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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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六十六話 戦術家の叫び

 天幕の中に、重い空気がある。フランシスは沈黙してうつむき、ケンドリックは目を右往左往させ、ノールは瞑目してどうしたものかと思案している。その中で、キッとフランシスを睨み付けたアルラは、物怖じする事もなく言い放った。


「団長。いや、フランシス! 言わせて貰おう、無謀と勇気は違うのだぞ!」


 彼女には珍しく大声で叫ばれたそれは、至極真っ当な意見であった。


 国が動くのであれば、あっさりと事態は収束する。だがそれは、圧倒的戦力を持っているから、という話であり、フランシス達では到底太刀打ち出来る物ではないのだ。国を落とす程の戦力は、今の鉄鬼傭兵団ににはない。


「わかっている。わかっては、いるが……」

「わかってないだろう! 国を落とす相手に、一体どう立ち回るつもりだ! どれだけ戦術で有利な状況を得ても、それでひっくり返せるような戦力ではない!」


 凄まじい形相で責め立てるアルラは、必死そうに見える。戦術家であるアルラが、戦術でひっくり返せないという。他でもない、彼女がそういったのだ。フランシスとて、それが平時であれば、当たり前のように納得できたはずだ。


「アルラ」

「フランシス! お前だって死にたいわけではないだろう!? だから――」

「すまん」


 尚も言い募ろうとしたアルラに対して、フランシスは、躊躇いとなく深く頭を下げた。その様子に、アルラが黙った。


 フランシスとて、逃げられるならにげたい。彼とて無謀に戦い、死にたいわけではない。しかし、彼が戦争から背を向ける事を、彼自身の中の、何かが拒む。戦争を止めるために、なにかへと立ち向かった日々の中、積み重なったなにか。それらが、フランシスの逃走を頑なに拒むのである。


 それらに抗えないとなれば、フランシスは頭を下げる他ない。アルラが黙っても、フランシスはずっと頭を下げ続けた。深く下げられた頭には、しかし不退転の心が灯っていた。


「団長……」

「フランシス団長」

「団長殿……」


 三人それぞれが声を掛けようとして、彼の名前以上の言葉を紡げずに押し黙った。


「すまん。すまない。無謀なのはわかっている。百も承知だ」


 そういって頭を下げたまま、フランシスは尚も語り続けた。


「だが、俺は……もう、黙って見ていたくはないんだ。明日も生きていく事を信じる誰かの為に、俺は戦い続けなければならない。いつまでも。絶対に」


 それは、もはや強迫観念に駆られたかのような、異常な思想である。


 誰かが彼に無理強いした訳ではない。戦わずに逃げたとしても、フランシスを責める者は誰一人としていない。居るわけがない。では、誰がそれを許さないのか。それは、フランシス自身の背負い込んだ罪に他ならない。


 人を殺す。それは、彼にとって、常に己を殺す事と同義である。何十何百と積み重なったフランシス自身の死と罪が、彼の道を塞いでいるのだ。それがどれだけ愚かなのかは、フランシスが一番よくわかっているつもりだった。


「……団長殿」


 黙りこんだアルラの代わり、ノールが久々に口を挟む。深い皺の刻まれた顔には、まるで審判を下すかのような厳格さが宿っていた。


「どうしても、行かれるのですな」


 フランシスはその問いに、ああ、と頷いて返す。下手をすれば、一人でも行く、という様な言い方でもあった。それほどまでに、フランシスを縛り付ける罪は重い。


 そんなフランシスの様子を見て、ノールは、珍しく大きな溜め息をついた。深く深く、積もった物を吐き散らすような、疲れとは違うため息であった。


「わかりました。私もそれについていきましょう。老い先短いこの身を、未来ある者の為に使えるなら本望にございますゆえ」


 ノールはそういって、ひとつの欠けもない歯を見せてにこりと笑った。フランシスは何を言えばいいのかわからず、その場で頭をがしがしと掻いた。


 フランシスにその様な意図が無かったとしても、あのまま一狩人として人生を終わらせる筈だったノールを、再び戦場に立たせたのは彼であり。ノールはそれに感謝していた。もはや齢も六十も近くなり、何時死ぬかもわからなかった身に、生きる意味を与えてくれたという認識が、老人の中にあった。


「俺も付いていきますよ。団長は、俺に機会を与えてくれましたしね」


 たかだか一傭兵団が、国を救う等、いかにも英雄譚じゃあないですか。ケンドリックはそういって苦笑いした。


 英雄になりたかったケンドリックは、殆ど惰性でフランシスについて来たようなものであり。当然、フランシスに付いて来る理由もない。しかし、それでも彼が付いてきたのは、英雄の夢を諦めないから? 否、そうではない。


 フランシスの曲がらぬ背中に、ただ一種の憧憬の念を抱いた――。青年にとっては、付き従う理由など、それで十分であった。


「アルラ……」


 残るは戦術家の少女、アルラのみである。黙って俯いたままの少女へ、フランシスが声を掛ける。


 いつもは自信に溢れているアルラだが、この時ばかりは沈痛な顔で、目を瞑ったままフランシスの声に返す。それは、何時に無くしょぼくれた声であった。


「……団長は、卑怯だな。……私には、ここしかないというのに……」

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