表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
81/84

第78話 路地裏の戦闘

 

「──君のような子が、一番“実験映え”するんだよね」


 ザイラスの指が、レナの頬に伸びた。その手が触れた時だった。


 ガキィィィン──!


 甲高い金属音が響いた。次の瞬間、ザイラスの腕とレナの間に、鋭く冷たい風が走り抜けていた。“斬撃”そのものが空間を裂き、血の気配すら切り裂いていた。


「──やっぱり、お前だったか」


 その声は、氷のように冷たかった。細い路地裏に立つ、一人の青年。黒い制服の裾が揺れ、金の髪が風を受けて舞う。蒼い瞳は、獰猛な炎を宿していた。レオンだった。


 レナを背後に庇うように立ち、剣を片手に構えている。


「おい。そいつに何してる?」


 その一言は、静かな怒りを孕んでいた。

 ただの問いかけのようでいて、確実に“警告”だった。


「おやおや、恋人さんですか?いいねえ、独占欲。けど──これは学術的関心なんですよ?」


 ザイラスは笑っていた。だが、その眼だけは笑っていなかった。血の匂いに酔った獣のように、ぞっとするほど愉悦を湛えていた。


「……お前が研究者だろうが何だろうが関係ねぇ」


 レオンの声は低く、静かに沈んでいく。


「──触った瞬間に、“対象”にしていいと思った時点で、殺してやる」


 瞬間、空気が変わった。剣が鳴った。風が唸った。レオンの足が、地を裂く勢いで踏み出す。


「……へぇ」


 ザイラスの口元が、ゆっくりと歪む。


「君みたいなの、解剖したことないな──!」


 そして、衝突した。魔力と魔力が拮抗する。


 レナの背後で爆ぜる風圧。


 剣が火花を散らし、ザイラスの掌が虚空に紋を描き──黒い魔術が飛び散った。


 レオンは一瞬の隙も見せず、魔術を切り裂きながら接近する。

 その表情は冷徹そのもので、怒りは一点に絞られていた。


 ──“守るべき対象に触れた”その事実だけで、レオンにとってはすべてが敵だった。



 ***



 レオンの剣閃は鋭く、無駄がない。だがザイラスはその斬撃を、まるで遊び半分のように軽々と躱していく。


「ははっ、やっぱ速いなあ! でも、直線的すぎるんじゃない?」


 彼の指先が弾けるように動く。空間に描かれた黒い紋が弾け、漆黒の蔦のような影が路地を覆う。それは生き物のように蠢き、レナの足元へと絡みつこうと伸びてきた。


「──ッ」


 レナが後退するより早く、レオンの剣が振り抜かれた。

 空気を裂き、影ごと石畳を切り払う。


「触れるなって言っただろうが」


 青い瞳が光を増す。怒りが、静かに、しかし確実に膨れ上がっていく。



「最高だなあ。君、マジで殺意やばいね」


 次の瞬間、ザイラスの足元から煙が立ち上がる。

 破裂するように、数体のキメラが吐き出された。犬の骨格に人間の腕、異様に膨れ上がった眼球がぎょろりと動く。


「銀髪の結界のせいで、あまり遊べなくなったのは残念だよ。 外から呼べないから、仕込んだ種しか残ってないんだよなあ」


 魔物が一斉に咆哮し、レナへと向かって突進する。


「……下がってろ、レナ」


 レオンは一歩前へ踏み込み、剣を横に払った。

 空気が爆ぜ、剣気が衝撃波となって路地全体を薙ぎ払う。

 キメラの身体が次々と両断され、肉片が飛び散った。


 だがザイラスは止まらない。


「いいよいいよ、その顔! ああ、やっぱり君たち学院の人材は最高だ!」


 狂気じみた歓声をあげ、さらに次の魔術を構築していく。


 魔術陣が瞬時に展開され、黒い拘束鎖がレオンの足元から這い上がる。


「っと……」


 レオンは剣の柄を返し、逆手に持ち替えると、腰の回転ごとに下段を薙いだ。


 青白い魔力を纏った斬撃が鎖を裂き、その一瞬の切り返しでザイラスの懐に潜り込む。


「君、学生にしては随分とやるねえ? 昔、俺がいた時には君や銀髪みたいな規格外はいなかったなあ」


 ザイラスの笑みは消えない。両手を広げ、手首から黒い“縫合糸”のような魔術を展開する。空中に紋が走り、何かが編まれる。


(召喚系……? 違う、これは──)


 レオンは即座に読み取り、半歩後ろへ跳躍。その直後、無数の“黒い腕”が路地の壁から伸び、レオンの身体を掴もうとした。


「掴まえたら解剖してあげるよ。君みたいな完璧な骨格、そうそういないから」


「ふん、研究者ってのは変態だらけだな……」


 レオンの瞳が冷たく光った。


 剣を逆手から順手に戻し、一瞬の間合いに魔術を編む。詠唱はない。ただ、空気が変わる。


 地面を滑るように滑空し、剣に込めた魔力を一気に開放。

 斬撃が空を裂き、ザイラスの防御魔術をかすめる。


 その刹那──


「ッ……!」


 ザイラスの頬に、薄く赤い線が走った。血を指で拭い、舌で舐め取ったザイラスは、ますます愉快そうに笑った。


「ははっ、怖えなぁ、金髪君。──彼女の血、普通じゃないよね。本物のファウレスの血、ってやつ?」


 その一言で、レオンの足が止まった。

 青い瞳がわずかに揺らぎ、空気がぴたりと凍りつく。


 ザイラスはその隙を逃さなかった。足元の転移陣が光を放ち、歪んだ笑みを残して、その姿は虚空に掻き消える。


 残されたのは、血と、焼けた路地の匂いだけ。


 ──追えば、殺せた。

 その場で斬り裂き、息の根を止めることもできた。


 けれど、レオンは剣を下ろしたまま、黙然と立ち尽くす。


「……逃げたか」


 吐き捨てる声は低く、冷たい。

 だが、その眼差しは怒りよりも“計算”に満ちていた。


(……むしろ好都合だ。尻尾を残して消えた。辿れる。

 アジトごと、全て……消してやる)


 剣を握るレオンの掌には、わずかに爪痕が残るほどの力が籠っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ