第58話 空腹
「遅れたと思ったけど、案外早く着いたね。アギーラさんが荷物を持ってくれたおかげで助かりました!」
「気にするな。この位の荷物ならあってない様な物だ」
俺達はアギーラに荷物を持って貰い、会話をしながら村まで戻ったが、身軽になったおかげで順調に進むことが出来た。
今はまだ日が沈み始めたところだ。
「まずは宿を取りましょう!何日掛かるかわからなかったから宿を予約してなかったしね!」
「2部屋空いてたら良いんだけどね・・・」
俺達はラフィに促され、宿に向かった。
「すみません、部屋空いてますか?」
「おぉ、あなた方は先日の!今日は、シングル以外なら空いております。ツインの部屋が1部屋、ダブルが2部屋ございますがどうなさいますか?」
店に入ると店主が店番をしており、すぐに対応してくれた。
2度目という事もあり、前回より物腰が柔らかくなっている。
「じゃあダブルとツインを1部屋ずつお願いします・・・ラフィとララさんはダブルの部屋で良いよね?」
振り返って聞くと、ラフィが横に首を振った。
「何言ってるのよ・・・私、ララさん、アキラの3人でダブルで良いじゃない!」
「この前もそうでしたし、私は構いませんよ?」
「ほう・・・アキラはモテるな。両手に花で羨ましい限りだ」
俺は3人を見渡してため息をつく。
「俺がゆっくり寝られないじゃん!この前も背骨が折れるかと思って寝られなかったんだぞ!!アギーラさんもそっち側に付かないでくださいよ!?」
俺が叫ぶとラフィとララは不満そうにし、アギーラは苦笑していた。
「わかったわよ・・・行きましょう、ララさん」
「じゃあアキラさん、アギーラさん、部屋に荷物を置いたら入り口で待ち合わせしましょう!お腹空きましたし、夕飯を食べに行きましょうね!!」
ララは手を振りながらラフィの後を追って行く。
「じゃあアギーラさん、俺達も行きましょうか?」
「あぁ・・・。アキラ、勢いで来てしまったが、俺は金を殆ど持ち合わせていないぞ・・・」
そう言ったアギーラは居心地悪そうに呟いた。
「何言ってるんですか・・・宿代と食事代位出しますよ!せっかく仲間になってくれたんですから、その位はさせてください!」
「だが、それではお前達に負担が・・・」
「アギーラさん、お金が足りなくなったら稼げば良いんですよ。元々そのつもりでしたから、アギーラさんは気にしないでください!」
「恩に着る・・・」
アギーラは一言だけ呟き、頭を下げる。
俺はアギーラの背後に回り、彼の背中を押して部屋に向かった。
俺とアギーラが荷物を置いて入り口に戻ると、ラフィとララが待っていた。
「遅いわよ2人共・・・お腹が空きすぎて怒る気にもならないわ・・・」
ラフィはお腹を押さえ、項垂れながら呟いた。
ララはそれを見て笑いを堪えている。
「さっきまでの元気はどこに行ったんだよ・・・」
「部屋に着いて安心したら急にお腹が空いたのよ・・・早く行きましょ・・・」
ラフィはそう言うと、酒場の方に歩き出す。
足取りに力が無く、今にも倒れそうだ。
「ほら、そんなんじゃコケるよ?」
俺が見兼ねて手を差し出すと、ラフィは少し恥ずかしそうに頬を染め、俺の手を取った。
「ありがと・・・」
「どういたしまして・・・この前は俺が迷惑掛けたし、お互い様だよ」
ラフィの手の平は手触りが良く、柔らかくて暖かかった。
俺は自分から手を差し出したにも関わらず、少し照れてしまう。
「いやぁ、お2人共お熱いですねぇ!アギーラさんはどう思います?」
「ふむ・・・アキラ、部屋を変わるならいつでも言ってくれ。お前達の邪魔をするつもりはないからな」
「しねーよ!2人共からかうのはやめてくれよ!?」
俺が振り返って怒鳴ると、2人は肩を竦めた。
この戦闘要員2人は意外と気が合うのかもしれない。
「さてと、空腹でラフィが死にそうだし、手っ取り早くおまかせで良いよね?アギーラさんは食べたらダメな食材とかあります?」
「いや、特に無いな。まぁ、食うなら肉が良いが、無ければ何でも食う」
アギーラは特に問題無さそうだ。
種族によっては食べてはいけない食材があるかもしれない。
俺の居た世界でも、宗教で禁止されている食材などがあった。
時にはそれが原因で争いになってしまう事もあるから、気をつけなければいけない。
「じゃあ大丈夫そうですね!ほらラフィ、もうすぐ御飯だからしっかり!」
俺はラフィに肩を貸す。
彼女の顔が近くなり、汗の匂いに混じって甘い香りがする。
俺は自他共に認めるおっぱい星人だが、匂いフェチでもあるらしい。
正直、この匂いは嫌いじゃ無い。
いや、むしろ好きな部類だ。
ずっと嗅いでいたい・・・。
「うぅ・・・もうダメ・・・食べ物の匂いだけで空腹が刺激されて倒れそう・・・」
俺がラフィの香りを堪能していると、彼女は俺の肩に掴まり、足を引きずりながら歩く。
「よう、いらっしゃい・・・。戻って来たんだな。今日はどうする?」
俺達が店に入ると、酒場のマスターが気付いて話しかけてきた。
「この前と一緒でおまかせでお願いします。見ての通り空腹で死にそうなのが居るので、お腹に溜まるやつをお願いしますよ・・・」
「了解、ちょっと待ってな」
彼はラフィを見て苦笑すると、一言だけ言って店の奥に消えていった。
「ラフィ、いま注文したからもう少し待っててね・・・」
「えぇ・・・久しぶりだわ、こんなにお腹が空いたの・・・」
ラフィはテーブルに突っ伏している。
彼女のお腹から、なかなか豪快な腹の虫が鳴っている。
「取り敢えずこれでも食っててくれ。他はもう少し掛かる」
マスターはラフィを避けるように、大量の芋と干し肉を乗せた大皿をテーブルに置く。
その後すぐに酒の入ったジョッキも持って来てくれた。
「ありがとうございます!ほらラフィさん、早速食べましょう!」
「やっと空腹から解放されるわ・・・」
ラフィはゆっくりと顔を上げると、運ばれて来た芋を一口食べる。
「この前は素材の味って言ったけど、こんなに美味しかったのね・・・ごめんなさい、芋・・・」
「空腹は最高のスパイスって言うからね・・・味わって食べなよ?」
俺は、徐々に食べる速度の増すラフィに注意したが、彼女は全く聞いていない。
ララとアギーラは彼女の食いっぷりを唖然として見ている。
「ふぅ・・・なんとか危機は脱したわ!他の料理はまだかしら?」
「どこに入るスペースがあんのさ・・・君ってかなり食べるんだね・・・」
大量の芋と干し肉を殆ど1人で食べたラフィに俺が聞くと、彼女はお腹をさすりながら店の奥を見る。
「たまに、めちゃくちゃお腹が空く時があるのよね・・・まぁ、今日はお昼以外は朝から歩きっぱなしだったし、昨日までの疲れもあったしね」
ラフィりジョッキを煽りながら答える。
「異常が無いなら別に良いけど、初めて見たから驚いたよ・・・」
「普段俺が食べる量より多かったぞ・・・」
「あんだけ食べてお腹が出てないってどうなってるんですか・・・」
何気なく答えるラフィに、俺達3人は呆れてしまった。
「なんだ、もう無くなったのか?これだけで足りるか?」
再び料理を運んで来たマスターは、空になった皿を見て驚く。
「他にもあるならお願い!今はまだ腹6分目位だし、まだ入るわよ!」
「まだ食べんのかよ・・・」
ラフィはその後も食べ続け、俺の3倍以上の料理を食べた。
その分料金もかなりの額になったが、幸せそうなラフィを見ると何も言えなくなってしまった。




