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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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七十四話 不安渦巻くままに

 ざくり、ぎしっ、ざくり、ぎしっ。雪を踏みしめ、その足をまた上げる。雪は止んでいるが、昨日降ったぶんは木陰と曇天に太陽光を遮られ、まだそのままの状態で残っている。


 底冷えする様な寒さの中、フランシス達は黙々と歩いている。また一歩鉄板入りのブーツが雪を踏みしめ、雪を軋ませた。馬は、そのフランシスの横に付いて歩いている。乗馬して向かうには、少しばかり木が邪魔であった。


 いくら枝の切り取られた狩人の道とはいえ、それはあくまでも通常の人間規定で切られた物だ。そもそも、馬が通る事を想定に入れていないのだから、しかたはない。


 速度は馬に乗っていた時よりも遅くなるが、その足取りは確かだ。鉄鬼傭兵団は、森の中、何度も曲がる道で方向を見失いそうになるものの、何とか真っ直ぐと北へ向かって行く。


 道のりは遠く、一日に歩ける距離もそうない。今現在、フランシス達には各国がどう言う状況にあるか分からない。戦争の準備を着々と進めているのか、それとも我関せずという態度であるのか。


 伝書鳩などが飛ばせればまだいい物の、ここは特に寒冷地帯。少なくとも、鉄鬼傭兵団の使う伝書鳩は寒冷地には入らない種だ。連絡はできず、フランシスはとにかく先に進む事だけを考えた。


 進めば進む程、焦燥だけが募って行く。もう、戦争が始まってしまっているのではないか。森を抜けた時、死神はもう、大部隊を引きつれて、戦争を始めにいったのかもしれない。そんな、どうしようもない負の予想が、フランシスの中で渦巻いては消えていく。


 それは一種妄想、空想の類。だが、フランシスにそれを抑える術はない。それは、現在のフランシスにはその考えを振り払うという余裕がなかったからである。ただ、足を動かして前に進む以上に、何かをやる気にはなれなかった。


 戦争までの猶予があまりない、という事もある。だが、それよりも"死神"という存在が、フランシスの精神を縛り付けるようにして重く圧し掛かっていたのである。


「団長殿。……不安、ですかな」


 ノールが心配して、やや後ろ側から声を掛けた。それほどに、フランシスの顔には陰りが浮かんでいる。他の者達もそれに気付いてこそいたものの、話しかける余裕はなかった。


 声を掛けられたフランシスは軽く振り向いて、あぁ、と応えた。渦巻く心の中の何かを言い表せば、やはり不安になるのだるな、と思い返しながら。


「怖いんだ」


 ポツリ、と呟かれた小さなその言葉が、静寂の支配していた森に深く響いた。それはちょっとした、普通の会話にも聞こえる。ただしそれは、フランシスで無ければ、の話である。


 戦いの最中、巨大な生物にしか見えない軍に突撃して行く様なフランシスに、不安や恐怖と言った類の言葉は似合わない。本人は死が恐ろしくなかった時などないと言っていても、実際はそうは見えない。それに、それ以外の事を怖いといった話を、フランシスはしなかった。


 誰であろうと、意外な人物の意外な話というのは、不思議と耳に届く物である。


「正直に言えば、な。俺は、"死神"が――フィルマ・ニックルホーンが、怖いんだ」


 勝てるかどうかもわからない。フランシスはそう続け、話が聞こえている団の全員に緊張が走る。


「それに、な。あいつは、俺とそっくりなんだ。姿かたちじゃない。生き方とでもいうべき何かが、そっくりだ。それだけに、まるで俺の……違った道を進んだ、俺自身を見ているようで……。それを直視するのが、怖い」


 いわば、殺人鬼。"戦争そのもの"に、フランシスが自分を見出していたらなば。別の道を歩んだフランスの様な。フィルマ・ニックルホーンはそういった人間である。


 フランシスと同じく、焦土作戦で家を焼かれ。そして、天涯孤独の身の上で、軍隊に所属していた。一見正反対なようで、根元の方は非常に似ていると、フランシスは考えている。もしかしたら彼も、戦争が嫌いなのかもしれない。そう思えてしまう程には。


 ざく、ざく、と再び、しばらくの静寂が森を満たす。


 結局、戦わなければならない事に変わりはない。フランシスは前に進み、団員はその後ろを付いて行くばかりだ。雪は白く、彼らの足跡をくっきりと残して行く。


 もし、もしも。フランシスとフィルマの立場が反対であったなら。フランシスは、あの血みどろの鬼になっていたのだろうか。ただ、それを直視する事が、フランシスは怖かった。自分が化け物だと断じたあの姿に、自分もなるのかと思うと、恐ろしくてたまらなかったのだ。


 これだけの仲間に囲まれ、名も上げ、決して弱くはないフランシス。だが、己の中の奥底に住む、どす黒い何か。それらが、同類への接近に喜んでいるような――そんな、筆舌に尽くしがたい感情は、彼の背中から離れようとはしなかった。


 ふと、森が途切れる。視界の端へと入り込んだ光に反応して、ふらりと顔を上げた。夕方、太陽の纏った燐光を反射して、教国の象徴(シンボル)たる大聖堂が煌めいた。


 とてつもなく巨大で神聖なそびえ立つそれが、フランシスには不思議と不気味に写った。

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