第29話 帰るべき場所
俺は深夜の出来事もあり、普段より遅い時間まで寝てしまった。
ラフィはまだ隣で寝ている。
「私が一緒に寝るとか言って、ただ抱き枕が欲しかっただけなんじゃないか・・・?」
俺は肩を竦めて呟き、彼女を揺すった。
「ラフィ、そろそろ起きないと朝食の時間過ぎちゃうよ?」
「うーん・・・もうちょっと寝かせて・・・」
彼女は一言だけ呟いて、再度寝始める。
「俺は先に行っとくからね・・・」
俺は寝てしまった彼女に言って部屋を出た。
「ルーカスさん、おはようございます。あれ・・・クルーゼさんはまだですか?」
俺がリビングに入ると、そこにはルーカスしかいなかった。
「おはようございます、アキラ様・・・。旦那様はまだ起きてこられてませんよ」
ルーカスは心配そうにしている。
夜中にあんな事があったのだ。
寝坊しても仕方がない。
「ルーカスさん・・・実はかくかくしかじかで・・・」
「アキラ様、それではわかりません・・・」
ルーカスは呆れていた。
(ですよねー・・・)
「すみません・・・実は、深夜にちょっと問題がありまして・・・」
「何かあったのですか・・・?」
彼は表情を曇らせて聞いてきた。
「はい・・・。昨夜この世界について・・・魔物の存在や、転移者についてクルーゼさんと話をしたんです・・・。その中で、誰かが意図的に転移者を呼び、この世界を変えている可能性があるって話になったんです・・・」
彼は、黙ったまま俺の話を聞いている。
「魔物達や精霊が居なくなった時期、魔法が使えなくなった時期、人間以外の種族が減り始めた時期・・・そして、転移者が現れた時期が重なっている事に気がついたんです・・・。クルーゼさんは、転移者が現れると何かしら変化が起きていると言っていました。なので、それらは全て関係があって、何者かが意図的に起こしているという予想をしたんです・・・」
「確かに何者かの意図を感じますね・・・。まず、転移者と言う存在自体がおかしいですからね・・・それが片手で数えられる人数とは言え、何度もある事自体が本来ならあり得ない事です!」
彼は声を荒げて言った。
俺は彼が落ち着くのを待ち、話を続ける。
「その通りです・・・。クルーゼさんと話をした後、俺はベッドで眠りについたんですが・・・その時に異常がありました・・・」
「何が起きたのですか・・・?」
俺の表情を見て、彼は深刻な内容であると気付き、声を低くして聞いてきた。
「寝ている俺の頭の中で、何者かの声が響いたんです・・・。意外と勘が良いんだね・・・って言ってきたんです・・・。俺はベッドから飛び起きたんですが、強烈な頭痛に襲われ、吐き気をもよおしてトイレに駆け込んだんです・・・。ラフィとクルーゼさんが心配して様子を見に来てくれました・・・。そこで、俺の聞いた声の内容から、予想が当たっていた事をクルーゼさん達と話して、今後について決めたんです・・・」
「アキラ様はどうなさるおつもりですか・・・?」
彼は慎重に問い掛けてきた。
俺の選択次第では早めに旅に出る準備をしなければならない。
それが彼の仕事だ。
「クルーゼさんは、すぐに皇帝陛下や友人に知らせると言ったんですが、俺が止めました・・・混乱を避ける為です。最悪争いが起きたら、俺を転移させた奴の思惑通りになる可能性がありますからね・・・。奴は意図的に人間以外の種族を減らそうとしていると思います・・・もし、人間と他種族の戦争に発展したら、どちらにも被害がでますから。なので、今は敢えて伝えずにしておいて、奴のせいで姿を現さなくなってしまった神々や精霊、魔神達に協力を仰げないか会いに行く事にしました・・・」
彼は押し黙ったまま思案している。
彼はクルーゼと同じで、精霊達の協力を得るのは難しいという考えなのかもしれない。
実際現状を打開するには、奴以外の・・・この世界の者達全てが協力しなければ不可能に近い・・・。
だが、それでも解決出来るかはわからない。
俺を転移させた奴は、世界を変え、自分以外の高位の者達を抑えられる程力のある存在だ。
協力を得られたとしても、勝てるかどうかは賭けだ。
「わかりました・・・私も出来る限りの事を致しましょう・・・。出発は早めになさいますか?」
彼は、俺の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
その瞳にはしっかりと決意が伺える。
「いえ、出発は予定通り9日後にしようと思っています。焦って準備をしてしまえば、見落としが出る可能性がありますから・・・。それに、俺はまだ学ばないといけない事が山積みですからね・・・」
項垂れる俺を見て、彼は苦笑した。
「アキラ様・・・今から言うのはおかしいかもしれませんが、無事に帰って来てください・・・。私はまだ貴方の事を何も知らない・・・これからも、貴方の事を知って行きたいのです。ですから、必ずお嬢様と共に帰って来てください。旦那様も私も、心よりお待ち申し上げております」
彼は深々とお辞儀をする。
背筋の通った見事なお辞儀だ。
「はい!必ずラフィと一緒に帰って来ます!」
(問題が解決し、この世界を守る事が出来た時、もし向こうの世界に帰る事が出来なかったならば、俺は必ずこの家に帰ってこよう・・・)
俺は彼に笑顔で答え、心に誓った。
彼も満足そうに頷いてくれた。
「アキラ君、ルーカスおはよう!すまない・・・寝坊してしまった」
「皆んなおはよう・・・。アキラは相変わらず朝に強いわね・・・」
俺とルーカスが話していると、クルーゼとラフィが起きて来た。
2人共いつも通りの格好だ。
クルーゼはしっかりと着こなし、ラフィは服が肌蹴てだらしがない。
「俺が朝に強いんじゃなくて、君がだらしがないんだよ・・・ほら、ヨダレ!」
「ん・・・ありがと・・・」
ハンカチで口元を拭うと、彼女はおとなしくされるがままになっていた。
「せっかく可愛いのに勿体無いなぁ・・・そんなんだから俺が君の誘惑に乗らないんだよ・・・」
「ん・・・気をつけるわ・・・」
彼女はまだ寝坊けている。
いつもはパッチリと開いている目は、今はトロンとしている。
態度もしおらしくて、これなら少しアリかなと思ってしまう。
「もうお嬢様の面倒を見れるのは、アキラ様以外には居ないように思えます・・・。何度注意をしても聞いていただけませんので、私はもう諦めてしまいました・・・」
「俺も最近はこれが当たり前になってて怖いです・・・」
俺はルーカスの言葉に肩を落とした。
「それは良いな!どうだい?そろそろ諦めても良い頃だと思うよ!?」
クルーゼは歓喜している・・・。
「クルーゼさんは黙っててください。いい加減しつこいですよ?何度も言ってますけど、それを決めるのは最後ですよ?言ってる意味解ります?」
「アキラ君・・・目が怖いよ・・・」
クルーゼは冷や汗を流している。
ルーカスはそれを見て笑っていた。
ルーカスが楽しそうにしている姿を見るのは初めてだが、とても良い顔をしていた。
心から楽しんでいると思った。




