努力の対価
桜木竜馬視点
「外ばかり見て、やっぱり葵ちゃんの事心配?」
「仕方ないだろう」
普段は、こういった感情は表には出さないのだが、今回ばかりは無理だったらしい。
今現在、母さんは葵のところにいる。
その連絡を受けたのは数時間前であり、それも母さんからではなく父からだ。
内容としては今後のスケジュールを決めに行くということらしい。
その内容を見て、俺は驚きを隠せなかった。
それは実も同様だった。
「綾子さんもすごいよね。あれだけのことを私たちのサポートをしながら準備するんだから」
「俺たちとの実力の差を痛感するよ。はあ、上手くいくといいんだが」
「信じるしかないよ。彼は言ったんでしょ?チャンスと言うなの努力の対価を必ず与えるて」
「そうだな」
実の言葉に、俺は俺は隅風駿人にした質問を思い出す。
「最後に聞きたい質問が一つある。どうしてそこまでするんだ?」
それを聞いた彼は一瞬考えた後、こちらの目を見て喋り出す。
「それは葵さんが最後の最後まで抗い、チャンスを掴み取ろうとしているからです」
彼はそう言って、一瞬上を見た後、語る。
「僕には気になることがいくつかあります。その一つが努力です。
努力は何か叶えたいものがあるとき、必ず必要になってくることです。そのことから人生において、最も大切なワードの一つである努力をどう捉えればいいのか、僕は考えてきました。
どう捉えるかを考えた時、一番に問題は支払ったものと返ってくるものが決して比例していないことです。
どれだけ努力しても、欲しいものが得れるわけではない。だからこそ、努力を無駄だと考えもある。
しかし、その努力が叶う時もある。そして、その時にかけた努力が大きいほど、そのリターンは支払ったものの数倍で返ってくることもある。
努力とはいわば賭けのようなものです。
努力の真価とは、どこまで自分の時間と意志をベットできるのか、そこが問われるものだと僕は考えています。」
なるほどと思う。
確かに努力とは賭けのようなものだ。
叶うかどうかは分からないが、欲しいのであれば自分の時間と労力を支払わなければいけない。
何もしなければ、何も失わないが何も得られない。
やっていることは客観的に見ればギャンブルと同じ、違いがあるとしたら、ただ支払うものとあるものがお金ではないことと、運の要素が少ないぐらいだろうか。
だからこそ、大切なのは続けるか続けないかの問いか。
「努力をすることは誰でも出来ます。しかし、叶えたいもの為に全てを賭けて、努力を続けれる人はあまりいません。葵さんはそれが出来る人です。僕はそんな人を大切にしたい。
全てを賭けて進もうとしている人が、才能や環境など、どうしようもない理不尽で終わらないでほしい。少なくともそんなことを諦める理由にしないで欲しい。失敗したなら、失敗したと笑顔で堂々と言って欲しい。
だから、僕はチャンスを与えることにしているんです。それが僕なりに努力している人の対価の支払い方です。
そして、葵さんはそのチャンスを掴み取った。
だから、僕はチャンスを与えた人物として、責任を取っているだけにすぎません。」
そういった彼の表情は、一つの答えだと確信しているかのようにカッコいいものだった。
あの時感じた硬く強い意志を俺は信じるしかない。
頼んだぞ、隅風君。
僕が横槍を入れることが予想外だったのか、桜木は驚いた表情をし、綾子さんは桜木に向けていたものよりも鋭い視線がこちらに向けられる。
重々しい圧力が僕に掛かる。
だが、僕はそれを跳ね返すように強く、自信を持った表情をする。
僕はイメージをする。
この荒波をものともせず、堂々とした姿で踏破する自分の理想の姿を、勝算の少ない勝負でも賭けてしまうほどの強い意志を見せつけるため。
「それはどういう意味かしら?」
「言葉通りの意味です。すぐに決断する必要があるとは思えません」
綾子さんは引き返すなら今だぞと僕に問をするが、僕は堂々とした態度で断る。
「確かにあなたは娘に色々としてくれたから、感謝しているわ。しかし、これは家族の問題よ?あなたが関わるようなものではないわ」
こちらを一瞬で凍らせ粉々にするほどの冷たく、辛い言葉がこちらを襲う。
だが、この程度で僕の歩みを止める事は出来ない。
立場ごときで下がるなら何もできない。
「確かに僕が関わるような事ではないかもしれません。しかし、友達が困っている時に動けない人でいるつもりもありません。僕は今ここで無理に決断することが葵さんの為にならないとかんがえたからこそ、声を上げたのです。」
「その気持ちはいいと思うわ。しかし、関係ないものが首を突っ込むことが、どれ程迷惑か、賢いあなたなら分かるでしょう?」
「ええ、分かりますとも、関係ない者が乱入してくることの大変ですよね。しかし、それが悪い結果に繋がるとは言えない。やり方次第では良い結果に繋がることもある。
部外者が乱入してきても上手く対応することも綾子さんが葵さんに求める姿の一つではありませんか?
なら、手本を見せてあげてください。」
綾子さんの追撃に対して、僕は毅然とした態度で言い返す。
綾子さんは僕の言葉に表情が一瞬歪む。
それもそうだろう。綾子さんは僕の言葉を否定できない。
綾子さんは強い、周りにも厳しいが自分にも厳しい人だ。だからこそ、自分のあるべき姿に妥協が出来ない。
これは自分のあるべき姿を曲げられた方が負ける戦いだ。
「そうですね。なら、ハッキリと言うことにしましょう。無責任でいることができる立場でいることができる、あなたが関わっていいことではないわ」
無責任でいることができる立場で居ることができるか、覚悟が出来ていないならキツイ言葉だ。
「舐めないでください。無責任でいれる立場がダメなら、後戻りできない立場になりましょう。」
そうして、僕はバックからボイスレコーダーを取り出す。そした、取り出したボイスレコーダーに向けて宣言する。
「隅風駿人はここに誓います。自分が余計なことをして、桜木葵の人生を狂わせたのなら、一生かけて責任を取ります」
「ふぇ」
僕は先程の宣言を録画したボイスレコーダを綾子さんに差し出す。
「これで満足ですか?足りないのなら、誓約書でも書きます。責任を負うことができる実力があるか確かめたいなら、実力があるとその証明を必ずして見せましょう。僕は責任を負う覚悟も準備も出来ています。」
一切引く様子が見えない姿に綾子さんは一瞬ひるみ、固まる。
僕はその隙を見逃さない。さらなる追い打ちをかける。
「なぜ、すぐに受け取らないのですか?別に何の問題もないはずです。綾子さんが言っていることが正しいという自信があるなら、受け取った後、僕を言い負かせばいい。
立場なんて本来関係ないはずです。正しいのであれば、自信を持って主張して、納得させればいい。それが出来ないと言うことは間違っていると言うことではないですか?」
僕の言葉に綾子さんはハッとした表情をした後、威圧的な視線から、こちらを対等な存在として認めたのか、真剣な目でこちらを見る。
自分の過ちを即座に認め、即座に切り替えた。
「あなたの覚悟は分かりました。先程の失礼な態度は謝罪しましょう。申し訳なかったわ」
「いえ、大丈夫です。ここからが本題ですから」
この流れのまま押し切りたかったが、無理のようだ。
やはり、綾子さんは凄い人である。
まあ、スタートラインに立てたことで満足しよう。
「まず、一つ確認したいことがあるのですが、返事を延期することにおいてスケジュール的な問題はありますか?」
「問題はないわ。多少の延期なら出来るわ」
その一言に僕は少しだけ安心する。
もし、返事を伸ばすことでほかに大きな影響を及ぼすならば、それをカバーする案を出さないといけない。
幾つか案を考えていたが、完璧なものではないため、少々不安だった。
「そうすると、ここで決めることにこだわるのは気持ちが大切と言うことでしょうか?」
「ええ、半端な気持ちでしてもらうほど、これは安くないの」
僕の質問に綾子さんは堂々と答える。
ならば、僕がすべきことは見えている。葵が半端な気持ちではないと綾子さんに思わせればいい。
「確かに、半端な気持ちでは受けるべきではないでしょう。しかしながら、今答えられないのが半端な気持ちだと断言するのは、早計だと思います。」
「そんなことはないわ。しっかりとした気持ちがあるなら、するかしないかの判断はすぐに出来るはずです。」
綾子さんの言葉からするかしないかの判断はあまり関係ない事がうかがえる。
ここでやる気があるならするべきというなら、答えに対して意識していることが読み取れるが綾子さんの言い方は、即断しないことを責めているような言い方だ。
どうしたいかも聞いたときも、すぐに言えなかったことを責めていた。
綾子さんの中で大切なのは芯がしっかりあるかどうかなのだろう。
僕は冷静に必要なピースを揃え、確信するいけると。
「なら、大丈夫ですよ。葵さんは芯がある。ただ今は悩むという名の旅をしているだけです。」
「どうゆう事かしら?」
「葵さんはこの数か月で多くの事を学び成長しています。多くの事を知れば多くの選択肢が、世界が見えてきます。そうなれば、本当に自分の道が正しいのかどうか、疑問に思うのは当然ではありませんか?綾子さんも経験したことがあるはずです。」
「確かに、そうわね」
綾子さんは何かを思い出すように言った。
綾子さんの立場になり、維持するためには多くの苦難があったはずだ。決して楽な道でない。だからこそ、僕の言葉の意味を理解し、否定は出来ない。
「葵さんは、より広く多くのものが見えるようになったから、悩んだ。どれが自分にとっていい道なのか、葵さんは言っていたのではありませんか。最も良い道なのかどうかが分からないと」
「言いたいことは分かります、しかし、それで芯があるとは言えません。」
綾子さんは冷静に指摘する。
当然だ、これは桜木の現状を言ったに過ぎない。
「葵さんには芯がある強い人ですよ」
「それを証明するものがあるのか聞いてます」
「あるでしょう。あなたが先ほど見ていた葵さんの努力の結晶である成績が」
僕の言葉に綾子さんはすぐさま、桜木の成績表を見る。
僕はさらに言葉を紡ぐ。
綾子さんのように一緒にいたからでは分からない、他人だからこそ言える言葉を。
「一位を取ることだって並大抵の事では出来ません。それだけではありません。葵さんは常に言葉に出来ない思いの為に、頑張っています。
学校では桜木家の人間として完璧あろうとして、全てのことで努力している。
自分だけではどうにもできないと気が付いたならしっかりと他人を頼って何とかしようとすることも出来る。
これだけでも生半可な人では決して出来ることではありません。
それは長い間葵さんを見てきた綾子さんならよく分かることではないのですか?」
僕の言葉に完全に黙る綾子さん。
しばらくの沈黙の後、何とも言えない表情をしながら綾子さんは喋る。
「隅風君の言う通りです。芯がないとここまで頑張ることは出来ませんね」
綾子さんは自分の考えに非があると認めた。
自分の考えを絶対と考えず、しっかりと周囲の意見を聞き、自分に非があればすぐに認めることができる綾子さんだから上手く事を進めることができた。
そんな姿だからこそ、桜木も憧れたのだろう。
「いいでしょう、今すぐ答えを出すことは求めません。それでどうしますか葵」
綾子さんは、自分の考えを改め、すぐに答えは出さなくていいと言った。
これで努力の対価は支払われた。
さあ、自分の意志で自分の答えを出し、自分の物語を紡ぐんだ。




