夜の街
「それじゃ、今からそっちに向かうから。近くに来たら連絡する」
「私が誘ったのですから、私が行きます」
誘った側なのに、ここまで来てもらうのは流石に申し訳ない。
「それはダメだよ。こんな時間帯に女子が一人で行動する方が危険だし、そんなことを許したら逆に僕が怒られる」
「そうですけど・・・・・・」
隅風の言っていることは正しい。
納得はできるが、気持ちが納得しない。
「迷惑をかけるなら最後まで掛けさせろ。中途半端にするよりもやり切った方がいいぞ。それに僕達は友達だろ?」
「隅風はずるい人です」
そんなことを言われて私は断れない。
いい感じにしてやられた感じだ。
「僕的には桜木の方がずるい人だと思うんだけどな」
「そうなんですか?なら、もっと隅風のことを使ってあげないといけませんね」
「いやー、それだけはやめて欲しいなー。僕が悪かったて謝るからさ」
「何されても許しませんよ」
「理不尽だ」
さっきしてやられたことの仕返しはこれぐらいでいいだろう。
「それじゃ待ってるから。早めに来てね」
「あはは、桜木は学習が早いな。」
早めに来るように言ったことに対して、隅風は将来の自分のことでも考えたのか、参ったなと言った感じで言ってきた。
「それが私ですから」
「そうだね。」
私の言葉に隅風はどこか満足した風に言った。
「連絡、待ってるから」
「できるだけ早く連絡するよ」
私の言葉に彼はそう言い残して、そこで電話は終わる。
電話が終わったあと、わたしは一息つく。
話した時間は短いが、その密度はとても濃いものだった。
冒険とはこうも大変とは、隅風が進んでしたくないと言った気持ちもわかる気がする。
そんなことを思いながら、私も外に出る準備をする。
連絡が来たらすぐにでも出れるようにしておかないと、せっかくの時間が少なくなってしまう。
それにこちらまで来させておいて待たせるのもダメだ。
準備をしながら、わたしは外を見る。
先程まで、綺麗な丸だった月は、端っこが少しだけ欠けている。
それを見て、早く来てくれないかなと再度思いながら、外に出る準備を終わらせて、連絡を待つのであった。
それから数十分程度が経っただろうか。
マンションのところにいると連絡が来る。
その連絡を受けたわたしは、自分の部屋から出て、マンションの外にいる隅風に会いにいく。
エントランスのところで待っている隅風を見つける。
「待たせてごめんね」
「1分以内に来て待つとかないよ」
隅風は苦笑いする。
7月ということもあって、この時間帯は暑くも寒くもないといった、丁度いい気温になっている。
「何とか間に合った良かったよ」
そういって、隅風は夜空を見上げる。
それに釣られて私も夜空を見上げる。
現在の月は三日月になっており、あと20分ぐらいで皆既月食になりそうだ。
「あの時の公園で見ない?」
あの時の公園とは、隅風が私を心配して雨の中来てくれた時のことだろう。
「そうですね」
そうして私たちは公園へと向かう。
「なんか、違う世界に来たみたいでワクワクします」
「そうだね」
いつも多くの人が通っている道は私たち以外いなくて、信号機の光や街灯の光だけで灯される道は夜の物静かさを醸し出す。
私たちしかいないかと錯覚させるような光景に魅了されながらを公園に向かって歩みを進める。
「私たちしかいないと思うと、何だか足取りが軽いです」
そういって、前へと出るように少しだけスキップする。
「今日はいつもよりもテンションが高いですね」
私の行動を見た隅風は微笑みながらいった。
「そ、そうですか?」
隅風に言われたことで自分が何をしていたかを客観視した私は、動揺しながら静かに隣へと戻る。
「別に楽しそうに歩いても構いませんよ?周囲には僕たちしかいないようですし」
私が静かに戻ったことを気にしてか、隅風はそのようなことを言うが、流石にまたするとなると恥ずかしい。
わたしは俯いたまま、何も言わずに歩く。
「別に楽しむことは悪くないと思いますよ?むしろ楽しむためにこうして夜の道を歩いているんですから、もっと楽しみましょう?」
そういって隅風は先ほどの私と同じように少しだけスキップをして前へと出る。
楽しむためか、確かにそうだ。
何故こんなことをしたかといえば、全てはこのワクワクを楽しみたいと思ったから。
ならば、楽しまないと勿体無い。
「確かにそうですね!」
そういってわたしは隅風の隣に歩み寄るように、少しだけ早く歩く。
私たちは公園まで、この幻想的な風景を楽しみながら向かった。
「公園に着きましたね」
「そうだね」
気がつけば公園についていた。
夜の公園も、誰1人おらず、夜特有の物静かな雰囲気がある。
徐々になくなり月光は、よりその雰囲気を醸し出させる。
「あそこのブランコでみませんか?」
隅風の目線の先には、2人分のブランコがある。
「そうしましょう」
そうして、私たちはブランコに座って、夜空を見上げる。
体感的には早かったように思えたが、あともう少しで完全な皆既月食が完成するところを見ると、そこそこな時間が経っていたのだと知る。
「とても綺麗」
私たちがブランコに座ってから数分、月を真っ黒な円が飲み込み、月光がその輪郭を強く主張するように光、非常に幻想的な光景が広がる。
私も隅風もその光景にしばらく見惚れる。
そんな幻想的な時間も終わり、少しずつ月が元の形へと戻っていく。
「凄かったですね」
「うん」
本当に凄かった。
あれほどまでの光景をわたしは見たことがなかった。
あのまま、部屋の中で見ていたとしてもこれほどまで感動することはなかったはずだ。
隅風とこうして初めての夜の街を楽しんで、楽しさを分かち合いながら見れたからこそだ。
それもこれも、隅風が勇気を出して行動をしてくれた結果だった。
そして改めて思うのだ。
隅風はどうしてここまでしてくれるのだろうかと、そのことが分かれば何かが分かるもしれないと思った私は聞くのだった。
「隅風はどうしてここまでのことをしてくれるんですか?」




