現状分析
人生相談部の作業スペース、今では会議スペースとして使われることが多いところに僕達はいた。
他のホワイトボードには桜木の成績上げ対策についてと題名が書いてあり、司会進行は鮎莉ではなく、僕だった。
今回は僕が桜木達に対策会議をするとして呼んだ。
「それじゃ、1ヶ月後に迫ったテストにおける会議を始める」
僕は一応司会者らしく前に出ていう。
「それで今回は具体的に何をするんですか?駿人部長」
住吉がこう言った時だけ部長呼びをしてくる。このような面倒な立場には立ちたくないのだろう。
呼び方でしっかりと自分の立場を明確にする魂胆だろう。
「今回は僕達が抱える問題とその対策について話していく」
そう言って僕はカバンから今回の為に作成した資料を配っていく。
会議などをスムーズに進める為には準備が大切である。
やることを明確にして、的確に進める必要がある。その為には会議メンバーの素早い理解を必要だ。
その上で資料とはとても役に立つものであり、言葉だけで伝える以外にも、イラストや図で伝えられ、より素早く、そして的確に物事を理解してもらえる。
「最初に僕達はその資料から何が問題であったのか、そして具体的に僕達が達成すべき目標を決める」
そうして、各自僕が作成した資料に目を落とす。
「まずは、桜木の現状の実力についてだ、桜木から渡してもらった過去の成績を分かりやすくまとめた。それを見ればわかるように前回のテストでは全体的に点数は下がっている」
成績が落ちたことは事実であり、全体的に数字は下がっている。
「質問があるんだけど」
「どうぞ」
資料の数字を見た住吉が質問をしてくる。
「これって、俺たちがどうこうする必要があるのか?ぶっちゃけ誤差じゃね?」
住吉の疑問とは、その下り幅である。普通なら成績が下がると言うなら、10点から20点ぐらい下がっているとイメージがあるが、桜木の場合、今まで90点後半の平均点が90点前半になっただけであり、下がったと言っても4〜5点下がっただけである。
この程度ならば、テストの内容が悪かったなど誤差で言い逃れができる範囲であり、もし問題があったとしても次でリカバリーが効く範囲である。
「確かに、この点数で順位が維持されていれば、許されていた可能性はあるが、全体的に落ちた結果順位は下がっている。と言っても一つ下がった2位だけどな」
「おいおい、これって桜木には悪いけど厳しすぎるのが悪いとしか言えないわ」
「葵ちゃんには悪いけど、私も同じことを思うよ」
驚愕の事実から予想される桜木家の厳しさに住吉と鮎莉は引き攣った笑みを浮かべる。
桜木は顔を下に向けている。
「他にも、全国共通テストや塾のテストなどもあるが、こちらも下がっているが、同様に誤差の範囲だといえる。」
学校以外のテストでも、点数自体は下がっているが、誤差であるし、全国まで範囲を広げるとさすがの桜木といえど、順位自体の上下は存在している。
「ぶっちゃけ、桜木の家が厳しすぎるのが1番の原因だろう、成績を上げる云々ではなく、そっちをどうにかした方がいいんじゃないのか?」
住吉の言うことは間違ってはいない。僕達から見ても、桜木家の厳しさは、一つの問題である。それを解決することが出来れば、桜木の実力を考えても成績面での問題はほぼなくなると言っても過言じゃない。
「確かに大きな問題の一つではあるが、これを解決することは今の僕達では出来ない」
「それはどうしてだ?」
住吉はあまり納得していない。まあ、明らかに理不尽なことであるからであり、無理難題のようなものだ。そう簡単に許せるものだはないのだろう。
「理由は幾つかある。一つ目は、僕達の言葉には信用できるほどの力がない。」
僕達がどれだけ訴えようが、所詮は学生、何が実力の証明ができるものがあるなら可能性はあるが、そんなものは僕達にはない。
そのような言葉より、実績と長年の経験があるやり方の方が優先されるのは当然のことだ。
「二つ目は、価値観の相違だ。桜木家は大企業のトップとして先頭に立ち、導く必要がある立場だ。僕達のように失敗しても、その被害が自分だけのものならまだしも、トップの失敗は自分に付き従ってくれている人に大きく影響する。最悪の場合、命が失う可能性すらある。それ故に妥協は許されず、どんな理不尽があったとしても逃げずに戦う責務がある」
それはあまりにも大きな違いだ。僕達にはおいては泣いて逃げたくなるような理不尽があっても、戦わないといけない。そんな人達に生半可な考えと覚悟では決して考えを変えることはできない。
上に立つと言うことはそういうことであり、普通の人では裸足で逃げ出したくなるようなことをしてくれるからこそ、僕達人間は、その人に敬意と感謝の念を持ち、多くのものを与えて、指示に従うのだ。
「最後に本人の気持ちだ」
そう言って、僕は桜木の方を見る。
「桜木は逃げたいか?もし逃げたいのであれば、僕はその手段を持ち合わせている」
僕の言葉に全員が驚愕する。先程まで理不尽からは逃げられない理由を挙げていた僕が逃げる手段があると言うのだ、驚くのも仕方がない。
しかし、これはハッタリではない。僕はここから逃げれる手段を持っている。もし、桜木が逃げることを選ぶのであれば、その為に僕は尽力する。
桜木は少し考えた後、決意したような目でこちらを見つめ返してくる。
「逃げたい気持ちはあります。だけど、私は逃げたくはありません。父が母が、そして兄もその責務から泣き言も言わず、戦っています。ここで私だけ逃げたら私は自分のことを一生許せなくなります」
「だそうだ、何か異論はあるかい?」
桜木の力強い言葉に鮎莉はうんうんと非常にやる気に満ちた表情をしており、住吉はため息をしながら、仕方ないなといった表情をしている。
「これで方向性は決まったね。僕たちは小細工なく、堂々と成績を上げる。」
その言葉に全員が納得した表情をする。
「そうなれば具体的な目標も決まるね」
「ああ、成績の向上が目的とするなら、分かりやすいのは数字だ。全体的に点数を上げるのは勿論のこと、共通テストの方では、今までの順位平均以上、もしくは最高順位になる。学校のテストでは1位の奪還になる。」
具体的な目標も決まり、あとはそれに対して突き進むだけだ。いい感じの流れになった時、住吉が一つ聞いてくる。
「問題も、やるべき事もよく分かった。だが、どうやってやるんだ?桜木の成績を上げると言ってもこの中で一番いいのは桜木だ。桜木に教えてもらうことは出来るが、教えることはできないぞ」
「「あ・・・・・・」」
住吉の言葉に鮎莉と桜木は致命的な問題を見つけてしまった感じの表情をする。
そう、今回においての最大の問題は、勉強に関しては桜木がもっと頭がいいと言うことだった。




