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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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七十五話 歪んだ地図

「……あれが、話に聞く、大聖堂か。……大きいな」


 アルラが不意に最前列まで顔を出して、フランシスの隣で呟いた。


 遠くに見える聖堂は、なるほど、確かに巨大である。これだけ離れているというのに、見上げる程の巨大さが見える。フランシスが十数人と重なっても到底届かないであろうその高さは、圧巻の一言に尽きる。


 ベルロンドの広大な麦畑とは正反対な美しさ。雄大な人工の美である。天からの使いが大きく描かれた色付き窓(ステンドグラス)がこの距離からでも見える。周りへと積もった雪よりも尚白く光を反射するそれは、ひどく神聖な物に見える。


 フランシスはその大聖堂を鋭く見つめる。外見とは裏腹に、中身は邪悪極まるもの。その光景をそのまま受け取る訳にはいかなかった。フランシスには、悪魔が天使の皮を被っている様にしか見えなかったのである。


 夕日は次第に沈み、フランシスは大聖堂に見ほれている者達に声を掛け、少しだけ森の中に入って天幕を張るよう指示した。今夜はここで寝る。ノールがその驚異的な視力で見た限りでは、山脈を迂回するルートしか警戒はされていないとのことであり、フランシスはここで再度作戦を考えるのがいいと判断した。


 その声掛けにハッとして、団員たちは天幕を急ぎ張り始めた。雪こそ降っていないものの、まず地面に積もった雪を退かす必要がある以上、通常通り天幕を張るより時間がかかるのは明白だ。となれば、見惚れている暇は無かった。


 遠くに聳え立つ、夕日に照らされた白亜の聖堂を、フランシスは顔だけで見続けた。あそこが、終着点になるのかもしれない。フランシスは若干うつむいてから、山向こうへと太陽が消える前に、天幕張りの手伝いへと向かった。




「難しいな」


 保存食の干し肉を口からはみ出させつつ、アルラがいった。ケンドリックはノールの様に行儀が悪いと注意した。が、アルラの発した、ちょっと黙りたまえ、に含まれた凄みに沈黙した。フランシスはため息を一つ吐いたが、何もいわなかった。


 難しいな、とアルラが再び繰り返す。その手にあるのは、他でもない、聖エンパイア教国の聖堂区の地図である。そこにはぎっちりと線が描きこまれ、まるで一種の迷路のようである。ケンドリックがちらりとそれを覗き込んで、すぐさま瞼をおさえて下がった。あまりに細い線に目が眩んだようであった。


「翻訳が、あまりにも難しすぎる。まさか地図まで暗号化されているとは。この道はここで曲がって、この道は……あぁ、くそ、面倒だ」

「恐らくは、国宝……神器の類を守る為だろうな。戦と知恵と天秤、世界の三大柱の神器だ。狙う者は多いだろう」


 質素なスープを飲み干し、空になった杯をそっと置きながら、フランシスは推測の言葉を吐いた。


 そう、その奇怪かつ複雑に入り組んだ迷路のようなそれは、線の一本一本が暗号な地図なのだ。おおよそまともな地図とは言えず、手渡してから数分間、アルラは必死に入り口を探していた。


 今でこそ落ち着いているが、たった十数分前までフランシスの襟首を掴んで――膂力(りょりょく)の問題で、かけらも持ち上がらなかったが――詰め寄っていた様な状態であったのだ。この期に及んで地図の詐欺にでも引っ掛かったのではあるまいな、と。


「……だめだな。今晩では終わらんぞ。後二日はかかる。少しずつまともな地図に変換こそ出来ているが、これは中々に大仕事だぞ……。この様子だと、地図よりは数段マシな迷宮が広がっている事安請け合いだ。地図なしで入る事は推奨できん」


 長い金髪を振り乱して必死に羽ペンを(ひるがえ)しながら、アルラはそう呟く。フランシスはその言葉を聞き、顎に指をそえて考えだした。


 今晩では無理。出来る限り早く攻撃へと移りたい所であったが、それも無理。少なくとも、アルラに無理をさせる以外、早くする方法はない。つまりそれは、フランシスにとっての論外だ。


 小を切り捨て大を救う。フランシスの正義はそれだ。しかしその小は、フランシスの様な、身を厭わない者達でなければならない。決して、未来をになう事となる若者を切り捨てる事は、許されない。ともなれば、この際もっと時間をかけてしまおう。幸い、時間の猶予はある。


 鉄鬼傭兵弾の何人かの潜入班による情報で、戦争の準備に後二週間は確実に問題ない。その後一週間は不確定だ。ならばいっその事、準備に一週間をかけるか。


 そう判断したフランシスは、三日、四日かかっていい、地図を万全な物にしてくれ、とアルラにいった。


「……いいのか?」

「あぁ。時間がかかるなら、いっその事かけられるだけかければいい」


 想定が破綻しかねなくなった時、どうにかして想定通りに、とするのは悪手だ。であれば、逆の方向に振り切れてしまえば、逆に様々な事へ対応できるものだ。


 これ以上武器も人員も確保はできないが、それでも質の向上は目指せる。一週間訓練に力を入れれば、新兵だろうと槍で敵を突く程度の事はできるようになる。


「万全の準備で挑もう。勝てるかどうかわからん。わずかでも勝率を上げておきたいんだ」

「わかった。地図は万全な物とする。任せてくれ」


 そうと決まれば時間が惜しい。フランシスは翌日早朝から、即座に行動を開始した。決戦は間近である。




 大変、クライマックスも近付いてまいりました。

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