第61話 サンドイッチ
「おいアキラ、起きろ!」
俺はアギーラの声が聞こえ、目を覚ました。
目が覚めるきっかけを作ってくれたのはアギーラだったらしい。
俺が虚ろな目で窓から外を見ると、すでに空は白み始め、あと少しで陽が昇る時間だ。
アギーラは、目を覚ました俺を見て安堵している。
「夜中に急にうなされ出して驚いたぞ・・・悪い夢でも見たのか?」
「心配掛けてしまってすみません・・・まぁ、悪夢みたいな物ですよ・・・」
俺は苦笑して答えたが、アギーラはまだ心配そうにしている。
「もう大丈夫ですよ!そろそろ陽が昇るみたいですし、このまま起きます?それとも二度寝します?」
「大丈夫なら良いが、あまり無理はするなよ?俺は二度寝は出来ない質でな、このまま起きておこうと思うが、お前はどうする?なんならラフィやララが起きるまで寝ていても良いぞ」
俺はアギーラに申し訳なく思った。
彼はうなされる俺を心配して起きてくれたのだ。
二度寝が出来ないとなると、睡眠不足になってしまう。
「なんだかすみません・・・俺のせいで起こしちゃいましたね・・・」
「気にするな・・・俺は元々あまり睡眠はとらないんだ。基本3時間も寝れば事足りるからな」
「そうですか・・・なら、俺もこのまま起きとこうと思います!俺も結構早起きなので、今から寝たら時間がもったいないですからね!!」
「そうか、ならどうする?身体を動かしにでも行くか?」
俺とアギーラは、それぞれのベッドの上に腰掛けてこれからの予定について話し合う。
ラフィとララは朝はゆっくりだ。
彼女達が起きるまでまだまだ時間がある。
「たぶん、宿の人達は起きてますよね?もし起きてたら、この宿に厨房が無いか聞いてみて、あるなら朝食とお昼のお弁当でも作ろうかと思います」
「まぁ起きてるだろうな。厨房は、食材の代金さえ払えば貸してくれると思うぞ。お前の料理か・・・昨日の燻製は美味かった。期待しているぞ!」
アギーラは笑顔になり、昨日食べた燻製を思い出して頷いている。
「アギーラさんはどうします?外に出ますか?」
「いや、俺はお前の料理する姿を見てみたい。邪魔じゃなければ見ていても構わないか?」
「それは構いませんけど、別に面白くは無いと思いますよ?」
「俺は基本料理をしないからな・・・生か焼くかしかしないから、興味がある」
俺とアギーラは話しをしながらベッドから立ち上がり、部屋を出る。
宿の店主に厨房を貸して貰えないか確認をするため、宿の入り口に向かう。
「おはようございます、どなたかいませんか?」
「はいはい・・・お待たせしました。あら、お早いですね?何か御用でしょうか?」
俺がカウンターから声を掛けると、店主が急いでやってきた。
営業の準備をしていたのか、若干汗ばんでいる。
「朝早くにすみません・・・。お願いがあるんですが、もしこちらに厨房がありましたら貸していただけませんか?」
「それは構いませんよ・・・食材はどうされます?この時間ではまだ店は閉まってますが・・・」
「食材の代金は払いますので、朝食とお昼のお弁当の分を分けていただけませんか?」
「わかりました。それでしたら私は構いませんよ!それにしても、貴方は珍しい方だ・・・ほとんどのお客様は皆さん外に食べに出られるので、貴方のように自分で用意したいと申される方は初めてですよ!では、ご案内いたしますので、こちらへどうぞ・・・」
店主は笑顔で頷き、俺を感心した様に見て案内をしてくれた。
「食材は何を使われますか?」
店主について行き厨房に入ると、店主は調理道具を準備しながら聞いてきた。
「そうですね・・・パン、卵、ハム、サラダ用の野菜、芋、挽肉、小麦粉、塩、コショウ、あとソースはありますか?」
「申し訳ありませんが、挽肉はありません・・・普通の豚肉ならございますが?」
「それで大丈夫です!たたけば挽肉は作れますからね!」
「わかりました、すぐにご用意いたします」
店主は俺に頭を下げて、食材を取りに奥に向かう。
「何を作るんだ?」
店主が居なくなるのを待って、アギーラが話し掛けてきた。
「朝食は普通にパンとサラダ、目玉焼きとハムを焼いた物です。朝はあっさりした物にしようと思ってます!」
「ふむ・・・昼食はどうするんだ?」
俺はアギーラの質問を聞いて、怪しい笑いを浮かべた。
アギーラはそれを見て不安そうな表情になる。
「食べられる物にしてくれよ・・・?」
「大丈夫です!お昼は簡単に食べられるように、サンドイッチにします!」
「サンドイッチ・・・何だそれは?」
聞きなれない名前にアギーラが首をひねる。
「サンドイッチっていうのは、スライスしたパンで食材を挟んだ料理ですよ。間に挟む食材を変える事で、色々な味を楽しめるんです!しかも片手で食べられるし、手も汚れません!」
「おぉ、それは興味があるな!その料理は向こうの物なのか?」
「そうですね・・・俺もまだこっちを回りきった訳じゃないので何とも言えませんが、少なくともこちらに来てからはまだ食べてないですね・・・」
アギーラはサンドイッチがどんな料理か想像し、楽しそうにしている。
サンドイッチは簡単な料理だ。
だが、長生きをしているアギーラが知らず、こちらに来てからはまだ見ていないという事は、こちらには無いのだろうか?
「お待たせしました!こちらでよろしいでしょうか?」
俺達が話しをしていると、店主が食材を抱えて戻って来た。
お盆にのっている食材は結構な量だ。
まぁ、アギーラが結構食べそうだし構わないだろう。
「ありがとうございます!では、厨房をお借りしますね!」
俺は店主に笑顔で礼を言い、調理を開始した。
「えっと・・・ラフィ達が起きるまでまだまだあるし、先にサンドイッチに挟む物から用意しようかな・・・」
「何を挟むんだ?」
「そうですね・・・とりあえず、コロッケとトンカツを作ろうかと思ってます。朝食はあっさりしてますし、お昼は歩くんでガッツリとした物にしようと思ってます!」
「また聞き慣れない料理が出て来たな・・・想像も出来ないぞ・・・」
俺の説明を聞いたアギーラは苦笑している。
まぁ、それは仕方のない事だろう。
「コロッケは、蒸した芋と挽肉を混ぜて、細かく崩したパンで包んで油で揚げた料理です。トンカツも、豚肉を崩したパンで包んで揚げた料理ですから、手間は変わりません。そのままでも良いですが、どちらもサンドイッチにしたら美味しいですよ!」
「簡単そうな料理だが、こっちでは聞いた事も無いな・・・だが、美味そうだ!楽しそうにしているぞ!」
俺はアギーラに笑顔で頷き、芋を蒸し始めた。
その間にパンを細かく崩してパン粉を作り、コロッケ用に豚肉のミンチを用意し、刻んだ玉ねぎと人参とともに塩コショウを振って炒める。
トンカツ用の豚肉は筋に切り込みを入れ、包丁の背で叩き、こちらも同様に塩コショウを振る。
こちらの世界に来て驚いたのは、コショウが流通していた事だ。
向こうでも今では流通しているが、大航海時代以前では、同じ重さの金と同じくらいの値が付いた程の高級品だったらしい。
他にも食材ではないが、紙と活版印刷の技術が普及している事にも驚きだった。
書物はコショウ程普及している訳ではないので、まだある程度高級品ではあるらしいが、それでも酒場のお品書きなどには紙が使われているのだから、なかなかの普及率だ。
「さてと、そろそろ蒸し終わったかな?」
俺は蒸した芋の状態を確認し、炒めた挽肉などと一緒にこねる。
俵状にしたタネと豚肉に小麦粉、溶き卵、パン粉をつける。
「アギーラさん今からこれを揚げていきますよ!」
「おぉ、それは楽しみだ!」
アギーラは調理をしている間、俺から少し離れた場所の椅子に座り、俺の邪魔をしないように大人しく眺めていたが、遠目に見ても分かるくらいに楽しそうにしていた。
彼は身体が大きいが、楽しそうに見ている姿は可愛く思えた。
俺は彼を見て笑いを堪えながら、熱した油にコロッケを入れていく。
少し油が跳ねたが、パチパチと音を立て、キツネ色に揚がっていく様子は、作り慣れた俺でも見ていて楽しい。
「なかなか豪快だな!見た目も美味そうだし、これは昼が待ち遠しいぞ!!」
「ははは、それは作り甲斐がありますよ!そうだ、2人には内緒で一つ食べてみますか?例外はありますけど、基本どんな料理も出来立てが一番美味しいですからね!!」
「それでは2人に申し訳ない・・・」
「良いんですよ、起きない2人が悪いんです!それに、アギーラさんには今朝迷惑を掛けましたからね!」
俺は紙で油を落としたコロッケを一つ差し出す。
彼はおずおずとそれを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
「む・・・かなり熱いが、これは美味い!」
「それは良かった!なかなかの自信作ですから、喜んで貰えて嬉しいですよ!」
笑顔のアギーラを見て、俺は嬉しくなる。
やはり自分の料理を美味しそうに食べて貰えるのは何度経験しても嬉しいものだ。
また作りたいという気持ちにさせてくれる。
「この後トンカツも揚げますから、そっちも食べてみてくださいね!」
俺はせっせと大量のコロッケを量産し、続いてトンカツを揚げ始めた。
アギーラは子供のように目を輝かせ、出来上がりを待っている。
すると、厨房の扉が開いて2人の美女が入って来た。
「おはよう・・・部屋に居ないと思ったら、朝早くから何をしてるのよ?」
「おぉ、これは良い匂い・・・美味しい料理の気配がしますよラフィさん!!」
入って来た美女はラフィとララだった。
2人はお風呂に入っていたのか、髪が湿り、肌が上気している。
その姿はなかなか色っぽい。
「2人共おはよう、早かったね・・・まだ起きてこないと思ってたから、朝食はまだまだだよ?」
「おはよう、よく眠れたか?」
俺とアギーラは2人に挨拶をする。
アギーラはトンカツを独り占め出来ず、少し悔しそうだ。
俺はそれを見て苦笑してしまった。
「昨夜は部屋に戻ってすぐに寝ちゃったからね・・・さっき汗だくで気持ち悪くて目が覚めたのよ・・・」
「私はあの後ラフィさんに抱き枕にされたまま朝を迎えました・・・アキラさんの苦労が身に染みてわかりましたよ・・・」
2人は渋い顔をしている。
「それは災難だったねララさん・・・同志が出来て嬉しいよ・・・。さてと、じゃあサクッと朝食を用意しようかな!」
「私も手伝うわよ。貴方は今作業中でしょ?何を作るか教えてくれたら私が準備するわよ」
ラフィは包丁を持って俺の隣に立つ。
なかなか頼もしい。
「それじゃあ、お願いするよ!取り敢えず卵とハムを焼いて、サラダを作ってくれない?俺はこっちが終わったら手伝うからさ」
「わかったわ、じゃあ早速始めましょうか!」
ラフィは食材を手にとって意気込む。
「なかなか様になってるな・・・」
「ラフィさんもお料理得意って聞いてましたから、心配はいらないと思いますけど、食べるのは初めてです・・・。それより、どう思いますかアギーラさん?あの2人なかなか良いと思いませんか!?」
「あぁ、なかなかお似合いだと思うな。まぁ、アキラ本人は煮え切らないみたいだがな・・・」
「そうなんですよね・・・頑固と言うかなんと言うか・・・おっ!これ美味しいですね!!」
料理をしていないアギーラとララはコロッケをパクつきながら言いたい放題だ。
「そう言う話は聞こえないようにしてくれよ!あと、コロッケつまみ食いすんな!それは昼食だ!!」
「おっと、これはすまん・・・」
「はうぅ・・・申し訳ないです・・・」
2人は俺に注意され、慌てて手を引っ込める。
「はぁ・・・さて、トンカツも出来たからどうぞ、熱いから気をつけてくださいね!」
俺はため息をついて出来立てのトンカツを三等分にして差し出す。
「ふむ、コロッケに似ているがこれはまた美味そうだ!では・・・」
「流石アキラさん!やっぱりアキラさんは優しいです!では私も早速・・・」
アギーラとララはトンカツを口に含み、目を見開く。
「これは・・・肉汁がなんとも言えないな!」
「美味しいですぅ・・・」
2人は顔を綻ばせ、満足そうにしている。
俺はそんな2人に苦笑した。
すると、俺の服の裾を何かに引っ張られた。
「アキラ・・・私、今手が離せないんだけど?良かったら、その・・・食べさせてくれないかしら・・・?」
ラフィはフライパンを片手に持ち、頬を赤らめながら、上目遣いで俺を見る。
先程のアギーラ達の話が聞こえていたのか、少し照れ臭そうにしている。
「お、おう・・・ごめん・・・」
俺もそんなラフィを見て照れながらトンカツを食べさせる。
「ん、美味しいわね・・・でも、朝食べるには重いわ・・・」
「だろ?だから、これは昼食にするつもりだよ!」
薄く笑うラフィの顔に見惚れながら、俺は照れ隠しにそっぽを向いた。
アギーラとララはそれを見てニヤケている。
「あとはこれをパンに挟むだけだから、もう少しで終わるよ!」
「こっちももう少しよ!じゃあ、ララさんは食器を準備してくれないかしら?」
ラフィも頬を染め、俯きながらララ達に頼んだ。
「了解です!美味しそうな匂いでお腹ぺこぺこですよ!」
「俺も手伝おう。何もしないのでは流石に悪いからな」
2人は椅子から立ち上がり、食器を準備する。
俺とラフィは少し気まずい思いをしながらも黙々と料理を続けた。




