その30 少女達の戦い
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上層の入り口でハルトと別れたティルシアとシャルロッテは、ダンジョンの通路を急ぎ足で地上を目指していた。
シャルロッテはずっとためらっていた様子だったが、一階層に達した時、ついに意を決してティルシアに話しかけた。
「ティルシア姉さんは、その、ハルトと恋人同士になったのかい?」
ティルシアは一瞬驚いて立ち止まったが、すぐに再び歩き始めた。
「そうだ」
「そうなんだ」
少しの間、少女二人は無言で足を進めた。
再び口を開いたのはやはりシャルロッテだった。
「アタシもハルトに打ち明けられて、その、受け入れた」
「・・・そうか」
ティルシアは今度は立ち止まらなかったが、頭のウサギ耳が神経質に揺れた。
「怒ってないかい?」
「ハルトに? それともお前に? そんな事は無い」
確かにティルシアの返事に怒りの感情は込められていなかった。そのことにホッとするシャルロッテ。
強くて社会的立場のある獣人の男が、複数の妻を囲うのはよくある事だ。
女も自分の夫が多くの女を囲っている事をステータスにしているところがある。
獣人である以上、ティルシアもその感覚は理解出来る。
理解は出来るのだが、心に浮かんだモヤモヤとした気持ちを抑える事は出来なかった。
私はこれほど独占欲が強かったのか。
ティルシアは自分の中に芽生えた感情に戸惑いを覚えていた。
そのせいだろうか。彼女はらしくないミスをした。
モンスターの接近に気付かなかったのである。
ここは既に一階層。注意するべきモンスターは乱暴猿くらいだが、そのクラスのモンスターであれば、階位5のティルシアはもちろん階位4のシャルロッテの敵ではない。
だから本来であれば特に用心する必要は無いのだ。そう。ダンジョンがいつもの通りであったなら。
「なっ?!」
シャルロッテの叫び声には驚きと恐怖がにじみ出ていた。
そこにいたのは三体のモンスター。
偽迷宮騎士だったのだ。
「なんでこんな場所に迷宮騎士が?!」
「下がれシャルロッテ!」
ティルシアの判断は早かった。シャルロッテを突き飛ばすように後方にジャンプ。
たった今まで彼女達のいた場所を迷宮騎士の剣が薙ぎ払ったのはその直後の事である。
シャルロッテを迂闊と言うのは彼女に酷だろう。
この通路はダンジョンの出入り口からはずっと外れている。
仮に帝国軍を倒した迷宮騎士がダンジョンに戻ったとしても、ここを通るはずはないのである。
実はこの三体の迷宮騎士は帝国軍との戦いに加わっていなかったのだ。
落ち着いて良く見てみれば、この迷宮騎士達の姿はどこか歪なことに気が付くだろう。
彼らは先日の王弟軍との戦いで損傷し、前線で戦う能力が無いと原初の神から判断された者達なのである。
要は破棄された個体だったのだ。
こうして新たな命令が与えられなくなった彼らは、初期の命令を守ってダンジョンの中を徘徊していた。
侵入してきた強者を殺す仕事に戻ったのである。
もちろんフォスが破棄した迷宮騎士は彼らだけではない。
他にも何体もの個体がダンジョンを徘徊しているが、ダンジョンの広さに対してその数はあまりにも少ない。
そのため、ハルト達が入った時にはたまたま遭遇しなかったのである。
損傷して破棄されたとはいえ、元々の迷宮騎士の強さは階位10に匹敵する。
仮に現在は損傷によって半分の能力しかないとしても、それでも階位5。ティルシアの階位に相当する相手が3体である。
それに対してこちらは階位5のティルシアと階位4のシャルロッテの二人。
どちらが優位かなど比べるべくもないだろう。
「ね、姉さん! 迷宮騎士が! しかも三体も!」
「落ち着け! 良く見ろ、相手は手負いだ!」
顔色を真っ青にして動揺するシャルロッテだったが、ティルシアは流石に状況が良く見えているようだ。
ただし厳しい状況に違いは無い。彼女の顔もいつになくこわばっている。
ティルシアは素早く作戦を立てた。
「どうやらあの一体が特に弱っているようだ。私が残りの二体を引き受ける。だから私が持ちこたえている間にお前がヤツに止めを刺せ。そうして二対二に持ち込むんだ」
「ア・・・アタシが?!」
シャルロッテの驚きも当然だ。およそ可能とは思えない作戦だからだ。
そもそもシャルロッテが勝てる保証がどこにもない。そして二体の迷宮騎士を相手にティルシアが一体どれほど持ちこたえられるというのだろうか。
まともな作戦じゃない。けど他に方法も無い。
出来る出来ないじゃない。やらなければ死ぬ。十中八九やっても死ぬ。今はそんな絶望的な状況なのだ。
「わ、分かったよ」
「頼んだ。私も長くはもちそうにないからな」
自信家のティルシアにしては珍しい弱気な発言に、彼女も自分の立てた作戦がいかに無謀であるか分かっているようだ。
こうして少女二人の勝ち目のない戦いが始まった。
「グオオオオオオッ!」
シャルロッテが雄叫びを上げた。途端に彼女の体がメキメキと音を立てて膨らみ、体毛で覆われていく。
”虎獣人”の彼女の切り札”獣化”である。
獣化の最中、彼女は1~2つ上の階位に匹敵する身体能力を得る。
しかしその代償として極度の興奮状態になり、理性の歯止めが効かなくなる。
つまりは暴走状態になるのである。
獣化したシャルロッテは剣を引き抜くと迷宮騎士へと襲い掛かった。
ティルシアは一瞬、今のシャルロッテは作戦が頭から飛んでいるのでは、と危ぶんだが、シャルロッテは獣化の本能か弱った個体に止めを刺すべく攻撃を始めた。
「よし! お前達の相手は私だ!」
シャルロッテにやや遅れてティルシアは飛び出すと、残りの迷宮騎士とシャルロッテの間に割って入った。
――これは・・・マズイ!
たった数合打ち合っただけでティルシアは自分の敗北を予感していた。
片方の迷宮騎士が足を悪くしているために、動き回ることで何とか凌げているが、おそらくもって後数十秒。
早ければ次の攻防で自分は切り捨てられてしまうだろう。
せめてどちらか一体だけならまだ何とかなったかもしれないが・・・
いや。それでも難しかったかもしれない。
それほど迷宮騎士は彼女の予想を超えて強かったのだ。
シャルロッテの方は相手を圧倒しているようだが、とてもじゃないが間に合いそうにない。
ハルト、済まない。私はお前に会えないだろう。
ティルシアは無理やり相手の隙を突き、捨て身の攻撃を繰り出した。
このままやられるくらいなら、残されるシャルロッテのためにせめて相手にダメージを負わせようと思ったのである。
焦りのせいもあったのだろう。彼女にしては珍しい判断ミスだった。
捨て身の攻撃はあっさりと躱され、逆に彼女にとって致命的な隙となった。
死に体となったティルシアに迷宮騎士の剣が振り下ろされた。
「姉さん危ない!」
絶体絶命のティルシアを救ったのはシャルロッテだった。
彼女はティルシアの危機を見て、迷宮騎士に掴みかかったのだ。
「ギャアアアッ!」
「シャルロッテ!」
ダンジョンに血しぶきが舞った。
ティルシアに切りかかろうとした迷宮騎士にシャルロッテが組み付いた事で、今までシャルロッテが相手をしていた迷宮騎士が自由になった。
迷宮騎士は背後から彼女に切りかかり、その腕を肩の下、二の腕の辺りから切り飛ばしたのだ。
ダンジョンの床に切り落とされた腕が落ちる。
傷口を押さえてうずくまるシャルロッテ。
激痛で獣化が解けたのだろう。みるみるうちに体がしぼんでいく。
「貴様!」
今度は怒りに燃えたティルシアが、シャルロッテを切った迷宮騎士に襲い掛かった。
ティルシアの剣は迷宮騎士の頭部を切り飛ばした。
迷宮騎士は全身ミスリルの装備とはいえ、ヒヒイロカネの装備と異なり、関節部分には装甲が無い。
僅かな弱点を突いたティルシア会心の一撃だった。
しかしこれがティルシアの最後のあがき。
シャルロッテが身を挺して庇ってくれた成果は、本来シャルロッテが倒すべき迷宮騎士一体だけ。
ティルシアがかなわなかった二体の迷宮騎士は、そのまま無傷で残っている。
形の上では二対二とはいえ、向こうは無事な二体の迷宮騎士に対して、こちらは片腕を失って戦闘不能になったシャルロッテとティルシアの二人。
二人の少女の命はここで尽きた――はずであった。
ティルシアは呆然と立ち尽くしている。
戦いの最中に無防備な姿をみせるとは彼女らしくない。
それほどの驚きが彼女を捉えていたのだ。
そしてその隙を見逃す迷宮騎士ではない。
迷宮騎士は狙いすました剣戟を――だが、その剣はティルシアの剣に防がれていた。
彼女の動きから何かを感じたのだろうか。迷宮騎士は素早く距離を取った。
ティルシアはまだ驚きの中にいるようだ。信じられないものを見る目で、迷宮騎士の攻撃を受け止めた自分の剣を見ている。
「これが・・・階位6の世界か」
そう。たった今、迷宮騎士の止めを刺したその瞬間、彼女の経験値が閾値を超え、長年の限界であった階位5の壁を破って6に上がったのだ。
「まるで自分の体じゃないみたいだ。そうか。これが階位が上がるという感覚か。忘れていたな」
二体の迷宮騎士は警戒して距離を取っている。
ティルシアは目で彼らを牽制しながらシャルロッテの腕を拾った。
「ね、姉さん・・・」
「痛いだろうがもう少しだけ待っていてくれ。アイツらを倒したらちゃんと治療をしてやるからな」
ティルシアはシャルロッテの腕を傷口に押し付けると治癒の指輪を使った。
傷口が蠢くと彼女の腕は辛うじて元の場所にくっついていた。大きな出血も収まったようである。
「私にこの指輪を持たせてくれたハルトには感謝しないとな」
シャルロッテが覚えているのはここまでである。
彼女の意識は痛みと出血によって急速に遠のいていった。
次回「全てに決着を」




