六話 血臭運ぶ早風が止む日
――ところ変わって、其処は早風団のアジトだ。
血生臭い。バッサリときられた首が、噴水の様に血を撒き散らしているからだ。ゲラゲラと品もなく笑う男達――正確にはその中心の男、メルディゴがやったのは一目瞭然である。鉛色に煌めいていたであろう曲剣が血にまみれていれば、即答もできようと言うもの。
早風団。頭領をメルディゴと定めた賊の集団である。五十人で形成される中規模の盗賊団だ。それなりの腕、それなりの脳、そして残虐非道で冷酷極まりない金の稼ぎ方。近辺では最も恐れられし一団であった。
退役軍人のメルディゴは、強い。盗賊団の強くなった面々の内、しかし誰もが彼一人に敵うことはない。無数の経験と実績によって裏打ちされた強さ。最早、敵うものなど居ないのだと、早風団員が思う程度には、強かった。
しかし、メルディゴに対して尊敬の念やその類いは一切感じられることはない。人を統べる魅力にも欠け、常軌を逸した考えと行動。それを強さでもって吠えて見せるメルディゴは、全てにとって恐れられていたのだ。
"首刈り"のメルディゴ。戦う者達の間では、有名な名である。背に背負った名品のサーベルは、さて。幾ら人の血を吸って来たのか。その刃だけが知っている。
「頭領ゥ、どうしますゥ?」
ふと、笑っていたメルディゴへ声が掛けられる。言葉尻が間延びしたその声の主は、猫背で細い体をした男であった。目はごつい顔に似合わず小さく、不整合さを強く感じる顔立ち。イルクスという男である。戦争時代からメルディゴの背に付きしたがっていた男であった。
「あン? 何がだよ」
「次どこ行くかァ、でェすよォ」
盗賊団とは、つまり"知られ負け"の職である。名が売れれば恐れられ、逃げられる。そうなれば稼ぎが無くなるのは当たり前だ。故に、稼ぐだけ稼いでから名の知られていない場所へ逃げるか、さもなければ身を隠す。それは、さしもの早風団でも変わらない。
メルディゴはそうだなァ、と呟いて顎に指を当てた。早風団は南の方から襲来した。故、南の選択肢はほぼない。となれば、選択肢は北しかなかった。が、北の何処に行くかはまた別の問題である。
「ベルロンドにでも行きますかァ? あっちは南になりやすけどォあのあたりはァ、裕福な商人がァ、おおいですぜェ?」
と、イルクスの助言にそうだなぁ、とメルディゴは頷く。「ベルロンドはちと遠いが、奪った馬でいけばいいか」。そんな思考でいるからだ。多少数が足りないが、まぁ所詮は馬鹿の集い。置いていけば勝手に野たれ死ぬだろう。そんな考えであった。
「それじゃ、奴隷候補は殺すか」
「が、いいでしょうぜェ」
メルディゴとイルクスは二人で頷きあう。誰の目からみても、少なくとも明日に大虐殺、明後日にはこの地に早風団がいなくなるのは明白だ。それは喜ばしい事、とはいいがたかった。
「……んん? ありゃ、人か?」
不意に、メルディゴが顔を上げ、そう呟いた。戦場帰りの男に見られる、謎の直感である。事実、上げた目の先には近付いてくる影が見えていた。十人程度の人影はじわじわと近づいていた。手に思い思いの武器を持つそれは、たまに来る義勇団の様であった。
メルディゴはニヤリと笑う。この地を去る前に、土産ができた、と。そう笑った。そうしてメルディゴは、四十人程の仲間を連れて叩き潰しに行く事に決めた。
唐突な数の暴力に、怯えた様に竦んだ義勇団。馬鹿な事を、とメルディゴは嘲笑った。どうせ敵わぬなら、逃げおおせるが良き選択。そう信じて止まないメルディゴだからこそ、ここまで生きのびて来たのかもしれない。
森に挟まれた道は、殆ど逃げ場がないと言ってもいい。後ろに向かって逃げよう物なら、早風団の騎馬隊に背中から刺されて命を散らすだけだ。十人の集団は、それがわかっているのか分かっていないのか、武器を構えた義勇団に対し、メルディゴ率いる早風団四十人がゆっくりと近づいて行く。
こんなの、楽勝な仕事だ。接触の瞬間、こちらが押しつぶして勝つ。メルディゴはそんな暗く淀んだ理想を達成するために動き出した。
そして、その傍らのイルクスが違和感に気付く事になる。おかしい。何かがおかしい。何がおかしい……? イルクスは小さな目を細め、不気味な頭を傾げて考えた。その違和感は、眼前の義勇団に注がれていた。
そして、イルクスは気付いた。
「奴らァ……なァんで、にやついてんだァ?」
そう。義勇団の男たちが、皆一様に、笑っている……否。悪戯が成功した子供の様な顔を、何倍も濃くしたような。そんな顔をしていた。これから死を覚悟せねばならない戦いで、何故笑っている。それが違和感の正体であり、イルクスとメルディゴが気づいたときには既に遅かった。
「やばい、罠――」
「今だ! 射掛けろッ!」
怒号と号令が混じり、僅か瞬き半と言った時間を置いて、十本のボルトと矢が、両脇の森から飛んだ。ついでと言わんばかり、甲高い笛が戦闘の開始を告げた。




