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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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八十一話 攻防戦

 フランシスとノールが合流するころ。アルラは、寒空の下、大聖堂前の大通りをバリケードと人間で閉鎖していた。


「急げ! 偵察部隊の観測では、後二分程で来るぞ!」


 そういいながら、自分の細腕を見て、アルラは歯噛みした。どうして、今ここに、フランシスの様な豪腕がない。どうして自分は、今必死に動く彼らに、指示を出す事しかできない。仕方のない事だとわかっていても、アルラは後悔した。


 それでも、歩みを止める訳にはいかない。アルラは口の中で呟き、自分を叱咤した。余計な事を考えるな。今は前だけ見つめていろ。自らを激励したアルラは、拳を強く握り、再び前へ向き直った。


「左通路は、バリケードが薄くてもかまわん! そっちは細道だ、どの道馬は通れん!」

「アルラ! 正面から騎馬十、歩兵四十、右通路から歩兵二十、来るぞ!」


 ケンドリックが未完成のバリケードを見事に飛び越えてアルラへと叫んだ。いまやすっかり偵察部隊の隊長となったケンドリックは、騎馬兵として相当に熟練している。地上の戦闘も強いが、馬上戦闘であればフランシスにすら届くやもしれないと言われ続けている。


 アルラはその報告にうなずくと、迷わず兵を正面と右側に布陣した。左側通路はがら空きだが、バリケードが未完成の今、もっとも重要な正面を守りぬくべきだろう。


「……団長は、大丈夫だろうか」


 ふと、アルラが、正面から来る敵を見据えながら、不安げに漏らした。しかめた顔は端整で、騎士の帰りを待つ姫の様でもあった。もっとも、バリケードの奥からとはいえ、敵が迫る中、勇敢に指揮を飛ばす姫がいるならば、という話ではあるが。




 場面は戻り、大聖堂祭壇の間。飛んだ血飛沫と戦う者達の怒号ですっかり様変わりしたそこは、今二つの団が睨み合い、武器をぶつけあっている。


 戦線は、鉄鬼傭兵団側にノール達という援軍があったおかげか、戦力が拮抗している状態だった。先の激突で多少数が減っているのもあるが、それでも尚数の差は絶大だ。


 だが、裏口側から戦線を張ったノール達の隊と、正面から戦っていたフランシスの隊による挟撃が始まったため、やや有利であった白蜥蜴団は、互角まで引きずり込まれた事になる。


 経験の差はそう開いておらずとも、どちらも熟練の兵士達だ。睨み合いは続き、衝突の勢いは弱まり、後は互いの士気の差で勝負は決まって行くのだろう、と想定できる。


 一方、フィルマとフランシスの殴り合いはひたすらに苛烈極まる物となっている。


フランシスによる攻撃が、ますます勢いを増す。フィルマが、それに対抗するかのように、死の花弁を舞わせる。互いに一歩も譲らず、防御もしないのは、そうした瞬間に防戦一方に封じ込まれると感じているからだ。


 フランシスが大きく左手の斧を上段から振りかぶった。ゴウン、と風を唸らせて、油断なく見据えられたフィルマへと向かう。フィルマはそれを、切っ先で逸らす余裕もなく、体をひねって回避する。


 それを見咎めるようにして、今度は右手の斧が横薙ぎに振り払われる。無理な動きに付いて行く為に、フランシスの全身、筋肉という筋肉が悲鳴を上げた。それでも、脂汗一つ垂らしただけで、フランシスはその無理をやり通してみせた。


 むろんそれを受けるわけには行かないフィルマも、体を後ろに倒して避ける。体をひねった状態から更に捻るという無茶苦茶な動きである。


 もはや人間技とは思えない攻防戦。必殺の刃が飛び交い、そこはもはや鬼の領域である。


 フィルマは、倒した体を勢い良くはね上げると同時に、その反動を利用して斬撃を放った。危うい速度の斬撃を、フランシスは辛うじて受け止める。


 再び、刃が乱舞した。フランシスは受け、流し、そして反撃する。


 "鷹の目"の援護射撃すら、やはり鬼の領域にある。激しさを増す二人の間に矢を打ち込み、それらは一発もフランシスに当たらないのだ。


 フィルマの卓越した剣技によって切り払われてこそいるものの、その矢は常人では捉える事すらできない速度で敵へと襲い掛かっている。二対一で戦う事を余儀なくされ、しかしそれでも、互角。フィルマの埒外さが見て取れるという物だ。


 先ほどまで本気を出していなかった事に対して、フランシスは恐怖すらも覚えながら、遮二無二武器を振りかざし続ける。


「ぜ――ぁッ!」


 渾身の一撃が、(したた)かにフィルマの左の篭手を割った。確かな有効打である。わずか一寸ばかりの隙を打った見事な一撃であった。その代わり、フランシスも肩に突き出された曲剣を受ける事が出来なかった。


 追撃を行おうとしたフィルマは、飛んできた矢に断念し、フランシスを鋭く見据えながら体制を立て直した。


「俺たちは嫌われ者だ。俺たちは疎まれる者だ。何故俺たちが、疎み嫌う者の為に戦わねばならない?」


 フィルマが曲剣に付着した血を振り払い、祭壇の間を汚しながら問う。そして、沈み込むように深く腰を下ろす。


「俺は、俺自身が進んできた道を捻じ曲げる様な事はしたくない。俺は、太陽に背を向けて、太陽の為に戦う人間でありたい」


 それらの無言の構えに答える様に、フランシスも構えを直す。斧を握り直し、フィルマと同じ様に腰を落とした。そして、ノールが目を細めた。三人の間、無風が横たわっている。


 戦いが終わろうとしていた。

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