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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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エピローグ 高く掲げられしもの

 不意に光が差して、フランシスの意識を覚醒させた。まぶたが重く感じ、それでもフランシスはどうにか体を起こしながら、強く目を開いた。


 彼を起こしたのは、春頃、昼前の木漏れ日であったようである。フランシスは大きくあくびをして、眩しい木漏れ日から逃げるように立った。そうして昼寝用のソファをチラリと見てから、傍らで本を読んでいる女に顔を向けた。


 女は立ったフランシスを見てから、肩に掛かった長い金色の髪を鬱陶しげに払って、ため息を吐いた。


「おはよう、フランシス。当てて見せようか、二年前の夢を見ていたんだろう?」


 一貴族となったフランシスに不遜な言葉を発したのは、成年して久しいアルラであった。金髪の長い髪は、戦闘員から侍女になった幾名の女性団員によって美しく整えられ、その美貌を研ぎ澄ましていると言ってもいい。


 フランシスは、そんな不躾なアルラの言葉に、あぁ、と返答した。




 帝暦八十三年に起こった、大規模な武装集団による、聖エンパイア教国の占領事件。教国内では"聖戦"と呼ばれるその事件の後、フランシスはその貢献を称えられ、貴族位、およびそれに付属する領地が贈られる事となった。


 無論、どの国が贈るのか、そもそも平民上がりで出身もはっきりしないフランシスに貴族位を与えるのはいかがなものかと様々な問題は発生したが、前者はフランシスの希望で、後者は議論で解決した。


 席が一つ――アルセオ・リベリオのであるが――開いていたのもあり、晴れてベルロンドの貴族となったフランシス・リベリオに待っていたのは、荒れ放題になった領地ばかりだった。


 白蜥蜴団の維持に膨大な資金が必要であったらしく、その分厳しい税が制定されていたのだ。録に整備もされない村は寂れに寂れ、時折の盗賊の襲撃に怯えていた。


 税を一定期間免除した上で基準を大きく減らし、盗賊を撃退し、何とか村を建て直してと、やる事が非常の多い二年間であった。


 それらは、何とか落ち着かせる事はできた。今、ゆっくりとすることができる余裕があるぐらいには。しかし、それ以上にやることもあった。フィルマに投資していた、戦争推進派の貴族の検挙てある。


 かの死神とは言え、あの規模の数を何の支援もなく、かつ誰にも悟られずに集めるのは不可能だ。そこから導き出される答えは、なんらかの後ろ盾、スポンサーがあったと言う事であった。それらを見つけだし、検挙するのに、約一年と半年。どうにか合間が見つけられても、領地である村の建て直しで忙しく、フランシス達、"元"鉄鬼傭兵団の者たちはここ二年ずっと動きまわっていた。


 その間にすら、ノールが"鷹の目"の後継者を探しに脱退、ケンドリックは個別に騎士位を得て脱退と、幹部の喪失が存在する。休んでいる暇などなかったのだ。今のフランシスには、何もかもが素晴らしく見えた。時折見る夢以外は。


「……小休止の度に昔の事を思い出すのは悪癖だぞ、フランシス」

「わかっている。だが、夢の話だ。どうにもできん」


 二年前。フランシスは、"死神"フィルマ・ニックルホーンの首を刎ね飛ばした。戦いに生き、戦いに死んだ男である。だが、その実は、フランシスとそう変わらない。違う道を歩んだが故に、ああなってしまっただけだ。


 それだけに、フランシスの中には燃え残りのような感情が、まだ残っていた。悲観、そして――同情。


「後悔、しているか?」


 アルラが、ふとフランシスから視線をそらしながら言った。


 様々な物事の合間に、必ず一度はこの言葉をアルラから聞く。自分が止められず、フランシスが悩んでいる事を悔いるかのように、何度も、何度も。


 フランシスは、眩しい陽光を眺める様にして、暫時答えずにいた。いつもは、分からない、と返すばかりだった。だが、その日の返答は僅かばかり違った。


「していない」


 あまりにも意外な返答に、しばらくアルラは口を開閉させるのを繰り返す事しかできなかった。


 その間、フランシスはずっと口を回し続けた。堰を切ったかのように流れ出したそれは、フランシスの心の奥底でずっと溜まっていた何かが、限りを越えてとうとう溢れ出したかのようでもあった。


「何度も考えた。何度も答えを出した。しかし、あれ以上の答えは出なかった。あるいは、時間さえ掛ければ、どうにかなったのかもしれない。だが、そんな時間はなかった。俺は戦争を止めなければならなかった」


 何より、とフランシスは続ける。そうして、その硬く厳しい顔に、明るく笑みを浮かべた。純粋な笑みであった。


「ここを失わない為に、やれる事をやっただけだ。今を見なければ。……さて、そろそろ行こうか、アルラ。問題は山積みだ」

「……あぁ、そうしよう」


 二人は並んで歩き出した。




 この後、フランシスは五人の養子を受け入れ後継としたが、ただの一度も妻をめとった事はなかった。


 そして、四十二歳となるまで新生リベリオ家の長であり続け、長の座を譲った後、その身死するとなるまで様々な物と戦い続けた。そして、盗賊討伐の折の怪我が原因となり、五人の養子に見守られながら、安らかにその生涯を終える事となる。五十四歳であった。


 死後、その功績を讃えられ、フランシスは"平和卿"と呼ばれる事となる。


「わが身死すとも、わが思い死なず。いまだ永劫の平和訪れず、なれば前進あるのみである」


 その遺言に従ったフランシスの義理の子孫たちも、平和へと貢献して行く事になり、その傍には、老いてもなお衰えぬ美しさを湛えた補佐が長い間いたという。




 これは、戦乱の世を駆け抜け、その後の混乱を切り抜けた、一人の戦士の物語。


 見知らぬ誰かの平和の為に戦い、生き抜いた男の戦場譚。


 ただ、自らを省みず、未来に生きる物の為に掲げられた、名もなき戦いの記録。


 遥かなる平和を切り開くために、天高く掲げられし、斧の(ウォーアクス)戦記である。






ウォーアクス戦記を最後までお読みいただき、真にありがとうございます。


 長く続いたこの物語も、とうとうこの話で完結となります。ノールやアルラ、ケンドリックやその他の方々の後日譚も書く予定にはありますが、ともかく本編はこれにて完結となります。


 強い要望などございましたら、それらを優先して書かせて頂く準備もございます。


 平和の為、その生涯を終えるまで戦い続けた、一人の不器用な物語でした。

 一度書きたいと強く願っていた話であったせいか、二章からは完全に手探りだったにも関わらず、

 モチベーションも長く続き、一作目よりも手早く書け、また出来も比較的満足できるものです。


 無論、自分はまだまだ未熟で、この物語は多くの訂正できる点が無数に存在すると思います。


 ですが、自分はこの物語が書けて、本当にうれしかったです。


 それに、読者の皆様の、声無き応援に。そして、自分の未熟な筆を褒めてくださる方々に支えられて、ここまで来れたことで、自分の中で何かがうごめくような気もします。


 まだ書きたい。まだ物語を紡ぎたい。そんな漠然とした思いが、私の中で渦巻いているのです。


 明確な形に出来るのはまだ、少し先になるかと思いますが、それでもそう遠くはないと思います。


 長々と失礼しました。最後に、この物語をお読みいただいた方々への最大限の感謝を伝えさせていただき、

 拙作"ウォーアクス戦記"を完結とさせていただきます。


 それでは、またいつか。

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