八話 小戦場の男達
片手斧と両手で持つ曲刀では、まずリーチが違う。打ち合う上で、それは重要な要素だ。たとえば腕一つ分、踏み込み一つ分長い武器と、そうでない武器を使い、技量に差がない者同士が打ち合った時、大抵の場合は長い武器を持つ方が勝つ。
長くない武器を使う側の、長物に対する対処にもよるが、それは大体の場合超えられぬ歴然とした差として、戦う者の間にしばしば横たわっている。
この戦いでも、一対一のフランシスとメルディゴでは、そのリーチの差で、メルディゴがやや優位に立っていた。とはいっても、フランシスも防戦一方ではない。
首を狙った鈍い色の一閃が飛ぶ。すんでのところで後ろに下がったフランシスが、斧を振りかぶる。刃で受け止められたそれは、しかしメルディゴの手首に尋常ではないダメージを与える。
お互いに尋常な者ではない、尋常ではない戦い。丁々発止の戦いを繰り広げる。
首、とみせかけて足。胴、とみせかけて腕。メルディゴが放った銀閃が乱れ飛び空を裂く。それを、的確にかわし、いなし、フランシスはその懐へ潜りこむ。戦場を幾多も駆けて来たフランシスには、それをやり遂げるだけの度胸と力量があった。
長物の弱点はそこだ。懐に潜り込まれると、リーチの差が逆に仇になる。メルディゴも後退り距離を取ろうとするが、フランシスが一歩踏み込めば元通りだ。とはいっても、これではいたちごっこ。下がろうとするメルディゴがじわじわと体力を奪われて行くのは当たり前と言える。
ならば、とメルディゴがドンッと踏み出す。斧を曲刀で受け止めながら、肩で体当たりを当てる。軽く掠った程度の当り方だが、効果は抜群である。フランシスが一歩、後ろへ下がらざるを得なくなったからだ。
その間に、メルディゴも一歩後ろへ後退する。形勢逆転、とまではいかなくても、フランシス有利からメルディゴ有利へと切り替わった事は大きい。今度はメルディゴの番である。
右から、左から、上段から、下段から、そして手首を返して反対から。両手持ちの曲刀とは思えぬ、凄まじい速度の銀閃が乱れる。軌跡だけを見れば美しい花のようなそれは、触れただけで首の飛ぶ猛毒花だ。さしものフランシスも、一歩、二歩と後退する。
だが、斧で的確に逸らされ、盾で確りと受け止められ、その致命的な一撃が入らないのは、誰の目にも明らかと言える。歯を噛み、汗をにじませるフランシスだが、その表情に焦りはなかった。
闘争に彩られたメルディゴの瞳にも同じく焦りなど無いが、それでも致命の一撃が入らないと言う事に、メルディゴもそれなりのプレッシャーを感じていた。
その間、戦場はどうかと言えば。その激戦を取り囲む様な形で展開され、一進一退と言ったところか。二人一組戦法は確かに有効で、本来及ばない技量を数で補っている。だが、それだけだ。
お互いに均衡な戦力ならば、二対一で戦えば互角である。とはいっても、奇襲のアドバンテージを逃さない義勇団側が押しているのは確実だ。だが、それも後少しもしたらまた均衡へと戻る。
衛兵バラトカはそれを危惧し、すぐさま臨時の指揮を取る。ちらりと仰ぎ見たフランシスは死花の猛攻を受け流すので精一杯の様に見えたからだ。
「予定通り、前列と後列で交互に攻撃しろ! 焦るな! 安全を最重視だぞ!」
そう言いながら、自分も前列へと躍り出た。一対一であれば、正式に鍛えられたバラトカに負けはない。目の前にいた一人の頬を盾で張り倒しながら、自らの存在を咆哮でもって鼓舞し、主張した。
古兵ノールはと言えば、老骨等惜しくもないと言わんばかり、慎重に弓を撃って行く。この混沌の戦場にあって、尚も精密に矢を撃つ姿は、獲物を狙う鷹の如くであった。味方にあてず、しかし敵には確実にあてて行くのは理想的な弓兵だ。
とはいっても、矢その物が少ない為、彼の活躍の機会は少ない。だが、決してその矢に衰えがないのは、目に見えて明らかではあった。
「この老い耄れが、未来の者の為にできる事があるのは、幸運ですな」
誰にいうともなく呟きながら、しかし油断なく獰猛な矢を放つ。また一つ、理解もできぬまま平等に尊き灯火が吹き消された。
「矢が少ないのは、いささか不満ですが、ね」
ふっと乾いた唇から呟かれた言葉は、今しがた消えた命のように、何処へ行くこともなかった。
各々が戦場を巡り、武器を用いて挑みかかる。誰が誰かの命を散らすべく武器を振り回す。完全に戦場と化したそこをみて、メルディゴは戦いの最中笑った。自分の中にある"親しみのある光景"と重なったからだ。これこそが自分求めていたもの、と笑みを深くした
逆にフランシスは、眉間に皺をより深くした。それは、自らが唾棄すべきと割り切った考え方が、目の前の男に宿っているのを感じたからだ。
「戦争狂めが……ッ!」
「クハハハハハッ!」
轟音、旋風。吹き荒れる最中、フランシスは斧を握り直した。




