第65話 食文化の違い
俺達は次の村へと行く馬車を見つけ、荷物を預けて乗り込む。
次の村へは馬車を使って8時間程だ。
途中休憩を入れるとの事なので、腰の心配をする必要はなさそうだ。
「アキラ、お前達はすでにウンディーネ様を通じてリヴァイアサン様と話はしたのだろう?この国は水源が豊富で、リヴァイアサン様を崇めている・・・すでにあの方々に話がついているならば、この国での目的は済んでいるのではないか?」
馬車に乗ってしばらくすると、アギーラが腕を組んで聞いてきた。
確かに、水の守護者であるリヴァイアサンからは協力を得られた。
だが、彼等は今身動きの取れない身だ。
道中俺達に何かあったとしても、彼等にはどうすることも出来ない。
リヴァイアサンとウンディーネからは、水の魔槍を授かり、他の神々や精霊、魔獣等に会いに行く時の為に、青い宝石のついた指輪も貰っているが、それらは用途が限定されている。
魔槍は目立つのでおいそれと使う訳にはいかないし、指輪の方は人間からはただの綺麗な指輪にしか見えない。
俺達がわざわざ帝都に行く理由は、皇帝陛下に謁見し、協力を請うためだ。
あと、書庫で過去の転移者についても調べたい。
この国でやるべき事は、まだ残っているのだ。
「まぁ色々とやらなきゃいけない事は山積みですから・・・4人だけじゃ出来ることには限度がありますし、帝国の後ろ盾を得られれば道中も少しは楽になるかもしれませんからね!」
「父様から手紙も預かってるし、どの道行かないといけないものね。正直、面倒ごとさえ無ければ楽しい旅で済むんだけどね・・・」
ラフィは肩を竦めている。
偶然俺がこの世界に来たのであればまだ良いが、そうではない。
意図的に連れてこられた上に、俺の存在はこの世界に悪影響を及ぼす可能性もある。
そうならないようにしたいとは思うが、何が悪影響になるのかわからない。
「まぁ、しばらくは何も無いことを祈るしかないですね・・・まだ何も解ってないに等しいですし、解らない事を今から悩んでても仕方ないですよ。それなら、少しだけでも旅を楽しんだ方が良いです!」
「そうだな。悩むというのは悪い事では無いが、それで他が疎かになってしまっては元も子もない。情報収集だけは怠らず、それ以外は楽しんでもバチは当たらんだろう?アキラには、少しでもこっちを楽しんで欲しいからな」
ララとアギーラは俺を見て笑っている。
正直、彼等に気取られないように気を付けてはいるが、昨夜の夢で少々疲れてしまっている。
荒んでいると言った方が良いだろうか・・・奴と会話をすると、奴の態度も相まって苛立ってしょうがない。
荒んた心に、彼等の気遣いが染み渡る。
「2人共ありがとう・・・奴がいつまで高みの見物をしてくれるのか解らないけど、それまでは一緒に楽しんで貰えたら嬉しいよ!」
「じゃあ、帝都に着いたらまずは買い物ね!帝都の商店街は凄いわよ!」
「そう言って、また荷物持ちにする気だろ?パスカルの時ですら疲れたのに、帝都の商店街なんかに行ったらどうなることか・・・このパーティーの財政を任されている以上、無駄遣いは許しません!贅沢は敵と思いなさい!!」
「えーっ!?貧乏臭い事言わないでよ!だって帝都よ!?まだ知らないお宝が私を呼んでいるのよ!?」
ラフィは信じられないというような表情で俺を見る。
ちょっと涙目だ・・・どれだけ買い物したいんだろう?
可哀想な気もするが、不必要な物を買われても荷物が増えるだけなので、俺は断固として許可しなかった。
しばらくするとラフィは諦めたのか、おとなしくなった。
ララとアギーラは、俺とラフィのやり取りを楽しそうに見ていた。
「すみません、ここでしばらく休憩を入れます」
俺達が何気ない会話を楽しんでいると、馬車が止まり、御者が話し掛けてきた。
外を見ると、陽が真上に差し掛かっている。
思いの外楽しい時間だったため、いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。
「わかりました。少し荷物を取っても良いですか?私達も昼食にしますので」
「では、どちらのお荷物か教えていただけますか?」
俺は弁当の入った荷物を取るため、御者と一緒に外に出た。
馬車の中からは横しか見えなかったが、今通って来た道を振り返ると、ひたすら何もない直線だった。
馬車が通るために整地してあるのか、道は広くて綺麗だ。
「どちらでしょうか?」
来た道を見ていた俺に、御者が話し掛ける。
俺は慌てて荷物を指定し、御者から受け取った。
「ありがとうございます。休憩はどの位ですか?」
「1時間ほどを考えております。その間にお手洗いなどを済ませていただければ助かります」
「了解です。出発する前にもう一度声を掛けて貰えますか?」
「わかりました。では、ごゆっくり」
御者は俺に挨拶をすると、道の脇に座って食事を始めた。
俺も馬車の中に戻り、荷物の中からサンドイッチの入った包みを3人に渡した。
「待ってました!これが待ち遠しかったんですよ!!」
「うむ、俺も楽しみにしていた。今朝はそのまま食べたから、パンに挟むとどうなるのか気になっていたんだ」
「だいたい味の想像はつくけど、私も楽しみだったわ!」
3人は手渡された包みを楽しそうに開けていく。
「おぉ、綺麗ですね!」
「これは美味そうだ!」
「綺麗に切り揃えてあるから、見栄えも良いわね!カツサンドとコロッケサンドだけじゃなくて、野菜を挟んでるのもあるみたいだし、栄養はしっかり摂れそうね!」
皆んなに称賛され、俺は少し恥ずかしくなった。
「一応タマゴサンドも作ったんだけど、マヨネーズが無かったから少し味気ないかもしれない・・・まぁ、それは勘弁してね?」
「アキラ、マヨネーズって何?」
聞き慣れない単語にラフィが反応する。
「マヨネーズって言うのは卵を使った調味料なんだけど、生の卵黄を使って作るから面倒なんだよね・・・日本みたいに生食出来る卵ならすぐに使えるから良いんだけど、こっちでは生卵は食べられないだろ?だから、もし作るとしたらしばらく置いてサルモネラ菌を殺さないといけないんだよね・・・」
俺がマヨネーズについて説明すると、途端に3人の顔が引きつった。
やはりこちらの世界でも、生卵は引かれるらしい。
向こうでも、生卵を食べる習慣は日本とアメリカ南部の一部の地域など、かなり限定されている。
人によっては、虫は食べられるけど、生卵は無理と言う人もいる。
ボクシング映画のワンシーンで、ジョッキに入った生卵を一気飲みするシーンがあるが、日本人はそれを見てヤル気だなと思うのだが、海外の人からすると、そこまでして勝ちたいのかと思うらしい・・・。
俺は冷やしたうどんやすき焼きの時にも生卵を使っているが、卵かけご飯以外でも色々重宝する食材だ。
「生卵なんて食べてよく生きてられますね・・・」
「俺は基本好き嫌いせずに何でも食べるが、流石に生卵は遠慮したいな・・・」
「世界が違えば食材まで違うのね・・・まさか、生卵を使った調味料があるなんて・・・」
「流石に、衛生管理がしっかりと出来てないと無理だよ・・・。日本では結構生卵を食べるんだ。だから、鶏舎なんかはしっかりと管理されてるよ。まぁ、無ければ無いで構わないけど、久しぶりに卵かけご飯を食べたいとは思うね」
俺は呆れている皆んなに何とか理解して貰おうと思ったが、この溝の深さは埋まらないらしい。
「気を取り直して食べようか・・・」
「その言葉を待ってました!では、いただきます!」
ララは言うが早いか、カツサンドを口に放り込む。
大きく口を開けて食べているせいで、美人が台無しだ。
「パンにソースが染みてて美味しいです!」
「うむ、ソースとの相性が良いな!」
ララとアギーラは味わっているのか疑問に思う勢いでサンドイッチを平らげていく。
2人に反し、ラフィはゆっくりと味わいながら食べていく。
その表情はとても満足そうだ。
「そう言えば、アキラの苦手な料理ってあるの?好き嫌い言ったこと無いわよね?このタマゴサンドって、なんかパサパサしてるわね・・・」
ラフィは微妙な表情でタマゴサンドを食べながら俺に聞いてきた。
俺はラフィを見つつ、マヨネーズさえあればと思った。
「嫌いな食べ物か・・・あまり無いんだけどなぁ・・・。あぁ、嫌いって言うか食べられなかった料理ならあるよ」
「何よその言い回しは・・・」
ラフィは怪訝そうに俺を見る。
ララとアギーラも同じように俺を見ている。
「匂いを嗅いだだけで無理だったんだよ・・・。シュールストレミングって言う食べ物なんだけどさ・・・発酵したニシンの缶詰で、向こうの世界で一番臭い食べ物って言われてたんだよね。友達が遊びで買って海で開封したら、10秒くらいで蝿がたかって来てヤバかったよ・・・」
「蝿がたかるって・・・それって腐ってたんじゃないですか?」
「発酵らしいよ。まぁ、発酵と腐敗は紙一重だからね・・・身体に害があるか無いかの違いだし」
俺はシュールストレミングの臭いを思い出し、吐きそうになるのを堪えて答えた。
「お前がそこまで言うなんて、どんな臭いだったんだ?」
「うーん・・・腐った魚?生ゴミ?食べた友達は腐った塩辛って言ってましたよ。ゲップする度に胃の中から臭いが上がって来るって嘆いてました・・・」
聞いて来たアギーラに、臭いを思い出しながら答えると、彼はそれを聞いて顔をしかめる。
「最初に食べた人は凄いわね・・・そんなに臭かったら普通食べないわよ?チャレンジャーにも程があるわ・・・」
ラフィは呆れたように笑っている。
「こっちには臭い食べ物って無いの?」
俺が聞き返すと、3人は顔を見合わせる。
「臭い食べ物って言ったらアレね・・・」
「ダントツでアレですね!」
「あぁ・・・アレは臭かったな・・・」
3人は口々にアレと言っている。
彼等が揃って言っているアレとは何だろうか?
「勿体ぶらないでよ。気になるじゃん・・・」
俺が催促すると、3人は口ごもる。
名前を出すのも嫌らしい・・・。
「思い出したくもないんだけどね・・・アレって言うのは、ナットウよ・・・」
俺はその名前を聞いて、馬車の中で立ち上がった。
その際頭を思い切りぶつけたが、そんな事は些細なことだ。
「納豆あんの!?マジで!!?」
「ちょっと落ち着きなさいよ!痛いってば!」
俺は驚きのあまり、ラフィの肩を乱暴に掴んでしまった。
彼女は苦痛に顔を歪める。
「ごめん・・・まさか納豆があるなんて思わなくてさ。まぁ醤油や味噌があるんだから、同じ大豆で出来る納豆があっても不思議じゃないよね・・・」
俺は彼女に謝り、落ち着きを取り戻して座り直す。
「で、どこで食べられるの?」
俺の言葉を聞いた3人の時が止まった。
信じられない物を見る目をしている。
「あんた正気なの・・・?あんな蒸れた足の臭いのする物を食べたいとか頭おかしいんじゃないの!?」
「アキラさん、いくら何でもアレは無いです!」
「アキラ・・・」
「うわぁ・・・超アウェー・・・」
俺は3人から微妙な目で見られてしまう。
アギーラなんか言葉を続けることすらしなかった・・・。
「納豆に生卵を混ぜると最高なんだけどなぁ・・・」
あぁ・・・俺を見る彼等の目が痛い・・・。
言わなきゃ良かった・・・。
「まぁ私達に、人の好きな物をとやかく言う権利は無いから・・・」
「そうですよ!何が好きでもアキラさんはアキラさんです!」
「アキラ・・・」
最後まで言おうよアギーラさん・・・。
何で俺が慰さめられる流れになってんだろう・・・泣きたくなってきた。
もう泣いても良いだろうか・・・。
「皆さん、そろそろ出発いたしますがよろしいでしょうか?」
俺が泣きそうになっていると、馬車の扉が開いて御者が話し掛けてきた。
「はい・・・お願いします・・・」
俺が生気のない表情で答えると、御者は不思議そうに首を傾げて扉を閉める。
俺は残ったサンドイッチをもそもそと食べ、その後不貞寝した。




