第23話 クルーゼの背中
俺が書庫でラフィに泣きすがってから数日が過ぎた。
あの後から、彼女と一緒に居る事はあっても、あまりしつこくはアピールをして来なくなった。
彼女が俺の事を気遣っているのもあるが、お互いの不安を相談しあい、理解が深まった事で少しだけ気持ちに整理がついたのだ。
「ラフィ、ここって何て書いてあるの?」
「あぁ、そこはね・・・」
俺は書庫にある本を読みながら、彼女に質問をした。
最近は昼食の準備の時以外は書庫で勉強をしている。
そのおかげか、今では日常的に使われているような単語は読み書き出来るようになった。
「ありがとうラフィ!だいぶ読めるようにはなったけど、特殊な使い方にはまだ慣れないな・・・」
「この短期間でそれだけ出来れば十分凄いわよ・・・。別に完璧に覚える必要はないのよ?私も一緒に行くんだし、そこらへんは心配いらないわよ?」
彼女は、悔しがる俺を見て呆れている。
「だって・・・せっかく君が手伝ってくれてるのに、出来ないままは悔しいからさ・・・」
「もっと私を頼りなさいよ・・・その方が私も嬉しいし・・・」
彼女は頬を赤らめて呟いた。
「まぁ、出来るだけは頑張るよ!もしこの世界に残る事になったら絶対に必要だしね!!」
俺の言葉に、彼女は笑顔で頷いた。
「さてと・・・結構長い事勉強したな・・・。流石に肩が凝ってきたよ・・・」
俺は窓の外を見て、本のページをめくる手を止めた。
空は茜色に染まり、外からは村の人々の一家団欒の声が聞こえてくる。
「本当、毎日毎日よく飽きもせず頑張るわね・・・私なら3日で飽きるわ・・・」
ラフィはうんざりした表情で言ってきた。
「読書は好きだからね!向こうの世界には無い物語とかあって面白いよ!!」
「今度あなたの世界にある物語とか教えたよ。私も興味があるわ!」
「了解!あまり多くは知らないけど、面白い物語はいくつか知ってるから、時間があったら聞かせてあげるよ!」
俺達は笑顔で頷きあい、書庫を後にした。
俺とラフィは書庫を出てキッチンに向かった。
夕飯を作るためだ。
朝はルーカスが食事の準備をしてくれるが、夜はラフィが夕飯を作ってくれる。
俺はそれを知ってからは、毎日彼女の手伝いをしている。
「アキラ、そこのお塩取ってくれない?」
「はいよ!こっちの野菜は切り終わったけどどうする?」
「じゃあそっちはサラダにするから盛り付けをお願いね!こっちももうすぐ終わるから、盛り付けが終わったら父様を呼んで来てくれないかしら?」
「了解!クルーゼさんはまだ書斎だよね?」
俺は彼女と会話をしながらサラダを盛り付ける。
(こう言うのって、なんか良いなぁ・・・)
俺は、彼女と料理を作る時間は楽しくて大好きだ。
俺が向こうの世界の料理などを教えると、彼女はいつも楽しそうにしながら聞いてくれる。
楽しそうな彼女を見ると、こっちまで楽しい気分になれる。
「盛り付けが終わったから、クルーゼさん呼んでくるね!」
「アキラ、ありがとうね・・・毎日助かるわ・・・」
彼女は改まってお礼を言ってきた。
「俺も君と料理出来て楽しいから、気にしないでよ!じゃあ、行ってくるね!」
俺は申し訳なさそうにしている彼女に笑顔で答え、キッチンを出て書斎に向かった。
コン コン コン
「クルーゼさん、もうすぐ夕飯ですよ?」
俺は扉の外からクルーゼに声を掛けた。
だが、返事が無い。
「クルーゼさん・・・?入りますよ?」
俺は恐る恐る扉を開けて部屋を覗き込んだ。
正面にある机には彼は居ない。
俺はそのまま部屋を見渡した。
「あ・・・居た・・・」
クルーゼはソファに横になっていた。
俺は部屋に入り、彼の肩を揺すった。
「クルーゼさん、夕飯の準備が出来ましたよ・・・ラフィが待ってます」
「ん・・・あぁ、アキラ君か・・・。すまない、今行くよ・・・!」
彼はソファに座りなおし、腕を広げて伸びをした。
「大丈夫ですか?体調が悪いんですか・・・?」
「いや、大丈夫だよ・・・!少しばかり疲れが溜まっているだけだよ・・・。さて、行こうか!早くしないとラフィが不機嫌になってしまうからね!」
彼は、心配する俺に笑顔で答え、俺と一緒にラフィの元へ急いだ。
「ふぅ・・・ごちそうさま!ラフィ、また腕を上げたね!アキラ君のおかげかな?」
「ありがとう父様・・・。確かにアキラのおかげね!彼の世界の料理は興味深いものばかりだから聞いてて楽しいし、実際に作って食べるととても美味しいのよ!ただ、最近食べ過ぎてる気がするのよね・・・」
彼女はそう言うと、お腹のあたりをさすっている。
「太る時はお腹から、痩せる時は胸からって言うしね・・・。まぁ、ラフィは心配無いんじゃない?毎日暴れてその分は消費してるでしょ?」
俺がそう言うと、彼女は睨んできた。
クルーゼは俺達を見て笑っている。
「さて、お腹も膨れたし風呂に入ろうか・・・。アキラ君、たまには一緒にどうだい?ラフィに聞かれたく無い話とかあるなら聞いてあげるよ!?」
彼はニヤケて言ってきた。
「え・・・男の人と一緒に入っても嬉しく無いですよ・・・」
「ははは、アキラ君はつれないな!まぁ、たまには良いじゃないか!男同士裸の付き合いをしよう!!」
彼は俺の襟を掴み、無理矢理風呂に連行した。
ラフィは、ただ呆れたようにそれを見ていた。
「ふう・・・良いお湯だな!」
「そうですね・・・。こっちの世界にも湯船に浸かる習慣があるなんて驚きましたよ・・・」
俺達は今2人で湯船に浸かっている。
俺は無理矢理連れてこられ、彼と背中を洗いあった・・・。
彼の身長は俺よりも少しだけ高いが、見た目は優男だ。
だが、実際に背中を見てみると、しっかりと筋肉が付き、引き締まっていた。
男の俺から見ても憧れてしまう背中だった。
「君の世界も湯船があるのかい?」
俺が物思いにふけっていると、彼が聞いてきた。
「毎日入ったりする国はあまり多くは無いみたいです・・・日本はほとんどの家庭が毎日入ってると思いますけどね!」
「風呂は良い・・・疲れも、嫌な事も忘れられるからな!・・・ところでアキラ君。君はラフィと何かあったのかい?」
彼は唐突に話を切り替えた。
「・・・何でですか?」
「いや・・・最近ラフィがおとなしくなったと思ってね・・・。数日前までは賭けがどうのと言って、君にべったりだっただろう?でも、最近は一緒にはいても、あまり君に迫っていない気がしてね・・・。もしかして・・・あの子を抱いたのかい!?」
彼は嬉々として聞いてきた。
(このオヤジ・・・それが聞きたくて無理矢理連れて来たのか!)
俺は内心呆れてしまった。
「はぁ・・・別に何も無いですよ・・・。ただ、ラフィと話をしただけですよ・・・。お互いの不安を話し合って、理解して、少しだけ気持ちの整理が出来ただけですよ・・・」
「そうか・・・抱いたのかと思ったんだがな・・・残念だ!!でも、今の君達を見ていると安心するよ・・・お互い無理をしていない感じがしてね!」
彼は笑顔で頷いている。
「クルーゼさん・・・俺、ラフィの事好きですよ・・・。でも、向こうに帰りたい気持ちもあります・・・。だから、向こうに帰るまでラフィと2人で考えたいと思います。お互いが後悔しないように・・・」
「あぁ、頑張りなさい・・・。君なら・・・君達なら見つけられるさ!私も力になるから、2人で頑張りなさい!」
彼はそう言うと、俺の頭を少しだけ強く撫でて来た。
俺は、父に撫でられているような安心した気持ちになった。




