六十八話 祝福の門出
少し遅れました。
更に半月程経ち、フランシス達鉄鬼傭兵団はとうとう戦いへの準備を整えた。
フランシスはこの話を、戦争になると語った。今回の戦いは、勝つ見込みがない、と。この団を離れる事も、フランシス直々に許可した。
しかし離れたのは、この町に妻子がいる何名かのみで、二百と超える数の者たちがフランシスについて来る事を選んだ。生きていく為と言う者、金や名誉がほしいからと言う者、純粋にフランシスについていきたい者など、様々であるが。それでも、フランシスについて来る事を自らで選んだ者達である。
武器の調達、兵も増やし、それらの訓練等をして過ごせば、半年はあっという間に過ぎていった。若手の者達も歴戦の風格が漂って来ている。ケンドリックも人を指揮する事に随分と慣れた様子であるし、アルラの戦術もよりその鋭さを増している。
着実に強くはなっている。だが、その強さもどこまで教国を制圧した賊に通用するのか。そんな考えを、フランシスは振り払った。今は考えるなと、己を叱咤する。
何事も気に左右される物なれば、病も敗北も気弱な者へと訪れる。少なくともフランシスはそう思い、鍛錬に没頭した。その中で、昔の戦友達を思い出しながら。
そうして、いざ旅立ちの時になったが、まだまだ遣り残した事は多い。復興は四割と言った所。それでも、街の機能もゆっくりと動き始めている。盗賊も大方駆逐フランシスや、後から来たいくらかの無名の傭兵達に狩られた。衛兵隊も再編成はほぼ完成しているし、これ以上悪くなる事はないだろう。
農作物の輸出による好景気は続いたままであるものの、街が燃えた影響もあり、ゆっくりと景気の上昇は収まっていくはずだ。無論、国民の懐が暖かなのはそのままであるのだが、それでも多少はそれらを狙う輩も減るはず。
思い残しがない、とフランシスが言えば嘘になる。だが、それでも安定の土台は成った。復興も、鉄鬼傭兵団抜きで十分にできるだろう。ベルロンドにフランシスが居座る意味は、もうない。
「……全団員、続け! これより、聖エンパイア教国へと出立するぞ!」
天幕を畳み、武装や衣類、食料などと共に荷馬車に詰め込んでしまえば、用意は済んでしまう。一瞬、名残惜しさの様なものを覚えながらも、フランシスは全団員に指示を出して歩き出す。馬の蹄、鉄の具足の踵の音が、静かに道に響く。
フランシスは目を閉じ、歩みと体を馬に預けた。悩み事が多すぎる。戦って勝てるのか、勝算はあるのか。ベルロンドはしっかり復興するだろうか、フランシス達がいなくなって、賊が再来したりはしないだろうか……。
気にしてもしょうがないことだとは分かっていても、考えずにはいられない。今生の別れとなる可能性もあるのだから。
そうして歩を進めるフランシス達が門にたどり着き、そして足を止めた。寂しさなどによるものではなく、物理的な理由で。
「……いくんだね、ランスのおじちゃん」
馬に乗ったフランシスの前に立っているのは栗毛の少女――フューレである。それ以外にも、シスター、串焼き屋、雑貨屋。ベルロンドの住民達がずらりと並んでいた。
街の全員、という訳ではないだろう。しかし、それでもフランシス達が足を止めるには十分すぎる量だ。左右に別れ、道を作るようにされても、あまりの意外さに停止するほかなかった。
「今まで、たすけてくれてありがとう。……いっちゃうのは寂しいけど、きっとやらなきゃいけないことが、あるんだよね?」
「……あぁ」
フューレはフランシスの返答に、悲しむでもなく、かといって無関心な訳でもなく、にこりと微笑んだ。少しだけ成長したような顔の少女が、そこに佇んでいる。
「わかった。……じゃあ、助けてもらったぶん、皆で見送りしないとね!」
そういって一歩引き、左右の列に並んだフューレと入れ替わりに、拍手喝采が始まる。
それは例えば、英雄の凱旋。それは例えば、栄光の道。フランシスが歩んだことのなかった、人に祝福される道。フランシスが一歩、馬を進ませた。
それについて行く様にして、団全体も再びゆっくりと前進を再開する。全身に拍手喝采と、祝福の言葉を掛けられながら、旅立ちの歩を進める。今まで戦っただけの祝福の言葉を与えられている様な、そんな気分になったフランシスは、おもむろに列を進むフューレへと話掛けた。
「フルは、これからどうするつもりだ?」
フューレはうーん、といいながら顎に指を当てた。さも悩んでいる様なそのしぐさ。しかし、答えは最初から決まっていたようだった。
「また、木を植えて、育てるよ」
そうか、とフランシスが言い、フューレがうん、と返答する。いつか見た光景に、フランシスの口角が上がった。
あとね、とフューレが続けて言う。
「おじいちゃんの墓に、お花を植えようと思ってるの」
それはいいな、とフランシスが笑った。釣られて、フューレも微笑んだ。フランシスの脳裏に、微笑む老人の顔が瞬いた。
次第に街を離れて行く鉄鬼傭兵団は、しかしとても穏やかな心持で歩く。決して、自らが排斥される様な存在ではないことを認識し、改めて戦いへの決意をかためているのだ。彼らの歩みは、北を向き続けている。
こうして、夏がチラリと顔を見せているころ、フランシス達はベルロンドを出立。一路、聖エンパイア教国へと向かう事となる。




