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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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八十二話 終点、終わり無き戦いの終わり

今回は少々長いです。

 次の攻防、それらが、どちら側が勝者足るかを決する。互いに何も言わず、しかしその予感を、両者信じて疑おうとはしなかった。


 じり、とフランシスが右へ足を進める。それとは反対に、フィルマは左方向へと動いた。相対距離の中間を軸に、ゆっくりと回る。大理石を打つ足音、ギリギリと弦を引き絞る様な音が二人の隙間へと響く。


 大気を刃が満たして行くかのように、戦いの只中にありながら、それらの間を静寂が支配している。


 きつくお互いをにらみあったまま、一歩、また一歩。そうして一分と半ほど経った頃だろうか。不意に、風が動く。騒がしい筈の戦場で、静かに、穏やかに。かつ、確かに。――二人が大きく動く。


 フィルマが、一瞬の内に距離をつめる。大理石の床に皹が入る程に力を込めて駆け出したのだ。腰だめから飛ぶ速度の乗った刃が、鉄鎧をも切り裂かんとする。フランシスはその場で一歩、渾身の力でもって踏み込んだ。受け止める気である。フランシスの踏み込みは、大理石を割り砕いた。


 今まさに、振り抜かれんとする高速の曲剣と、大きく振り上げられたその戦斧。


 人智を超えた一撃が交差する。激しく金属を打ちつけ会う音が鳴り、フランシスの胴鎧が切り裂かれる。正確には、それを吊るす皮帯だ。迅速なる刃が、薄くフランシスの肌すらも切り裂いた。


 しかし同時に、フランシスの片手斧もフィルマの鎧を盛大にへこませ、打撃を与えていた。無論打ちつけた斧とて無事ではなく、刃は粉々に砕け散っていた。そんな二本の斧を即座に投げすて、フランシスは長柄斧を取り出した。


 それだけのダメージを受け、尚も二人は打ち合う。その動きは段々と無理が増え、それにつれてノールの射撃の機会も少なくなってゆく。それでも、必中の矢は飛び、戦いは人の領域の限界まで近付いて行く。




 空前絶後の戦いの最中、フィルマは、生まれて二度目の恐怖を覚えていた。それは、フランシスの背に、冥府の手を見たからである。


 必死の形相で長柄斧を嵐の如く振りかざすフランシスのその背中、無数の青白い腕をフィルマは見ていた。それは、ただの幻覚なのかもしれない。だが、彼の目には、確かに映っていた。


 その青白い腕を、フィルマは何度か見た事がある。自分が殺してきた強者の中に、それらに手を引かれる者達がいたからだ。それを見る事自体に、恐怖は感じなかった。


 フィルマが見てきた死者の腕、清き神の腕は、そのすべてが、誘い込む様に生者の全身を掴んで引っ張る姿であった。しかし、フランシスの背中に張り付いたそれは、まるで真逆の物であった。


 切り結ぶフィルマの視界には、フランシスの背中を"押す"死者の腕の姿が見えていた。支えている、と言い換えてもいい。数え切れないような、無数の青白い手が、そっとフランシスの背を押している。その腕に支えられて、フランシスが長柄斧を薙ぐ。


 それを身を屈めて回避しながら、自分の背中に張り付いたそれが見えて、フィルマは震えあがった。真白の手が自分の背中を掴んでいるのを見たからである。自分は死ぬのか? フィルマは言い知れぬ恐怖に苛まれ、絶叫した。


「いあ、あ、ああ、アアアア――ッ!」


 飛んできた矢を切り払って、絶叫と共に二本の曲剣が空を舞う。技、速度、力、タイミング――。全てが必殺の一撃の為に合致し、フランシスへと襲い掛からんと降り注いだ。


 絶叫と共に放たれたその一撃を、フランシスは静かに見据えた。神速の一撃は、このまま行けば、確実にフランシスの心の臓を貫く事になるだろう。しかし、彼は冷静にそれを見つめ、石突で強かに打ち据えた。金属を打つ音がして、曲剣の軌道が大きく逸れる。


 弾かれた最高の一撃に、フィルマは二の太刀を放とうと踏み込み――そして、足ががくんとくず折れて行く。気付かぬ内にむかえていた、体力の限界だ。


 呆然と倒れ行くフィルマへ、フランシスは一瞬、少し悲しそうな顔をした。その顔のまま、長柄斧を腰だめに構え、全力の踏み込み。そして、振りぬいた。鉛色の刃が豪速で空を進み、それはフィルマの右肩から先を叩き切り、その体をも吹き飛ばした。


 決着であった。


 油断なく長柄斧を構えたまま、しかしフランシスは荒く息を吐き始めた。止まっていた心臓が一気に動き始めたかの様な感覚がフランシスを駆け巡っている。


 フィルマが、腕の断面から大量の鮮血を溢れさせながら、今にも死にそうな顔で、ぼそぼそと呟いた。フランシスはそれを聞く為に、聞き耳を立てなければならなかった。


「俺が死んでも、白蜥蜴は……戦争は、消えん。俺は所詮、尻尾の一本に、過ぎん」


 ゆっくりと、息が霞み始める。死の手がフィルマの体を掴んでいるのが、フランシスにも見える様である。フィルマは死の淵に寝そべってなお、喋り続けた。血が流れているせいか、それとも死を目前にして冷静になったのか、その声は静かだった。


「だが……俺が尻尾の一本だったなら……。俺は……俺たちは、何のために生きてきたんだろうな」

「……さて、な。ただ、俺達は人間である前に生き物だ。だから、生きる事その物に意味なんてない」


 フランシスはそこで、始めて口を挟む。そして、一度降ろした斧をもう一度振り上げた。


「だからこそ。無意味に生きて行く中で俺は、俺を信じてくれた人だけは裏切りたくない。俺の代わりに死んだ全ての人の為に、どれだけ掛かっても平和を成し遂げるんだ」


 勝てない訳だな、と呟いたフィルマは、不意に目を閉じ、体から力を抜いた。死はすぐそこに迫っており、死ぬのなら、勝者の手に掛かって死するが戦士の(ほまれ)。フィルマには、これ以上抵抗する気力も、体力も残ってはいなかった。


 それへ応える様にして、フランシスは長柄斧を振り下ろした。正に処刑の斧、祭壇の間で振り下ろされたそれは、とうとうフィルマの首を断った。新たなる鮮血と共に、首が飛ぶ。無表情なままの顔に、恨みはないようであった。


 一瞬、シンと静まりかえる戦場。フランシスはその中で、ゆっくりと拳を握り、突き上げた。


「……大将首、討ち取ったり!」


 瞬間、喝采と共に、絶望するような声が祭壇の間に響いた。


 こうして教国動乱は終わり、そして、フランシスの当てなき戦いも、終わりを迎える事となる。




次がエピローグになる、と思われます。

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