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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第64話 恋を諦めた日

※この話には暴力・流血などの描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

 昼休みに、学院外の洒落たカフェへと足を運ぶことになった。


 窓際の落ち着いた席に、三人は並んで腰を下ろした。


 レオンは当然のように椅子を引いてレナを座らせ、自分は隣に着席。サラは対面席に落ち着く。


(……ん?私がレナの隣じゃないの?椅子まで引いてあげるの?しかも自然すぎる。)


 サラの頭に疑問符がついた。


「好きなものを頼んでいいよ」


 レオンが差し出すメニューに、レナは戸惑いがちに視線を落とした。


「えーと、これにしようかな」


 レナが選んだのは一番安いメニューだった。


「遠慮するな。こっちのメニューはどうだ?」


 レオンは穏やかに微笑みながら、レナにどれが食べたいのか尋ね出した。


(……あれ? 優しいのは分かるけど、なんか、めちゃくちゃ“旦那さん感”出てない?)


 サラは首を傾げた。


 料理が運ばれてきた瞬間、レオンは当然のように皿を受け取り、「熱いから気を付けろ」と言ってレナの前に置く。スープは温度を手で確かめてからレナに差し出す。パンを取るときも、レナの方へ切り分けて先に置く。レナが咳き込めば水を差し出す。


「……ありがとう。自分でやるのに。」


 レナは恥ずかしそうに笑った。


(いやいやいや。今のって普通、恋人どころか新婚夫婦でもなかなかやらないやつじゃない?)


 サラはパンを千切りながら、心の中で盛大にツッコミを入れる。


(……おかしいな。私が好きになった人って……こんな人だったっけ?これじゃお世話係じゃん。もっと孤高な感じじゃないの?ていうか、レナの前だと人格変わりすぎじゃない!?)


 視線の先、レナは戸惑いながらも笑っていて、レオンはそれに静かに微笑する。その空気は、完全に「二人だけの世界」だった。


 サラは頭を抱えたくなる衝動を必死で抑えつつ、スープを一口すすった。

 ……味が、薄い。いや、ショックで味がしない。


(あーあ。私、やっと分かったわ。これ以上この人に恋してても仕方ない。この人が見てるのはレナだけ。分かってはいたけど、こんなの見せつけられたらさあ。これはもう──“恋の終焉”ってやつね)


 そう結論づけると、逆に肩の力が抜けて、ふっと笑みさえ浮かんだ。


(しょうがないなぁ。じゃあ私は、この二人を応援する方に回ろっかな…)



 ***



 サラはこの日、レオンへの恋が終わった。


 レナとEクラスに戻り、サラが呆れ半分、興味半分の顔で尋ねた。


「ねえ、昔からレオンと食事するとあんな感じなの?」


「……あんな感じって?」


 レナは小首をかしげる。


「ほら、スープの温度までチェックしたり、フォークが落ちそうになると即座に拾ったり!正直、見ててこっちが落ち着かないんだけど」


「ああ……」


 レナは思わず苦笑した。


「うん、いつもだから……慣れちゃった」


「慣れってすごいね!私なんか三分でギブアップだよ。あんなの、普通やらないってば」


「……え、そうなの?」


 レナが目を丸くすると、サラは机を軽く叩いて身を乗り出した。


「そうだよ!普通は“自分でやらせる”って!あれじゃ完全に……過保護なお母さんだって」


「お母さん……」


 レナは吹き出しそうになって、慌てて口元を手で押さえた。


 サラはさらに勢いづく。


「他にもあるでしょ?何か食べちゃダメとか、外に出るなとか、変なアルバイト見つけてくると強制連行とか!」


「……そ、それは……」


 レナはごまかすように視線を逸らした。


「ほら、やっぱり!レオンってやっぱり“保護者兼監視役”じゃん!」


 サラの笑い声が響き、レナは苦笑しながらも少しだけ頬を赤らめた。



 ***



 同じ頃、街から離れた場所では──


 血が飛び散っていた。


 天井や壁にまで血飛沫が届いている。床には人の形だったもの。その上に巨大な魔物がうずくまっていた。


 獣の胴体、筋肉質な四肢、鋭利な毒針を持つ蠍の尾。そして、異様に肥大化した顎──

 それは伝説の生き物である“マンティコア”に酷似した、しかし明らかに“それではない”ものだった。


 広めの研究室内では、咀嚼する音だけが響いている。


 部屋の隅、赤黒い鉄骨に腰をかけ、足をぶらぶらと揺らしている若い男がいた。


 派手な茶髪を無造作に散らし、柄物の服、その上に安っぽい上着を羽織っている。


「……うーん。作ったのはいいけど、腹減りすぎじゃね? こいつ」


 青年は顎に手を当て、マンティコアを見ながら退屈そうに首を傾げた。


「街の結界壊したのに、すぐ退治されてさあ。つまんねーの」


 空気の抜けたような声で、まるで玩具を投げ捨てるように言う。


「せっかくその後、コイツを投入する予定だったのに……全部ぶっ壊してくれるとこ見たかったのにな」


 青年は笑っていた。面白いものを探している目だ。

 けれど、その瞳に“人間”というカテゴリは存在していない。


「やっぱさー、もっと魔力持った奴が欲しいよな。生贄って意味でも、燃料って意味でも。一般人って雑魚ばっかで美味くないし。お上に相談してみっかあ」


 その言葉に反応するように、マンティコアがぐるる、と低く唸った。


 青年が暗がりから引きずってきたのは、縛られた若い男性だった。顔色は蒼白、涙と涎で顔が濡れている。


「怖い?喰われるのなんて嫌だって?……それなら、選ばせてあげようか」


 青年は、まるで優しい提案でもするかのように笑う。


「キメラの合成材料になるのと、血を全部抜いて魔石になるの、どっちがいい?」


 その笑顔は、どこまでも無邪気で、どこまでも冷酷だった。



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