番外編 研究棟のクリスマス
※本編時系列とは少しズレた季節番外です。
■ レナ・ファリス
魔術学院Eクラスの少女。控えめで、できれば普通に生きていたい派。なぜかトラブルと変人に好かれがち。今日も巻き込まれクリスマス会参加中。
■ レオン・ヴァレント
学院でもトップクラスの実力を持つSクラスの少年。無口で無愛想。宗教行事にも季節イベントにも興味はないが、レナの予定には全力で反応するタイプ。
■ エリック・ハーヴィル
元Sクラスの好青年。今はEクラス所属。明るくて面倒見がいい常識人。ボケだらけのメンツの中で、貴重なツッコミ&空気調整役。
■ サラ・クレイン
Eクラスの女の子。明るくノリがよくて、怖い話にもわりと突っ込んでいくタイプ。今回のクリスマス会の首謀者。エリックと一緒にツッコミ係に回されている。
■ オルフェ・クライド
銀髪・紫眼のSクラス魔術師。禁術研究が大好き。人の感情より実験とデータが大事だが、なぜか今日はサンタ帽を被って、クリスマス会場(?)の提供者。
学院にある研究棟。
いつもどおり不吉な魔力が漂う廊下の一室だけ、やけに赤と緑が主張していた。
扉の向こうでは、魔導灯の光に照らされた白衣の青年が一人。
無造作な銀髪。無表情。
そして頭には、堂々たるサンタ帽。
壁には即席の紙のガーランド、棚の上にはもふもふした雪もどき。なのに部屋の中央には、気味の悪い魔法陣と呪物の山。
「……」
オルフェ・クライドは、黙ったまま魔法陣の上に小箱を一つ置いた。
「プレゼント自動転送術式、試験運転。指定座標、学院寮西棟──」
低く呟き、指先で術式をなぞる。次の瞬間、箱が音もなく消えた。
「……転移は成功。だが、宛先指定が不完全だね。こんな異国の文化、何が楽しいんだ?」
そう言いながら、サンタ帽を直しているのが決定的に説得力を欠いていた。
ちょうどその時だった。
「おじゃましまーす!」
ノックより早く、扉が勢いよく開く。
「……おい、サラ。せめてノックして返事待てって」
「細かいこと言わないの、エリック」
サラがケーキの箱を両手に掲げ、後ろからエリック、レナ、レオンがぞろぞろと入ってくる。
「え、なにこの部屋……」
「思ったよりクリスマスしてる……」
レナとエリックが同時に呟いた。
赤と緑の紙飾り、机の端にはクッキーの山。
しかしすぐ横には“絶対に触れてはいけない”雰囲気しかない黒い呪物。
「オルフェさん」
サラがケーキの箱を掲げたまま、ジト目になる。
「口では“異国の文化”とか言ってるくせに、なんで一番本気で飾り付けしてるの?」
「観察対象が多い行事は嫌いじゃないよ。人間の動きが顕著に乱れるからね」
「理由こわっ! それに、その帽子どうしたの?」
「購買で売っていた。装着すると『近寄りづらい変人研究者』という印象が『季節行事に適応しようとしている変人』程度まで緩和されるらしい」
「どっちにしろ変人なんだよ、スタート地点が」
エリックのツッコミにレナが苦笑していると、レオンが横からすっと立ち位置を詰めてくる。
「で? わざわざこんな場所まで来て何をするつもりだ」
「何をするって、パーティーだよ、レオン」
サラが当然のように言う。
「レナとエリックと、ついでにレオンも誘ってきたの。クリスマスっぽく、ほら、ケーキ食べて、適当に騒いで」
「俺は無宗教だ」
レオンが即答した。
「えっ、この世界、教会あるのに……?」
エリックが真顔で首を傾げる。
「宗教行事はどうでもいい。俺が興味あるのは、レナの予定だけだ」
「ちょっと本音を短くまとめないでくれる?」
サラのツッコミが鋭い。
「レオン、クリスマスは信仰というより、イベントというか、その……」
レナが困ったように言葉を探していると、オルフェが淡々と補足した。
「贈与儀礼と集団酩酊の口実だよ。興味深い文化だ」
「オルフェさんの説明が一番ひどい!」
サラが机を叩く。
「……騒ぐなら廊下で」
そう言いながらも、オルフェはサンタ帽を脱ごうとしない。エリックがちらりとそれを見て、口元をひきつらせた。
「オルフェ、それ、いつから被ってるの?」
「午前中から」
「執念がすごいな?」
「統計を取っていた。帽子の有無で、すれ違った生徒の視線と歩幅の変化を──」
「実験目的なの!? ただのノリじゃなくて!?」
エリックのツッコミが追いつかない。
サラは諦めたようにケーキの箱を机の“比較的安全そうなスペース”に置いた。
「はい、とりあえず甘いもの食べよ。危ない瓶はそっちに寄せて、呪物はぜんぶ床下収納してください、オルフェさん」
「床下収納ではない。封印結界だ」
「ニュアンスどうでもいいから、とにかく見える位置から消して」
オルフェが渋々手を動かすと、呪物の山にかかった術式が光り、箱ごと床の紋章の下に沈んでいく。
「これでいいかい」
「うん、それならギリギリ食欲は保てる」
エリックが胸を撫で下ろした。
レナはきょろきょろと研究室を見回す。
「なんか……思ったより、楽しそう、かも」
「楽しそう?」
レオンがその言葉だけを拾って、じっとレナを見た。
「……俺は別に、こういう行事はどうでもいいが。お前が笑うなら、付き合う価値はある」
「さらっと恥ずかしいこと言うなよ、暗殺者」
エリックが顔をしかめる。
「暗殺者って言うな」
エリックとレオンのやり取りにサラは笑いながら、紙皿にケーキを切り分けていく。
「はい、レナ。これレナの分」
「ありがとう、サラ」
軽口が飛び交う中、オルフェは一人、ケーキをじっと見つめていた。
「砂糖の量が多そうだ。人体への影響のデータを──」
「オルフェさん、食べなさい」
サラが容赦なくフォークを突き出す。
「観察するだけの対象ではないのか?」
「今日は“食べる日”なの。いいから一口」
半ば押しつけられる形で、オルフェはケーキをひとさじ口に運んだ。
紫の瞳が、わずかに瞬く。
「……なるほど」
「なるほどってなに」
「甘味と脂質の比率が、短時間で脳の報酬系を誤魔化すように調整されている。これは中毒性が高いね」
「ロマンのない分析やめて! “おいしい”とかでいいの!」
「おいしい」
「言わされた感すごい!」
レナがくすりと笑い、エリックも肩を揺らす。
レオンはそんな三人を眺めてから、ぽつりと呟いた。
「……悪くないな」
「なにが?」
エリックが聞き返す。
「こういう、無駄な時間も」
レオンはそれ以上説明しない。
サラが笑いながら、紙コップに飲み物を注いだ。
「はい、じゃあ一応、乾杯しとこっか。えーっと……何に?」
「生存に」
オルフェが即答する。
「他に言い方なかったの?」
「じゃあ、“来年も誰も死にませんように”で」
「それフラグ立つからやめて?」
エリックとサラのツッコミが綺麗に重なり、レナが噴き出しそうになって慌てて口を押さえた。
「……じゃあ」
少し考えて、レナが小さな声で言う。
「今年、みんながここにいてくれたことに。……来年も、一緒にいられますように」
一瞬、空気が柔らかくなった。
レオンがレナを見て、視線を逸らす。
オルフェは無表情のまま、ほんの少しだけサンタ帽の位置を直した。
「……悪くない」
「うん、それなら乗る」
エリックが微笑み、サラが紙コップを掲げる。
「じゃあ、その願いに」
「かんぱーい」
紙コップが軽く触れ合う音が、研究室に響いた。
呪物の封印陣、怪しげな魔法陣、白衣のサンタ帽。
どこからどう見てもクリスマス会場には見えないのに。
レナは、小さな笑い声をこぼしながら思った。
(なんかちょっと、あったかい)
外では、学院の鐘が静かに鳴っていた。
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