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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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六十九話 死神と白昼夢

 ベルロンドから出発した鉄鬼傭兵団は、兵を(つの)り、良い武器を揃え、戦力を集めながら北へ北へと進んでゆく。


 鉄鬼傭兵団の名は、フランシスこそ知らないものの、市井へと広まっている。"あの"鉄鬼傭兵団だ、と噂される程度には、その名は大きくなっていた。その為、道すがら拾う志願兵の数も相当に多かった。


 その結果、ベルロンド出立時点で二百を保っていた兵数は、ベルロンドの国境を越え、王都パートマデットへとたどり着くまでに二百八十まで増えていた。もはや、ちょっとした貴族の私兵団に届きかねない兵数であり、その戦力はそれ以上である。


 王都パートマデットでは、かつて共闘した三つの傭兵団が今でも周辺の盗賊を討伐していた。前の戦いで減った規模も随分と回復しており、数で言えば、以前よりずっと増えているだろう。


「……あ? フランシスじゃないか。ベルロンドから戻って来たのか?」


 ノールに装備の補給を任せ、街を歩いていたフランシスに掛けられた言葉は、男顔負けの筋肉を身に纏った戦士然とした女――イェルサによるものである。


 かつての王都襲撃事変にて共闘した仲間であり、戦友。(あかがね)傭兵団の団長でもあるイェルサは、フランシスが以前会った時と全く変わった様子はなかった。筋骨隆々、ウェーブの掛かった赤髪、前を睨む様な、僅かに赤みを帯びた目。


 ハスキーな声で呼ばれたフランシスは、軽く手を上げて返事する。その様子に、あんたも変わりないね、とイェルサが笑った。


「またどうして、ベルロンドからこっちに? あっちは大変だって聞いたけど」

「……まぁ、な。復興はまだ終わってないし、不測の事態がなければ、俺も復興が終わるまでいるつもりだったんだが――」


 フランシスはイェルサへと、何故王都パートマデットまで戻って来たかを語った。とはいっても、口にできる事はそう多くはない。


 ベルロンドであった事件の顛末、アルラが情報屋から聞き出した聖エンパイア教国が占領されたという話。そして、起ころうとしている戦争を、未然に止めようとしている事。フランシスはそれらを、当たり障り無く伝えた。


 その諸々を伝えられたイェルサは、渋い顔をして口を開いた。


「……無謀だよ、そりゃ」

「無謀なのは百も承知だ。戦力差は、アルラも策を練っている。何とかならない事はないはずだ」


 しかし、そういったフランシスに対して、イェルサは首を横に振った。戦力差の問題じゃあない、といいながら。


「フランシス。正直に言えば、あんたは強い。とんでもなくね」


でも、と呟いてから、イェルサは沈黙した。強く目を瞑り、眉間にしわを寄せたその顔は、何を考えているのかはわからない。だが、一種の確信の様な何かがあるような、そんな気がした。


「でもね、フランシス。相手は……"死神"だ」


 その言葉が耳に入った瞬間、フランシスの脳裏と瞼の裏、血生臭い光景が迸る。


 血の川を生み出し、屍の山を築き上げ、その上で何もかもを嘲笑うかのように笑う男。飛んでくる矢、飛礫(つぶて)の類を打ち落とし、尚も襲いくる敵兵を次々と――淡々と屠ってゆくその姿。まさしく戦場に下りた獣そのもの。


 そうして、フランシスの方を向いて言うのだ。"お前もこちら側だ"と。


「……おい? 大丈夫か?」


 肩を掴まれ、フランシスはハッと息を呑んだ。目の奥に焼きついたその光景は、ただの白昼夢。しかし、フランシス自身が何時ぞや見た光景でもあった。


 血塗れの化け物、フランシス並の戦闘力。そう、戦場にて忌み名として蔑まれ、恐れられた結果、名前ではなく二つ名で呼ばれる様になった男を、フランシスは知っている。


「あ、あぁ。すまない、少し嫌な事を思い出した……」


 今度はフランシスが目を瞑る番だ。努めて何も考えず、一旦その男の記憶に蓋をし、そして傭兵としての風聞のみを思い出し始める。その間、イェルサは顔の青いフランシスを見つめていた。


「"死神"、というと……二年前の、第四次ハリア砦防衛戦、河川方面か」

「よく覚えてたもんだね。まぁ、そうさ。たった一人で百五十いた河川側の強襲軍を防ぎきった、あの化け物だよ」


 フランシスは戻って来そうになっている白昼夢と、吐き気を押さえつけ、思考を加速させる。二年前、帝国軍の兵士であったフランシスは、その戦いに参加していたのである。


 帝国が圧倒的に優勢とはいえ、戦争は戦争。多少は取って取られても起こりうる。ある日、フランシスのいた、二千の常駐兵がいるハリア砦へと、六千の敵兵が攻めてきたのである。切って切られて、防衛線は大混乱。それでも、何とか壁の中には入れないようにしていた時の事。


 河川側の侵入可能な場所を塞ぎに急いだフランシスと何十名かは、そこで地獄を見たのだ。たった一人で築かれた地獄を。


 侵入口の前、屍の山で四方が塞がれているかのような錯覚を覚えるその場所で、あの男は全身を真っ赤に染めながら笑ったのだ。フランシスは今でも、聞くだけで怖気が走る様なその名をおぼえている。


「そうか。……生きて、いたんだな」


 ――"死神"、フィルマ・ニックルホーン。フランシスは閉じた左目の奥、未だに血塗れの笑みを忘れられずにいた。

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