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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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七十七話 我らが誇り高き斧を掲げよ

 当日。フランシスは全団員を集め、これで最後になるとすら思える演説の場へと立った。


 思えば、不慣れなことを、よくもまあ何度もこなしてこれたものだと、フランシスは自嘲の笑みを浮かべた。フランシスは、元より、口がそう回る方ではなかった。


 簡易的な台の上に立つと、フランシスは大きく息を吸った。それを見るのは、三百五十という、膨大な数の瞳である。フランシスが歩いてきた道の象徴であり、そして、これから歩いて行く道の象徴でもある彼、彼女らを見ながら、フランシスは吸った息をゆっくりと吐き出した。そして、口を開く。


「皆、今日はいい天気だな。少し寒いが、いい日だ」


 そういってフランシスは、ちらっと天空を見た。それに釣られて、団員たちも空を見る。雲一つない快晴、ではないが、十分に晴れている。少なくとも、雪が降って来そうではない。日差しはほどほどに暖かく、なるほど、いい日であろう。


 フランシスは天気をしばらく眺めた後、不意に顔を前に戻した。そして、先ほどとそう変わらない声音で、呟く様に言った。


「ああ、戦乱を止めるには良い日だ。そうは思えないか?」


 その言葉の重みに、団員たちの雰囲気が変わる。戦乱を止める。大きな役割であり、フランシス達鉄鬼傭兵団のしてきた戦いの中でも、最も取り返しのつかない物と言えるだろう。


 実際は、鉄鬼傭兵団が負けたとしても、戦乱の世が再び始まるとは限らない。少なくとも、あっと言う間にフィルマ達が叩き潰されることは明白だ。


 しかし、叩き潰した後はどうなるのだろうか。それは、教国"跡地"となった場所をどうするのか。国賊であるフィルマ達を潰した国に権利があるのか。それは、戦争を許したことにならないのか。


 ことここに至って、フィルマ達の所属の不明瞭さが問題になる。


 誰に従っての行動なのか不明なため、教国の広い領土を我が物にしようとした国の自作自演という可能性も浮上し、誰もそれを否定することなど出来ないのだ。そうなってしまえば、国家間は疑心暗鬼となり、信用など――ましてや、同盟など維持できはしない。


「今回ばかりは、俺も生きて帰ってこいとは言えない。俺は対"死神"に(つと)めるが、勝てるかどうかは分からん」


 緩やかな、しかし鋭い緊張が、団員達の間をすり抜けて行く。


 大きな戦いの度、フランシスは必ず、生きて帰って来てくれと言い続けてきた。その主張を曲げなければいけないほどの強敵と言うことである。


 しかも、負け知らずであった自らの団長が、はっきりと、勝ち目があるかは分からないと言ったのだ。不安にもなると言うものだろう。


「規模は、教国にいる分だけでも、確認した限りで七百。恐らく、全軍は三千ほどになるだろう」


 おおよそ、自分達の二倍の数。その膨大な数の迫力を感じた団員達は、互いに顔を見合った。


 自分達の選んだことであろうとも、改めて死ぬ事を意識するとやはり怖いのだろう。顔を向け合ってそれが共通の感覚である事を確認した彼らは、次に自らの団長の顔を見た。


 どこか清々しい顔にも見えた団長は、急に気軽な声音を取り下げ、何時もより数段低い声を出しながら、自らの団員達へ向かって頭を下げた。


「本当にすまない。俺のわがままに付き合わせてしまう事を謝ろう」


 そこまで言ってから、団員達はフランシスに頭を上げてくれと頼んだ。フランシスは、しっかりとそう言うことになると思う、と告知し続けてきた。であれば、責任があるとすれば、それを選んだのは団員達それぞれである。


 フランシスは呼び掛けられて尚、頭を下げながら続けた。


「そして、俺の戦いに付き合ってくれてありがとう」


 そう言ってから、フランシスはようやく頭を上げた。フランシスの顔は、どこかすっきりとしたような顔であった。


 思えば、随分長く戦ってきた。食うに困ってメルディゴ率いる早風団を討伐して傭兵となり。そうして生きる内、貴族の私兵団と戦い、アルドには一度敗北すら味わった。ベルロンドで様々な出会いと出来事に会い、フランシスは、ベルロンドが第二の故郷の様にすら感じた。


 その戦いの旅路が、この雪に埋もれた寒い北国で、終止符を打たれようとしていた。


「多分、結果はどうあれ、これが俺たちの最後に戦いになると思う」


 ごくり、と団員の唾を飲む音が妙に響いた。最後の戦いになる。フランシスという男の、そして鉄鬼傭兵団の。それらの戦いの終わりが、明確な足音を立て初めていた。


 フランシスは、努めて何時ものように、使い込んで来た長柄斧の石突きで、どん、と地面を突いた。深く響く音とともに、幾らかの雪がぱさりと舞った。早朝の傾いた日の光が反射して、舞った雪をきらきらと輝かせた。


「――悔いの無いように、戦い抜こう。何時だって勝ってきた。何時だって勝ち取って来た」


 まるで風が意思を運んできたかのような一体感に、誰かが耐えきれず武器を抜いて天へと掲げた。


 それは、朝日を浴びて鈍く光を反射する斧だ。釣られて、何人、何十人、何百人という数の武器が突き上げられた。全てが斧ではなくとも、彼らにとっての誇り、そして神聖なる斧であること、それに違いはない。


「行くぞ! 平和を、勝ち取りに! 斧を掲げろ! 我らが誇り高き斧を!」


 フランシスも己の斧を天へと突き出して、大声で叫んだ。同調して、幾つもの叫びがこだました。


 終わりはすぐそこにある。フランシスの掛け声一つで、団は動き出した。一路、朝日を照り返す大聖堂の方へと。

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