまだ人間の数も今ほど多くなかったため苦戦を強いられていた。俺は力任せに他国を侵略すると言うやり方が許せなくて、自らこの国の傭兵として志願したよ・・・。この国の兵士達は、最初こそ俺を見て恐れていたが、共に戦うにつれ仲間として認めてくれた・・・それが何より嬉しかった。だが、そんな仲間達も1人、また1人と命を落としていった・・・俺は死んでいった彼等やこの国で暮らす彼等の家族のためにも勝たなければと思い、必死で戦った・・・俺は両国の放つ攻撃魔法の雨の中、敵の一軍に突撃し、何人もの敵兵を血祭りに上げた・・・俺が殺した敵兵にも、守るべき国や家族がいるのにな・・・。そして、俺が突撃してしばらくすると、怒号轟く戦場に静寂が訪れた・・・神々が居なくなり、魔法が使えなくなった瞬間だった・・・。両国の兵達は静まり返った戦場にしばし唖然とし、魔法が使えなくなった事に気付いてからは混乱していたよ。両国ともひとまず兵を撤退させ、この国の王はすぐにウインダムやドライセルとの同盟を結び、話し合いの場を設けた。混乱が治った時、ガイゼルにまた攻められてしまえば確実に敗けると判断したからだ。流石のガイゼルも3か国同時に相手をするのは無謀と判断し、話し合いに参加し今に至るといった感じだな。後はさっき話した通りの流れだ」
「なんか聞いた感じだと、ガイゼルの王様って話し合いをしても首を縦には振らなそうですね・・・やっぱり揉めたんですか?」
アギーラが語り終わり、俺が何気なく質問すると、彼は少し迷いの表情を見せた。
もしかしたら聞いてはいけない事だったのかもしれない。
「ガイゼル王は会合からの帰りの道中に死んだ・・・俺が殺したんだ。奴の存在は他国だけでなく、自国でも多くの人々を苦しめていた・・・だから殺した」
うわ・・・超重たい・・・まさかの暗殺。
しかもアギーラが犯人って・・・。
滅茶苦茶気不味い雰囲気・・・。
だが、俺から振ったからには何か言わなきゃダメだよな・・・。
「その・・・大丈夫だったんですか?指名手配とか・・・」
俺は冷や汗を流しつつアギーラに聞く。
正直胃が痛い。
「最初こそ騒がれてはいたが、奴はあまりにも恨みをかっていたからな・・・すぐに騒ぎは落ち着き、新しい王が決まった。新王は休戦協定を快く受け入れたよ・・・ガイゼル自体も戦続きで疲弊していたし、神々が居なくなるなど今まで起こったことの無い事態だったからな。問題解決を優先したんだろう」
アギーラは深くため息をつく。
彼にとっては思い出したくない過去だったのだろう。
だが、彼がガイゼル王を殺した事で新たな争いの種は摘まれ、多くの人々が助かったのは事実だ。
まぁ、やり方はアレだが・・・。
「軽蔑したか・・・?」
アギーラは不安そうに小さく呟く。
俺はそんな彼を見て首を横に振り否定した。
彼の目が意外そうに見開かれる。
「まぁ、やり方はどうかとは思いましたけど、ぶっちゃけ俺には関係ないです。自分でも反省してるんでしょう?昔は昔、今のアギーラさんは俺にとっては大事な旅の仲間です。昔アギーラが何をしたとしても、今目の前に居るアギーラさんしか俺は知りませんし、それを責めるつもりも資格もありません」
「ふっ・・・そうか」
俺の言葉を聞き、アギーラは小さく笑う。
「えぇ!」
「・・・ありがとう」
俺が力強く返事をすると、アギーラは笑顔でお礼を言った。




