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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第73話 狙われる生徒たち

 爆裂した魔術の余波で、建物の屋上が崩れ落ちる。

 ザイラスの姿は、瓦礫の向こう側──すでに“転位陣”の残滓だけを残して消えていた。


 「……逃げるのだけは、うまいな」


 崩れかけた外套の裾を払いつつ、オルフェは静かに吐き捨てる。

 術式の一部を意図的に“ズラす”ことで、自らの攻撃を避けた。咄嗟の判断と転移地点の選定、相当の理論は理解しているということだ。


 (だが、模造魔石しか作れない。あれでは“本物の赤魔石”には届かない)


 彼の脳裏をよぎったのは、あの結晶の中心で“人間の魂”がわずかに震えていたことだ。赤魔石の模造に、犠牲者が出ている。それが、何人分なのか──もはや、数える意味もなかった。


空に残った、魔力汚染の痕跡。オルフェは両手を前に出し、式を組む。


《再構築術式:重畳型結界構文 発動》


 街を覆う空間が、わずかに振動する。元々、簡易型の防衛結界が設置されていたが、それは“学院からの制御下”にある緩やかなものだった。


 オルフェはそれを“上書き”した。


 式盤が拡張される。四方の街路、建物の基礎構造、魔力の流れ。街そのものを“防御対象”とした再定義。


 「……このままじゃ、あの男の実験で街が壊滅する」


 指先から放たれる青紫の魔力が、光の筋となって空を縫う。


 外壁に近い区域では“高位魔物”が召喚されていた形跡があり、魔力濃度も通常の二倍を超えていた。完全な“実験場”として街を使っている。オルフェは即座に理解した。


 《結界補強:完成》


 術式が収束し、空気が澄んでいく。

 風が静かに通り抜けるとともに、街全体に張り巡らされた“魔術の繭”が静かに展開される。


 それは、誰にも見えない結界。


 「……これで侵入は防げる」


 オルフェは小さく呟いた。

 だが同時に、胸奥に微かなざらつきが残っていた。


 脳裏に、屋上で笑っていた男の顔がよぎる。

 底知れぬ軽さの奥に、明確な殺意の構造。


「問題は……既に“中”にいる場合だ」


 ざらりと胸の裏が冷える。


(外からの干渉は遮断できる。だが既に侵入している術式や魔物は、結界では排除できない)


 結界を張り終え、焼けた街の一角で、オルフェはわずかに息をついた。


 地に伏した融合体キメラは、まだ微かに蠢いている。


 ザイラス・カイゼル。

 臓物まみれの研究施設、狂った血の応用理論。

 その全てが“生”を軽んじ、“魔”にすがっていた。


 あの男は、まず街で実験し、一般人で試した。


 (それならば次に狙われるのは──学院だ)


 魔力を持つ生徒たち。

 若く、未熟で、無防備で、──だが、素材としては“優秀”。


 オルフェの紫の瞳が冷たく細められる。


 「……レナ・ファウレスも、いる」


 彼は静かに立ち上がり、結界に最後の印を押す。



***



 夕刻。学院塔の最上階、風の止んだ静寂のなかに、それはあった。


 レオン・ヴァレントは、外套の裾を翻しながら、高所から街を見下ろしていた。

 その碧眼は、はるか遠く──街の結界の“歪み”を見抜いていた。


 「……修復されている?」


 けれど、それは本来の構造式ではなかった。学院による認証式とは違う……いや、むしろ高度すぎる。個人による術式上書き。しかも、極めて精密で、空間干渉のレベルに達している。


(この魔術構文は──オルフェ・クライド)


 レオンの目が細められる。


 学院は彼に壊れた街の結界修復を命じたはず。だが今、結界は“修復”ではなく“防衛特化”に強化されている。まるで──戦闘があった痕跡を覆い隠すように。


 (……何かが起きたな)



***



 濃密な鉄錆と臓腑の臭いが充満する地下の研究室。


「はぁ〜……あー、疲れたわマジで。ったく、あの銀髪野郎……俺を殺す気かよ。いや、殺しに来てたんだっけ?」


 ザイラスは苦笑を交えながら、背中を壁に預ける。柄シャツの右肩は裂け、そこから赤黒い焼け跡が覗いていた。血が止まらないのか、滴り落ちる雫が床に音を立てる。


「いやー、それにしても、すごいね。あいつ。マジで、魔術だけでここまで来るか?」


 言葉の端に、ほんの僅かな“焦り”と“興奮”が混じる。


 「俺の構造式、見た瞬間に読み解いて“上書き”された。数式の理解速度が異常すぎるんだって。あれ、もう人間じゃねえよ」


 その口元には笑みが浮かんでいた。

 皮肉と快楽と、破滅へのカウントダウン。


 「でも、いいや。いいね、ああいうタイプ。俺とは違う狂った感じでさ。見応えがあるね」


 そのとき、研究室の奥、転移陣が点滅し、黒服の男たちが数名、無言で現れる。


 「ザイラス・カイゼル」


 声をかけたのは、組織上層部の男のひとり。

 全身を黒で統一した威圧的な装い、金の刺繍が袖に施された執行官クラス。


 「どうだ? “血の魔石”の研究は、うまく進んでいるだろうな?兵器として使えそうか?」


 ザイラスは口元に指を当て、少し考えるふりをした。


 「ザイラス、進捗を聞きに来た。模造魔石の安定性はどうだ?」


 「まーまー。五分五分ってとこ。魔力量が足りないとキメラが暴走するし、魔力が強すぎると逆に制御できない」


 ザイラスは面倒くさそうに立ち上がり、手にした魔石の欠片を光にかざす。


 「結界さー、銀髪野郎に強化されて魔物が召喚しづらくなったんだよ。まっ、幾つか種はばら撒いているからそれを使おうと思ってる」


 「使えそうな魔力保持者は、まだ残っているのか?」


 「うーん……。もっと“濃い”奴が欲しいなあ。……たとえば、学院の連中とか。上位クラスならちょうど良さそう」


ザイラスは口角を吊り上げると、愉快そうに指を鳴らす。


「ね、そろそろ“教材”を変えてみようよ? 誘拐してきて、順番に血を抜いて魔石に変えてみよう」


 その笑顔は、まるで子供の遊戯の延長線だった。


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