心構え
「合格とはどういことなんですか?」
堀川先生の言葉の真意がわからない鮎莉たちは、意味を問う。
「別に簡単な事だ。俺は無条件で教えにきたわけじゃない。こっそりと試験を用意して、桜木がそれに合格していたら教える。不合格なら適当なことを言って、何も教えない。そうする予定だっただけだ」
「何、そのエグい初見殺し」
堀川先生の言葉に大友くんは絶句する。それも仕方ない。助っ人として来た人が、実は私たちに何も言わずに試験を行い、その内容も分からない試験に合格しなければ助けてはくれないという、理不尽極まりないことだ。
「それで試験の内容はなんですか?」
大友くんは、知らない間に行われた試験の内容について聞く。
「試験の内容は簡単だ。指摘がないから、今の現状に満足して、さらなる向上をしないか否か、つまるところ90点に満足して100点を取ろうとするかしないかだ」
「どうして、それをする必要が?分からないのであれば教えるのが先生というものではないですか?」
あまりの理不尽に鮎莉は少々興奮しながら、意義を問う。なんとか回避したとは言え、回避できなかったとしたら、そこで私たちは終わっていた可能性がある。
「これは本人に向上心があるかのテストだ。90点で満足する奴に残り10点の上げ方を教えても、大した意味はないだろう?」
そう、今回の勉強ではさらに上を目指すものである。
私に能力的な不足は普通の視点から見ればないに等しい。
だがら必要以上に不足を埋める必要はない。それに、その不足を埋めるためには膨大な時間と覚悟が必要だ。
隅風がいう通りからは詰め作業。満足できるレベルでも納得せずに上を目指すことなのだ。
「これはさらなる成長をしたい奴、絶対に必要なもの。答えられて当然のものだ。それにこの程度のことは理不尽とは言わない。これを出来なくとも、桜木たちに大きな不利益はない。精々、取れたはずの1点か2点を失う程度だ。背の丈以上のものを得ようとするならこれぐらい当然のことだ。」
堀川先生は少々強めに言う。
堀川先生は私たちの認識を正そうとしているのだ。今から進む道がどういうものなのか、大きな失敗をする前に気づかせよとしている。
「一応、言っておくとこの試験を提案したのは隅風だ」
堀川先生が考えたものだと思ったので、ついつい驚いてしまう。
「隅風は俺に最高峰のアドバイスをしてくれと頼み込んできた、それに対して俺は隅風に3つの条件を出した。一つ目はそれを引き受ける上での報酬を、二つ目は俺にそれをしたいと思わせろと、3つ目にこれが最後のチャンスだと、ここで納得出来ないなら二度と開けないと」
中々にキツイ要求だ。少なくとも高校生に要求するものではない。
「それに対して、隅風はさも当然のように答えたぞ。一つ目は個人的なこともあるから言えないが、二つ目はそのまま言ってやろう」
そうして、堀川先生は少し思い出すかなように言った。
「試験をします。桜木はきっと文句のない高いクオリティーの授業をしてくれます。してくれないのであれば、適当なアドバイスで済ませてください。そして、きっと桜木の授業は堀川先生から見たら、90点台のものであり、100点を上げれるものではない。そこで堀川先生は残り10点の理由を話さず、褒めて終わらせようとしてください。それでもなお、100点にする為に堀川先生に質問するなら、教えるとしませんか?」
「中々面白い案だが、それで俺が教えたいと思う理由は?」
「それこそ愚問でしょう。堀川先生は先生であり、さらに成長したいと思う生徒がいるなら、あなたは必ず教えます。この試験はそれを知るのに十分なはずです。」
「それを言われると、反論ができないな。だが、少し厳しすぎないか?後から理不尽だとか言われそうなんだが」
「先生がそれをいうんですか。大丈夫ですよ、これぐらいの事乗り越えないと、彼女の願いなんて夢のまた夢ですよ。それに理不尽という言葉に逃げていては何も変わらない。」
「ほう、それはどうして」
「本当にやりたいと考えているなら、どんな問題があったとしても逃げる選択肢は存在しません。あるのはどのように乗り越えるかただそれだけです。それに、理不尽という言葉は自分の失敗を直視せずに仕方ないからと諦めさせる言葉です。その言葉を使うからといって悪い感情を抱くことはありませんが、少なくともその言葉に逃げた瞬間から諦めてしまっている」
「なるほど」
「失敗も理不尽も逃げるための言葉ではない。そこから学び、抗うために使われる言葉です。」
「抗うために使われる言葉」
私は、隅風の言葉を無意識に口に出していた。
「いい考え方だとは思わないか?隅風において、失敗や理不尽というのは学ぶべき一つの要素でしかなく、決して逃げるための言葉ではないということだ。どの道に受ける事には違いはなかったが、この言葉が気に入ったから、前向きに取り組もうと決めた」
堀川先生は本当にうれしそうに答える。
私もその意見に賛同する。
彼の言葉は、私に様々の事を与えてくれる。暗闇の中にいるなら、見落としていた希望の光を、辛く冷たいときにいる時は、心を温めてくれる。震えているのなら怖いと考えているのであれば、立ち向かう勇気を、そして、これから巨大な敵と立ち向かうときは、決して消えない強き炎を与える。
「多少脱線したが、納得はして貰ったかな?」
「私は大丈夫です」
「私も納得しました」
「あいつらしいやり方だ」
堀川先生の説明に全員が納得した。
隅風が私たちの見えない所でどれだけ動いてくれているのか、知ることができた。ならば、私たちのすることは、隅風の努力を無駄にしないこと。
私は気を引き締める。
「いい表情だ、だが、気張りすぎてもダメだ。気楽にしてくれ。」
少し頑張ろうという雰囲気が先生の行動によって一瞬で霧散する。
「そんな冷めたような目で見るな!元々、俺は気楽にやるタイプだ。そういうのは必要な時にとっておけ」
「はいはい、分かってますよ」
「早くアドバイスを始めてください」
「何度も言うが一応先生だからな?」
鮎莉たちに玩具にされる堀川先生は先程まであった威厳は一瞬で消える。
何だかんだありながらも、私たちは無事に試験を突破して先生たちのアドバイスを聞き始める。
堀川慎吾先生視点
一生懸命に取り組んでいる三人を見ながら、先程言わなかった、続きの会話を思い出す。
「言いたいことは分かったが、それでも厳しいのは変わりはない。隅風も分かると思うが、そんな考え方についていける人は多くはいない。」
「分かっていますよ、だけど大丈夫です」
俺の心配に対して、隅風は自信満々に答える。
「その理由を聞いてもいいかな?」
「単純です。今、僕がこうして行動している。そうさせたのは桜木が強い人物だからです。すでに桜木は行動で示している。だからこそ、僕は確信しているんです。桜木なら間違いなくこの試験を突破する。」
隅風のその言葉は、それが当たり前だと心から思っていることがよく伝わる。
「なら、そうなることを楽しみにしておこう」
「ええ、楽しみにしていてください。きっと面白いものが見れますよ」
あの時は、話半分ぐらいで聞いていたが、今になっては考え深い言葉だった。
隅風が言う通り、桜木は試験を突破してきた。
一体、隅風の世界からは何が見えているのだろうか。
そして、その年齢にそぐわない考え方はどのように得たのだろうか。
まだまだ、知らないことが多くあるなと考えながら、授業のアドバイスをするのであった。




