時間的聖域の崩壊
シルフィは世界樹上を登る。昇る。上る。
彼女の動きが変わったのは、ヘレンを目撃された翌日からだ。
俺への遠慮が無くなり、あわや彼女の放つ雷撃魔法に巻き込まれるギリギリのところでも、正確に魔物を撃破する一撃をぶっ放すようになった。
おかげで格上相手にも勝利を納められるようになったのだが、一手間違えれば俺もシルフィも死んでいたという、綱渡りのような戦闘が続いた。
「シルフィお姉ちゃん、ちょっとペース早すぎない?」
「大丈夫ッスよ。ぼくは全然平気だから! ほらほらゼロさ……ゼロくん! 男の子ならシャキッとするッス!」
樹上の切り株に腰掛けて休憩している俺を、腋の下に手を突っ込んで立たせるとシルフィは樹木の魔物――鬼面樹を見つけて攻撃支持を出す。
根を足のようにして動き回る、紫の葉をフサフサと頭部にたたえた木の化け物だ。
前衛の俺がその懐へと飛び込み、攪乱と陽動で注意を引きつけつつ打撃に魔法を乗せて怯ませ、トドメはシルフィの上級雷撃魔法だ。
シルフィは俺を子供扱いしてくれない。
鬼面樹から太古の樹皮という素材を手に入れたが、すぐさまシルフィは次の獲物を探して、さらに世界樹の上を目指す。
「あんまり奥まで行くのは危険だよシルフィお姉ちゃ~ん!」
追いかけるこっちの身にもなってくれ。
シルフィはその場で駆け足足踏みしながら振り返った。
「この先のテーブルに行けば、もしかしたら今まで見たことがないような香料の素材が見つかるかもしれないッスね! 楽しみッスねーゼロくん!」
再びシルフィはズンズン進む――矢先に俺は目を丸くした。
テーブルに分岐する大樹の枝の通路の前に、教会の十字架が刻印された立て札があるのだ。
「す、ストップ! これ以上は行っちゃだめだよシルフィお姉ちゃん!」
ぴたっと立ち止まると、シルフィは戻ってきた。
「どうしたんスか青い顔して」
「え、ええと、この先は教会の封印地域だから……」
シルフィのようなエルフが突っ込むとヘレンは“仕事”をしなくちゃならない。
「へー。そんなのがあるんスね。ところで、どうしてゼロくんはこの看板が封印地域の看板って知ってるんスか?」
「そ、それはええと……ほら、ちゃんと注意書きがしてあるから」
一瞬ドキッとしたが、この先進入禁止と看板には書かれている。
シルフィは尖った耳の先をピンッと立てて「あ! 本当ッスね。うっかりうっかり」と笑ってみせた。
なんだろうか、この違和感は。
もともと身体は強くもないし、積極的にぐいぐいと先頭を切って進むタイプでもないシルフィらしくない。
シルフィは「じゃあ、明日は死霊沼地でキノコ採集ッス!」と、今日はこの辺で勘弁してやるよ的なセリフとともに、平たいらな胸を張って「わはは」と、まるでガーネットみたいに笑ってみせた。
死霊沼地でエルフ少女を狂わせるある意味毒茸――ショウロダケを手に入れた時の、シルフィの痴態については察してくださいお願いします。というか俺のほっぺたをなめ回さないで変態ですかこのお姉ちゃんは。
なんとかシルフィの猛攻からショウロダケを守りきり持ち帰ると、ドナは大喜びで俺とシルフィに多額の“お小遣い”までくれた。
一人あたり百万メイズと高額だ。
しかし、まるでショウロダケがどこにあるのか、シルフィは知っているような行動をしていたな。
それからシルフィはことあるごとに、鍛冶職人街のガーネットに会いに行こうと俺を誘ってきた。
装備を頼むにしてもお金が足りないと言えば「ゼロくんのために、じゃんじゃん稼ぐッス。今度、ドナさんにお願いして香水や化粧品の販路を常闇街全体に広める準備中ッス」と、商魂たくましくエルフの少女は語った。
こんなに強かったか? それに俺へのボディータッチというか、スキンシップにも積極的だ。
ドナに「なんだか姉弟じゃなくて恋人みたいね。ぼうやが大人になる日も近いかも。そうだわお祝いしなくっちゃ」と、息子の童貞卒業記念パーティー計画をぶち上げて、レパードに「世の母親はそのようなことはいたしませんドナ様」とたしなめられる始末だ。
そして――
シルフィはきっちり一千万メイズの貯蓄をして、ガーネットの元に自分から入り浸るようにまでなったのである。
俺は懐かしの岩窟亭で、ガーネットお気に入りの奥の席にて二人の美女美少女に挟まれるように座った。
今夜は遅くなる……と、ドナには言ってある。懇意にしている岩窟亭ということもあって、夜の外出許可が出たのは皮肉というか運命というか……。
テーブルにつくなりシルフィは、ガーネットの好きなつまみと酒を手早くオーダーした。
「おっ! シルフィって本当にエルフなのかい? アタイの大好物ばっかりじゃないさ」
上機嫌なガーネットにシルフィは笑って返した。
「ガーネットの姐御はさすがッス! これからは鍛冶職人と錬金術師の技術融合の時代ッスよね! 今夜はぼくがおごるんで、じゃんじゃん飲んでほしいッス! あっ! ゼロくんはお酒はダメッスよ」
「の、飲まないよ!」
嘘です飲みたいですキンキンに冷えた麦酒をグビーッ! とプハーッ! とやりたいけど、そんなことをすれば子供じゃないとバレかねない。
テーブルに青いサヤに包まれた茹で豆と、ドンッ! と麦酒で満たされたピッチャーが置かれた。
俺とシルフィにはグラスいっぱいの柑橘系果汁だ。
「ではでは、三人揃ったことを記念してかんぱーいッス!」
「ん? 揃った? まいっか乾杯ッ!」
「か、かんぱーい」
シルフィの号令にガーネットは首を傾げつつも、気にせずピッチャーの縁を俺とシルフィのグラスにチンッ! とキスさせた。
いやいやいやいや。これは俺の役目だ。
俺がやったことだ。そいつをシルフィはまるで、再現でもしているようだった。
考えられることがあるとすれば、そう――
シルフィは……二周目をしている。他に彼女の行動を説明できなかった。
いったい何を考えてるんだシルフィ?
こうなった原因も、やっと読めてきた。俺の記憶のどこまでかはわからないが、ヘレンが今のシルフィに書き込んだ可能性があるのだ。
まさかこのままシルフィは、ガーネットを仲間に加えて炎竜王と氷神を撃破し、前回のリベンジをしようというんじゃ……。
「どうしたんスかゼロくん? この青い豆は変わらず美味しいッスよ」
「う、うん。初めて見たから、どうやって食べるのかなぁって思って」
「あ! そうだったッスね。こうやってサヤからムキムキして、ぷるんと出て来たテカテカのお豆をペロンっと食べるッス」
ガーネットが「子供相手に何をエロいこと言ってんだい」と、ピッチャーを早くも空にして楽しそうに笑ってみせる。
テーブルの下で丸くなっている導く者は、まだシルフィの異変を感知していないようだが……一歩間違えれば、今度はシルフィがコード66を実行されかねない。
今までずっと、俺一人だった。だからこそ状況をコントロールできていたのだが……。
期待よりも不安が大きい。
なにより、二周目ってズルいなと、これまで何度となく繰り返してきた自分の行為を見せつけられて、つくづく思うのだった。
めりーくりすまーす!




