表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
9/84

第7話 Cクラス

 学院の掲示板には、人だかりができていた。

 年度末の進級テストの結果が、今日発表されたのだ。


「すごいね、レオン。Cクラスだよ。……飛び級ってやつ?」


 張り出された用紙を見上げながら、レナが驚きながら声をかけてくる。レオンは無言で、掲示を一瞥しただけだった。


「これで、お前ともサヨナラだな」


 淡々とした声で、彼はレナの方を見ずにそう言った。


「私も見てみよっかな」


 レナは自分の名前を探し、指先でなぞるようにして確認する。


「……うん、やっぱりEクラスのままだった」


 その言葉に、レオンの眉がほんのわずかに寄る。


「……向上心のないやつだな、お前は」


 呆れたように言い捨てる。レナは肩をすくめて笑った。


「うーん、かもね。でも、実技……嫌いだし怖いし」


 どこか自嘲めいた、でも柔らかい口調。レナはレオンの方を真っ直ぐに見て、微笑んだ。最近、ようやくレオンの前でも笑顔になれるようになった矢先だった。


「また会おうね」


 何の飾りもない、ただの“日常の言葉”だった。媚びも、未練も、期待もない。ただ、自然にそう言った。レオンは一歩だけ距離を取り、視線を逸らした。


「……もう二度と、会わない」


 ぽつりと、そう言って背を向ける。去っていく背中を、レナはじっと見つめた。そして、小さく手を振った。


「そっか。またね、レオン」


 その声は、きっと届いていた。

 けれど彼は、それを「受け取らなかった」。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように。



 ***



 Cクラスの教室。

「レオン・ヴァレント、よくやった。解答は模範より優れている」


 教師の声に、教室がどよめいた。レオンは無表情のまま席へ戻る。彼の周囲では、女子たちがひそひそと声を潜める。


「飛び級で来たんでしょ……」

「顔も声も良いとかズルい……」

「でも誰にもなびかないってとこがまた……」


 全て耳障りだった。視線を逸らし、窓の外を見た。視界の隅に、校庭の古びた実技練習場が映る。片隅にはEクラスが練習をしていた。レナの姿もある。


「あいつは向上心がないやつだ」と切り捨てたはずだった。それなのに。あの姿が目に焼き付いて離れない。


 他人など利用価値があるかないかにすぎない。

 どうでもいいと、思っていたはずだったのに。


 ***



「また一緒?マジ勘弁なんだけど」


「何年も同じとこにいて、恥ずかしくないの?」


 耳をかすめるような、クラスメイトたちの冷たい声もレナは聞き慣れていた。慣れすぎて、痛みすら感じなかった。


「……じゃあ、私、一人でやるね」


 苦笑いでそう返し、ひとり実技の準備に入る。

 魔法の制御は、力を抜いて。動きも当たり障りなく。


(私にはここしか居場所がないから。ここで生きていくしかない。)


 ふと、視線を感じて空を仰いだ。高い階の窓辺に、金の髪と冷たい瞳。ほんの一瞬だけ、視線が交わった気がした。


(久しぶりに、見たな)


 レナは小さく笑った。誰にも気づかれないように。

 そして、彼に届かない距離で。



 ***


「あれ?久しぶり」


 レナが屋上に行くと、レオンが座り込んでいた。レナのほうを見ると、制服の袖の端から、わずかにのぞく白い包帯に気づく。


「ここの方が落ち着くからな。」


「……また怪我か?」


 ぽつりと、低く落とされたその声に、レナは袖をそっと押さえた。


「ん? ああ、これ?魔術の授業で、相手が暴発しちゃって……巻き込まれただけ」


「……そんな下手くそと、今パートナーなのか」


 レオンの声音が、ほんの少しだけ低くなった。レナは苦笑しながら、小さく首をすくめる。


「一人よりはマシだよ。どうにかここで過ごしていかないとね」


 その返答に、レオンは視線を落とし、静かに考え込むように風を感じていた。


 半年間、同じ背中を見続けてきた。その間に、レオンはレナという人間の輪郭を少しだけ掴んだ。本来なら、カリグレア学院に足を踏み入れるはずのない性格だ。この苛烈な環境とは最も相性が悪い──それでも、ここに留まっている。


 生きるため“だけ”に、この場所を選んでいる。


 レオンはただ、レナの隣に立ち、同じ空を見上げていた。



 ***



 進級して、まだ半月。Cクラスの教室は、Eクラスとはまるで違った。整った机の並び、騒がしい者もいない静けさ。無意味な噂話や、誰かを笑う声もほとんどなかった。実力を示せば、それなりに評価される。そういう意味では、確かに“居心地はいい”のかもしれない。だからといって、心が安らぐわけではなかった。


「ねえ、レオン。次の演習、また私と組んでくれない?」


 昼休み。笑顔で近づいてきたのは、同じCクラスの女子生徒。貴族出身で、整った外見に加え、魔力量も平均以上。

 “優等生”の名に恥じないスペックを持っている。だが、レオンの目に映ったのは、その奥にある“打算”だった。


(……顔と名前、それに所属クラス。それだけで寄ってきてる)


 彼女の視線は笑っていなかった。外面の好意の裏に、値踏みと計算が透けて見える。


 “Cクラスの実力者”“育ちが良さそうな孤児”

 “実は貴族の隠し子ではないか”という最近の噂――

 彼女達が見ているのは、“レオン・ヴァレント”という“可能性”に過ぎない。


 レオンは視線をそらし、無言で教室を出た。別の日も、昼休みになれば、やたらと女子が声をかけてくる。


「今度、一緒に演習見に行きませんか?」

「寮ってどこ? 今度お菓子、持っていこうか?」


 そのすべてが、耳障りだった。


(……Eクラスにいた頃は、ここまで露骨に話しかけてこなかったくせに)


 今の方がずっと騒がれている。理由が“顔”や“実力”だとわかっていても、腹の底に残るのは奇妙な不快感だけだった。Cクラスでの実技パートナーも、能力は悪くなかった。

 連携も悪くない。だが、どこか足りない。


 ふと、レオンは思い出す。


(……あいつは、俺の魔法を見て怯えてたくせに。何の計算もなく、ただ真剣に向き合っていた。)


 無謀で、愚かで、理解できない行動ばかり。

 それでも、印象に残っている。


「レオン、どこ行くの?」


 答える必要もない。誰に話す必要もない。ただ、足が勝手に動いていた。


(……昼休みの、あの屋上。あいつと並んで、空を見てた場所)


 誰にも騒がれず、誰にも測られず。空だけがあった、あの静かな時間。


(……俺は、何を考えてるんだ)


 心の中で呟いた。


 その足は無意識のまま、Eクラスへと向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ