第55話 竜人アギーラ・アジ・ダハーカ
「ふむ、なかなか美味い燻製だな。これはお前の手作りか?」
竜人族の男は、俺が渡した燻製を口にし、嬉しそうに目尻を下げている。
「はい、一晩掛けて作りました。気に入って貰えたようで何よりです・・・」
俺は、彼を刺激しない様に緊張しながら答えた。
ラフィとララは俺の背後に控えている。
俺からは見えないが、2人共緊張しているのがわかる。
「お前達はかなり緊張しているようだ・・・まぁその気持ちは解らないでもないが、そう警戒しないで貰えると助かる。竜人族は他の種族に比べ、強大な力を持っている・・・だが、むやみやたらに他種族を襲うほど野蛮な種族ではない。我々は、己の力がどれ程危険かを理解している。他種族とあまり交流を持たないのも、我々の力が害になる事を避けての事だ・・・。俺はお前達に食事を分けて貰った・・・何があろうと、お前達に危害を与えないと誓おう」
彼は俺達の様子を見て肩を竦め、諭す様に語った。
彼は優しい笑みを浮かべている。
「すみません、初めて竜人族の方にお会いして緊張してしまって・・・。戦場での活躍を聞いていたので、失礼があったらいけないと思いまして・・・」
俺は遠慮がちに彼に答えた。
彼はそれを聞いてため息をつき、俺を見た。
「お前の言う通り、確かに我々竜人族は戦場で多くの武功を挙げてきた。だが、それは我々だけの力では無いのだ・・・」
「それはどう言う事ですか?」
俺は彼の言葉に疑問を抱き、聞き返した。
ラフィ達も気になったのか、身を乗り出して聞いている。
「竜人族が竜種を崇拝しているのは知っているな?我々は、一族ごとに崇拝している竜種が異なる。竜種は現世には存在せず、現世と幽世の狭間で、自身を崇拝する一族を守護している・・・。俺も含め一族の長となる男子は、崇拝している竜種の加護を受ける事が出来るのだが、それを受けられるのは生涯で3度までと決まっている。なぜかと言うと、加護を受ける毎に守護竜の力と命を譲り受け、身も心も竜種に近づいて行くのだ。そして、最終的には己自身が竜へと変異する・・・竜種となった者は現世を離れ、一族を見守る守護竜となる・・・それを長い間繰り返して来たのが我々竜人族だ。本来、我々は加護を受けていなくても、他種族より身体的な面では優れているのは事実だ。だが、戦場での武功は加護を受けての物だ・・・俺も一度戦場で加護を受けた事があるが、その時の我々竜人族は、それこそ竜種そのものだからな・・・あまりの強大さにゾッとしたよ・・・」
語り終えた彼は、俺の差し出したお茶をすすって喉を潤した。
「私も噂だけで実際に目にした訳では無いですけど、確かに貴方の言っている事が本当なら、戦場での理不尽なまでの竜人族の活躍も理解出来ますね・・・」
話を聞いたララは腕を組んで頷きながら呟いた。
「一つ聞きたいんですが、貴方達竜人族は人間より竜に近い存在だって聞いてましたけど、身体の造り自体が人間と違うんですか?」
俺は失礼を承知で聞いて見た。
後ろでラフィが慌てているのがわかる。
「他種族にあまり詳しくはないからなんとも言えないが、それ程大差は無いはずだ・・・ただ、族長は加護を受ける度に竜種に近づくから、それを見た者達が勘違いをしている可能性もある」
彼は俺の質問に気分を害する事なく、しっかりと答えてくれた。
「人間は、他種族との間に子供を授かる事が出来る唯一の種族と聞いたんですが、竜人族との間にも子供は出来るんですか?」
「ちょっとアキラ!あまりズケズケと質問するのは失礼よ!?」
俺が質問を続けると、慌ててラフィが止めに入った。
「いや、俺は構わない。聞かれた事には何でも答えよう・・・。エルフのお嬢さん、気を遣っていただいて感謝する」
彼は慌てるラフィに優しく答え、頭を下げた。
それを見たラフィは言葉に詰まり、俺の背後に下がった。
「人間との間に子供が出来るかだったか?俺は実際に見た事は無いが、噂は何度か耳にした事がある。人間は身体的な面では竜人族や獣人族に劣り、魔法などの精神面ではエルフに劣る種族だが、何よりも繁殖力と適応力がズバ抜けているからな・・・。お前も見たところ両手に花のようだ・・・」
彼はそう言ってからかうように俺を見て来た。
最初は怖く感じたが、話してみると案外優しく感じる。
冗談も言うようだし、警戒しすぎるのはかえって失礼になるかもしれない。
「まだどちらも抱いてませんよ!抱き枕にはされましたけど・・・」
「ははは!そうか、それは勿体無いな!俺がお前の立場なら我慢出来ない自信がある!!」
豪快に笑った彼は、道の脇にある木の幹にもたれ懸かり、胡座をかいて座り直した。
「こうして人と会話をするのは久しぶりだ・・・皆俺を恐れて距離を取る。その気持ちは解るが、それでも遣る瀬無い気分になる・・・。お前達も俺を恐れていたが、それでも食事を与え、話を聞いてくれた・・・他人と会話をして笑ったのはどの位ぶりだろうか?俺は長い事1人で旅をして来た・・・今日は旅を初めてから今迄で最も楽しい日になった。お前達に感謝する!」
俺達を見て微笑んだ彼の表情は、戦場で戦う姿が想像出来ない程に優しさと穏やかさに満ちていた。
噂ばかりが先行し、人の本質が理解出来ない事は確かにある。
だが、噂を鵜呑みにし、他人との間に壁を作ってしまっては、新たな出会いなど到底望む事は出来ない。
例え考え方や見た目が自分と違い、噂では危険だと言われていたとしても、もしかすると生涯の友になる事も出来るかもしれない。
俺は彼の笑顔を見て、彼の事をもっと知りたいと思った。
この世界に来て初めて、自分から友になりたいと思った。
「すみません、自己紹介がまだでした・・・俺はアキラです。後ろのエルフがラフィ、猫人族がララです」
俺は自己紹介をして彼に手を差し出した。
握手を求めたのだ。
ラフィとララはそれを見て驚いている。
彼も、差し出された手を見て驚き、手を取ろうか迷っていた。
「こちらこそ遅れてすまない・・・俺はアギーラ、アギーラ・アジ・ダハーカだ。俺の一族の守護竜は名の通りアジ・ダハーカだ。竜人族は守護竜の名を冠するのが習わしでな・・・恐れ多い事だ。それにしても、まさか人から握手を求められるとは思ってなかった・・・」
アギーラは照れ臭そうに笑うと、差し出された俺の手をしっかりと握り、握手を交わした。
「アギーラさんは何故旅をしていたんですか?」
俺は自己紹介を済ませ、改めて彼に質問した。
「別に大した理由では無いんだがな・・・まぁ、なんだ・・・世界を見て周りたかったのと、嫁探しだ・・・。俺も一族の長だからな、血を絶やす訳にはいかない!」
そう言った彼は顔を赤く染め、指先で頬を掻いている。
ラフィとララはそれを聞いて呆気にとられている。
まさか竜人族が嫁探しの旅をしているなんて予想も出来ないだろう。
まぁ、こっちには王族でありながら婿探しの旅をしていたメス猫が居るから、彼を笑う事は出来ない。
「竜人族の人達は村を作って住んでるんじゃないんですか?その中に結婚相手は居なかったんですか?」
俺は正直に思った事を聞いた。
彼は身長が2mを超え、かなりガッシリとした体型をしているが、顔立ちは野性味溢れる渋いイケメンだ。
身体の大きさを差し引いても、この顔ならモテそうな気がする。
彼は少し困った様に逡巡し、ゆっくりと口を開く。
「いくつかの一族はまとまって暮らしているが、他にも世界のあちこちで静かに暮らしている者達も居る。ただ、ここ数百年産まれてくる子に差が生じていてな・・・後継である男が産まれなかったり、逆に女が産まれない場合も増えているんだ・・・そのせいもあって、俺の住んでいた村の人数は90人を下回っている。中には後継が居なくなり、すでに消えてしまった竜種もいる・・・。竜人族は成長が遅く、村には子を産める年齢の女はまだ居ない・・・だから、俺は嫁探しの旅に出たんだ・・・一族の守護竜であるアジ・ダハーカ様を失わない為に!」
アギーラは、決意の炎を瞳に宿し拳を握りしめている。
俺は彼の話を聞き、ラフィとララを読んで耳打ちをした。
(はい、出ました!また奴の仕業ですよ!!)
(本当ロクなことしないわね・・・)
(私は直接被害に遭ったこと無いですけど、聞いてるだけでイライラしますね・・・)
俺達は口々に、黒幕である奴について愚痴をこぼした。
(どうする?アギーラさんは悪い人じゃなさそうだし、真相を話せば協力してくれると思うんだけど・・・)
(うーん・・・確かに彼は悪い人じゃなさそうだけどさ・・・)
(でも、味方になってくれるでしょうか?話を聞いて怒ったらどうします?怒りの矛先がアキラさんに向いても、私じゃ敵いませんよ?)
「どうかしたのか?」
俺達が作戦会議をしていると、アギーラが不思議そうな表情を浮かべて問い掛けてきた。
(俺は、彼の事は信頼出来ると思うよ。しっかりと説明すれば、必ず力になってくれると思う!それに、これから先は彼の力が必要になるかもしれないだろ?)
2人は俺の言葉を聞きしばらく考えた後、決心して頷いた。
「アギーラさん、聞いて欲しい話があります・・・」
俺は2人に笑顔で頷き、アギーラをの目を見て話を始めた。




