表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
84/84

番外編 研究棟のクリスマス

※本編時系列とは少しズレた季節番外です。


■ レナ・ファリス

魔術学院Eクラスの少女。控えめで、できれば普通に生きていたい派。なぜかトラブルと変人に好かれがち。今日も巻き込まれクリスマス会参加中。


■ レオン・ヴァレント

学院でもトップクラスの実力を持つSクラスの少年。無口で無愛想。宗教行事にも季節イベントにも興味はないが、レナの予定には全力で反応するタイプ。


■ エリック・ハーヴィル

元Sクラスの好青年。今はEクラス所属。明るくて面倒見がいい常識人。ボケだらけのメンツの中で、貴重なツッコミ&空気調整役。


■ サラ・クレイン

Eクラスの女の子。明るくノリがよくて、怖い話にもわりと突っ込んでいくタイプ。今回のクリスマス会の首謀者。エリックと一緒にツッコミ係に回されている。


■ オルフェ・クライド

銀髪・紫眼のSクラス魔術師。禁術研究が大好き。人の感情より実験とデータが大事だが、なぜか今日はサンタ帽を被って、クリスマス会場(?)の提供者。

 挿絵(By みてみん)


 学院にある研究棟。


 いつもどおり不吉な魔力が漂う廊下の一室だけ、やけに赤と緑が主張していた。


 扉の向こうでは、魔導灯の光に照らされた白衣の青年が一人。


 無造作な銀髪。無表情。

 そして頭には、堂々たるサンタ帽。


 壁には即席の紙のガーランド、棚の上にはもふもふした雪もどき。なのに部屋の中央には、気味の悪い魔法陣と呪物の山。


「……」


 オルフェ・クライドは、黙ったまま魔法陣の上に小箱を一つ置いた。


「プレゼント自動転送術式、試験運転。指定座標、学院寮西棟──」


 低く呟き、指先で術式をなぞる。次の瞬間、箱が音もなく消えた。


「……転移は成功。だが、宛先指定が不完全だね。こんな異国の文化、何が楽しいんだ?」


 そう言いながら、サンタ帽を直しているのが決定的に説得力を欠いていた。


 ちょうどその時だった。


「おじゃましまーす!」


 ノックより早く、扉が勢いよく開く。


「……おい、サラ。せめてノックして返事待てって」


「細かいこと言わないの、エリック」


 サラがケーキの箱を両手に掲げ、後ろからエリック、レナ、レオンがぞろぞろと入ってくる。


「え、なにこの部屋……」

 

「思ったよりクリスマスしてる……」


 レナとエリックが同時に呟いた。


 赤と緑の紙飾り、机の端にはクッキーの山。

 しかしすぐ横には“絶対に触れてはいけない”雰囲気しかない黒い呪物。


「オルフェさん」


 サラがケーキの箱を掲げたまま、ジト目になる。


「口では“異国の文化”とか言ってるくせに、なんで一番本気で飾り付けしてるの?」


「観察対象が多い行事は嫌いじゃないよ。人間の動きが顕著に乱れるからね」


「理由こわっ! それに、その帽子どうしたの?」


「購買で売っていた。装着すると『近寄りづらい変人研究者』という印象が『季節行事に適応しようとしている変人』程度まで緩和されるらしい」


「どっちにしろ変人なんだよ、スタート地点が」


 エリックのツッコミにレナが苦笑していると、レオンが横からすっと立ち位置を詰めてくる。


「で? わざわざこんな場所まで来て何をするつもりだ」


「何をするって、パーティーだよ、レオン」


 サラが当然のように言う。


「レナとエリックと、ついでにレオンも誘ってきたの。クリスマスっぽく、ほら、ケーキ食べて、適当に騒いで」


「俺は無宗教だ」


 レオンが即答した。


「えっ、この世界、教会あるのに……?」


 エリックが真顔で首を傾げる。


「宗教行事はどうでもいい。俺が興味あるのは、レナの予定だけだ」


「ちょっと本音を短くまとめないでくれる?」


 サラのツッコミが鋭い。


「レオン、クリスマスは信仰というより、イベントというか、その……」


 レナが困ったように言葉を探していると、オルフェが淡々と補足した。


「贈与儀礼と集団酩酊の口実だよ。興味深い文化だ」


「オルフェさんの説明が一番ひどい!」


 サラが机を叩く。


「……騒ぐなら廊下で」


 そう言いながらも、オルフェはサンタ帽を脱ごうとしない。エリックがちらりとそれを見て、口元をひきつらせた。


「オルフェ、それ、いつから被ってるの?」


「午前中から」


「執念がすごいな?」


「統計を取っていた。帽子の有無で、すれ違った生徒の視線と歩幅の変化を──」


「実験目的なの!? ただのノリじゃなくて!?」


 エリックのツッコミが追いつかない。


 サラは諦めたようにケーキの箱を机の“比較的安全そうなスペース”に置いた。


「はい、とりあえず甘いもの食べよ。危ない瓶はそっちに寄せて、呪物はぜんぶ床下収納してください、オルフェさん」


「床下収納ではない。封印結界だ」


「ニュアンスどうでもいいから、とにかく見える位置から消して」


 オルフェが渋々手を動かすと、呪物の山にかかった術式が光り、箱ごと床の紋章の下に沈んでいく。


「これでいいかい」


「うん、それならギリギリ食欲は保てる」


 エリックが胸を撫で下ろした。


 レナはきょろきょろと研究室を見回す。


「なんか……思ったより、楽しそう、かも」


「楽しそう?」


 レオンがその言葉だけを拾って、じっとレナを見た。


「……俺は別に、こういう行事はどうでもいいが。お前が笑うなら、付き合う価値はある」


「さらっと恥ずかしいこと言うなよ、暗殺者」


 エリックが顔をしかめる。


「暗殺者って言うな」


 エリックとレオンのやり取りにサラは笑いながら、紙皿にケーキを切り分けていく。


「はい、レナ。これレナの分」


「ありがとう、サラ」


 軽口が飛び交う中、オルフェは一人、ケーキをじっと見つめていた。


「砂糖の量が多そうだ。人体への影響のデータを──」


「オルフェさん、食べなさい」


 サラが容赦なくフォークを突き出す。


「観察するだけの対象ではないのか?」


「今日は“食べる日”なの。いいから一口」


 半ば押しつけられる形で、オルフェはケーキをひとさじ口に運んだ。


 紫の瞳が、わずかに瞬く。


「……なるほど」


「なるほどってなに」


「甘味と脂質の比率が、短時間で脳の報酬系を誤魔化すように調整されている。これは中毒性が高いね」


「ロマンのない分析やめて! “おいしい”とかでいいの!」


「おいしい」


「言わされた感すごい!」


 レナがくすりと笑い、エリックも肩を揺らす。


 レオンはそんな三人を眺めてから、ぽつりと呟いた。


「……悪くないな」


「なにが?」


 エリックが聞き返す。


「こういう、無駄な時間も」


 レオンはそれ以上説明しない。


 サラが笑いながら、紙コップに飲み物を注いだ。


「はい、じゃあ一応、乾杯しとこっか。えーっと……何に?」


「生存に」


 オルフェが即答する。


「他に言い方なかったの?」


「じゃあ、“来年も誰も死にませんように”で」


「それフラグ立つからやめて?」


 エリックとサラのツッコミが綺麗に重なり、レナが噴き出しそうになって慌てて口を押さえた。


「……じゃあ」


 少し考えて、レナが小さな声で言う。


「今年、みんながここにいてくれたことに。……来年も、一緒にいられますように」


 一瞬、空気が柔らかくなった。


 レオンがレナを見て、視線を逸らす。

 オルフェは無表情のまま、ほんの少しだけサンタ帽の位置を直した。


「……悪くない」


「うん、それなら乗る」


 エリックが微笑み、サラが紙コップを掲げる。


「じゃあ、その願いに」


「かんぱーい」


 紙コップが軽く触れ合う音が、研究室に響いた。


 呪物の封印陣、怪しげな魔法陣、白衣のサンタ帽。

 どこからどう見てもクリスマス会場には見えないのに。


 レナは、小さな笑い声をこぼしながら思った。


(なんかちょっと、あったかい)


 外では、学院の鐘が静かに鳴っていた。

読んでいただきありがとうございました!

ブクマやアクション、⭐︎評価など頂けると励みになります。

これからも頑張りますので、よかったらよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ