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【第二部完結】Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一部 一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第8話 進級──Cクラス

 その日、学院の掲示板には、人だかりができていた。

 年度末の進級テストの結果が、発表されたのだ。


「すごいね、レオン。Cクラスだよ。……飛び級ってやつ?」


 張り出された用紙を見上げながら、レナが驚きながら声をかけてくる。レオンは無言で、掲示を一瞥しただけだった。


「これで、お前ともサヨナラだな」


 淡々とした声で、彼はレナの方を見ずにそう言った。


「私も見てみよっかな」


 レナは自分の名前を探し、指先でなぞるようにして確認する。


「……うん、やっぱりEクラスのままだった」


 その言葉に、レオンの眉がほんのわずかに寄る。


「……向上心のないやつだな、お前は」


 呆れたように言い捨てる。

 レナは肩をすくめて笑った。


「うーん、かもね。でも、実技……嫌いだし怖いし」


 どこか自嘲めいた、でも柔らかい口調。レナはレオンの方を真っ直ぐに見て、微笑んだ。最近、ようやくレオンの前でも笑顔になれるようになった矢先だった。


「また会おうね」


 何の飾りもない、ただの“日常の言葉”だった。媚びも、未練も、期待もない。自然にそう言った。レオンは一歩だけ距離を取り、視線を逸らした。


「……もう二度と、会わない」


 ぽつりと、そう言って背を向ける。去っていく背中を、レナはじっと見つめた。そして、小さく手を振った。


「そっか。またね、レオン」


 その声は、きっと届いていた。

 けれど彼は、それを「受け取らなかった」。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように。



 ***



 それから数日後。


「あれ? また会ったね」


 レナが屋上に行くと、レオンが座り込んでいた。レナのほうを見ると、制服の袖の端から、わずかにのぞく白い包帯に気づく。


「ここの方が落ち着くからな。……また怪我か?」


 ぽつりと、低く落とされたその声に、レナは袖をそっと押さえた。


「ん? ああ、これ? 魔術の授業で、相手が暴発しちゃって……巻き込まれただけ」


「……そんな下手くそと、今パートナーなのか」


 レオンの声が、ほんの少しだけ低くなった。

 レナは苦笑しながら、小さく首をすくめる。


「一人よりはマシだよ。どうにかここで過ごしていかないとね」


 その返答に、レオンは視線を落とし、静かに考え込むように風を感じていた。


 この学院に来てからの半年間、同じ背中を見続けてきた。その間に、レオンはレナという人間の輪郭を少しだけ掴んだ。本来なら、カリグレア学院に足を踏み入れるはずのない性格だ。この苛烈な環境とは最も相性が悪い──それでも、ここに留まっている。


 生きるため“だけ”に、この場所を選んでいる。


 レオンはただ、レナの隣に立ち、同じ空を見上げていた。



 ***



 進級して、まだ半月。Cクラスの教室は、Eクラスとはまるで違った。無意味な噂話や、誰かを笑う声もほとんどなかった。実力を示せば、それなりに評価される。そういう意味では、確かに“居心地はいい”のかもしれない。だからといって、心が安らぐわけではなかった。


「ねえ、レオン。次の演習、また私と組んでくれない?」


 昼休み。笑顔で近づいてきたのは、同じCクラスの女子生徒。貴族出身で、整った外見に加え、魔力量も平均以上。

 “優等生”の名に恥じないスペックを持っている。だが、レオンの目に映ったのは、その奥にある“打算”だった。


(……顔と名前、それに所属クラス。それだけで寄ってきてる)


 彼女の視線は笑っていなかった。外面の好意の裏に、値踏みと計算が透けて見える。


 “Cクラスの実力者”“育ちが良さそうな孤児”

 “実は貴族の隠し子ではないか”という最近の噂――

 彼女達が見ているのは、“レオン・ヴァレント”という“可能性”に過ぎない。


 レオンは視線をそらし、無言で教室を出た。別の日も、昼休みになれば、やたらと女子が声をかけてくる。


「今度、一緒に演習見に行きませんか?」

「寮ってどこ? 今度お菓子、持っていこうか?」


 そのすべてが、耳障りだった。


(……Eクラスにいた頃は、ここまで露骨に話しかけてこなかったくせに)


 今の方がずっと騒がれている。理由が“顔”や“実力”だとわかっていても、腹の底に残るのは奇妙な不快感だけだった。Cクラスでの実技パートナーも、能力は悪くなかった。

 連携も悪くない。だが、どこか足りない。


 ふと、レオンは思い出す。


 無謀で、愚かで、計算もせず、理解できない行動ばかり。

 それでも、印象に残っている。


「レオン、どこ行くの?」


 答える必要もない。誰に話す必要もない。ただ、足が勝手に動いていた。


 誰にも騒がれず、誰にも測られず。空だけがあった、あの静かな時間。


(……俺は、何を考えてるんだ)


 心の中で呟いた。


 その足は無意識のまま、Eクラスへと向かっていた。


「……レナは?」


「あの子なら、保健室だよ」


 Eクラスの教室にいなかった彼女の姿を不審に思い、クラスメイトに尋ねると、そう返ってきた。レオンは無言で教室を出て、保健室へと向かった。中庭を抜ける石畳の脇、植え込みの向こうで、ふと足を止める。視界に入ったのは、見慣れた背中。そして、その隣に立つ“見知らぬ男”だった。


 黒髪の優男。整った顔立ちに、気取りのない柔らかな笑顔。

 その男が、レナの腕を軽く支えていた。


(……誰だ、あいつ)


 レナは右手を押さえ、痛むのか微かに顔をしかめている。

 歩きながら、ぎこちなく笑っていた。


「本当に、ごめんね。完全に僕のミスだよ……」


 男の口調は丁寧で、声も優しげだった。

 だがレオンは、その“優しさ”に引っかかりを覚える。


(本気で心配しているようには見えない)


 言葉も表情も“優しさ”に満ちている。

 だが、目が虚ろだった。


(全部“作ってる”。この男、演じてる)


 レナの怪我を気遣うふりをして、どこか上の空。

 保健室に行くより手前で男が足を止めると、手を振って言った。


「じゃあね、レナちゃん。早く治るといいね」


「うん。ありがとう、アッシュくん」


 レナは無邪気に微笑んで応じる。

 だがレオンは、そのやり取りを黙って見ていた。


(保健室までついて行かないのか……?)


 その瞬間、レオンの中で警鐘が鳴った。


 (確信した。……こいつは“見てる”だけのやつだ)


 アッシュがレナに背を向け、立ち去る。その時、レオンは前に出た。無言でアッシュの進路をふさぐ。


「……わざと、怪我させるなよ」


 低く、冷たい声。

 アッシュがぴたりと止まり、目だけでレオンを見る。


「え? ……レオン、くん? だったかな」


「……黙れ。名前を呼ぶな」


 レオンは睨んだ。


(目が笑っていない。こいつは、目的がある)


「はは、怖いなあ……。ただのミスだよ。演習中、ちょっと手元が狂っただけさ。ほら、軽い怪我だったし?」


 アッシュは穏やかに笑ったまま言う。

 だが、レオンはその場を離れなかった。


(……“殺し”を知ってる目だ)


 レオンの中に、静かに、しかし確かに──

 不快と警戒の色が滲んでいた。



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― 新着の感想 ―
こんばんは!また先を読み進めております。誤字報告もさせて頂きながらですが、楽しく読み進めております。 ただやはりモヤモヤするのは、主人公と思われるレナちゃんが一体何を目指して生きているのか、最後どう…
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