番外話 偉大な第一歩目 ※挿絵付き
フューレのその後編です。
遅くなりましたが、お楽しみいただければ幸です。
不意に風が吹くと、栗色の短めの毛がふわりと緩やかに膨らんだ。艶のある若々しい髪。光を反射してきらきらと光るその髪は、一種瑞々しい木の葉に良く似ていた。
軽く髪をいじりながら立ち上がった少女は、大きく伸びをした。長い間腰を曲げて作業をしていたせいか、彼女の背筋からパキパキと音がした。伸びを終えて、腰に手を当てた少女――フューレの手には、スコップと土くれがあった。
土くれには確かに根を張った苗木が植わっており、両手で持つように作られたスコップは鈍く光を反射している。
どちらも、義理の祖父から受け継いだものである。様々な事を教え、与えてくれた祖父の事を考えると、フューレは胸が苦しくなった。まだ、悲しさは積もっている。
スコップは、祖父の納屋から見つけた。たまたま燃え残った品の中にそのスコップは入っていて、丁度今の少女にぴったりな大きさであった。少女は、それが何時か、自分に渡されるはずの品だったのではないだろうかと思っていた。
ただ、当の祖父は既に故人だ。空を見上げても、答えが返ってくる事は無い。
はぁ、と溜息を漏らした彼女は、また地面に向かって、砂を軽くかきわけた。すると、丁度手に持っていた土くれが入るぐらいの大きさの、やや深い穴が姿を現す。
少女は手慣れた様子で苗木を穴に深く埋め、砂を軽くかけた。そして、傍らに置いていた木桶の水を掛ける。
乾いた色の大地が水によって深い茶色へと色を変えてゆく。じきに水は吸い込まれ、色は砂のそれへと戻り行くとしても、少女にはそれが無駄な事には思えなかった。
――フランシスが、世継ぎのいなかったリベリオ男爵家を継ぐと公にされ、その爵位授与式が行われてより、早二年が経っていた。
少女は、今でも思い出す事が出来る。その日の事を。そっと目をつぶれば、何時でも。
三年前、フューレは彼と出会った。大柄で、釣り目気味の怖い顔を歪ませて、何かを考えていたフランシスに。初めにあった時は、ドゥークが声を掛けたのだ。
彼は、一般的に見れば怖い顔をしているが、何もわざとではない。幾重に重なった傷や、平素の状態でも睨んでいるような目で、恐ろしげに見えるだけだ。一見鬼の様な彼でも、一度話してみると、やさしい人なのだと分かった。
初めて話した時は、フューレも酷く緊張した。人は見た目によらないと分かってはいるものの、やはり威圧感というものは拭い切れず。
また、人を殺した。自分の失敗で人が死んだ。そんな話題や、立ち振る舞い、ちょっとした動きの反応から、フランシスが只者ではないのは、フューレにも分かった。
それでも打ち解けられたのは、彼が綺麗な目をしていたからだ。何処までもまっすぐ見つめているような碧眼は、決して悪人のもつ瞳の類ではなかったのである。事実、"悪い人"とは正反対の人間である事は間違いない。
罪を犯していると知りながら、やさしさがために突き進み、勝ち取った彼を、誰が非難していいというのだろうか。
不慣れながらも、親を亡くした少女をいたわり、不器用にも寄り添った彼のことを。
二年前、ベルロンドへと帰ってきた彼は、また身体に傷を増やしていた。
フューレとフランシスの再会は、彼の爵位授与式であった。彼の要望により、爵位授与の際に渡される栄光の花冠を手渡す役に選ばれたのである。
そうして再び出会った彼は、出発前よりもずっと老け込んだように見えたが、それでも綺麗な目を湛えていた。
「フルが、良かったら、なんだが……」
久々に顔をあわせた時、フランシスから言われたのは、養子の話だった。
フランシスは、自分が妻を得ることはできないだろうと初めから考えていた。そもそも自分が、所帯を持つような人間ではないことが分かっていたのだ。
となれば自然、跡継ぎのいないリベリオ家はまた途絶えることになる。フランシスには、継いだばかりの家に愛着はないが、爵位が空いていれば混乱のもとになりかねない。それだけはどうにかしなければならなかった。
そこでフランシスは、身寄りのない、将来有望な少年少女の類を養子として受け入れ、リベリオ家の跡継ぎにしようと考えたのである。
「こんな事を言うのもなんだが、今は平民上がりが家長で、ただの男爵家だ。だが、今よりは良い生活が出来ることを保障できる。……フルは、どうしたい?」
そう言ったフランシスに、何時ぞやの彼のように、フューレはしばらく答えなかった。
だが、ふとしたときに顔を上げて、フューレは栄光の花冠をフランシスの頭に載せながら言った。
「ランスのところがいやな訳じゃないけど……私、まだ木を植えていたい」
フランシスは少し、困ったような顔をした。そして、軽く笑って、フューレの頭を撫でた。ごつごつとした、優しくて大きな手が、フューレは嫌いではなかった。
「フューレちゃん! お昼ごはんができましたよー!」
自分を呼ぶ修道女の声に、フューレは振り返ってはーい、と元気よく返事をした。
ふと、軽く空を見上げれば、乾いた空気に満たされた砂漠を、空に座した日が煌々と照りつけている。まぶしい陽光を手を翳して避けると、晴れ渡った青空が見えた。
――遥かな砂漠には、彼女が確かに植え続けた数百の苗木が植えてある。
大いなる道だ。先は長いのかも知れない。
しかしそれは、強き心と共に踏み出された、偉大な第一歩目であった。
と言う訳で、クリスマス記念に書いてみました。
少し遅くなりましたが、皆様、メリー・クリスマス!
挿絵のフューレは、みてみんの方にも記載しましたが、姉が描いてくれました。
描いたのは私ではないので、ご注意を。




