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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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七十二話 白き世界にて

 自分の歩んできた場所をゆっくりと遡る様に進んできたフランシス達は、補給を終え、ついに占領されているであろう教国へと足を向けた。


 教国は北方地方に位置し、秋のこの時期は、身に深く沁みる寒さばかりが積もっている。そのため、鉄鬼傭兵団、約三百五十名。そのすべてが毛皮で出来た防寒着をはおり、ゆっくりと進行していた。フランシスも例外ではない。


 吹きすさぶという程でなくとも、雪は冷たいものだ。当たり前の事である。ハァ、とフランシスの吐いた息が白くなって、すぐに消えた。


 金属製の装備は気温に左右される。特に、金属の鎧は暑さ寒さに影響され、持っていられない程熱く、もしくは冷たくなりうる。かといって着て行かないのであれば、それはただの観光になってしまう。鎧下が濡れぬように、毛皮の防寒着を深く着て行くほかない。


 最初の内はアルラとノールも防寒着を着て馬に乗っていたものの、アルラは生まれ出でての貴族令嬢、寒さに耐えられる程の体力は無かった。続いて脱落したノールは、やはり老いからだろうか。体力が衰えて来ているらしく、長く馬に乗っていられなかった。


 二人は馬車の中で休ませ、それでも団全体はゆっくりと歩を進めていた。


 しかし、雪中行軍を阻む物はそれだけではない。氷や、雪の類は、馬車の足も止めてしまう。そもそも、馬の足は雪道には向いていない。雪の為にスパイクのついた蹄鉄をはめていても、滑らないように慎重に進まなければならない。


 となれば、馬の足も必然的に遅くなり、自然と行軍全体の速度も遅くなる。そして、雪が彼らの体を蝕み、さらに足が遅くなるという悪循環がそこにある。夜の帳も迫っており、そろそろ休憩と行きたい所だが、天幕をはれるような場所もなく。ただ、確かに命を奪い行く風の中を歩くのみであった。


 ふと、フランシスが頭を上げた。今、彼の視界に、明らかにただの雪ではない何かが見えた。すわ敵か、とも考えたが、この様な所にいるはずがないと首を振った。命の危険すら伴うこの寒さの中、わざわざ待ち伏せをする様な者がいるとは、フランシスには到底思えなかった。


 総員へと一旦停止の合図を出すと、フランシス自信が偵察に赴いた。そうした彼が見つけたのは、奇妙な形の家の様な物だった。雪を押し固めたようなレンガで出来たそれは、半球を描いて、人が何人か中に入れるような大きさの、人工物であったのだ。


 それらが、幾つも大量に並んでいる。雪に埋もれているものもあるが、団の半分は入れそうな規模の、建築物の群れであった。


 罠か、とフランシスは身構えたが、慎重にその中を確認し、罠ではないことを確認した。少なくとも、夜盗の類はいない。フランシスは指笛を鳴らして団を呼び寄せると、ここで一旦休憩を取る事にした。


 半分は中で休み、もう半分は天幕を張る。これを交代でやれば、少しは作業もはかどる。これ以上雪が当たらないだけでも、十分寒さを凌げそうであった。そこへ、アルラが歯をカタカタと震えさせながら、その雪レンガの場所なら火が焚ける、とフランシスへ進言した。


「それは、イグルーという……押し固めた、雪レンガで造られた、家だ。中で火が焚ける様にできている……」

「総員、聞いたな!? そのイグルーの中で火を焚いて、体力の少ないもの、凍傷の危険がある者から中へ入れろ! 急げ!」


 フランシスの掛け声で、雪の中、慌しく動きまわり始めた鉄鬼傭兵団。半分は雪を掻き分けて地面に杭を打ち込み、天幕を張り。もう半分、体力のないもの、凍傷の危険があるものはイグルーの中で火を焚いて温まり、自己申告で外へ出て天幕張り班を手伝う。


 寒さの中、どうにかしなければと、全員の息が合う。流れ作業だ。杭が渡され、打ち込まれ、天幕が張られる。フランシスも当然、その輪の中に加わっている。


「終わったら気付け用の酒を持ってくるといい。一樽はいるだろう」


 団長のそんな声に、おおっ、と男たちの返事。ますます作業速度も上がり、何とか夜の帳が降りきるよりも早く、全員が雪に当たる事なく天幕かイグルーの中へ入る事が出来た。


 そうした後、全員に一杯ずつ、気付け用のあまり味のしない、度数の高い酒を振舞われた。それは、ふとした休憩の合図でもあるが、飲めば体も温まる。美味くはなくとも、飲んでおかなければ、雪降る夜は越えられまいと考えたノールの案であった。


 フランシスが次に(おこな)ったのは、ノールとアルラの休んでいるイグルーへと訪れる事であった。防寒着とはいえ、外に出ている間吹き付ける雪を防ぎきる事はできず、フランシスは震えながら二人に会う事となる。


「……この時点でこの寒さとは、予想外でありましたな。もって、一月でしょうか。それ以上は、体がもちませぬ」


 ノールが、焚き火に手をかざしながら、フランシスへと事実を伝える。秋とはいえ、その年の教国は稀にみる雪年であったという。この寒さに耐えながら、移動し、戦闘する事を考えれば、家無しで活動できるのは、一月よりも短いとも考えられる。


 次に目線を向けられたアルラは、毛布で体を包みながらも、その視線に答えるようにして頷き、口を開いた。


「短期決戦が望ましいとなれば、相手の規模からも出来る事が限られる。本拠地襲撃しかあるまい。……経路を考えてみる。地図を!」

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