表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部完結】Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一部 一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
4/99

第2話 Eクラスにいる少女

 号令と同時に、床の中央に刻まれた結界陣が光を帯びた。魔力のうねりが一瞬で集まり、歪む光の中から四足の獣型魔物が姿を現す。灰色の皮膚に、瞳だけが獰猛な赤色に光っている。


 “魔物の模擬討伐訓練”──Eクラス用に力を抑えてあるとはいえ、牙も爪も鋭く、下手に当たれば普通に怪我をする。

 生徒たちはペアになって結界の内側に入り、攻撃や防御の連携を試される。


 順番が進み、いよいよレナたちの番が近づいてきた。

 胸の奥が小さく震える。掌に汗が滲む。


「そんな緊張しなくても、あんなの大したことないぞ」


 隣でレオンが、あっけらかんと言った。


「……え、でも」


 レナの声はかすれている。


「俺、攻撃に回るから、お前は補助な。回避でも素早さでも何でもいい」


 その一言とともに、レオンは先に結界の内側へ足を踏み入れた。


 魔物が唸り声をあげ、四肢をかがめて突進の姿勢を取る。


(補助魔法……早く)


 レナは必死に両手をかざした。けれど光は散り、術式は途中でほどけていく。

 形にならない。焦りばかりが募っていく。


 その瞬間、魔物の爪が空気を切り裂いた。レオンは一歩で間合いを詰め、剣を振り抜く。青い閃光が走り、魔物の動きが止まった。


「……おい、補助はまだなのか」


 振り返りざまの低い声に、レナはかろうじて頷いた。

 

 その時だった。

 

 轟音とともに、魔物の体が一瞬で膨張し、赤黒い魔力が全身から噴き出した。


「な……っ!?」


 レナが息を呑む。見ると、結界陣の一角がひび割れ、淡い光が不規則に点滅している。

 教師たちが慌てて補助術式を展開するが、ひびは広がっていくばかりだった。


(……暴走!?)


 訓練用の魔物に“たまに”起きる事故──結界の劣化や術式の乱れが引き金となり、本来封じられていた力が暴れ出す。運が悪ければ、そのまま生徒が死ぬこともある。


 魔物の爪が床を抉り、金属音のような鳴き声を上げた。レナは一歩後ずさる。


 次の瞬間、魔物の赤い瞳がレナを捉えた。


「……っ!」


 獣の体が弾けるように跳ぶ。狙いは真っ直ぐ、結界の外縁に立つレナ。


 レオンが間に割り込もうとしたが、暴走した魔力の圧で足元の結界が軋み、踏み込みが一瞬遅れた。


 爪が迫る。


 避けなきゃ、と頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。指先が痺れて、術式が結べない。


 刹那。


 硬いものが裂ける音がして、肩口に熱が走った。


「……っ、う……」


 制服の布が裂け、皮膚が抉られる。遅れて痛みがきて、膝が揺らいだ。赤い雫が床に落ちる。


(だめ……このままじゃ、次で──)


 魔物がさらに体を沈め、追撃の姿勢を取る。


 レオンの声が飛んだ。


「下がれ!」


 でも、脚が動かない。


 レナは喉の奥で息を飲み込む。脳裏に、ずっと押し込めていた言葉が浮かぶ。


(……使っちゃ、だめなのに)


 血が滲んだ指先で、空中に短い線を引いた。


 結界の光に紛れるほどの、薄い赤。


 それだけで、ほどけていた術式が一本につながった。


 レナの前に、薄い膜のような障壁が生まれる。


 魔物の爪がそれに触れ、弾かれた。甲高い音。衝撃でレナの腕が痺れる。


(……今の、痕跡が残ってない……はず)


 息を整える間もなく、レナはもう一度だけ指を払った。赤い線が一瞬だけ走り、魔物の足元に小さな“縛り”の輪が落ちる。


 獣の動きが、ほんのわずか鈍る。


 その隙。


 レオンが、舌打ちもせずに踏み込んだ。


 剣が唸り、青い閃光が暴走した赤黒い魔力を切り裂く。


 魔物の巨体が傾いた瞬間、レオンの声が低く響いた。


「……邪魔だ」


 次の瞬間、彼は片手を胸の前にかざし、淡々と呟き始める。


「蒼き刃よ、空気を裂け──」


 詠唱の最後の言葉と同時に、彼の足元で魔力が渦を巻く。青白い光が一気に収束し、剣先から迸った魔力の刃が真っ直ぐ魔物へ走った。


 次の瞬間巨大な体が真横に裂け、光の粒となって霧散した。


 教師たちの補助結界が展開するより早く、レオンは魔物を鎮圧していた。


「……何の補助もなしに、こんな……」


 呆然とする生徒たちの声が、ざわめきとなって実技室に広がる。


 レオンは剣先の光が消えるのを見届けると、面倒くさそうに息を吐いた。


 レナはその場に座り込みそうになるのを堪え、肩を押さえた。指先がまだ震えている。


 レオンは剣を軽く払うと無感情に呟いた。


「大したことないって言っただろ」



***


 

 魔物の残滓が光の粒となって消え、結界の内側に静けさが落ちた。


 遅れて、痛みが現実になる。肩口が熱く、脈打つたびにじくじくと広がる。レナは制服の裂け目を押さえ、呼吸を整えようとした。


 結界の外側で、教師が顔色を変えて前に出る。


「結界事故だ。訓練は中断する。全員、廊下で待機。担当は結界陣の再点検に入れ」


 号令に従い、生徒たちがざわめきながら結界から出ていく。誰かの足音が急ぎ、誰かの声が裏返る。先ほどまでの“授業”の空気は、もうどこにもない。


「負傷者を優先する。医務室へ」


 補助員から肩を支えられ、レナは結界の縁をまたいで外へ出る。


 視界が少し揺れた。自分の足が、自分のものじゃないみたいに重い。


 廊下へ出た瞬間、冷たい空気が皮膚に刺さった。


「大丈夫か? 歩けそうか?」


「……はい」


 すぐ後ろで、足音が止まる気配がした。


 振り返らなくても分かる。レオンだ。


 彼は何も言わずに立っていた。剣を下ろしたまま、結界の光が消えていく床を見ている。さっきまで暴れていた赤黒い魔力の痕跡は、淡い点滅と一緒に薄れていった。


 レオンの視線が、ほんの一瞬だけレナの肩に向いた。


 レナは反射的に、片手で肩を隠す。


 その動きを見たのか見ていないのか分からないまま、レオンは小さく眉を寄せた。


 怒りでも嫌悪でもない。計算の途中で引っかかったような、短い違和感だけが顔に残る。


「……さっきの、お前の魔術」


 言いかけて、止めた。続きを探すように、目を細める。


 背中に、視線が刺さる。

 追ってこないのに、視線だけは離れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ