復讐にあらず
洞窟の中に戻ってきた。
俺の始まりの場所だ。母親の胎内のような空洞で、考えることを止めるまでこのまま何もしないという“選択”もあるだろう。
だが……諦めない。
ドワーフとエルフが手を取り合う未来を俺は垣間見たんだ。
問題は天使族と教会だな。進歩的なエルフの失踪の裏には、連中の陰謀が渦巻いていた。
奴らは意図して世界の停滞を望んでいるらしい。
シロガネ……いや、ヘレンか。銀髪黒翼の天使族の少女と、再び俺は出逢わなきゃならん。
そのために必要なのは、恐らく信仰心だろう。
眩しい光の射し込む洞穴の入り口に、小さな影が逆光を背負って現れた。
「やあ、目を覚ましたようだね。自己紹介をさせてもらうよ。ボクはナビ。キミを導く者さ」
「よろしく。俺はゼロだ」
誕生の儀式を済ませると、俺は新たな肉体を得るためナビがくれる最初のステータストーンを振る。
そういえば、ナビはこのストーンをどこで手に入れたんだろうか。
自分で使おうとは思わないのだろうか。
まあいい。今は戻ることに集中だ。
出目は――1。
「ああ、ゼロ気を落とさないでね。きっと次は上手くいくよ」
「あまり幸先の良いスタートじゃないな」
今後の受難を暗示されたような数字だが、もとより極フリする予定だ。
俺は祈った。
純粋な信仰心が俺の身体を再構築する。
軟体に四肢が生まれ、その姿は天よりの使者となった。
服もきちんと着ているので一安心だが、サンダルに膝小僧が出たショートパンツと半袖のシャツだった。
ナビが俺を見上げる。
「その姿は天使族みたいだね」
やけに……デカイな。自分じゃなくてナビがだ。距離が近い。
試しに俺はナビの身体を持ち上げてみた。四肢をぐにーっと伸ばすと、猫だけにしなやかな身体は長い。
「いきなり何をするんだいゼロ?」
不思議そうにナビは目を細めた。俺はナビを両腕でお姫様抱っこしてみる。
ちょうど、オークだった頃にガーネットを抱き上げたような感じだ。
ナビの大きさが変わったわけではない。だとすれば、俺が縮んだのである。
そっとナビを地面に下ろした。
手足は小さく、背伸びをしても洞穴の天井に届きすらしない。
そっと背中に手を回してみると、ふわりと羽毛の感触がある。
翼だ。これまでにない身体の“新しい一部”だが、肩甲骨のあたりをもぞもぞやってみても、うまく羽ばたかせることができなかった。
それに恐らく、翼は小さい。出目が悪かったからだろうか。
膝下でナビが言う。
「さあ、冒険の旅に出よう」
「そうだな。その前に、俺の力を見せてくれないか?」
「お安い御用さ」
ナビの額から赤い光が照射されて、洞穴の壁に現在の俺の状態が映し出される。
名前:ゼロ
種族:下級天使
レベル:1
力:G(0)
知性:G(0)
信仰心:G+(1)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
ここまでなら史上最低のスタートだ。
「キミはきっと強くなれる。ボクは直接戦いのお手伝いはできないけど、情報を集めたりしてサポートするから」
励ますようなナビの言葉に頷いた。
どうやらナビにはまたしても見えていないみたいだ。
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力
シルフィに教えてもらった全てを、俺は手放していなかった。
一般的に天使族は黒魔法を使えないとされている。
が、構わず俺は、蒼穹の森に棲むはぐれ銀狼相手に黒魔法をぶっ放した。
「収束型・初級炎撃魔法ッ!」
小さな指先から熱線が放たれる。成長したエルフの時と比べて、威力は何十分の一にも落ちこんでいた。それを補うために力を一点集中させて魔物を撃ち抜く。
はぐれ銀狼の眉間を貫通して、一撃で倒すとナビが声を上げた。
「キミは天使族なのに黒魔法が使えるのかい? さすが選ばれし者だね」
「そうなのか。知らなかった」
「それにしても、見た目は子供なのにしゃべり方もずいぶん落ち着いているね」
ウッ……しまった。あまりナビに不信感を覚えさせるのはまずい。
「あっれ~? おっかしいなぁ。僕、今そんなに変なしゃべり方してた?」
少々わざとらしいくらいに、俺は無邪気を装った。
ナビは赤い瞳をぱちくりさせた。
「ボクの気のせいだったみたいだね。さあ、森を抜けるとこの先に湖があって、小屋も建ってるから一休みしていこう」
ナビに先導されて歩き慣れた森を行く。木々が今までよりもさらに高く感じられた。
鈴なりの柑橘は魔法で打ち落として拾って食べる。
湖まで到着したところで、水面に自分の姿を映し見た。
短めの銀髪だ。瞳はトパーズのような黄色がかっていて、エルフの頃が美男子なら、今の俺は中性的な美少年といったところか。
魅力に一切割り振っていないものの、最果ての街で出逢う天使族はみな、エルフ以上に整った顔つきをしていたので、これくらいが標準なのかもしれない。
下手をすると女の子で通ってしまいそうだな。
身体が小さくなるということは、リーチが短く戦闘では不利になる。
とはいえ、能力は大幅にダウンしたのに、戦闘力はオーク時代を軽く上回った。
毒虫やキノコ系の魔物が出ようが、猛毒すら自然治癒する超回復力も健在だ。
黒魔法はもちろん、レベルが上がれば白魔法を覚えて、ますます俺は強くなる。
最果ての街にたどり着く頃には、エルフの頃とまではいかないが、中々の使い手になれるかもしれない。
問題は……知性をどの程度まで上げるかだ。教会の連中を騙して内部に入りこむには、一定以上の信仰心は必要だろうしな。
それに今回は二人に頼れない。
特にシルフィは……彼女がエルフであり、先の世界を求める進歩的なエルフであればこそ、冒険に連れ出して成長すると、教会の排除対象にされかねない。
しばらくの間はリチマーンの下で、シルフィには我慢してもらう方が“安全”だ。
一方、ガーネットも放っておくと故郷に帰ってしまう。
頼ることは出来ないが、赤毛の名工をこの街に引き留めるよう手をうちつつ、巻き込まない方法を考えないとな。
そういった工作をしつつ教会に潜入してシスターヘレンを探し出す。
あいつを倒そうとは思わない。あいつに指示を出したヤツを見つけるんだ。
対処はその目的を聞き出してからだ。
エルフ殺しの罪はあがなってもらうぜ。
しかし……やることが多すぎるぞ。まったく。




