その24 ダンジョンアタック
数日前。俺達はボスマン商会の一室で最後の打ち合わせを行っていた。
俺がダンジョンの最下層で原初の神に打ちのめされたあの日、ダンジョンの中には数多くの偽迷宮騎士が徘徊していた。
なぜか偽迷宮騎士は俺を無視していたが、ティルシアとシャルロッテにも同様にお目こぼしがあるかどうかは分からない。
それに王弟軍を上回る数の帝国軍が来ると分かっていて、原初の神が何の準備をしていないとも思えない。
おそらく、あの日を超える数の偽迷宮騎士が、ダンジョンの中をびっしりと埋め尽くしているのではないだろうか?
「そんな中で経験値稼ぎをする? 不可能だ」
そもそもフロリーナのスキル:観察眼によれば、偽迷宮騎士は階位10相当の能力を持つという。
ダンジョンに入った途端にそんなヤツらに一斉に襲い掛かられれば、俺達だけではひとたまりもない。
いくら俺がスキル:ローグダンジョンRPGで階位が上がりやすいとはいえ、ダンジョンに入ったばかりの時は階位1のクソザコに過ぎないのだ。
「ならどうする? 例えばここ以外のダンジョンで階位を上げたとしても、ハルトのスキルで外に出た途端に1に戻ってしまうのだろう?」
「その通りだ。だから偽迷宮騎士がいなくなるタイミングを見計らってダンジョンに入るつもりだ」
「「?」」
先日の王弟軍vs偽迷宮騎士の戦いの際、偽迷宮騎士はダンジョンの外に出て王弟軍に襲い掛かったそうだ。
あの日、ダンジョンを彷徨う俺が上層でヤツらと出くわさなかったのは、丁度ヤツらがダンジョンから出たタイミングだったからだろう。
「今度の戦いは間違いなくこの間の戦いよりも大掛かりなものになるはずだ。そうなった時にダンジョンは戦場にするには狭すぎる。ダラダラとした消耗戦は原初の神も望まないだろう。必ずどこかで大掛かりな野戦を挑むはずだ」
大軍同士がダンジョンの狭い空間で戦っても、ほとんどが遊兵になるだけだ。
原初の神が求めているのは”認知の力”。そのために必要なのは圧倒的な恐怖心だ。
そんなケチな戦いで得られる程度の”認知の力”など、今の原初の神は望んでいないはずだ。
「だからいつかは偽迷宮騎士はダンジョンから出て帝国軍に戦いを挑むはずだ。俺達はそのタイミングを突いてダンジョンに入り、一気に中層まで駆け下りる。そこで俺は階位を上げる。難しいようなら様子を探りながら少しずつ下の階層に下りていく」
現在、ダンジョンの中がどうなっているかは全くの謎だ。
ひょっとしたら中層辺りまで偽迷宮騎士共にびっしりと埋め尽くされているかもしれない。
そんな状態でダンジョンの徘徊モンスターはどうなっているだろうか?
邪魔なので一匹残らず片付けられていてもおかしくはない。
「最悪、深層のモンスターでレベリングをしなきゃならなくなるかもしれない。その場合、お前達にモンスターを弱らせてもらいたい」
この世界では低レベルの者が高レベルのモンスターに一撃だけ入れて経験値を稼ぐ、いわゆる”寄生プレー”をしてもほとんど経験値は入らない。
とはいえ、経験値がゼロではない以上、数さえ稼げばスキル:ローグダンジョンRPGの能力でいつかは階位が上がるはずである。まあ気が遠くなる作業は必要となるだろうが。
「それはハルトだからだ。私がいつから階位5でいると思っているんだ」
ティルシアがプクリとふくれっ面になった。
お前・・・幼い容姿だから妙に似合うが、そんな顔をする歳じゃないだろうに。少しは自分の年齢を考えろ。
ティルシアはもう何年も階位5で足踏みしているらしい。
というよりも軍人以外でここまで高階位の者の方が珍しいのだ。
実際にこの町のダンジョン夫にも、ティルシア以外に階位5のヤツなんて誰もいないしな。
「可能な限り階位を上げながら、先ずは十階層に下りる階段を目指す。問題無いようならそこを最初のキャンプにする。後は一階層ごとに刻んでいき、二十階層に降りる階段を最終キャンプにする。そこでお前達とはお別れだ。帰り道は俺が先導するからお前達は荷物を置いてダンジョンの外に出るんだ」
「ハルト・・・」
「姉さん。ここはハルトの言葉に従おうよ」
やはりティルシアは二十階層の階段で俺の帰りを待つつもりでいたようだ。
だがそれは危険だ。いつ帝国軍が敗れて偽迷宮騎士がダンジョンに戻って来るか分からない。
最初の報告では偽迷宮騎士はダンジョンに新たに出来た大穴をよじ登って現れたそうだが、普通に考えれば、階段がある以上そちらも使うだろう。
もしかしたら二十階層以降に戻るヤツらがいて、ティルシア達と鉢合わせするかもしれない。
階位5のティルシアと階位4のシャルロッテでは偽迷宮騎士一体相手にすらまともに勝負にならない。
ここは彼女達の安全のためにもダンジョンの外に出てもらう他はないのだ。
「もし二十階層到達までにヤツらが戻って来たらその時はその時。運が無かったと諦めて最後まで一緒に戦おう」
もちろんこの時点で俺の階位が十分に上がっていれば、偽迷宮騎士などに遅れはとらない。が、それも相手が常識的な数の場合だ。
いくら俺の階位が高くても、数千数万の敵を相手にする事は出来ない。
仮に一万の偽迷宮騎士の首を切り落とそうと思ったら、単純に最低一万回は剣を振らなければならないのだ。
もちろん相手が黙って俺の前に首を差し出しているのが前提での話で、だ。
元の世界でも、人間が蟻の群れに襲われて命を落とすという事故があったという。
人間と蟻の力の差があっても数の力に命を奪われる時だってあるのだ。
偽迷宮騎士の軍と戦う事になれば俺も死を覚悟すべきだろう。
危険な賭けのようだが、どのみちこのダンジョンアタックが失敗すればこの世界は終わりだ。
世界最後のカウントダウンはもう既に始まっている。危険でない場所はもうどこにもないのだ。
俺はなおも納得がいかない様子のティルシアを正面から見つめた。
「俺はこの世界を滅ぼしたくない。だがそれはお前がこの世界にいるからだ。だからこそお前は安全な場所にいて欲しい。俺から俺の戦う理由を取り上げないでくれ」
「・・・ハルト」
ティルシアのうるんだ目に俺の意識は吸い込まれそうになった。
――いや、実際には吸い込まれなかったぞ。俺達のすぐ横でシャルロッテがジッとこっちを見ていたからな。
シャルロッテは何か言いたそうな顔をしていたが、黙って見ているだけで何も言わなかった。
俺は軽く咳をしてその場の空気を切り替えた。
「まあこれが俺の立てた作戦だ。正直言って事前の情報が無さすぎて、ほとんど行き当たりばったり、アドリブでやるしかない。だが、階位さえ十分に上がりさえすれば大抵のトラブルは力押しで踏み越えていけるはずだ。二人は俺のサポートをよろしく頼む」
「分かった!」
「(コクリ)」
俺の言葉にティルシアは元気よく、シャルロッテは無言で頷いた。
こうして俺達チーム・ローグ。その結成以来、最初で最後になるかもしれないダンジョンアタックの決行が決まったのだ。
そして今日。
町の代官からボスマン商会にもたらされた情報によれば、既に帝国軍は町の外に到着しているはずである。
現在、二割から三割の人間がこの町に残っている。
意外に多い人数である。
彼らは家のドアと窓の鎧戸を閉め切り、じっと息を潜めて戦火が過ぎるのを待っている
孤児院のガキ共のようにどこにも行くあてもない者だったり、体が悪くて長旅に耐えられなかったり、町と運命を共にしたいと考えている者だったりと様々だ。
どんな理由があったとしても命あっての物種なんだから、今から戦場になる町に残る理由にはならないと思うのだが・・・
いや。原初の神が復活すればどのみち全員死ぬのだ。だったらどこにいても同じことか。
そう考えれば住み慣れた家に最後までいる方が悩みが少ないかもしれない。
「迷宮騎士が次々とダンジョンから出て来ています!」
ダンジョンを見張っていたボスマン商会の男が息を切らせて駆け込んで来た。
初手から野戦とは流石に予想外だったが、俺達にとっては好都合だ。
あまり考えられない事ではあるが、原初の神がダンジョンの中を決戦の場に選ぶ可能性だってあったのである。
このチャンスを逃す手はない。
俺はティルシアとシャルロッテに振り返った。
二人は既に準備を済ませている。何とも頼もしい仲間達じゃないか。
「二人共行くぞ」
「ああ!」
「もちろん!」
俺達はボスマン商会の裏の扉を通ってダンジョンの中に入った。
ダンジョンの中は驚くほどいつも通りだった。
いや、流石に上層のモンスターの数はいつもよりもかなり少ないか。
しかし、最悪一匹もいない事も覚悟していたのだ。これは嬉しい誤算だった。
俺は愛用のナタ(+99)を振って乱暴猿に止めを刺した。
階位が4に上がった。そろそろ中層を目指す頃合いか。
「今のところこのくらいあれば大丈夫だ。中層に向かおう」
後は通路の途中で出会ったモンスターを相手にしていれば良いだろう。
俺は降ろしていた荷物を背負い直した。
階位も4になった事だし、今後は戦いの度にわざわざ荷物を降ろす必要もないな。
今のところ気味が悪いほど順調だ。
このまま何事も無くいけばいいのだが、こうも調子が良すぎると逆に揺り返しが怖い。
少し急いだ方がいいかもしれない。
俺達は真っ直ぐ中層へと向かった。
次回「掛け違えたボタン」




