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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
番外編
88/98

【番外編六】本郷美鈴の苦悩の日々《後編》(美鈴視点)

この話は本日三話目の更新になります。

前編・中編をまだ読んでいらっしゃらない方は、読まれてからこの後編をどうぞ。

 クリスマスパーティーは、飲んで食べて、いろいろな人たちともお喋りをして過ぎていく。

 私は今臨時採用だけれど、いつかは本採用されて、この仲間に堂々と入りたい。皆何も言わないけれど、やっぱり自分だけ違うんだという卑屈な感情が心の片隅にあって、心底楽しめていない気がする。

 それでも今日参加して良かったと思う。参加者の中には私と同じように、臨時採用として働きながら教員採用試験にチャレンジして、晴れて教師になった人がいて、働きながら試験勉強をする大変さや心構え、勉強のコツなどを教えてくれた。

 やはり働きながら試験勉強は、想像以上に大変だと聞き、気を引き締めなければと改めて思いなおした。

 婚活なんて言っている場合じゃないって!


 それにしても、今日初めてあった先生達の殆どに「守谷先生の先輩なんだって?」と訊かれ、辟易とした。 守谷君、いったいあんたは何なのよ! と言いたくなるぐらい、皆の気になる存在らしい。特に女性からは大学時代の守谷君の質問が多かった。芸能人じゃあるまいし。

「守谷先生のおかげで、今日は沢山の人と話が弾みましたよ」

 守谷君と広瀬先生が私達のところへ来た時、私はニッコリと笑って守谷君にそう言った。

 このくらいの嫌味を言ったって許されるだろうと思うのに、肝心の守谷君にはその嫌味が伝わっていなくて、「えっ?」と驚いた表情をした。

「私、守谷先生のマネージャーとでも勘違いされたのか、大学時代の守谷先生のことを訊かれまくったんですよ」

 自覚の無い守谷君に、ストレートに説明すると、彼は途端に顔をしかめた。

「それで本郷先生、何を言ったんです?」

「事実をありのままに。大学時代もモテモテで、でも女性には寄ってくるなオーラを出していたって。それ以上のプライベートは知らないしねぇ」

 私は意味深にニヤリと笑って返してやった。このくらいの意趣返しは可愛いものだろう。

 彼は不本意そうな顔をして「ご迷惑かけたみたいで、すみません」と謝り、それ以上何も云わなかった。

 岡本先生がさりげなく愛先生を守谷先生の隣へと押し出す。愛先生は遠慮がちに守谷君と話をしている。その様子を見て、先程守谷君達が傍に来る前の愛先生と岡本先生の会話を思い出した。

「香住ちゃん、他の先生の前で私と守谷先生が関係あるみたいに言わないで。そんなのじゃないんだから」

 愛先生が岡本先生に釘を刺した。

「愛ちゃん、照れなくていいから。それに、守谷先生はモテモテだから、違う学校の先生には少し牽制しておかないと、ねっ」

 岡本先生は、悪びれずにそんな事を言う。

「牽制って。守谷先生に迷惑かけることだけはやめてね。本当にお願いだから」

 愛先生は困った顔をして小さく溜息を吐いた。

 なんだ。二人がいい感じだなんて、岡本先生の先走りだったの?

 もしかしたら、岡本先生が友達の恋を応援するあまり、周りを巻き込んでいるのかもしれない。

 私は、少し恥ずかしそうに頬をうっすらと染めて、遠慮がちに守谷君と話をしている愛先生を目の端に捉えて、そんなことを思っていた。

 そして、改めて会話をする二人を見て、一瞬大学時代の美緒と守谷君の姿がダブった。

 やはり似ていると思った。

 守谷君は美緒に似ている愛先生をどんな気持ちで見ているのだろうか?

 守谷君の態度は、他の先生に対するものとそれほど変わりは無くて、二人がいい雰囲気だなんて思えない。

 彼らが去った後、岡本先生が「守谷先生、照れているのか、なんだか素っ気無かったね」と言うと、愛先生は少し辛そうな表情をした。

 素っ気なかったって。いつもはどんな感じなのだろう。

 二人が良い感じだというのを、私は見たことがないから分からないけど、今日の守谷君の態度はいつもと違うらしい。まあ、今日は周りに人が多いから、仕方ないのかな。

「本郷先生、少しお訊きしてもいいですか?」

 いきなり愛先生が私を見て微笑んだ。私は戸惑いながらも「ええ、何?」と首をかしげた。

「あの、守谷先生は以前、『みお』という名前の女性と付き合っていませんでしたか?」

 えっ?

 なに? どうして? 

 どうして知っているの?

 私はしばし言葉が出なくて、驚いた表情がきっと愛先生の質問を肯定してしまったのだろう。

「やっぱり、そうなんですね」

 愛先生はそう言って、目を伏せた。

「愛ちゃん、どういうこと? どうしてそんなこと、知っているの?」

 岡本先生が愛先生の言葉に驚いて、問い詰めるように愛先生に向き合った。

「あ、あの、守谷先生に間違えてそう呼びかけられたことがあって」

「えっ?!」

 私と岡本先生は、同時に声をあげた。

 やっぱり守谷君、愛先生に美緒を重ねていたの?

「それは、いつ頃?」

「ほら、今年の夏休みの終わりに、皆で飲みに行ったでしょう? あの時、守谷先生、いつもと違って酔いつぶれるまで飲んでいたじゃない? 皆が私に眠っている守谷先生を起こせって言うから、私、守谷先生を揺り起していたら、気付いた守谷先生が私の腕を掴んで『みお』って呼んだのよ。私が何も言えずにいたら、守谷先生が我に返って、夢を見て寝ぼけたって謝ってくれたんだけど、その時呼んだ名前については何も言わなかったし、私も何も訊けなくて」

「愛ちゃん、そんな話、何もしてなかったじゃない」

 岡本先生は、何も言ってくれなかったことにショックを受けているようだった。

「ごめん。香住ちゃんが一生懸命応援してくれているのを知っていたし、私も少しいい気になっていたから、ちょっとショックで、余計に言えなかったの。ごめんね」

「でも、その時間違えて呼んだのが元カノの名前だとしても、大学生の頃付き合っていた彼女の名前でしょ? 私、守谷先生が新任の時から知っているけど、最初から彼女はいないって言っていたし、途中で彼女ができた雰囲気もなかったよ。それよりも、守谷先生って、誰に対しても優しいしフレンドリーだし、感じが良かったけど、やっぱりどこか女性に対して壁を作っているようなところはあったの。それなのに去年愛ちゃんが赴任して来て、愛ちゃんに対する守谷先生の態度が今までと違ったのよ。それはどの先生も感じたと思う。守谷先生が先生になってから三年近く経っているんだし、たまたま元カノの夢を見て寝ぼけて呼んだだけで、心配するほどのことじゃないんじゃないかな?」

「うん、そうかもしれないけど。私、いい気になっていたなって思って」

「そんなこと無いよ。今までいろいろな女の先生が守谷先生を誘ったけど、皆断っていたのに、愛ちゃんの誘いには応じて二人で出掛けたでしょう? 愛ちゃんは特別なんだって!」

「そんなこと無いよ。守谷先生からは誘われたこと無いし。やっぱり香住ちゃんの思い違いだよ」

「守谷先生って真面目だから、同じ学校の同僚の女性に近づくのをためらっているのかも知れないよ。それに、愛ちゃん、自分の気持ちを伝えてないんでしょう? だから、守谷先生も愛ちゃんの気持ちがわからなくて余計に慎重になっているのかもしれないよ」

 私は二人の会話を聞きながら、守谷君が本気で好きになったら、ためらったりしないだろうなと考えていた。たとえ同僚でも、仕事とプライベートは彼なら分けられるだろう。美緒と付き合っていた時だって、大学では二人が付き合っていることはほとんど知られていなかった。

 岡本先生があんな風に煽るから、愛先生は現実以上に期待してしまっているのではないだろうか?

 でも愛先生の誘いに応じて二人で出掛けたりするのは、守谷君もその気があるのか。

 それに、愛先生にだけ態度が違うって、まさか、愛先生に美緒を重ねているってこと無いよね?

 私は胸の奥で何か苦いものを感じた。

 目の前で恋に戸惑う愛先生を見ているのが辛くなった。

「ねぇ、本郷先生?」

 私は二人の話を聞きながら考えことをしていたので、いきなり岡本先生に名前を呼ばれて慌てた。

「なに?」

「守谷先生の大学時代の彼女とは、守谷先生から申し込んだのか、彼女の方から申し込んだのか、知っていますか?」

 えっ? 

 そんなこと、きいてどうする?

「さあ、そこまではわからないけど、どうして?」

「守谷先生って、自分から告るタイプなのか、相手に告らせるタイプなのか、どうかなと思って。愛ちゃんも、自分の気持ちを伝えたらいいと思って」

「香住ちゃん! 本当に、もういいから。本郷先生もすみません。変なことばかり訊いて」

 愛先生は、岡本先生にくぎを刺すようにきつく言うと、私に向かって謝った。私は首を横に振って「何とも思ってないから」と彼女を安心させるために微笑んだ。

 岡本先生はいつにない愛先生の強い口調に、ショックを受けたのか、落ち込んだような顔をしている。

 私は何となく岡本先生の気持ちが分かるような気がした。

 自分の友達が、あのモテモテの守谷君の彼女になるかもしれない。それは他人ごとなのに、友達というだけで誇らしいような自慢な様な嬉しさがあるのだ。

 そして、相手が誰であれ、友達の恋が上手くいってほしい。友達の幸せな笑顔が見たい。そんな気持ちは今の私だってあるもの。

 それにしても、岡本先生がここまで自信を持って愛先生の背中を押すのは、守谷君の態度に愛先生への想いを感じたということなのだろう。

 それでも当事者の愛先生は、そこまで自惚れていないということか。

 彼女は名前を呼び間違えた守谷君に何かを感じたのかもしれない。

 いったい守谷君はどう思っているのか。

 愛先生の誘いに応じて二人で出掛けるなんて、まるでデートだ。それなら、期待してしまってもおかしくない。今まで誰の誘いにも応じなかったのなら余計に。愛先生がいい気になっていたと言うのも頷ける。

 守谷君、美緒が忘れられなくて、愛先生の誘いに乗ってしまったの?

 それとも、忘れようとして、誘いに乗ったの? 


 その後、一人トイレへ行った帰り、廊下で守谷君とばったり会った。彼を見た途端、先程の愛先生と岡本先生の会話を思い出したからか、思わず睨んでしまった。

 全ての元凶はこの男だ。

「あのね、守谷君」

 私は先程までの同僚としての話し方なんて飛んでしまい、ちょっと説教してやらねばと先輩口調で話しかけた。

「あっ、本郷さん、丁度いいところで会った。本郷さんにお願いがあるんです」

 守谷君は私の睨みなど気付きもしないのか、いきなり彼も後輩口調で切り出した。彼の勢いの方が勝っていたのか、私の中の怒りはすぐに霧散して、彼のお願いが気になった。

 彼のお願いというのは、このパーティーの後で訊きたいことがあるので時間を取ってほしいというものだった。とりあえず駅前の深夜までやっているという喫茶店で落ち合うことになった。終わった後、一緒に行けばいいのだけれど、又余計な誤解を招きかねないと思い、絶対他の人に知られないようにと釘をさしておいた。

 それにしても、訊きたいことってなんだろう?

 それを尋ねたら、その時に言いますと返され、しつこく訊けなかった。

 やっぱり、美緒のことだろうか? って、それ以外に考えられない。

 私の頭の中はいろいろな情報が絡み合って、フリーズしそうだった。


 クリスマスパーティーは二時間で終わり、午後九時には解散となったが、その後二次会のカラオケへと流れるのがいつものパターンらしい。

 二次会の誘いを用事があるからと断れば、クリスマスイブの夜のこと、変な風に誤解されたようだったけれど、そんなことは構っていられない。誤解されたおかげで、すんなり帰してもらえて良かったと、喫茶店へ向かいながら安堵の息を吐いた。

 守谷君は抜け出せただろうかと心配しながら喫茶店に着くと、守谷君がもう来ていて驚いた。

「終わる前に抜け出して来ました。最後までいたら、抜け出すチャンスないから」

 驚く私に彼はそう言って苦笑した。

 ああ、女性達の残念の悲鳴が……。愛先生もきっと残念がっているだろうな。本当のことが知られたら、きっと恨まれるだろう。でも今はそんなことより。

「守谷君、訊きたいことって?」

 私は守谷君の前の席に座り、注文した紅茶を一口飲んだところで本題に入った。

 私が今一番気になっているのは、彼の本音だった。

 愛先生のことが好きなの? それとも美緒のことが忘れられないの? それとも……。

「ああ、拓都のことなんですけど」

「拓都君?」

「拓都は誰の子供なんですか?」

 私は絶句した。あまりに想定外の質問に、驚くことしかできなかった。

 これは、真実を言ってもいいのだろうか? 

 守谷君は担任として訊いているのだろうか?

「そんなことは美緒に訊いて」

 やっぱり私の口からは言えない。

「美緒から言ってくれるのを待っていたんですけど。担任としては必要以上のプライベートは訊けませんから」

「どうして、知りたいの?」

 彼は私の質問にしばらく逡巡した後、私を真っ直ぐに見た。

「拓都は美緒のお姉さんの子供だというのは本当ですか?」

「えっ? どうしてそれを……」

 私は思わず肯定を意味する言葉を発していた。目の前の彼は、やっぱりと言う表情をした。

 私は自分の失敗にすぐに自分の口を手でふさいだけれど、時すでに遅し。けれど彼は安心したような顔をしている。

「それで、やっぱり拓都のご両親は亡くなったんですか?」

「ええ」

 私はここまで来たら覚悟を決めて頷いた。

「じゃあ、美緒が拓都の面倒をみることになった時、美緒が付き合っていた奴は美緒を突き離したんですか?」

 ええっ? 

 何を言っているの? 守谷君。

「何を……」

「聞いたんですよ。美緒がK市にいる時に友達だった人の子供が俺のクラスに転校して来て、その人から美緒は母子家庭でとても苦労していたって。独身でまだ若い美緒が、一人で子育てするなんて。どうして付き合っていたのにその人は美緒と結婚しなかったんですか? 拓都がいるからですか? 結婚して二人ならそこまで苦労しなかっただろうに。俺なら……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、守谷君。何か勘違いしていない?」

「勘違い? 美緒は俺と別れた後に、同じ職場の奴と付き合っていたんでしょう?」

「はぁ? 美緒が付き合っていたのは、守谷君以外にいないわよ」

 あっ……そうだった。

 美緒は、別の人が好きになったと言って別れたんだった。

 でも、どうしてこんなこと、訊くの?

「えっ? 美緒が好きになった奴とは、付き合わなかったんですか?」

 ああ、どう答えたらいいものか。

 それより、肝心なのは守谷君の気持ちよ。

「美緒のことより、守谷君はどうなのよ。愛先生といい感じだって聞いているわよ」

 守谷君は表情をこわばらせた。そして私から視線を外して彷徨わせた。

「愛先生とは、皆で遊びに行ったりする仲間ですけど、それだけですよ」

「本当に? 二人でデートしているって聞いているけど?」

「デートって。バスケの試合を見に行っただけです。俺は中学高校とバスケをしていたし、愛先生も大学で男子バスケのマネージャーをしていたらしくて。それで良く話をしていて、話の流れで愛先生の大学のバスケの試合を見に行くことになったんです。最初は皆で行くと思っていたから、待ち合わせの場所で二人だけだと知って驚いたぐらいで」

「でも、その後も二人で出掛けていたんでしょう?」

「まあ。でも、バスケの試合だけですよ。それに、それも今は断っているし」

 守谷君はどこかバツが悪そうに話す。

「ねぇ、愛先生って美緒に似ているよね? だから?」

「本郷さん、もう堪忍してくださいよ。愛先生とはただの同僚なんだから」

「守谷君、あなたはそれでいいかもしれないけど、周りの皆は守谷君と愛先生がいい感じで、上手くいけばいいと見守っているし、岡本先生なんか守谷君が愛先生を好きだと思い込んで、一生懸命愛先生の背中を押しているのよ。それに、愛先生自身もどこか期待していると思うし。それは、今まで周りの皆に冷やかされても否定してこなかったからじゃないの? それとも、本当は愛先生のことが好きなの?」

 私の問いかけに、守谷君は驚いたような顔をしたけれど、その後俯いて大きく嘆息すると、真剣な表情になって私を見た。

「本郷さん。正直なところ、一時期は皆が思うように愛先生とそんな仲になってもいいかなって思ったこともありました。でも、心のどこかで、美緒と愛先生を重ねているだけだって気付いていたから、自分から積極的になることも出来なくて。愛先生の気持ちも何となく気付いていたけど、彼女が何も言ってこないから断ることも出来ないし、最近はできるだけ二人きりで話さないようにしているんだけど」

 愛先生がそんなのじゃないって、守谷君とのことを否定していたのは、最近の守谷君の態度に何かを感じていたからなんだ。でも、周りの皆にとっては、二人はいい感じだと思い込んでいるから、守谷君が否定しない限り、軌道修正されないだろう。

 愛先生のことを思うと辛くなる。

 まだまだ守谷君に愛先生のことで言いたいことはあるけれど、本人も分かっているだろうし。

 私はもうこれ以上愛先生のことを言うのは止めた。

「そう、それなら、周りの皆にもはっきりと言って、誤解を解かないとだめだと思うよ。そうじゃないと愛先生が可哀そう過ぎるもの」

 特に岡本先生には分かってもらわないと、いつまでも愛先生の背中を押し続けるだろうし。

「そうですね、誤解を解くように頑張ってみます。それより、さっき言っていた美緒が付き合ったのは俺だけだっていうのは、本当なんですか?」

「守谷君、それを訊いてどうするの? あなた達が別れてもう三年以上の年月が経って、美緒には拓都君がいるし」

「分かっています。でも、美緒と拓都の力になりたいんです。今更だけど。美緒はまだその男のことが忘れられないのかもしれないけど。今、美緒を助けてあげられる男性が傍にいないのなら、俺が何か力になれたらって……」

「美緒は別の人が好きになったって、あなたを振っているんだよ。それでも許せるの?」

 私の質問に又驚いた顔をした守谷君は、目を伏せて何かを考えているようだった。

「許すも何も、今更ですよ。再会してから今まで、少しずつ今の美緒のことを知るようになって、拓都の子育ても頑張っているのも知っているし、仕事も、家のことも、それからクラス役員まで頑張ってくれているのをずっと見て来たんです。でも、美緒は肝心なことは何も話してくれないし、拓都がだれの子供なのかも分からなくて、ずっといろいろ考えてきました。拓都がお姉さんの子供だって知らなかったから、拓都の父親のことを忘れられないのだろうかとか思って、俺は近づいたらいけないと思っていました。だけど、お姉さんの子供だと分かったら、美緒が付き合っていた奴は、美緒が一番大変な時に助けてやらなかったのかと思うと悔しくて。でも、付き合っていないのなら、仕方なかったんですね。お姉さんが亡くなったのは、付き合う前だったんですか?」

 守谷君は何か吹っ切れたように、勢い込んで話し続けた。

 なんだ、二人とも想い合っているんじゃないの。

 でも今はそこまで言わない方がいいだろう。お互いの気持ちは自分達で伝えあわなきゃ、また変に誤解が生じてしまっては、元も子もないもの。

 その代わり、彼の誤解だけは解いてあげよう。それは、美緒に守谷君を諦めるよう強く言ったことへの、せめてもの罪滅ぼしかな?

 今の守谷君なら、美緒が彼を巻き込みたくなくて嘘を言って別れたことも、許せるだろう。

 美緒が諦めてしまう前に行動に移しなさいと言っておかなくては。

 愛先生、ごめんね。この二人の間には、やっぱり誰も入り込めないみたいだよ。

 私は、心の中で愛先生に手を合わせながら、あの頃の幸せそうな美緒の笑顔を、脳裏に思い描いていた。







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