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タクシー運転手のヨシダさん  作者: 佐野和哉
タクシー運転手のヨシダさん
33/41

完結編・その11 人形塚

 ひどく寒い冬の夜だった。場所は覚えていない。

 ヨシダさんが見つけてきたのは

【廃村】

 だった。


 ヨシダさんご自慢の白いスカイラインがオレンジの街灯に照らされた真新しい山道を走ってゆく。出来上がったばかりの道路特有のツヤツヤした路面にハッキリ伸びる太い白線。焦げ茶に塗られたガードレール、感応式の信号。どれもこれも小奇麗な僕らの夢の道はあっという間に終わって、十五分も走らないうちにスカイラインは街灯も疎らで信号もガードレールも無く舗装もボロボロ。まるでアスファルトで出来た獣道のような道路をドカドカと進んでいた。うん、いつも通りだ。


「で」

「あん?」

「どこなのさ、それ」

「もう着く」

「アンタそれで何時間走ってんだよ!」

「るっせえな、ほっとんど寝てやがった癖に!」

「二時間で着くっつって夕方出てもう真夜中じゃねえか! 寝るわなそりゃあ!」

「根性ナシ。んなもん気合だ」

「へっ、眠気も気のうちだよ」

「オイ」


 どうやら今度こそ本当に、もう着く。らしい。


 狭い道路が真っ暗な森の中に伸びている。丸く黄色っぽいヘッドライトの先が照らしている範囲で、他に灯りは無い。ドコドコと乱暴に進んでいると、不意にヨシダさんが左にハンドルを切った。

 がくん! と曲がると、そこに今までの道よりさらに細くて暗い黒い道がぽっかりと穴を開けていた。まるで僕たちを待っていたかのように。

 月の灯りさえ届きそうもないほどに生い茂った木々の中をひたすら進む恐怖の道だった。林道か獣道かと聞かれれば後者に近かった。今度は正真正銘の、と冠が付くぐらいのひどい道のりを走り続ける。どのくらい進んだだろうか、スカイラインのタイヤが大小さまざまな石の混じった土くれを踏みつけるゴロゴロという音に混じって

 ガッタン!

 ガタガッタン!

 と、明らかに手応えの違う音がした。

「着いたな」

 ヨシダさんは躊躇わずにブレーキを踏み、エンジンを付けたままドアの外へ出た。

「オイ、早く降りろ」

 カチッ、と銀色で細長いタイプの懐中電灯のスイッチが入る。青白く鋭い光を僕に向けて、無情に言い放つ中年の親友。

「は?」

「着いたっつったろ」

「ドコにさ」

 ヨシダさんは無言で顎を下にしゃくった。

「げえ……マジ?」

 ヨシダさんはもう一度顎を下にしゃくった。


 意を決してドアを開けて地面を踏む。普通の、いや普通よりずっと分厚い腐葉土の下に何かある。冷たく硬いこれは……と僕も赤くてデカい懐中電灯をガチリと点けた。

「線、路?」

「線路」

 ヨシダさんはボソっと呟いて、スタスタと歩き出した。

「何処行くのさ」

「何処でも良いだろ、線路の勝手だ」

 しかし歩き始めて数分も経たないうちに、その先の線路は途切れてしまっていた。もはや完全な森になっていて、歩くどころか懐中電灯の灯りさえロクに届かない。

「なるほど勝手な線路だ」

 僕の皮肉を聞いてか聞かずか、ヨシダさんは無言で回れ右をして反対側へ歩き始めた。エンジンかけっぱなしのスカイラインから排気ガスの匂いがふわりと漂う。このまま帰るという選択肢は無いらしい。この人と付き合っていると、いつも一本道だ。片道切符で何処へでも這入って行ってしまう。三途の渡しにキセルで乗り込むレベルの怖いものしらず。この線路の先に何が待っててもきっと構わないのだろう。僕だってそうだ。この頃の僕は殆ど死んだも同然だった。目標も夢も失くして、埠頭で稼ぎのいい仕事をしていただけの毎日がじわじわと嫌になりつつあった。職場のみんなも、社長も、みんな親切で温かい人たちだったし、祖父母も健在で温かい実家もあった。それでも何かが軋みはじめて、終わりの始まりが見えている事から目を背けていた。そんな時期の僕に見知らぬ土地での深夜の心霊探訪は打ってつけの旅だったのだ。


 暗く深い森の中、殆ど地面に埋もれてしまった線路を辿って歩いてゆく。風の音ひとつしない真っ暗闇の中。二つの懐中電灯の灯りだけがふりふり揺れながら進む。会話が途切れるとにぶい足音がのっそのっそと靴の裏から響いてくるだけで、それが怖くて何か話しかけたいけど……ビビってると思われるのが嫌で黙って歩いていた。

「ビビってんのか」

 お見通しかよ。

「別に」

 ヨシダさんは懐中電灯を前に向けたまま、声だけ半笑いで続けた。

「この線路、何だったと思う?」

「トロッコでもあったの?」

「昭和の終わりまでは、な」

「いつ潰れたの?」

「二十年ぐらい前」

 バブル崩壊、か。

「まあ元々その前から段々と使わなくなってて、その頃からおかしな事が起きてたんだけどな」

「どんなさ」

「お前は映画を見る前にオチを聞くのか」

「知らねえの?」

「いいや」

「じゃ教えてよ」

「ヤダ」

「バカ」

 ゴチン! と音がして頭のてっぺんで火花が散る。

「んなもんで殴る事ねえだろ!」

「うるせえ、口のきき方も知らねえのか」

「そっちこそいい年こいて恥ずかしくねえのかよ」

 僕の頭を一発殴ったぐらいじゃ壊れない、なんとも頑丈な懐中電灯を振り回しながらヨシダさんは話の続きに戻った。

「このトロッコ使ってた製材所のさらに奥に集落があってよ、いまクルマ停めた辺りが、そこの駅。集落っても作業員と家族が住んでただけで、小さなものでな」

「へえー」

「山が廃れてからも一応駅も店も病院もあるしってんで、年寄りばかり数人だけ住んでたんだ」

「住めば都?」

「さあーな」

「こんな辺鄙なところにねえ」

 ざわわわ、と吹く風の割に騒々しく木々が揺らめいた。僅かに見える星空がやけに明るく見える程空気が澄みきっていて、相変わらず灯りになるものなど何もない。こんな辺鄙なところ、今や誰からも忘れられた集落跡。そう、こんな辺鄙なところだから、お年寄りばかりが……。

「う、姥捨て山って事?」

「さあー、な」

 嫌な感触が背中から肺の奥までじんわり染み込んでくる。好き好んでこの集落に残ったお年寄りは居ないんじゃないか。ていよく取り残されたってだけで。彼にそう尋ねようかと思ったけど、やめておいた。

「結局最後には駅だけぽつんと残ってたんだがな。その駅もとっくに壊されちまって、今じゃ残ってんのは」

「うあ」

「ココだけってわけだ」

 すっかり草に埋もれた線路の行き着いた先は、もはや朽ちるだけ朽ちた木造二階建ての建物だった。

「何だったんだろコレ」

「うーむ、まさかホントに残ってるとはねえ」

「知らなかったのかよ」

「だから確かめに来たんぢゃねえか」

「線路は?」

「この先は完全に埋もれてる。一応、車庫まで続いてるんだけどな」

「で、コレは?」

「役場だな、たぶん」

「ふーん」

 よく見ると門のようなレンガの柱と、看板だったらしき長方形の板が残っている。ペンライトの光を照らしてみても、文字はすっかり消え失せてしまっていて読めない。

「で、どこ探すの? ここ?」

「いや、この裏」

 は、と言いかけたがヨシダさんは早速スタコラ歩き始めてしまった。門らしき柱の前を通り過ぎ、そのまま建物の向かって左から回り込むつもりのようだ。

「裏って、何があんの?」

 僕は懐中電灯をこわごわ向けて草むらを進みだした。手入れがされていないどころかほぼ雑木林に近いくらいの草いきれの中、彼はぼつぼつ話した。

「人形塚。供養した人形を祀って保存しておく場所、だな。この集落の神社がな、もともとそういう神社だったんだ。前に藁人形で呪いかけてた話、したろ?(その3・丑の刻参りをご参照されたし)あの神社もなんだが、ここのはもっと古い。で、もっと多い。どんぐらいかってえとだな」


「うわ、これ全部?」

「そ。やーしかしこりゃ思ったよりあるなあ」

 その神社は思いのほか近くにあった。よく考えたら、もう十分山深いところに来ているのだ。これ以上山奥になんか入り込んでたまるか、それもこんな時間に。

 神社の鳥居をくぐって、社務所の横の小さな通路を歩く。どこもかしこも草が生い茂っていて、藪と森が合わさったような感じだった。すると百メートルほど進んだ先に、物置くらいの大きさの小屋があった。造りはしっかりしていたが、扉の蝶番が壊れていて簡単に開いた。その中にびっしり並んでいたものこそが。

「供養された、人形?」

「そーとは限らんぞ」

「は?」

「この神社が廃れてからもな、時々ココに人形を置きに来る奴らが居たんだ。だからホラ」

「あっ」

 扉の外、小屋のまわりのあちこちに打ち捨てられたぬいぐるみや日本人形が、風雨にさらされてボロボロになったままこっちを見つめて転がっていた。寂しそうにも、うらめしそうにも見えた。

「これって」

「全部、ただ捨てられただけだ」

「何のためにこんなところまで来て」

「それほど持ってるのが嫌だったんだろ、ココまで来て扉が開きません、はいそうですか、って持って帰れるくらいなら捨てやしねえよ」

「そうだけどさ」

「じゃ、こっちも見てみるか」

 ヨシダさんは扉をぐっと開け放つと中を照らした。壁はすべて棚になっていて、そこに無数の人形、人形、人形。ぬいぐるみから日本人形、手作りのものからソフビの怪獣、ヒーロー、金髪碧眼の舶来品まで様々だった。天井から床まで、アッチを向いたりコッチを向いたり転がってたり、顔がすっかり消えてしまっているものもある。

「うわあ、夜中に見るもんじゃないなー」

「おっと、オイ邪魔だ」

「な、しょーがねえじゃん狭いんだから」

「デブ」

「ブヒッ」

 おそらく四畳半ほどの小屋の中、しかも大きな棚からあふれそうな人形をよけていると、大人二人が入るにはひどく狭かった。ヨシダさんは痩せているが背が高いので腰をかがめていて、僕は背こそ低いくせに体重が百キロ近くあるので普通にしてても窮屈だった。時折僕の肘がヨシダさんの硬いお尻に当たったり、僕がヨシダさんにつま先を踏まれたりするたびに罵り合っていた。

「しっかし、何でこんなに集まったんだろう」

「そりゃあ、呪いの人形ばかりじゃなかろうて」

「そうなの?」

「いらないプレゼントでも無下に捨てられなかったりするだろ。そういうプレゼントでもせめて供養してもらって遠ざけようって優しい人も居るんだよ。お前だってそうだろ」

 ひとこと余計だが確かに心当たりはある。

「だからプレゼント渡すときはよく考えろよ」

「はーい」

 悲しいかな渡す側の話だ。

「でさあ」

「あん?」

「どれがお目当て?」

 ヨシダさんは答える代わりに、軽く首を振ってひとつの人形を指し示した。

「うわあ、古い人形だねまた」

「オレが子供のころのモンだからな」

「え! これ、ヨシダさんの!?」

 それには答えず、ヨシダさんはじっとその人形を見つめていた。正面の棚に向かって左側の隅っこにそれは安置されていた。ほかの人形、日本人形やぬいぐるみに比べると明らかに異質だった。なんというか、今にも動き出しそうな感じがした。まず第一に、その大きさだった。足を伸ばした形で座らせて棚に背中を預けてうつむいているその人形の背丈は、ゆうに一メートルを超していた。さらに、かなり精巧に作られた関節や髪の毛に埃が積もっているせいで人形っぽく見えるのが余計に不気味だった。そして何より、その人形の顔……それは面影程度ではあるものの僕のよく知っている人にそっくりだった。

「こ、これって」

「だから、言ったろ」

「……」

 ヨシダさんは一息ついて言った。

「俺が子供のころのモンだって」

 確かにヨシダさんのだった。まさか本人の子供時代そのものの姿を模したものだとは思いもよらなかったけれど。

「なんでこんなトコにそんなものがあるのさ」

「捨てたんだろ」

「じゃなくてさ、誰が作ったの」

「知るか」

「知らないの?」

「だからそれを確かめに来たんじゃねえか」

「どうやって」

「聞いてみるんだよ」

「だ、だれに?」

 に、に、に……と僕の言葉が狭い小屋に反響していつまでも小さく残っていた。ライトの明かりだけが真っ暗な空間を丸く切り裂いてゆくようにゆらゆら揺れる。

「コイツだよ」

 ヨシダさんが指さしたのは自分の人形、いや、少年時代のヨシダさん本人だった。


「立ってる! ちょっと待って、待って!!」

 さっきまで壁に背を預けて座ってたはずの人形が

「ヨ、ヨシダさん!! に、人形……人形が」

 子供時代のヨシダさんを模したという精巧な人形が壁を背にして立ち上がり俯いていた顔を上げた。その冷たく無表情な顔と目が合った。

「目が、目が開いてる……!」

「……」

 さすがにモノまでは言わないまでも、氷のような表情でじっと見つめられているのは不気味すぎる。

「ヨシダさん、どうしよう。ヨシダさん?」

 彼の顔も、強張っていた。氷のような冷たい無表情。まるで人形のような顔……。

「ヨシダさん!」

「……」

 ダメだ。人形は僕じゃなく、僕の後ろに居るヨシダさんを、いや、自らの本体を見ていたんだ。さっきからじっと。瞬きもせず。

「……」

 暫く続いた沈黙を破ったのは

 ガタン!

 という乾いた音と共に一段と深くなった暗闇だった。

「あっ!!」

 開けっ放しだったはずの扉がしっかりと閉まっていた。僕は扉に駆け寄り力いっぱい押した。

「あかない!!」

 なんで、どうして、なんで、どうして!?

 パニックを起こしかけていた僕はヨシダさんの肩を掴んで荒っぽく揺さぶった。

「ちょっと! ヨシダさん!! おい、コッチ向け!!」

 肩にバシンと張り手を食らわせてみたけど、やっぱり反応がない。怖さと焦りが苛立ちへと変わる。何でこんな目に! と思って今度はヨシダさんの頬に左手で思い切りビンタを叩き込んだ。

 バシッ! と乾いた音がビリビリ響く。ヨシダさんは傍らの棚に倒れこんで、ライトの丸い光の中で古ぼけたクマのぬいぐるみが大量の埃と共に飛び上がった。彼の黒い革靴だけが倒れこんだ人形どもの山から飛び出していて、暫くそのままの姿勢でピンとしていた。そしてゆっくりと足が床について、僕は落ち着きを取り戻した。


「よ、ヨシダさん……?」

 正直ちょっとやりすぎたかなと思いながらライトを彼の顔に向ける。

「いてえな!」

 えっ?

 いま、確かに声は僕の後ろから聞こえた。

「ヨシダさん! ねえ! ちょっと!!」

 僕はさらに肩をゆさぶり、彼を引きずり起こそうと腰のあたりに手を回した。細身だが若いころは水泳部のエースだったと自称する彼の肉体は引き締まっており、意外と重い。乾いて冷えた汗といつもうっすら付けている香水の匂いがぷんと鼻に届く。

「起きろ! この!!」

 僕はもう一度彼の横っ面を引っ叩いた。

 ばしん! がったーん!

 打撃が命中した音、僕の手のひらのじんじんした熱、そして吹っ飛んだのは傍らの人形だった。ヨシダさんにそっくりの。

「うわ!!」

 耐え切れなくなって叫んだ拍子に腕を引っ込めてしまった。ヨシダさんが頭から床に落ちて、ごちん!と嫌な音を立てて倒れた。

「うっ、痛てえ!!」

「起きた!! ヨシダさん、人形が、人形が喋った!!」

「ああーん? チッ」

「舌打ちすんな! 見ろって! 人形!!」

「うるせえ! 何だってんだ……よ……」

「だから人形、が、喋っ……て」

 二人して固まってしまった。いつの間にか倒れこんだはずの人形は元通り壁にもたれて座り込んでいた。それだけなら良かった。


 小屋中に並んでいる全ての人形、ぬいぐるみ、命を持たない者たちが一斉に僕たちのほうを向いてじっと見つめていた。無数の物言わぬ作り物の目ばかりが、じっと。

「ヨシダさん……あの、ドア、開かないんだけど」

「バカ、早く言えよ」

「いやアンタ伸びてたんだよ、いま!」

「誰のせいだ」

「人形とにらめっこしたままダンマリだったじゃないか!」

「お前とことんバカだな、ホントにあの時ただ突っ立ってたと思ってやがんのか。とんだ殴られ損だよ」

「は?」

「コイツらはな、みんな生きてたよ。俺にそっくりのコイツもだ」

「?」

「ココでずっと持ち主を待ってる奴も居りゃ、もはや自我をなくしちまって恨みだけが詰め込まれてる奴も居る。ほら、そこの熊の(ピー)さん、コイツなんかすげえぞ」

 ヨシダさんは平気な顔をして人形たちを指さして解説を始めた。

「それでな、俺の人形。コイツのことも分かった」

「え?何だったの?」

「教えねえ」

「なんでさ!」

「何もわかっちゃ居ねえからさ」

「ケチ!」

「デブ!」

 ヨシダさんは服の埃を僕に向かってパッパと払うと、そのまま踵を返して扉に向かった。

「あっ」

 開かないよ、と言おうとした瞬間。


 ギィィィ。

「開かな、い?」

「ホラ。帰るぞ」

 ヨシダさんはアッサリ外に出て、懐中電灯の明かりを頼りに歩き出した。僕も慌てて後を追った。人形小屋のドアを閉めるとき、ふと中の人形たちのことを考えた。この先、彼らが再び誰かに会うことはあるのだろうか。このままずっと、この山奥の小屋の中で誰かを待ち続けるのだろうか。この中に充満した怒りが臨界点に達したとき、何が起こるのだろうか。そして結局、ヨシダさんにそっくりなあの人形は何だったんだろうか。あれ?

 バタン! と扉が閉まった。僕は振り返って彼を追いかけながら、いま一瞬、あの人形が居なくなっていたような気がしてならなかった。確かに元あった場所に座っていた筈だけど……もう一度確かめるのはイヤだったので、そのままヨシダさんの白いスカイラインまで戻って助手席に座った。


 ブゥン!

 と快調な音を立てて走り出して、漸くきれいな舗装路まで戻ってきたときにヨシダさんは口を開いた。

「アイツなあ、よっぽど寂しかったみたいだぞ」

「へ? あのヨシダさん人形?」

「着いてきてら」

「はあー!?」

 ヨシダさんが顎で(ミラーを見ろ)としゃくったので、思わずバックミラーをこわごわ覗くと……。

 後部座席の真ん中に、ぐったりうなだれた姿勢の人形が倒れもせずに鎮座していた。

「ひあああああああああああああ!」

「うるせえ」

「降りる! 降ろして!!」

「このド田舎でどーすんだ、バカ! 黙って乗ってろ」

「なんで! ねえ!! なんで!?」

「そのうち説明してやるよ」

 それっきり、あとは泣いても喚いても何も教えてくれなかった。

 そしてこの後も、結局彼の口から人形について聞くことはついになかった。

 結局この人形は暫くの間、本当に僕たちの行くところの背後に付いて回ってきた。


 この子が選んだのは僕だった。僕がどこに行くにも、どこに居ても付いてきて、視界の端にずっと居た。いつの間にか居なくなっていたのは、今思えばあの廃屋に向かう少し前のことだった。それが油断を誘ったのかもしれない。あの夜に見た能面の下には、あの顔があったのだろうか。あの人形と、いま目の前にいるもう一人の彼は、いったいどういう関係なのだろう。

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