その16 彼と共に
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町の代官の屋敷。
マルティンはここで最後の打ち合わせを行っていた。
現在執務室にいるのはマルティン。スタウヴェンの町の代官。この領地を収めるケーテル男爵の三人である。
この数日の激務で彼らの顔には濃い疲労が浮かんでいた。
トップ会談は二時間にも及んだが、ようやく最後の調整が終わった所だった。
ケーテル男爵は代官に告げた。
「では後の事はお前に任せた。私は一度本領に戻るが、遠からず陛下の軍の差配を任されてここに戻る事になるだろう」
王弟ブルートの軍の敗北を受けて、皇帝が討伐軍の編成を命じた事は既にこの町にも伝わっている。
ここの領主で領内の地理に明るいケーテル男爵が討伐軍の兵站を担当する事になるだろう。
今回の王弟軍の敗北でケーテル男爵の騎士団も大きな被害を受けている。
急いで本領に戻って再編を済ませなければならなかった。
「私は帝都の本店に戻らなければなりません」
マルティンもこの後の事は支店長代理のサンモに任せて、帝都へ戻る事になっている。
彼の下には連日、帝都の本店にいる父親から帰還を求める矢の催促が届いている。
事態が事態だけに今までこの町から動く事が出来なかったが、流石にこれ以上は引き延ばせなくなったのだ。
帝都では今、王弟軍の敗北から討伐軍の編成と、流言飛語が錯綜し、上を下への大騒ぎだ。
貴重なスキル二つ持ちであり、現場となったスタウヴェンの町にいた事で今の状況を誰よりも詳しく知っているマルティン。
そんなマルティンの力を、彼の父親は何よりも必要としていたのである。
「今まで良く働いてくれた。ワシからも礼を言う」
ケーテル男爵が合図をすると、代官が金で箔押しした書類を差し出した。
「ワシの領地の商業権だ。好きに使うが良い」
「ありがとうございます。父にこれ以上ない土産が出来ました」
商業権は各地に店を出す許可だけではなく、自由に市を立てる事を許す許可証でもある。
今後ボスマン商会がケーテル男爵領内で得る利益は莫大なものとなるだろう。
つまりはコレが今回のボスマン商会の働きに対する報酬というわけである。
かつては喉から手が出る程欲しかった書類だが、マルティンは内心の苦笑を隠すのに苦労していた。
(もし邪神が復活してしまえば、こんな紙切れ何の価値も無くなるんだろうね)
しかしマルティンは表面上は恭しく書類を受け取るのだった。
マルティンが部屋から出ると、控室から護衛のティルシアが現れた。
マルティンはティルシアに気になる事を聞いておく事にした。
「僕は一度商会に戻ってから帝都に向かうけど、ティルシアは本当にこの町に残るの?」
「はい。今までお世話になりました」
ティルシアは今日の仕事を最後にボスマン商会を辞めると告げていた。
「・・・けど、これからこの町は戦場になるよ」
「私は元々傭兵でしたし、邪神が復活すればどこにいても同じかと」
マルティンは「違いない」と苦笑した。
原初の魔人フォスがどれほどの存在かは想像もつかない。しかし、ダンジョンの最下層でフォスに出会ったハルトがなすすべなく逃げ出した事からも、とんでもない力の持ち主である事は分かっている。
ちなみにその時のハルトの階位は46だったらしい。
マルティンには想像もつかない領域である。
「ハルトの装備もボロボロだったよね。言ってたっけ? ああ見えて彼の装備ってとんでもないプラス装備なんだよ。それをあれだけ壊すってホント普通じゃないよね」
ティルシアの頷きに合わせて頭のウサギ耳が大きく前後に揺れた。
とはいえ、さすがのティルシアもハルトの装備が+99の化け物とは知らないのだが。
マルティンは「ゲームだとラストは復活した邪神と戦うのがお約束だけど、現実だとそう簡単にはいかないか。そりゃそうだよね。だって相手は神様だし」などと良く分からない事を呟いている。
「でもこの町に残る意味はないんじゃない? 帝都じゃダメなわけ?」
「きっとハルトはこの町に残るでしょう。なら私もこの町で彼の護衛を続けたいと思います」
ティルシアの返事に、マルティンは思わずまじまじと彼女の顔を見つめていた。
「いやいや、どうしてそうなるのさ。ボスマン商会を辞めちゃったらハルトの護衛はもう関係なくなるだろ?」
ここはマルティンの言葉が正しい。ティルシアがハルトの護衛に付いていたのはマルティンの指示によるものだ。
ボスマン商会を辞めれば当然その任務も終了する。
ティルシアもマルティンに指摘されて初めてその事実に気が付いたのだろう。
こちらもビックリした顔で立ち尽くしている。
ティルシアは俯いて自分の考えを表す言葉を探し始めた。
いや、探しているのは言葉ではなく、自分の気持ちだったのかもしれない。
それは長い沈黙だった。
しかしどうやらティルシアは答えを見つける事が出来たようだ。
顔を上げると晴れやかな表情であっさりとマルティンに答えた。
「そうですね。私は護衛という言葉に逃げていたようです。私はハルトの側にいたい。もしもうすぐこの世界が終わるなら、最後の瞬間は彼と共にいたい。どうやら私はそう思っているようです」
今度はマルティンが驚く番だった。
なぜならティルシアの言葉は控え目に言っても、恋人に向ける気持ちそのものにしか思えなかったからだ。
予想もしないティルシアの返事に、マルティンは「え~と、気を悪くしないでくれるといいんだけど」と、おずおずと切り出した。
「・・・それってハルトが好きって言ったように聞こえるん、だけど?」
「はい。それで間違いありません」
迷いなく答えるティルシア。
その堂々とした態度に、聞いたマルティンの方が赤面してしまった。
マルティンは少しだけ「あちゃあ。ハルトに悪い事を聞いちゃったかな」と後悔しながらあいまいに頷いた。
「そ、そう。うん。そういう気持ちって大事だよ。世界が終わるからって、人を好きになっちゃいけない訳じゃないからね」
「はい。・・・あっ」
「ど、どうしたの?」
若干キョドりながらマルティンが尋ねた。
ティルシアは少し申し訳なさそうに答えた。
「恥ずかしながら、今、自分の気持ちに気付いたので、ハルトにどんな顔をして会えばいいか分かりません。マルティン様は奥方様にどのようにして告白されたのでしょうか?」
「ええっ?! ぼ、僕の経験を聞いちゃうかな!」
ティルシアの真剣な視線を受けてマルティンは額に汗を浮かべた。
マルティンが今の妻に一目ぼれして告白した事はボスマン商会の人間には割と知られている。
ティルシアはそういった話に興味が無かったものの、記憶の片隅には引っかかっていたようである。
「そ、それはまたの機会に」
「しかし商会を辞めてしまえばもう二度と聞く機会はありません」
確かにその通りだ。マルティンは納得した。
そして、僕のスキル:交渉術、今こそ仕事をしろ! と強く念じた。
「あの、僕の経験は役に立たないんじゃないかな? ほら、男女の違いってあるじゃない?」
「そういえば以前、マルティン様はハルトの同郷だとおっしゃっていましたね。だったらやはりマルティン様に聞くのが正しい気がしてきました」
スキル:交渉術、全然役に立たねえ!
マルティンは初めて自分のスキルに不満を持った。
結局マルティンはティルシアの真っ直ぐな視線から逃れる事が出来なかった。
彼はガックリと肩を落とすと通路の先を指差した。
「・・・分かった。でもここじゃ人目もあるから、帰りの馬車の中で話すよ」
「お願いします」
フンスと鼻息の荒いティルシアをマルティンはイヤそうに眺めた。
マルティンは重い足取りで、「ああ、どうせ邪神が復活するなら今この瞬間にしてくれないかなあ」などと不謹慎な事を考えるのだった。
次回「孤児院」




